美術史・技法

一つの巻に、二つの年——趙孟頫と趙麟《人馬図巻》ほか

1296年と1359年。九件の年の欄には、二つの年が並ぶ。祖父と孫が同じ紙に描き、表装が画面の五倍に及ぶ巻もある。十七メートルの巻物もある。二つの年を書き続ける記録を読みたい。七百年離れた二人が、並ぶ件もある。

人馬図巻
趙孟頫《人馬図巻》メトロポリタン美術館蔵

年の欄に、二つの年が入る

中国の絵を九件、記録の欄で並べてみる。

年の欄が、二つの年で書かれている件がある。

1296年と1359年。

1509年と1546年。

1674年と1677年。

一つの作品に、二つの年がある。

いちばん大きい差は、六十三年。

同じ紙の上に、六十年以上の時間が重なっている。

なぜそうなるのか。

作者の欄を見れば、事情が分かる。

名が二つ、あるいは三つ並んでいる。

一巻に、三代の名がある

年が二つある一件の作者の欄には、三人の名がある。

いずれも同じ姓である。

生没年を見ると、祖父、父、子にあたる。

祖父が1296年に描き、孫が1359年に描き足した。

一本の巻物に、三代が手を入れている。

題にも、その家の三代による、と書かれる。

館の記録は、三人の名を横に並べるだけだ。

誰がどの部分を描いたかは、書かない。

しかし年が二つあることで、時間差は伝わる。

前の回の記事で、代を継ぐ金工の家を見た。

あちらは、代ごとに別の作品を作っていた。

こちらは、同じ一巻に代を重ねている。

人馬図巻
趙孟頫、趙雍、趙麟《人馬図巻》1296年と1359年。館の記録では、巻物、紙に墨と彩色。画面は縦30.2センチ、横178.1センチ。表装を含めて縦31.1センチ、横890.3センチ。番号は1988.135。メトロポリタン美術館蔵。趙孟頫《人馬図巻》メトロポリタン美術館蔵

淡い褐色の紙に、横長の画面が広がる。

中央に、馬が一頭、横を向いて立つ。

体は白く、たてがみと尾が黒い。

四肢はまっすぐで、蹄がはっきり描かれる。

その右に、人物が一人立つ。

正面を向き、長い衣をまとう。

黒い帽子をかぶり、髭をたくわえる。

両手で、手綱を持つ。

左端に、別の人物の一部が見える。

画面の上部に、墨書が数行入る。

そして、朱の印が十数か所に押される。

印は大小さまざまで、位置も不規則である。

表装が、画面の五倍ある

いま見た一件の寸法の欄は、二段になっている。

画面の横が178.1センチ。

表装を含めた横が890.3センチ。

五倍の差がある。

巻物は、絵の前後に長い紙が付く。

前には題字、後ろには跋文や印が並ぶ。

見る人が書き足した文章が、そこに積み重なる。

だから、後ろの部分が長くなる。

館は、その全体を測っている。

絵だけを測れば、この厚みは見えない。

前の回の記事で、掛軸の表装について同じことを書いた。

巻物では、その比がさらに極端になる。

十七メートルの巻物

九件のうち一件は、画面そのものが極端に長い。

縦36.8センチに対して、横が1729.3センチ。

十七メートルを超える。

四十七倍の比である。

この一件も、年が二つある。

1509年ごろと1546年ごろ。

三十七年の差だ。

作者の欄には、二人の名がある。

一方が先に描き、他方が後に描き足した。

題にも、二人の合作と書かれる。

十七メートルのうち、どこまでが誰の手か。

記録は、そこまでは書かない。

合璧山水図巻
沈周、文徵明《合璧山水図巻》1509年ごろと1546年ごろ。館の記録では、巻物、紙に墨。画面は縦36.8センチ、横1729.3センチ。番号は1990.54。メトロポリタン美術館蔵。沈周《合璧山水図巻》メトロポリタン美術館蔵

公開画像は、巻物の一部だけを写す。

左に、岩壁が黒く覆いかぶさる。

岩の面は、横に走る線で刻まれる。

その上に、点が密に打たれる。

草木を表したものだろう。

中央の下に、小さな人物が一人いる。

道を歩き、右へ向かう。

体は数本の線だけで描かれる。

右側には、松が数本立つ。

幹は細く、まっすぐ伸びる。

葉は丸く固まり、輪郭が黒い。

手前に、水面が白く残される。

画面より、装のほうが長い

九件のうち巻物は四件ある。

そのすべてで、表装込みの長さが画面より長い。

828センチの画面が、装込みで1242センチ。

663.6センチの画面が、装込みで1398.3センチ。

241.3センチの画面が、装込みで1308.9センチ。

最後の一件では、五倍以上になる。

画面が二メートル半しかないのに、全体は十三メートル。

つまり、十メートル以上が絵以外の部分である。

そこに何があるのか。

題字、跋文、印。

そして、白紙のままの部分もある。

館は、その全部を作品として測っている。

渓山雪意図巻
高克明、劉松年《渓山雪意図巻》12世紀後半ごろ。館の記録では、巻物、絹に墨と彩色。画面は縦41.6センチ、横241.3センチ。表装を含めて縦41.6センチ、横1308.9センチ。番号は1984.274。メトロポリタン美術館蔵。劉松年《渓山雪意図巻》メトロポリタン美術館蔵

絹の地が、褐色に沈む。

横長の画面に、雪の景色が広がる。

左に、屋根の低い家が数軒ある。

壁は白く、雪が積もる。

その手前に、枯れ木が数本立つ。

枝は細かく分かれ、葉がない。

右には、橋が水を渡る。

橋の上に、小さな人影がある。

奥には、低い山が幾重にも連なる。

山の輪郭は、淡い墨でぼかされる。

右上に、文字が数行と朱の印がある。

巻物は、一度に全部を見られない

巻物は、右から左へ、少しずつ開いて見る。

肩幅ほどの範囲を、順に送っていく。

十七メートルの巻物なら、何十回も送ることになる。

つまり、全体を一度に見ることができない。

掛軸や屏風とは、そこが決定的に違う。

館の公開画像も、一部しか写さない。

九件の巻物四件は、いずれも部分の写真である。

寸法の欄には、全長が書かれている。

しかし、その全長を目で確かめる方法はない。

数字だけが、長さを伝えている。

前の回の記事で、画帖の写真について同じことを書いた。

まとまった量を持つ作品では、必ずこの問題が起きる。

縦の長さが、揃っている

四件の巻物の縦の長さを並べてみる。

30.2センチ。36.8センチ。29.4センチ。

27.8センチ。41.6センチ。

横は二メートルから十七メートルまで散らばる。

しかし縦は、三十センチ前後に収まる。

理由は、紙や絹の幅である。

漉ける紙の幅、織れる絹の幅に上限がある。

その幅が、巻物の高さを決める。

そして、巻いたときに持ちやすい太さにもなる。

材料の制約が、形式を作っている。

館の記録は、その事情を書かない。

書かないが、五つの数字が揃っていることが示す。

作者の欄に、二百年離れた二人

いま見た一件の作者の欄には、二人の名がある。

生没年を見ると、一方は十一世紀前半の人。

他方は十二世紀後半に活動した人である。

百五十年ほど離れている。

同時に描いたはずがない。

中国語の題には、伝という語が入る。

つまり、その人の作と伝えられる、という意味だ。

館は、その伝承と、別の判断を並べて書いている。

英語の作者の欄には、留保の語がない。

言語によって、書き方が違う。

前の回の記事で、帰属の語の段階を見た。

同じ館の同じ記録でも、書き分けの細かさが揃わない。

七百年離れた二人が、並ぶ

さらに極端な一件がある。

作者の欄の一人目は、十世紀に活動した人。

二人目は、十七世紀に活動した人である。

七百年の差がある。

題を読むと、事情が分かる。

十世紀の画家に倣う、と書かれている。

つまり、十七世紀の人が、十世紀の様式を写した。

倣うことが、明示されている。

館は、写された側の名も作者の欄に入れる。

写した人だけを書けば、様式の情報が落ちる。

両方を書くことで、関係が保たれる。

前の回の記事で、十六世紀の様式による兜を見た。

あちらは、題に様式の年代が書かれていた。

こちらは、作者の欄に元の人の名が入る。

同じことを、別の欄で示している。

山水扇面
董源に倣う陸克正《山水扇面》1591年から1651年。館の記録では、扇面を画帖の一葉に仕立てたもの、金地の紙に墨。縦16.5センチ、横50.8センチ。番号は13.100.47。メトロポリタン美術館蔵。陸克正《山水扇面》メトロポリタン美術館蔵

扇の形をした画面である。

上辺が弧を描き、下辺も弧を描く。

左右の端は、下へすぼまる。

地は金色で、細い折り目が放射状に走る。

その上に、山と水が描かれる。

中央に、低い山が横に連なる。

山の上には、点が密に打たれる。

その手前に、水面が広がる。

右側に、木立が小さく立つ。

左側は、ほとんど余白である。

上部の右寄りに、文字が数行入る。

その下に、朱の印が一つ押される。

扇を、画帖の葉にする

いま見た一件の品名は、少し長い。

扇面を画帖の一葉に仕立てたもの、とある。

もとは、扇の紙である。

骨に貼って、あおぐために作られた。

それを骨から外し、平らに伸ばして画帖に貼る。

だから、折り目が残る。

写真でも、放射状の筋が見える。

館の記録は、この経緯を品名で示す。

品名が、その品の履歴を含んでいる。

前の回の記事で、色紙を掛軸に仕立てる例を見た。

日本でも中国でも、仕立て直しは珍しくない。

用途が終われば、別の形で残される。

皇帝の名が、作者の欄に入る

九件のうち二件は、作者の欄の二人目が皇帝である。

生没年のあとに、在位の年まで書かれる。

役割の欄には、どちらも画家とある。

しかし実際には、皇帝は書を寄せたのだろう。

絵に添える文章を書いた。

館は、その区別を役割の欄に反映していない。

二人とも画家として並べている。

前の回の記事で、書家と画家を分ける例を見た。

日本の作品では分けられ、中国の作品では分けられない。

同じ館の中で、扱いが分かれている。

理由は書かれていない。

晋文公復国図巻
李唐、高宗《晋文公復国図巻》12世紀なかば。館の記録では、巻物、絹に墨と彩色。画面は縦29.4センチ、横828センチ。表装を含めて縦30.2センチ、横1242.2センチ。番号は1973.120.2。メトロポリタン美術館蔵。李唐《晋文公復国図巻》メトロポリタン美術館蔵

絹の地に、細い線で描かれる。

右に、建物の一角がある。

深い庇が張り出し、柱が並ぶ。

建物の中に、人物が座る。

衣は白く、赤い縁が付く。

その左に、牛が二頭いる。

一頭は褐色、一頭は白い。

いずれも木につながれる。

木は葉を赤く染める。

線は細く、色は淡い。

画面全体が、褐色に沈んでいる。

詩経豳風図巻
馬和之、高宗《詩経豳風図巻》12世紀なかば。館の記録では、巻物、絹に墨と彩色と金と銀。画面は縦27.8センチ、横663.6センチ。表装を含めて縦35.1センチ、横1398.3センチ。番号は1973.121.3。メトロポリタン美術館蔵。馬和之《詩経豳風図巻》メトロポリタン美術館蔵

淡い絹に、薄い墨で描かれる。

左半分に、木立と水辺が広がる。

木は細く、葉が点で表される。

水辺に、小さな人物が数人いる。

いずれも立ち姿で、動きが少ない。

奥に、雲か靄が白く残される。

右半分は、文字である。

漢字が縦に、六行ほど並ぶ。

一字ずつが大きく、間隔が広い。

行の下に、朱の印が一つある。

絵と文字が、同じ画面の中で並ぶ。

同じ人の名が、二度書かれる

九件のうち一件は、作者の欄が奇妙である。

同じ名が、二度並んでいる。

一人目の役割は画家。

二人目の役割は書家。

つまり、同じ人が絵も文字も担った。

館は、それを二人分として書いている。

一人と書けば、役割の欄に二つ入れられない。

二人と書けば、役割を分けられる。

形式を優先した結果である。

読み方を誤れば、二人が関わったように見える。

生没年まで同じであることが、唯一の手がかりだ。

李成に倣う雪霽図
王翬《李成に倣う雪霽図》1669年。館の記録では、掛軸、紙に墨と彩色。画面は縦112.7センチ、横35.9センチ。表装を含めて縦226.7センチ、横53センチ。番号は1978.13。メトロポリタン美術館蔵。王翬《李成に倣う雪霽図》メトロポリタン美術館蔵

黒い縁の中に、縦長の画面がある。

上部に、賛の文字が数行入る。

その下から、山が積み重なる。

山の頂は白く、雪が残る。

岩は丸く、輪郭が柔らかい。

中腹に、細い木が数本立つ。

さらに下に、川が流れる。

川の岸に、大きな岩が横たわる。

墨は薄く、全体が明るい。

左下に、朱の印が一つ押される。

表装の裂は、淡い黄で無地に見える。

一つの巻に、人物と背景を分ける

九件のうち一件は、分業の形が明確である。

作者の欄に二人の名があり、どちらも画家。

題には、肖像とある。

一方が人物を描き、他方が背景を描いた。

そういう作り方が、中国の肖像画にはあった。

顔を専門にする人と、山水を専門にする人が組む。

館の記録は、そこまでは書かない。

しかし、作者の欄が二人であることが手がかりになる。

前の回の記事で、意匠と製作を分ける家具を見た。

絵画でも、分業は起きている。

一枚の紙の中で、担当が分かれる。

忍菴居士像巻
石濤、張子為《忍菴居士像巻》1684年。館の記録では、巻物、紙に墨と彩色。縦58センチ、横136.8センチ。番号は1987.149。メトロポリタン美術館蔵。石濤《忍菴居士像巻》メトロポリタン美術館蔵

彩色のある横長の画面である。

中央やや左に、人物が一人いる。

白い衣をまとい、岩に腰かける。

顔は正面を向き、髭がない。

頭は剃られ、僧の姿である。

両手を膝の上で組む。

その背後に、岩が青と緑で塗られる。

岩の上に、木が茂る。

葉は細かく、緑と褐色が混ざる。

手前には、水と草がある。

右上に、賛の文字が数行入る。

朱の印が、四か所ほどに押される。

画帖にも、二人の手がある

九件のうち一件は、画帖である。

作者の欄には、画家と書家の名が並ぶ。

十葉の絵と、それに添えた文字からなる。

日本の作品と同じ組み合わせだ。

しかし、こちらでは役割の欄が分かれている。

先ほど見た皇帝の二件では、分かれていなかった。

同じ館の同じ部門の中で、扱いが揃わない。

記録は、一つの規則で書かれるわけではない。

作られた時期と、担当した人による。

その差が、そのまま残っている。

山水画帖
鄭旼画、汪銓書《山水画帖》1688年。館の記録では、十葉の画帖、紙に墨。各葉は縦26センチ、横19.1センチ。番号は1987.408.1。メトロポリタン美術館蔵。鄭旼《山水画帖》メトロポリタン美術館蔵

見開きの二面が写る。

左の面は、文字で埋まる。

漢字が縦に、八行ほど並ぶ。

行の間隔は広く、字は整っている。

左下に、朱の印が二つ押される。

右の面は、絵である。

上部に、遠い山が淡く横たわる。

中央に、大きな岩が立ち上がる。

岩の右に、松が一本のびる。

幹は曲がり、枝が横に張る。

下部に、小さな岩が重なる。

余白が広く、墨は薄い。

題が、二つの言語で書かれる

九件の題の欄には、二つの表記が並ぶ。

漢字の題と、それを訳した題である。

漢字の題には、作者の名と作品名と形式が入る。

たとえば、王朝の名、作者名、絵の名、そして巻という一字。

訳のほうには、絵の名だけが残る。

形式も、作者名も落ちる。

つまり、二つの題は同じ内容ではない。

漢字の題のほうが、情報が多い。

館は、両方を残している。

片方に統一すれば、情報が減るからだ。

前の回の記事で、品名の二段構えについて書いた。

説明を先に、固有の名をあとに。

題の欄でも、同じ工夫が使われている。

世紀で書く年と、一年で書く年

九件の年の欄を、細かさで分けてみる。

一年に定まるものが四件。

世紀の前半や後半で書くものが三件。

二つの年が並ぶものが三件。

そして、六十年の幅を持つものが一件。

1591年から1651年、という書き方である。

なぜ六十年もの幅になるのか。

作者の活動期が、その範囲しか分からないのだろう。

作品に年の記載がなければ、そうなる。

前の回の記事で、年の欄の留保について何度も書いてきた。

分かるものは細かく、分からないものは広く。

この原則は、部門をまたいで共通している。

印が、時間を記録する

九件の画像を並べて、朱の印を数えてみる。

いちばん多い一件では、十数か所に押されている。

印は、作者だけが押すものではない。

持ち主が押し、鑑賞した人が押す。

つまり、印の数はその作品を見た人の数に近い。

館の記録には、印を書く欄がない。

銘記の欄があれば、そこに書かれることもある。

九件では、いずれも書かれていない。

写真を見なければ、印の存在は分からない。

前の回の記事で、記録の欄の不足について何度も書いてきた。

印は、その代表的な例である。

作品の履歴が、面の上に直接残っている。

出所の行に、同じ家の名が並ぶ

九件の出所の行を読むと、二件に同じ表記がある。

ある一族の旧蔵、と断ったうえで、寄贈が続く。

つまり、館に入る前の持ち主が明記されている。

出所の行に、館の外の来歴が入るのは珍しい。

ふつうは、誰から館へ、だけが書かれる。

その前の持ち主は、来歴の欄に書かれる。

この二件では、出所の行に前の持ち主が入り込んでいる。

有名な収集だったからだろう。

その名があることが、作品の評価に関わる。

館は、それを一行の中に残している。

前の回の記事で、括弧の中に前の館が入る例を見た。

考え方は近い。

短い一行に、二段階の履歴を畳んでいる。

二つの年を、書き続けること

九件を並べ終えて、年の欄に戻ってみたい。

二つの年を書くことには、手間がかかる。

一つに丸めるほうが、整理は楽である。

それでも、館は二つ書く。

書かなければ、六十年の隔たりが消えるからだ。

一巻の中に、複数の時間が畳まれている。

畳まれたまま、記録に残す。

前の回の記事で、刀身と拵の年について同じことを書いた。

材料が違い、地域が違っても、記録の姿勢は同じである。

分けられるものは、分けて書く。

その原則が、九件を貫いている。

最後に、九件の受入の年を確かめておく。

1913年が一件、1973年が二件、1978年が一件。

1984年、1987年が二件、1988年、1990年が一件ずつ。

一件を除いて、すべて1973年以降の受入である。

中国絵画がまとまって館に入ったのは、この時期だ。

それ以前は、日本の作品のほうが早く集められていた。

番号の頭の四桁が、その順序を記録している。

作品が作られた順と、館に入った順は関係がない。

十二世紀の絵が1973年に入り、十七世紀の絵が1913年に入る。

番号は、館の歴史を刻むもので、美術の歴史を刻むものではない。

二つを取り違えると、収蔵品の並びを読み違える。

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