行に年がなく、番号に年がある——出所の行を読む三十回の結び
ロジャーズ基金七百二十二点のうち、一点だけ年が書かれていない。しかし番号が一九一七年を示し、その番号は器の高台にも書かれている。前所蔵という語、財団という寄贈者。三十回を番号で振り返りたい。出所の行が書かないことについても、まとめておきたい。

行に年がなく、番号に年がある
この連載の最後に、番号のほうを読みたい。
メトロポリタン美術館の記録で、ロジャーズ基金という出所の行を持つ作品は、当サイトの公開分で七百二十二点ある。
第四回で数えたとおりである。
そのうち七百二十一点には、年が書かれている。
ロジャーズ基金、一九一四年。
ロジャーズ基金、一九五三年。
ところが、一点だけ、年がない。
ロジャーズ基金。
それだけである。

白黒の画像である。
碗の側面が、縦に細かく波打っている。
菊の花弁のように、面が分かれている。
その面に、草花が描かれている。
中央に、大きな菊らしい花。
茎が伸び、葉が広がる。
左右にも、別の草花。
線は細く、濃淡がある。
口の縁は、面ごとに小さく波打つ。
高台は低い。
そして、その高台の上に、文字が見える。
一七、一一八、八五。
館の番号が、器に直接書き込まれている。
番号が、年を教えている
出所の行に年がない。
しかし、番号を見れば分かる。
一七・一一八・八五。
一九一七年の、百十八番目の受け入れ、その八十五番目。
つまり、この作品は一九一七年に館へ入った。
行に書かれていないことが、番号に書かれている。
そして、その番号は器そのものにも書かれている。
第四回で見た蓋物と、同じである。
記録が三か所にある。
帳簿の行。
帳簿の番号。
そして、器の高台。
行の欄が一つ抜けても、他の二つが補う。
番号の三つの形式
この連載で読んできた番号を、形式で分けたい。
一つ目は、受入年の下二桁で始まるもの。
七一・五、八三・二の一、三三・一二〇の三一九。
二つ目は、四桁の年で始まるもの。
一九七五・二六八の二五、二〇一八・二九四の一一二。
館は、ある時期から下二桁を四桁に改めている。
三つ目は、記号と通し番号の組み合わせである。
JP二四八、JP一一七〇。
日本の版画に付けられる番号である。
そして、この形式はほかにもある。

開かれた本である。
見開きの二丁が写っている。
右の丁には、二人の女性がいる。
一人は立ち、一人は座る。
いずれも髪を結い上げている。
その手前に、縁側と手すり。
奥に、板戸と柱。
左の丁にも、二人がいる。
一人が身をかがめる。
その上に、梅らしい枝が斜めに伸びる。
花が点々と付く。
そして、上部の余白に、文字が縦に何行も並ぶ。
線は細く、墨だけである。
本の綴じ目が、中央にはっきり見える。
番号の記号が、種別を示す
この番号は、JIBで始まる。
日本の挿絵本を意味する記号である。
第五回で読んだJPが版画を指すのと、同じ仕組みである。
部門の中で、種別ごとに記号を分けている。
そして、いずれも受入年を含まない。
だから、出所の行の年だけが、受け入れの時期を示す。
一九一八年。
第五回で読んだ大きな買い物と、同じ年である。
日本の版画を二百点以上買った年に、挿絵本も入っている。
番号の記号が違うので、別々の系列に並ぶ。
しかし、出所の行の年が、それらを結び付けている。
作者の名が、本の名でできている

横長の一葉である。
上端に、細い帯があり、そこに文字が並ぶ。
赤と黒の文字である。
その下が、絵の部分になる。
左上に、赤褐色の岩の塊。
角ばった面が積み重なる。
その手前に、緑の斜面と、鹿が数頭。
中央から右に、細長い葉の樹木が並ぶ。
芭蕉のような形である。
画面の下半分は、濃い青の水である。
波が、白い線で表される。
その水の中に、人が何人もいる。
上半身だけが水面から出ている。
いずれも手を合わせ、右上のほうを向く。
岸にも、鹿と樹木が描かれる。
古代インドの聖典に伝わる一場面である。
水浴していた牧女たちが、衣を取られて返してほしいと願う。
その場面が、繰り返し絵に描かれてきた。
本の名が、画家の名になる
この一点の作者の欄を、見たい。
人名ではない。
ある写本の名と、その写本を指す通称が組み合わされている。
つまり、この写本の挿絵を描いた画家、という意味の呼び名である。
第二十四回や第二十五回で読んだ形と、同じ仕組みである。
作品の側から、画家の名を作る。
そして、第十七回で扱った「散逸した写本の画家」も、同じ系統だった。
写本がばらされ、一葉ずつ別々の館へ渡る。
もとの本の名だけが、画家の呼び名として残る。
この一点も、もとは一冊の写本の一葉である。
種別の欄が、一葉、と書いている。
そして、番号は一九七二・二六〇。
枝番がない。
つまり、この一葉だけが、単独で受け入れられている。
同じ写本の他の葉は、別の場所にある。
前の持ち主の名が、先頭に来る
次の三点は、また別の形式である。

縦長の掛軸である。
画面の中央に、岩山が積み上がる。
墨の点を重ねて、木々の茂りが表される。
山の間に、小さな家屋の屋根。
下部に、水と岸。
小さな舟が浮かぶ。
人影も見える。
上部の左右に、文字が書かれている。
そして、画面の四隅と余白に、赤い印が押されている。
十個ほどある。
第二十回で読んだ鑑蔵印である。
出所の行を見たい。
前所蔵、C・C・ワン家、購入、J・ピアポント・モーガンの寄贈による、交換によって、一九七三年。
先頭に、前の持ち主の名がある。
前所蔵、という語が付く。
つまり、この作品が誰の手から来たかが、行の最初に書かれている。
売った人の名を、書く
これは、これまで読んできた形とは違う。
コレクションの名が先頭に来る形は、第六回や第十六回で読んだ。
しかし、あれは館に入ったまとまりの名だった。
こちらは、館に入る前の持ち主の名である。
そして、その後ろに購入と書かれている。
つまり、館はこの人から買った。
売った人の名を、出所の行に残している。
寄贈者の名を残すのと、意味が違う。
寄贈には見返りがあるが、売却は取引である。
にもかかわらず、名前が残る。
理由は、その人が知られた収集家だったからだろう。
誰の手を経てきたかが、作品の価値の一部になる。
第二十回で読んだ鑑蔵印と、同じ働きである。
紙の上に押される印が、記録の行に置き換わっている。

横長の巻子である。
そして、表装を含めた長さが七百八十一・五センチ。
七メートル八十センチである。
画面は、その七分の一しかない。
第二十回で読んだ巻子と、同じ比率である。
画面の右寄りに、松が二本立つ。
幹はねじれ、枝が横へ張り出す。
葉は細い針状で、束になる。
その根もとに、岩と土坡。
左のほうは、ほとんど何もない。
水平線に近い線が、薄く引かれる。
遠い岸である。
そして、画面の左右の外に、赤い印が並ぶ。
右端にも、左端にも。
さらに、文字が書かれた部分が続く。
出所の行は、こうである。
前所蔵、C・C・ワン家、ディロン基金の寄贈、一九七三年。
前の一点と、同じ年である。
そして、前の持ち主も同じである。

縦長の掛軸である。
画面の上半分に、大きな文字が書かれている。
行書で、五行ほど。
その下に、人物が一人立つ。
長い衣を着て、裾が広がる。
体を左へ向け、背を丸める。
顔はうつむく。
手は袖の中である。
足もとに、細い草と、小さな花。
菊だろう。
背景は何もない。
紙の地がそのまま残る。
出所の行は、こうである。
C・C・ワン家コレクション、C・C・ワンによる寄贈、二〇〇一年。
前の二点と、同じ姓である。
しかし、書き方が違う。
前所蔵、ではない。
コレクション、である。
そして、購入ではなく、寄贈である。
二十八年で、書き方が変わる
同じ人の名が、二通りに現れている。
一九七三年は、前所蔵、と書かれ、購入だった。
二〇〇一年は、コレクション、と書かれ、寄贈である。
二十八年の開きがある。
そして、立場が変わっている。
売る側から、贈る側へ。
第十七回で読んだ例と、順序が逆である。
あちらは、生前に寄贈し、死後に買われた。
こちらは、先に売り、後に贈っている。
出所の行の書き方が、その関係を写している。
売買なら、前所蔵。
寄贈なら、コレクション。
同じ人でも、渡し方によって語が変わる。
匿名と、思い出に
残る三点は、また別の組み合わせである。

背もたれの高い椅子である。
上部の横木が、緩やかに波打つ。
その下に、透かし彫りの板が一枚。
曲線が絡み合い、中央で輪を作る。
縁に細かい彫りが入る。
座面は黄色い布が張られている。
記録によれば、この布は新しいものである。
前脚は湾曲し、下端が球をつかむ爪になる。
膝の部分に、葉の彫刻。
後脚はまっすぐ後ろへ伸びる。
高さ九十九・七センチ。
出所の行に、三つの要素がある。
購入。
匿名の寄贈による。
そして、誰それの思い出に。
第二回で読んだ匿名の寄贈と、第七回で読んだ追悼の句が組み合わされている。
名を伏せて、名を残す
この行は、奇妙な構造をしている。
金を出した人は、名を伏せている。
しかし、その金は、ある人の思い出に捧げられている。
つまり、自分の名は残さず、別の人の名を残している。
第七回で書いたとおり、寄贈の見返りは名前である。
この場合、その見返りを他人に渡している。
そういう寄贈の形がある。

こちらも椅子である。
しかし、様式がまったく違う。
背もたれは、細長い横木が四本。
上へ向かって、緩やかに反る。
その両側に、太い縦の柱。
上端に、丸い飾りが載る。
肘掛は前へ伸び、先が渦を巻く。
座面は藺草を編んだものである。
記録によれば、これは新しいものである。
前脚は挽物で、途中に玉と円盤の形が重なる。
材は楓で、朱色に近い色が塗られている。
高さ百九・九センチ。
前の一点より十センチ高い。
そして、こちらは購入ではない。
匿名の寄贈である。
しかし、思い出に、の句は同じである。
二脚の椅子を、比べる
九点のうち、椅子が二脚ある。
一七七二年ごろと、一七三五年から五〇年。
三十年ほど離れている。
一方はマホガニー、もう一方は彩色した楓。
マホガニーは輸入材である。
高価で、彫刻に向く。
楓は在来の材である。
安く、塗装で仕上げる。
つまり、この二脚は、注文した人の階層が違う。
そして、座面も違う。
一方は布張り、もう一方は藺草編み。
いずれも、いま張られているものは新しい。
記録が、そのことを明記している。
第八回でも同じ記載を見た。
家具の記録では、張り地の新旧を書くのが作法である。
木の部分は二百五十年前のものでも、座面は現代のものである。
そのことを隠さない。
最後の一点

九点のなかで、いちばん大きい。
高さ二百八十九・六センチ。
三メートル近い。
画面の下部に、横たわる人物がいる。
裸で、腰に白い布。
体は蒼白い。
その頭を、青い衣の女性が支える。
まわりに、人が集まる。
赤い衣の男。
緑の衣の女。
金髪の女性が、足もとにかがむ。
左手に、白い髭の老人。
右手にも、数人。
背後に、木の梯子が斜めに立てかけてある。
その向こうに、夕暮れの空と丘。
祭壇画である。
教会の壁に掛けるために作られた。
三メートル近い高さは、そのためである。
そして、出所の行の思い出に捧げられた人物には、聖職者の敬称が付いている。
主題と、その句が呼応している。
財団という寄贈者
この一点の出所の行には、財団の名が入っている。
個人でも、基金でもない。
法人としての財団である。
第六回で読んだ長い行にも、会社の名を持つ寄贈が含まれていた。
第八回では、会社の名で寄贈された品を見た。
つまり、寄贈者は個人とは限らない。
法人、財団、会社。
いずれも、出所の行に名を残せる。
そして、法人には寿命がない。
個人のように、亡くなることがない。
だから、同じ名前が何十年も現れうる。
第四回で読んだ基金と、性格が近い。
もっとも、財団は解散することもある。
その場合、名前だけが記録に残る。
九点の出所の行を並べると、寄贈者の種類が四通りある。
基金。
財団。
個人。
そして、匿名。
同じ「贈った側」でも、主体の性格がまるで違う。
三十回を、番号で振り返る
この連載で読んできた作品の番号を、形式で並べ直したい。
年を含む番号が、大多数である。
七一・五。
八三・二の一〇七。
三三・一二〇の三一九。
一九七五・二六八の二五。
二〇一八・二九四の一一二。
いずれも、受入年が先頭にある。
つまり、番号を見れば、いつ館に入ったかが分かる。
一方、記号で始まる番号は、年を含まない。
JP二四八、JIB三四。
こちらは、出所の行の年に頼るしかない。
そして、別の館の番号も見てきた。
一九三七・一の一三。
二〇一四・一三六の一。
形式は同じである。
年、受け入れの番号、枝番。
館が違っても、この組み立ては共通している。
二つの年が、食い違うとき
そして、番号の年と、出所の行の年が食い違う例も見てきた。
第十五回の武具は、行が一九一三年、番号が一九一四年。
第二十回の中国絵画は、行が一九八八年、番号が一九八九年。
第二十二回の移管は、括弧の中が一九〇〇年、番号が二〇一四年。
いずれも、渡された時期と、登録された時期が違う。
大きな受け入れほど、この差は開く。
そして、その差が、受け入れの規模を語っている。
千点を登録すれば、年をまたぐ。
一点なら、その日のうちに済む。
番号と行の年を引き算するだけで、規模の見当がつく。
出所の行が、書かないこと
三十回にわたって、出所の行を読んできた。
そこに書かれているのは、名前と、年と、金の出どころである。
そして、書かれていないことのほうが、はるかに多い。
いくらだったか。
誰が選んだか。
なぜ、その分野だったか。
何を買わなかったか。
手放されたものは、どこへ行ったか。
これらは、一行には収まらない。
しかし、同じ行を持つ作品をすべて集めて数えれば、輪郭は見えてくる。
第九回では、四百点の顔が一人の関心を示した。
第十三回では、八百点のガラスが一つの産業を示した。
第二十七回では、千四百点が一つの家の幅を示した。
一行ずつでは読めないものが、集計すると現れる。
誰が、ここへ運んだか
最後に、この連載の題に戻りたい。
この一点は、どうやってここへ来たか。
答えは、出所の行に書いてある。
買われた。
贈られた。
遺された。
募金で集められた。
交換で得られた。
館が消えて、移された。
六通りの経路を読んできた。
そして、そのすべてに、人が関わっている。
金を出した人。
集めた人。
手放した人。
そして、名前が残らなかった大勢の人。
美術館の所蔵は、計画で作られたものではない。
誰が何を好きだったかの集積である。
第一回でそう書いた。
三十回を読み終えて、その見方は変わっていない。
むしろ、はっきりした。
出所の行は、作品の来歴を書く欄である。
しかし、実際に書かれているのは、人の名前と、その年である。
作品より先に、人が記録されている。
そして、その人たちはもういない。
残っているのは、名前と、作品と、番号だけである。
番号の中の年だけが、いつのことかを黙って示している。
そして、その年が、いまも増え続けている。
来年の受け入れには、二〇二六で始まる番号が付く。
出所の行は、これからも書かれ続ける。

