署名の名と、作者の欄が食い違うとき——ターナー、ホーマー、カイユボット
書かれた名が別人のものである一点と、年が七年ずれている一点。館はどちらの文字も消さず、記録と並べて置いている。表か裏か、何の上か、どの色の絵具か。五十本のまとめを、この欄の書かれ方で閉じたい。文字と欄のずれを最後に見たい。

署名の名と、作者の欄が違う
絵画を九点、銘記の欄で並べてみる。
九点とも、画面のどこかに名が書かれている。
そして七点は、その名が作者の欄と一致する。
ところが、二点は食い違う。
一点は、書かれた名が別人のものである。
一点は、名は合っているが、年が合わない。
つまり、書かれた文字と記録がずれている。
助手という、立場
大きな工房には、助手がいた。
下地を塗り、背景を描き、細部を仕上げる。
そして、師が最後に手を入れる。
つまり、一枚の絵に何人も関わる。
前の回で、分業の話を何度もした。
絵画でも、同じことが行われていた。
そして、出来上がった絵には師の名が入る。
工房の名で売る、ということである。
師の名が、書かれている
九点のうち一点は、左下に名がある。
その名は、ある高名な画家のものだ。
ところが、館の作者の欄には別の名が入る。
その高名な画家の助手を務めた人物である。
つまり、弟子の絵に師の名が書かれている。
館は、その事実をそのまま並べる。
銘記の欄に、書かれた名。
作者の欄に、館が判断した名。

横長の小さな画面である。
中央に、雌の獅子が横たわる。
前脚を、前へ伸ばす。
後脚は、折り曲げられる。
顔を、水面に近づける。
口から、水が滴る。
体は、淡い黄褐色である。
背は、なだらかな線を描く。
背後に、褐色の丘が続く。
空は、灰色の雲で覆われる。
手前の地面は、緑がかる。
記録の言葉を、選ぶ
同じ状況でも、書き方は選べる。
偽って書かれている、と書くこともできる。
別の画家の名が書かれている、と書くこともできる。
前者は、判断を含む。
後者は、事実だけを言う。
館は、後者を選んだ。
前の回で、判断を書くかどうかの線引きを見た。
こちらでは、抑えた書き方が選ばれている。
偽りとは、書かれない
館は、この署名を偽りとは書かない。
前の回で、偽って書かれた、と明記する例を見た。
こちらは、そう書かれていない。
つまり、事情が違うのだろう。
工房では、師の名で作品を出すことがあった。
弟子が描いても、師の名を入れる。
それは、当時の慣習である。
だから、偽りではない。
作者の欄が、訂正される
作者の欄は、あとから変わることがある。
新しい研究で、別の名に改められる。
そのとき、銘記の欄は変わらない。
書かれた文字は、変わらないからだ。
つまり、二つの欄は別々に動く。
前の回で、二つの欄の役割の違いを見た。
こちらでは、その独立性がはっきり出ている。
判断は変わり、写しは変わらない。
慣習と、偽りのあいだ
とはいえ、境目は難しい。
同じ行いでも、事情が違えば意味が変わる。
工房の中でのことなら、慣習である。
売るために書き足したなら、偽りである。
そして、後から見分けるのは難しい。
館は、断定を避ける。
書かれた名を写し、作者の欄に別の名を入れる。
読む側が、そこから考えることになる。
年が、七年ずれる
九点のうち一点は、年が食い違う。
署名のあとに書かれた年は、ある年である。
しかし、館の年の欄は、その七年後になっている。
つまり、七年の差がある。
なぜか。
館の記録は、理由を書かない。
書かれた年をそのまま写し、別の年を欄に入れる。
前の回で、二つの欄が違うことを言う話をした。
こちらは、その最も分かりやすい例である。
戦の年を、書く
この一点は、軍装の人物を描いている。
そして、書かれた年は、ある戦のあった年である。
つまり、その出来事の年を書いたのかもしれない。
描いた年ではなく、描かれた場面の年である。
前の回で、二つの年が並ぶ例を何度も見た。
こちらは、そのもう一つの形だろう。
ただし、館はそう書いていない。
推し量りにすぎない。
描いた年と、書いた年
考えられる理由は、いくつかある。
描いた出来事の年を書いたのかもしれない。
その年の光景を描いた絵だからだ。
あるいは、後から書き足したときに誤ったか。
あるいは、館の判断が別の資料に基づくのか。
いずれも、推し量りである。
館は、どれとも書かない。
二つの数字を並べて置く。

縦長の画面である。
中央に、馬に乗った人物がいる。
馬は、褐色である。
首を下げ、静かに立つ。
騎手は、濃紺の外套を着る。
頭に、平たい帽子をかぶる。
顎に、髭をたくわえる。
手綱を、両手で持つ。
背後の地面に、大勢の人が座り込む。
いずれも小さく描かれる。
空は、灰色で低い。
きれいな記録の、危うさ
食い違いのない記録は、読みやすい。
しかし、危うくもある。
どこかで、誰かが整えたということだからだ。
整えれば、元の姿が消える。
そして、整えたことも分からなくなる。
前の回で、間違いをそのまま残す話をした。
読みにくさは、正確さの証でもある。
九点の欄は、そのことを示している。
食い違いを、消さない
こういう食い違いは、消せる。
年の欄を、署名の年に合わせればよい。
あるいは、署名の年を書かなければよい。
そうすれば、記録はきれいになる。
しかし、館はそうしない。
前の回まで、同じ姿勢を何度も見てきた。
食い違いは、そのまま残される。
そして、それが次の調べのきっかけになる。
表か、裏かを先に書く
この館の欄は、まず表か裏かを書く。
前の回で見た館は、位置から書いていた。
つまり、順序が違う。
表と裏を先に分けるほうが、探しやすい。
裏なら、額を外す必要がある。
表なら、そのまま見られる。
読む人の手つきに合わせた順序である。
前の回で、記録が道順になる話をした。
位置と、材料と、色を書く
九点の銘記の欄は、たいへん細かい。
まず、表か裏か。
次に、画面のどこか。
さらに、何の上か。
そして、何の絵具で書かれているか。
つまり、四つの情報が並ぶ。
前の回で、位置が先に来る話をした。
こちらの館は、そこに材料と色まで加える。

横長の画面である。
中央に、小舟が浮かぶ。
舟に、二人が乗る。
一人は、身をかがめて網を引く。
一人は、立って網を支える。
網から、銀色の魚がこぼれる。
魚は、光を返す。
波は、緑と灰である。
奥に、白い霧が広がる。
その中に、船の影が見える。
空は、灰色に沈む。
色を書く館と、書かない館
色まで書く館は、多くない。
多くは、位置と文字だけである。
つまり、この館の欄は細かいほうだ。
そして、細かいほど照合に役立つ。
色が違えば、別の手かもしれない。
前の回で、インクの色が手を分ける例を見た。
絵具の色も、同じ働きをする。
一語の情報が、疑うための材料になる。
赤い絵具で、書く
いま見た一点の署名は、赤い絵具である。
そして、水の上に書かれている。
つまり、灰緑の面の上に赤い線が乗る。
補色に近い関係だから、よく目立つ。
前の回で、明るい面には暗い色で書く話をした。
こちらは、色相の対比で目立たせている。
館は、その色まで記録する。
書かなければ、伝わらない情報だ。
隠すことと、見せること
九点の署名を並べると、二つに分かれる。
目立つように書かれたもの。
紛れるように書かれたもの。
つまり、画家の態度が分かれている。
前の回で、同じ対比を何度も見た。
そして、どちらがよいという話ではない。
絵の性格に合わせて、選ばれている。
館は、その選択の結果だけを写す。
褐色の絵具で、書く
九点のうち一点は、褐色の絵具である。
そして、地面の上に書かれる。
つまり、周囲と近い色である。
だから、目立たない。
前の回で、隠す方向に置く署名の話をした。
こちらは、色でも隠している。
同じ館の記録の中に、正反対の例が並ぶ。
赤で目立たせる署名と、褐色で紛れさせる署名。

縦長の画面である。
二人の男性が、身を寄せて立つ。
左の一人は、白い髭をたくわえる。
赤褐色の衣を着る。
右手を、胸に当てる。
右の一人は、若い。
暗い色の外套を羽織る。
顔を上げ、前を見る。
背後は、黄と褐色の壁である。
光が、左上から差す。
足もとは、暗く沈む。
木綿の布に、描く
この一点の支持体は、木綿である。
そして、板に貼られている。
つまり、絵画用の布ではない。
手に入るものを使ったのだろう。
前の回で、材料が事情を語る話をした。
こちらでも、同じことが言える。
そして、館は技法の欄にそれを書く。
木綿に油彩、板に貼られる、と。
三つの情報が、一行に収まる。
黄色い絵具で、書く
九点のうち一点は、黄色い絵具である。
そして、草の上に書かれる。
つまり、緑の面に黄色が乗る。
近い色だが、明るさが違う。
だから、うっすらと見える。
前の回で、明るさの差で見せる話をした。
こちらでも、同じ工夫である。
館は、色と場所を両方書く。

横長の画面である。
中央に、黒い板壁の小屋が立つ。
屋根は、低く傾く。
左に、もう一つ小さな建物がある。
その手前に、大きな木が二本立つ。
一本は葉が茂り、一本は枯れる。
手前に、白い綿の畑が広がる。
畑に、白い羊のような形が並ぶ。
奥は、白い雲が厚く広がる。
空は、濃い青である。
地面は、緑と褐色である。
版の上に、パステルを重ねる
この一点は、二つの技法が重なる。
まず、版で一色刷る。
その上に、パステルで色を乗せる。
つまり、版画と絵の中間である。
前の回で、複製と一回きりの話をした。
こちらは、その両方を一枚に持つ。
版の部分は複製できる。
パステルの部分は、一枚ずつ違う。
館の技法の欄が、その順序を書く。
白いパステルで、書く
九点のうち一点は、絵具ではない。
白いパステルで書かれている。
つまり、粉の顔料を固めた棒である。
紙の上に、こすりつけて書く。
そして、下の色が透ける。
館は、その材料まで書く。
前の回で、材料が線の出方を決める話をした。
パステルは、油絵具とはまったく違う線になる。

横長の画面である。
上のほうに、踊り子が並ぶ。
白い衣装が、幾重にも重なる。
腕を上げ、身を傾ける。
いずれも、同じ方向を向く。
左に、一人が高く跳ぶ。
手前の下に、黒い人影が並ぶ。
いずれも、後ろ姿である。
その中に、大きな楽器が突き出す。
背景は、緑と褐色である。
輪郭は、柔らかい。
版の寸法と、紙の寸法
いま見た一点の寸法は、二つある。
版の部分と、紙全体である。
差は、縦で七ミリ、横で一.三センチ。
つまり、版の外に紙の余白がある。
前の回で、描かれた面と支持体の寸法の話をした。
版画では、版の跡が残るので測れる。
そして、館は両方を書く。
差が分かれば、刷り方が分かる。
名の前に、頭文字を置く
九点のうち一点は、名の前に頭文字がある。
そして、そのあとに横線が入る。
つまり、頭文字、横線、姓、という形だ。
これは、この画家の癖である。
前の回で、署名の型の話を何度もした。
同じ人の絵を並べれば、癖が見える。
そして、癖から外れた一点が見つかる。
館が形をそのまま写すのは、そのためである。

縦長の画面である。
中央に、若い女性が立つ。
白い衣を着る。
背を向け、窓に顔を寄せる。
髪は暗く、後ろでまとめる。
窓は、青く光る。
四つの区画に分かれる。
その右に、白い薄い布が垂れる。
左に、暗い壁が広がる。
床は、青灰色である。
右下に、暗い家具の影がある。
旗の上に、名を書く
九点のうち一点は、名の位置が変わっている。
手前の舟の帆柱に、旗が翻る。
その旗の上に、名が書かれている。
つまり、絵の中の物の上である。
前の回で、旗や幟の文字を見た。
こちらは、それが署名になっている。
館は、その位置を括弧で書き添える。
手前の舟のいちばん上の旗の上、と。

横長の大きな画面である。
中央に、帆を張った舟が浮かぶ。
帆は、白く大きい。
風を受けて、右へ傾く。
舟の上に、人が数人いる。
その左に、小舟が寄る。
小舟にも、人が乗る。
波は、緑と白で立つ。
奥に、崖と別の帆が霞む。
空は、黄と灰で渦を巻く。
光が、雲のあいだから差す。
名を、旗に託す
旗に名を書くのは、うまい思いつきである。
旗は、もともと名を示すものだ。
船の旗は、所属や名を示す。
だから、そこに名があっても不自然でない。
前の回で、絵の中の物に文字を託す話をした。
台座、欄干、貼り紙、本、旗。
いずれも、文字が置かれても違和感のない物である。
画家たちは、そういう場所を探し続けた。

横長の大きな画面である。
右手前に、男女が並んで歩く。
男性は、黒い外套と高い帽子。
女性は、黒い衣に帽子をかぶる。
二人で、一つの傘を差す。
その左に、緑の街灯が立つ。
奥に、石畳の広い通りが伸びる。
通りを、傘を差した人が行き交う。
正面に、大きな建物が立つ。
石の色は、淡い灰である。
空は、白く曇る。
五十本を、閉じるにあたって
第十六回の五十本は、これで終わりになる。
主題は、画面の中に書かれた文字だった。
署名。
年。
組み合わせ文字。
祈りの言葉。
款記と印。
刻印と極印。
そして、裏や底や台紙の書き込み。
位置から、始まった
第一回で、署名の位置を見た。
右上か、左下か、下の中央か。
館の記録は、必ず位置から書く。
そして、最後の九点でも同じだった。
表か裏か。
画面のどこか。
何の上か。
どの色の絵具で書かれたか。
つまり、位置が記録の入口である。
隠れた場所ほど、残った
五十本を通して繰り返し出てきたことがある。
大事な文字ほど、見えない場所にあった。
絵の裏。
木枠。
台紙。
皿の裏。
壺の底。
飾り入れの中。
そして、鐔の穴の脇。
見せるためではなく、残すために書かれた文字である。
消さないことが、記録である
もう一つ、繰り返し出てきたことがある。
館は、消さない。
偽りの署名も、後の手の書き込みも残す。
綴りの間違いも、そのまま写す。
読めない文字は、読めないと書く。
年が食い違えば、二つとも並べる。
つまり、記録とは判断を固定しないことである。
判断のもとになった形を、次に渡す。
一行に満たない情報が、運ぶもの
館の銘記の欄は、たいてい一行に満たない。
位置と、文字と、ときに色。
それだけである。
しかし、その一行が現物へ戻る道になる。
そして、比べるための材料になる。
十点並べれば、癖が見える。
百点並べれば、傾きが見える。
そのために、館は一点ずつ書き残している。
五十本で見てきたのは、その積み重ねである。
九点の年を、並べておく
九点の年を、順に並べる。
1837年から1838年。1850年ごろ。1877年が三点。
1885年。1893年。1906年ごろ。
そして、1931年から1937年ごろ。
つまり、百年に散らばる。
そのうち三点が、同じ1877年である。
同じ年に、別の国で、別の主題が描かれた。
館の年の欄が、その偶然を見せてくれる。
同じ年の、三点を並べる
1877年の三点を並べてみる。
一つは、雨の都会の通り。
一つは、舞台の踊り子。
一つは、軍装の騎手。
つまり、まったく違う主題である。
そして、いずれも同じ年に署名されている。
同じ年に、これだけ違うものが描かれた。
前の回で、年を並べる意味を何度も書いた。
同じ年の作品を並べると、その時代の幅が見える。

