画家を知る

風景に、時間を流す——トマス・コールの連作

朝と夕の対幅、人生を四面で語る寓意の連作。一枚の画面では描けない時間を、コールは画面の数を増やすことで描いた。キャッツキルの朝霧から《人生の航路》の嵐まで、アメリカ風景画の出発点に立つ画家の九点で、連作の仕組みを読む。

キャッツキルの日の出
トマス・コール《キャッツキルの日の出》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

朝霧が、谷を埋めている

一枚の絵から始めたい。

キャッツキルの日の出
トマス・コール《キャッツキルの日の出》1826年。油彩・画布。縦64.8センチ、横90.1センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。トマス・コール《キャッツキルの日の出》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

朝の山である。

谷という谷が白い霧に沈み、海のように光っている。

霧の上には、遠い峰々が島のように頭を出す。

その峰だけが、昇ったばかりの日を受けて赤らんでいる。

光と闇が、ひとつの谷の中で拮抗している。

いっぽう手前の斜面は、まだ夜の暗さの中にある。

岩場から、ねじれた枯木が空へ突き出している。

幹は裂け、枝は骨のように白い。

長い風雪をくぐり抜けてきたような姿である。

整えられた庭でも、耕された畑でもない。

道はなく、家もなく、人の影もない。

あるのは岩と霧と、これから谷に満ちてくる光だけである。

霧はやがて晴れ、谷の底が現れるはずである。

だが絵は、その直前の一瞬を選んで止まっている。

一日のうちで最も変化の速い時刻を、画家は選んだ。

ヨーロッパの絵に慣れた目には、粗野とも映っただろう。

だがこの粗野こそが、新大陸の風景の顔だった。

若い画家は、それを誇るように画面へ据えた。

画面の下中央には「T. Cole / 1826」と署名がある。

所蔵館の記録によれば、本作は1826年、ボルティモアの収集家の注文で描かれた。

注文をめぐる画家との往復書簡も残ると伝えられる。

つまりこの荒野の絵には、確かな買い手がいたのである。

荒野を美と見なす感覚が、この国に生まれつつあった。

コールの絵は、その感覚の最初期の証言でもある。

描いたのは、アメリカへ渡って八年目の青年だった。

歳は二十五。

名を、トマス・コールという。

工業地帯から来た、独学の画家

コールは1801年、イングランドのランカシャーに生まれた。

織機と煙突の並ぶ、工業地帯の出である。

少年のころ、図案や版木を扱う仕事に触れたと伝えられる。

1818年、一家でアメリカへ渡った。

十七歳の少年にとって、大西洋の向こうは未知の土地である。

新大陸での暮らしは、楽ではなかったようである。

版画の仕事や肖像画で口を糊し、風景画はほぼ独学だったと伝えられる。

美術学校で本格的に学んだ形跡は、ほとんど伝わっていない。

手本は、わずかな版画と、目の前の自然だったのだろう。

転機は1825年に訪れる。

ハドソン川をさかのぼり、流域の山々を歩いて描いた。

その数点が、ニューヨークの画家たちの目に留まった。

無名の青年は、一躍注目の存在になったと伝えられる。

当時、絵の本場はあくまでヨーロッパだった。

描くに値する主題は、神殿や廃墟や聖書の物語とされていた。

新大陸の山を描いても、格の高い絵とは見なされにくかった。

コールが見つけた主題は、目の前の荒野である。

誰の物語も背負っていない山と森を、画面の主役に据えた。

この選択が、アメリカ絵画の流れを変えることになる。

のちに人々は、彼に続く画家たちをハドソン・リバー派と呼ぶ。

呼び名は後世のものだが、その起点にコールがいたことは動かない。

冒頭の《キャッツキルの日の出》は、見いだされた翌年の作である。

若い画家と若い国が、同じ朝を迎えていた。

滝は遠く、人は小さい

注目された画家は、新大陸の名所も描いた。

次の一点は、その代表である。

ナイアガラ瀑布の遠望
トマス・コール《ナイアガラ瀑布の遠望》1830年。油彩・板。縦47.9センチ、横60.6センチ。シカゴ美術館蔵。トマス・コール《ナイアガラ瀑布の遠望》シカゴ美術館蔵

1830年の作である。

画布ではなく、板に油彩で描かれている。

縦47.9センチ、横60.6センチという手ごろな大きさである。

題名の通り、主役の滝は遠くに置かれている。

画面の奥で水が落ち、白い水煙が立ち上る。

水煙には、虹色の光がにじんでいる。

滝に近づいて、轟音を正面から描く道もあったはずである。

だがコールは、あえて一歩引いた眺めを選んだ。

手前を占めるのは、紅葉に染まった崖である。

赤と橙と黄が入り交じり、岩肌までも染め上げている。

左下の岩の上には、二人の人物が小さく立つ。

滝を見上げる人間は、風景の一部にすぎない。

ナイアガラは当時、アメリカの自然の象徴だった。

ヨーロッパの古い都に対置できる、新大陸の誇りである。

その象徴を、コールは人間よりはるかに大きく描いた。

そして画面の全体を、燃えるような秋の色で包み込んだ。

轟音より先に、季節の色が届く絵である。

名所の絵でありながら、記念の絵にとどまっていない。

自然の大きさと人の小ささを測る、ものさしの絵である。

定住した谷の、見慣れた眺め

コールはやがて、ハドソン川沿いのキャッツキルの村に居を定めた。

キャッツキル川の眺め——初秋
トマス・コール《キャッツキル川の眺め——初秋》1836〜37年。油彩・画布。縦99.1センチ、横160センチ。メトロポリタン美術館蔵。トマス・コール《キャッツキル川の眺め——初秋》メトロポリタン美術館蔵

住み着いた土地の、谷の眺めである。

今度は大画面である。

縦99.1センチ、横160センチ。

谷の広がりを、そのまま抱え込むような横長である。

川が手前で蛇行し、緑の野をゆるやかに横切っていく。

岸辺には木々が茂り、遠くには青い山なみが霞む。

空は穏やかに晴れ、光は谷の全体にやわらかく回っている。

劇的な事件は、何も起きていない。

あるのは、毎日この谷を見ている者だけが持てる愛着である。

初秋という題の通り、緑の中に最初の黄が差しはじめている。

季節の変わり目もまた、小さな時間の表現である。

荒野の画家は、暮らしの風景も同じ筆で愛した。

所蔵館の記録によれば、本作は1895年、故人を偲ぶ子らの手で寄贈された。

朝の霧、遠い滝、住み慣れた谷。

ここまでの三点は、どれも一枚で完結した風景画である。

一枚の中に、ひとつの場所と、ひとつの瞬間が収まっている。

だがコールには、一枚の画面では描けないものがあった。

時間である。

問い——一枚の絵に、時間は流せるか

ここで問いを立てたい。

絵は、一瞬しか描けない。

朝を描けば夕は消える。

若さを描けば、老いは画面の外に残される。

歴史画なら、誰もが知る物語の一場面を切り取ればよい。

観る者が、前後の筋を頭の中で補ってくれるからである。

だが荒野の風景に、補ってもらえる筋書きはない。

しかも当時の絵画には、暗黙の格付けがあった。

頂点は物語を描く歴史画で、風景画は格下と見なされがちだった。

風景で物語を語れれば、その序列に一石を投じられる。

コールの模索には、そうした挑戦の面もあっただろう。

物語のない土地で物語を語るには、仕掛けが要る。

コールは詩や文章も書く画家だったと伝えられる。

風景に物語を担わせたいという欲は、人一倍強かったはずである。

彼の答えは、単純だった。

画面を増やすことである。

単純だが、誰もが実行した答えではなかった。

朝と夕、若さと老い、繁栄と没落。

それらを複数の画布に割り振り、順番に見せていく。

一枚が一場面を受け持ち、全体でひとつの物語を成す。

一枚の絵の前で、観る者が過ごす時間は短い。

だが二枚、四枚と続けば、観る者は歩きながら物語を追う。

画面から画面への移動が、頁をめくる行為に近づいていく。

絵は壁に掛かったまま、時間の芸術に一歩近づくのである。

対幅と連作——この形式を、コールは風景画に持ち込んだ。

そこへ至る道筋を、実験作から順にたどってみたい。

巨大な杯が、地平にそびえる

まずは、風景に意味を担わせた最初期の試みである。

巨人の杯
トマス・コール《巨人の杯》1833年。油彩・画布。縦49.2センチ、横41センチ。メトロポリタン美術館蔵。トマス・コール《巨人の杯》メトロポリタン美術館蔵

奇妙な絵である。

巨大な石の杯が、山の上に立っている。

縁には森が茂り、目を凝らせば小さな建物まで見える。

杯の内には水がたたえられ、白い帆がいくつか浮かぶ。

杯の縁の上に、木々と人の営みがまるごと載っている。

杯そのものが、ひとつの世界の器になっているのである。

背後では、夕日が黄金色に霞む。

夢で見た光景のようでもあり、遠い異界の眺めのようでもある。

縦49.2センチ、横41センチと、画面は小さい。

だが画面の中の世界は、見た目の寸法よりはるかに大きい。

本記事で扱う九点のうち、縦位置に近いのは本作だけである。

これが何の寓意なのか、解釈は今も定まっていない。

神話に材を求める説など諸説があるが、決め手を欠く。

巨人の杯という題名だけが、手がかりとして残されている。

同時代の人々も、この絵には戸惑ったと伝えられる。

売るための絵というより、実験のための絵だったのだろう。

風景画とも幻想画ともつかない、分類の難しい一点である。

だが、ここには明らかな意志がある。

見たままの風景ではなく、意味を担った風景を描くという意志である。

風景と寓意の融合。

その試みは数年後、より分かりやすい形で結実する。

二枚一組の、対幅である。

朝——騎士が、城を出る

出立
トマス・コール《出立》1837年。油彩・画布。縦100.3センチ、横161.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。トマス・コール《出立》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

1837年の対幅の、一枚目である。

舞台は中世に設定されている。

アメリカの画家が、あえてヨーロッパの過去を借りた画面である。

物語の型として、騎士の時代ほど分かりやすいものはない。

甲冑や城は、それだけで物語の始まりを予感させる。

朝の光の中、城から騎士の列が出発していく。

先頭を行くのは、白馬にまたがる騎士である。

道端には聖母像を頂く柱が立ち、行列を見送っている。

石の柱は、旅の安全を祈る場所である。

その傍らを、行列は意気揚々と通り過ぎていく。

木々は濃い緑で、空は高く晴れている。

朝のみずみずしさが、細部にまで行き渡っている。

出陣の絵である。

誇りと勢いが、画面の隅々にまで満ちている。

だが、行った先で何が起きるのかは描かれていない。

この絵は、一枚では完結しないのである。

夕——亡骸が、帰ってくる

帰還
トマス・コール《帰還》1837年。油彩・画布。縦100.3センチ、横161.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。トマス・コール《帰還》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

二枚目は、秋の夕暮れである。

ゴシックの聖堂へ向かって、うなだれた行列が帰ってくる。

祈りの場だった聖堂が、今度は弔いの場として待っている。

運ばれているのは、あの騎士の亡骸である。

行列の歩みは、見るからに重い。

朝の絵で先頭にいた白馬の勇姿は、もうない。

木々は色づき、光は低く傾いている。

同じ主人公の道行きが、朝と夕でこれほどまでに変わる。

朝と夕。出発と帰還。生と死。

一枚では描けない時間が、二枚の画布に割り振られている。

騎士に名は与えられていない。

名がないからこそ、どんな人生にも重ねられる。

寸法を見てほしい。

《出立》は縦100.3センチ、横161.6センチ。

《帰還》は縦100.3センチ、横161.4センチ。

ほぼ同寸である。

横の差は、わずか0.2センチにすぎない。

並べて掛けることを最初から前提にした、対幅の証拠といえる。

対幅は、二枚がそろって初めて意味の完成する形式である。

観る者は左右を見比べ、二枚の間に流れた時間を思い描く。

描かれていない時間こそが、実は主役なのである。

朝から夕までの戦いの顛末は、観る者の想像に委ねられている。

所蔵館の記録によれば、二点はオールバニの人物の注文で描かれた。

完成後は収集家の手に渡り、1869年にワシントンの美術館へ寄贈された。

2014年からは、ナショナル・ギャラリーの所蔵となっている。

その間、二点は一度も離ればなれになっていない。

物語を担った風景画は、確かに受け入れられたのである。

二枚で朝夕を語れるなら、四枚で一生を語れるはずである。

コールは、画面の数をさらに増やしていく。

川を下る舟に、人生を乗せる

対幅の次は、四枚である。

1842年、コールは《人生の航路》と題する連作を仕上げた。

一本の川を下る小舟に、人の一生を見立てた寓意の連作である。

川は生の時間、舟は人、天使は守り手。

見立ての約束事は、これだけ覚えれば足りる。

全4面。幼年、青年、壮年、老年と続く。

このうち第4面の《老年》は、当サイトの別の記事で扱った。

アメリカの荒野の風景である。

嵐を抜けた舟が、静かな水の上で天上の光を仰ぐ画面だった。

本記事では、残る三面を順に見ていく。

画面はどれも大きく、三面とも縦は134.3センチある。

対幅の騎士とは違い、主人公はどこにでもいる無名の人である。

人生の航路:幼年
トマス・コール《人生の航路:幼年》1842年。油彩・画布。縦134.3センチ、横195.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。トマス・コール《人生の航路:幼年》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第一面は、曙光の中にある。

暗い洞窟から、小舟が滑り出てくる。

舟には幼子が乗り、背後では天使が舵を預かっている。

行く手の岸辺は、一面の花に埋まっている。

岸の花は、季節の春と人生の春を二重に示している。

時刻は朝、季節は春。

川はまだ穏やかで、幼子は花に向かって手を伸ばす。

背後の洞窟は、生まれる前の闇を思わせる。

守られた、人生の始まりの画面である。

青年は、雲の城へ舵を切る

人生の航路:青年
トマス・コール《人生の航路:青年》1842年。油彩・画布。縦134.3センチ、横194.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。トマス・コール《人生の航路:青年》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第二面では、幼子が青年になっている。

天使は、もう舟にいない。

岸に立ち、遠ざかる舟を静かに見送るだけである。

青年は自分の手で舵を取り、行く手を高く指さす。

その視線の先、空には雲でできた壮麗な城が浮かんでいる。

野心と夢の画面である。

だが川筋をよく見ると、流れは手前で折れている。

この川は、あの城へは続いていない。

夢の甘さと危うさが、ひとつの画面に同居している。

四面の中で最も明るく、最も皮肉な一枚だろう。

人生の一場面としてだけでなく、時代の肖像としても読める。

壮年は、嵐の中で祈る

人生の航路:壮年
トマス・コール《人生の航路:壮年》1842年。油彩・画布。縦134.3センチ、横202.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。トマス・コール《人生の航路:壮年》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第三面は、嵐である。

空は黒く、川は急流となって岩の間へ落ち込んでいく。

舵は、すでに失われている。

男は舟の上で手を組み、ただ祈るしかない。

雲の裂け目には、禍々しい影がのぞいている。

助けの手は、画面のどこにも見当たらない。

それでも川は流れ、舟は先へ進むしかない。

曙光から嵐へ。花咲く岸から、裸の岩へ。

同じ川、同じ舟でありながら、画面ごとに時が進んでいく。

三面を続けて見るだけで、時間が流れたことが分かる。

これが、コールのたどり着いた風景の物語である。

ローマで、もう一度描かれた

《幼年》の画面の左下には「1842 / T. Cole / Rome」と記されている。

ローマ、とある。

なぜアメリカの画家の代表作に、ローマの地名があるのか。

コールは1840年に、この連作の最初の組を完成させた。

その後ヨーロッパへ渡り、ローマに滞在する。

そして1842年、自身の手でもう一組を描いたと伝えられる。

ワシントンにあるのは、この二組目である。

《青年》の左下にも、同じくローマの地名が記されている。

異国の空の下で、画家は自作をもう一度なぞったことになる。

構図を作り直すほど、この連作への手応えは強かったのだろう。

所蔵館の記録によれば、連作はのちに画家からシンシナティの人物へ売られた。

1908年には病院へ贈られ、1971年に美術館の所蔵となった。

連作は一枚の絵と違い、揃いのまま旅をする。

四枚が百年以上も離れずに残ったこと自体が、形式の力を物語る。

物語は、途中の一枚だけでは半分も伝わらないからである。

なおコールは、この六年後の1848年に急逝している。

四十六年の生涯だった。

見立て——連作は、国の行く末を語る

なぜコールは、ここまで連作にこだわったのか。

当時のアメリカは、建国から半世紀余りの若い国だった。

開発は進み、森は切られ、線路が延びていく。

この国は、どこへ向かうのか。

進歩を疑わない声が大きい時代に、コールは影も描いた。

風景の連作は、その問いを語るための装置だったと考えられる。

夢の城へ舵を切る青年の姿は、膨張する若い国と重なって見える。

コール自身、開発による自然の破壊への疑念を書き残したと伝えられる。

繁栄から没落までを五面で描いた連作《帝国の推移》も有名である。

同作はニューヨーク歴史協会が所蔵し、当サイトでは扱っていない。

興亡の五面を貫くのも、やはり同じ土地の風景である。

朝の次には、夕が来る。

若さの先には、老いが待つ。

一枚では言えないその摂理を、コールは枚数で語った。

連作とは、風景に流れる時間へ観る者を立ち会わせる形式である。

引き取り——同じモチーフを、面ごとに追う

連作の見方を、ひとつ提案したい。

同じモチーフを、面から面へ追いかけることである。

《人生の航路》なら、舟と天使と空の色がよい。

天使は幼年で舵を執り、青年で岸へ退く。

壮年の画面では、その姿を自分の目で探してみてほしい。

空の色だけを追ってもよい。

曙光、青空、嵐。

空を読むだけで、人生の時刻が分かるようにできている。

《出立》と《帰還》なら、緑と紅葉、朝日と夕日を見比べたい。

同じ形の画面に、正反対の時間が入っていることが分かる。

同じモチーフを繰り返し描く方法は、のちの時代にも現れる。

積みわらや聖堂を、光を変えて何度も描いた画家がいた。

モネの連作である。

ただし、モネが追ったのは光の移ろいだった。

コールが追ったのは、人の一生と国の時間である。

形式は同じでも、流し込むものは画家ごとに違う。

順番に見る、比べて見る、間を想像して見る。

一枚をじっくり見るのとは、また別の楽しみである。

連作は、画家が観る者のために敷いた道でもある。

朝霧のキャッツキルから、嵐の急流まで。

九つの画面をつないで流れる時間を、確かめてみてほしい。

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