若い自画像から、二メートルの全身像へ——アンソニー・ヴァン・ダイク
肘をついた二十代の自画像から始まる九点である。やがて画面は二メートルを超え、人物は見上げる高さに立つ。館の記録には、後から縫い足された布の帯まで書かれている。肖像が格式を帯びていく過程を、寸法と記録から追いたい。

肘をついた自画像
一枚の肖像から始めたい。

若い男性が、体をひねる。
そして、左肘を台に置く。
右手は、下へ伸ばされる。
髪は、金色で、肩まで巻く。
衣は、黒く、大きく膨らむ。
背景の右に、明るい空が見える。
顔だけが、こちらを向く
姿勢を見たい。
体は右を向く。
そして、顔だけがこちらへ回る。
つまり、ねじれがある。
そのねじれが、動きを作る。
台という支え
左肘が置かれた面を見たい。
石の台のようである。
そして、水平に走る。
つまり、姿勢を支える道具である。
肖像で、よく使われる。
黒い衣
衣を見たい。
ほとんど黒である。
そして、襞がわずかに見える。
つまり、暗い面として置かれている。
明るいのは、顔と手だけである。
手を、二つ描く
両手が、画面に入る。
左手は台の上、右手は下へ。
つまり、位置が離れている。
手は、肖像で技量の出る部分である。
そこを二つとも描いている。
背景の空
背景の右を見たい。
明るい青と、雲がある。
そして、左は暗い柱である。
つまり、左右で明暗が分かれる。
その差が、人物を浮かび上がらせる。
若い時期の一枚
制作年は、一六二〇年から二一年ごろとされる。
作者は一五九九年生まれと記録される。
つまり、二十一、二歳ごろの仕事である。
そして、一六四一年にロンドンで没した。
生まれた町と、没した町
館の記録には、地名がある。
生まれたのはアントウェルペン。
そして、没したのはロンドンである。
つまり、海を渡って働いた画家である。
髪の描き方
髪を見たい。
一房ずつ、渦を巻く。
そして、光の当たる面が明るい。
金色に近い色である。
自画像という主題
自画像は、注文ではない。
つまり、自分のために描く。
そして、若い画家にとっては見本にもなる。
腕を示すための一枚でもある。
一九四九年の寄贈
来歴を見たい。
館の記録では、ある個人収集からとされる。
そして、年は一九四九年。
つまり、二十世紀半ばに館へ入った。

二メートルの全身像
二点目は、きわめて大きい。
縦215.9センチである。
つまり、人物が等身大を超える。
男性が、立っている。
黒い衣に、白い襟。
胸に、青い綬と星形の飾り。
足元に、大きな犬。
全身という格
全身を描く肖像は、格が高い。
そして、値段も高い。
画布も大きく、手間もかかる。
つまり、注文主の地位を示す。
見上げる寸法
高さ二メートルを超える絵は、見上げることになる。
そして、描かれた人物が上から見下ろす。
つまり、寸法そのものが関係を作る。
犬という同席者
足元の犬を見たい。
背が高く、痩せている。
そして、顔を上げて人物を見る。
つまり、狩りに使う犬だろう。
姿勢の作り方
人物の姿勢を見たい。
片手を腰に当てる。
そして、もう一方を犬の頭に置く。
つまり、くつろいだ構えである。
犬の視線
犬は、人物を見上げる。
そして、人物は正面を向く。
つまり、視線が交わらない。
その差が、主従の関係を示す。
胸の飾り
胸元を見たい。
青い帯が、肩から斜めに掛かる。
そして、星形の飾りが付く。
つまり、勲章である。
身分を示す持ち物である。
緑の幕
背景の左を見たい。
緑の布が、上から垂れる。
つまり、幕である。
肖像の背景として、繰り返し使われる。
白い襟
首元を見たい。
白い襟が、幅広く広がる。
そして、縁に細かい飾りがある。
暗い衣の中で、そこだけが明るい。
一八八九年の寄贈
来歴を見たい。
館の記録では、一八八九年の寄贈である。
つまり、九点の中で最も早く館へ入った。
そして、四点目も同じ寄贈である。
二点の来歴
二点目と四点目は、同じ寄贈である。
つまり、一人の収集家が二枚を持っていた。
そして、まとめて館へ渡した。
十九世紀の収集
十九世紀の終わり、米国で欧州の絵が集められた。
そして、その多くが美術館へ寄贈された。
当サイトでは、繰り返しこの流れに触れてきた。

布が、足されている
三点目の記録には、重要な記載がある。
上端に、5.4センチの布が足されている、とある。
つまり、画布が後から広げられている。
上端だけを、足す
足されたのは、上端である。
つまり、縦を伸ばしている。
横は、そのままである。
高さの合わない場所に掛けたのだろう。
なぜ、足すのか
理由は、いくつか考えられる。
額に合わせるため。
あるいは、掛ける場所の高さに合わせるため。
館の記録は、事情を示していない。
足した部分は、誰が描いたか
足された布にも、絵が続いている。
しかし、それを描いたのが誰かは分からない。
つまり、作者の手ではないかもしれない。
二センチという幅
足された幅は、5.4センチである。
つまり、全体の四十分の一ほどにあたる。
小さいが、記録するに足る差である。
記録が、残る意味
重要なのは、記録に残っていることである。
寸法の欄に、はっきり書いてある。
つまり、隠していない。
見る側は、そのことを知って見られる。
赤い外套
画面を見たい。
男性が、屋外に立つ。
上衣は、銀色に光る。
そして、赤い外套を肩に掛ける。
足元に、黒い金属の塊。
背後に、海と船が見える。
赤という一点
外套の赤を見たい。
鮮やかで、大きい。
そして、暗い背景と銀の衣のあいだにある。
つまり、画面で最も強い色である。
銀の刺繍
上衣を見たい。
細かい模様が、一面に刺繍される。
そして、光を受けて銀色に輝く。
つまり、費用のかかる衣である。
足元のもの
足元を見たい。
黒い金属の塊がある。
砲の一部だろうか。
館の記録に、説明はない。
だから、形の説明にとどめる。
靴と、留め金
足元を見たい。
白い靴に、飾りが付く。
そして、脚には白い靴下。
つまり、当時の装いである。
背後の海
背景を見たい。
水面が広がり、帆船が浮かぶ。
そして、空に雲がある。
つまり、海に関わる人物だろう。
もっとも、館の記録は説明していない。
板に描いた肖像
四点目は、支持体が違う。

技法欄を見たい。
油彩、板とある。
つまり、画布ではない。
九点のうち、板は四点である。
板という支持体
板は、硬く、表面が平らである。
そして、細かい描写に向く。
一方、重く、大きくは作れない。
反りや割れの心配もある。
板を、接ぐ
大きな板は、一枚では取れない。
だから、複数を接いで作る。
そして、接ぎ目に沿って割れることがある。
保存の難しさが、そこにある。
大きな板
もっとも、この一点は縦106センチある。
つまり、板としては大きい。
複数の板を接いでいるのかもしれない。
館の記録は、示していない。
車輪状の襟
画面を見たい。
年配の男性が、椅子に座る。
黒い衣を着ている。
そして、首に大きな白い襟。
その襟は、車輪のように放射状に広がる。
襟の大きさ
襟の直径を見たい。
顔の幅の二倍ほどある。
つまり、きわめて大きい。
十七世紀初めの流行である。
襟の作り
襟を見たい。
細かい襞が、幾重にも重なる。
そして、糊で固められている。
つまり、形を保つための工夫である。
手にした紙
右手を見たい。
白い紙を持つ。
そして、指のあいだにある。
書類か、手紙だろう。
椅子の背
右を見たい。
椅子の背の一部が見える。
そして、鋲が並ぶ。
つまり、上等な家具である。
暗い背景
背景を見たい。
ほとんど黒である。
そして、顔と襟だけが明るい。
明暗の差が、きわめて大きい。
一六一八年という年
制作年は、一六一八年ごろとされる。
作者は、十九歳ごろになる。
つまり、九点の中で最も早い。
若い画家の注文
十九歳で注文を受けるのは、早い。
もっとも、当時は修業の開始も早かった。
十代で工房に入ることが普通だった。
十九歳の仕事
十九歳で、これだけの肖像を描く。
つまり、早くから注文を受けていた。
もっとも、館の記録は経緯を示さない。

版画という技法
五点目は、絵画ではない。
技法欄を見たい。
エッチングとエングレーヴィングとある。
つまり、銅版画である。
二つの技法
エッチングは、薬品で銅を腐食させる。
そして、エングレーヴィングは、刃で直接彫る。
つまり、二つの方法が併用されている。
版画という媒体
版画は、多数刷られる。
そして、遠くまで運ばれる。
つまり、絵より広く伝わる。
画家の名を知らせる手段でもある。
線の違い
二つの技法では、線の質が違う。
腐食の線は、やわらかい。
そして、彫った線は、鋭い。
その差が、画面に幅を与える。
頭部と、衣の差
画面を見たい。
顔は、細かい線で密に描かれる。
一方、衣は線が粗い。
そして、下部はほとんど白い。
顔の線
顔を見たい。
細い線が、交差して並ぶ。
そして、その密度で明暗を作る。
版画には、色の面がない。
未完成に見える理由
衣が粗いのは、意図だろう。
顔に視線を集めるためである。
つまり、力の入れどころを選んでいる。
下部の文字
画面の下を見たい。
文字が、二行に刻まれている。
つまり、描かれた人の名と職業だろう。
版画には、こうした表示が入る。
誰を描いたか
題は、人名である。
そして、下部の文字にも同じ名がある。
つまり、画面が自ら説明している。
名と、職を示す
版画は、多数刷られて広まる。
そして、見る人は誰か分からない。
だから、名を刻む。
つまり、説明が必要な媒体である。
「縁の内側で切られている」
寸法の記録に、注目したい。
版の縁の内側で切られている、とある。
つまり、紙が切り詰められている。
版の縁とは
銅版を紙に押すと、版の輪郭が凹む。
その跡を、版の縁と呼ぶ。
そして、それより内側で切ってある。
つまり、もとの紙はもっと大きかった。
紙の種類
技法欄を見たい。
簀の目紙とある。
つまり、漉くときの簾の跡が残る紙である。
そして、色はアイボリーとされる。
切られた理由
紙を切る理由は、いくつかある。
額に合わせるため。
あるいは、帖に貼るため。
館の記録は、示していない。

宗教の主題
六点目は、肖像ではない。
女性が、赤い衣をまとう。
そして、裸の子どもを抱く。
子どもは、乳を含む。
背景は、暗い茶である。
板という支持体
技法欄を見たい。
油彩、板とある。
つまり、四点目と同じである。
小さな絵には、板がよく使われる。
赤い衣
衣を見たい。
濃い赤で、大きく広がる。
そして、画面の下半分を占める。
暗い背景の中で、その赤が強い。
肌の明るさ
子どもの体を見たい。
明るく、丸い。
そして、赤い衣の上に置かれる。
つまり、色の対比で浮かび上がる。
白い布
子どもの下を見たい。
白い布が敷かれる。
そして、赤い衣の上に置かれる。
つまり、明暗の段が作られている。
顔の向き
女性の顔を見たい。
下を向き、子どもを見る。
つまり、こちらを見ていない。
肖像とは、視線の扱いが違う。
一九五一年の購入
来歴を見たい。
館の記録では、一九五一年に基金で購入された。
つまり、寄贈ではない。
館が資金を投じて買っている。
小さめの画面
寸法を見たい。
縦64.1センチ、横49.5センチ。
つまり、九点の中では小さいほうである。
私的な信心のための絵だろう。
三人の場面
七点目は、人物が三人である。

左に、女性が座る。
膝の上に、裸の子ども。
右に、もう一人の女性。
上部に、木の枝と花。
背景の左上に、空が見える。
ここにも、足された布
寸法の記録を見たい。
二つの数字が並ぶ。
一つは、もとの画布の寸法。
もう一つは、布を足した状態の寸法である。
二つの寸法の差
差を計算したい。
縦が2.9センチ、横が3.2センチ。
つまり、四辺すべてに足されている。
三点目とは、足し方が違う。
三点目と、同じ処置
三点目にも、足された布があった。
つまり、九点のうち二点が同じ状態である。
なぜ、二点もあるのか
大きな絵は、掛ける場所に合わせて調整される。
そして、寸法を変えるには布を足すか、切る。
つまり、絵は動かされるたびに手が入る。
切るより、足す
切れば、絵が失われる。
一方、足せば、絵は残る。
つまり、足すほうが被害が小さい。
もっとも、作者の意図した画面ではなくなる。
記録の書き方
館は、二つの寸法を並べて記す。
つまり、もとの状態も分かる。
見る側は、どこまでが作者の画面かを知ることができる。
子どもの姿勢
子どもを見たい。
仰向けに横たわる。
そして、両腕を広げる。
つまり、眠っている姿である。
花の枝
上部を見たい。
薔薇らしき花が咲く。
そして、葉が広がる。
つまり、屋外の設定である。
右の女性
右の人物を見たい。
金色の髪で、こちらを見ない。
そして、手に何かを持つ。
題によれば、聖人である。
持ち物が、誰かを示す記号になる。
暗い背景
背景を見たい。
右側は、ほとんど黒である。
そして、左上だけが明るい。
つまり、光が斜めに入る。
受け入れの年のずれ
来歴を見たい。
遺贈は一九五九年、受け入れは一九六〇年。
つまり、一年の差がある。
遺言の手続きに時間がかかるためだろう。

小さな板の下絵
八点目は、小さい。
縦25.4センチ、横22.2センチ。
つまり、九点の中で最も小さい。
茶色の地
画面の地を見たい。
黄褐色である。
つまり、板に下地を塗ってある。
そして、その上に白で明るい部分を描く。
色が、少ない
画面を見たい。
茶色の地に、白い絵の具で描かれる。
そして、色がほとんどない。
つまり、単色に近い画面である。
下絵という性格
色を使わず、明暗だけで描く。
これは、構図を決めるための段階である。
つまり、下絵だろう。
描かれているもの
画面を見たい。
馬が、前脚を上げる。
そして、その脇に人が立つ。
さらに、その後ろにもう一人。
つまり、乗ろうとする場面である。
速い筆
筆の跡を見たい。
太く、迷いがない。
そして、細部は追われていない。
つまり、速く描かれている。
板の継ぎ目
画面の中ほどを見たい。
横に、一本の線が走る。
つまり、板を継いだ跡だろう。
小さな板でも、継ぐことがある。
縁の傷み
画面の縁を見たい。
絵の具が剥がれている。
そして、木の地が見える。
つまり、傷んでいる。
そのままの状態で公開されている。

対になる、もう一枚
九点目は、八点目と対をなす。
寸法が、ほぼ同じである。
そして、同じ年、同じ寄贈。
つまり、二枚が一組で伝わった。
寸法の差
寸法を比べたい。
八点目が25.4センチ掛ける22.2センチ。
九点目が25.7センチ掛ける22.5センチ。
つまり、三ミリしか違わない。
馬の描き方
馬を見たい。
首が湾曲し、脚が上がる。
そして、筋肉の起伏が線で示される。
つまり、動きが捉えられている。
同じ主題の、別の段階
八点目は、乗ろうとする場面。
そして、九点目は、乗っている場面。
つまり、動作が進んでいる。
連続する二枚
二枚を並べると、動きが続く。
まず、馬に手を掛ける。
次に、鞍に座る。
つまり、時間の経過が示される。
二枚の来歴
二枚は、同じ寄贈である。
そして、年は一九四九年。
つまり、離れずに伝わった。
下絵の対が揃うのは、貴重である。
何のための下絵か
大きな騎馬像のための習作だろう。
そして、姿勢を試している。
もっとも、館の記録は完成作を示さない。
だから、当サイトは断定しない。
九点の内訳
九点をまとめたい。
肖像が四点、宗教画が二点。
下絵が二点、そして版画が一点。
つまり、性格がばらばらである。
寸法の幅
寸法を並べたい。
最小が24.5センチ、最大が215.9センチ。
つまり、八倍以上の差がある。
用途の差
寸法の差は、用途の差である。
二メートルの全身像は、広間に掛ける。
そして、二十五センチの下絵は、画室に置く。
支持体の内訳
支持体も見たい。
画布が四点、板が四点、紙が一点。
つまり、三種類が使われている。
制作年の分布
年代を並べたい。
一六一八年ごろ、二〇年ごろが二点。
二〇から二一年ごろ、三〇年ごろが四点。
そして、三二から三五年ごろが二点。
つまり、十七年ほどに分布する。
二つの土地
制作地も考えたい。
早い時期はアントウェルペン。
そして、後の大きな肖像は英国だろう。
もっとも、館の記録は制作地を示していない。
布を足された二点
最後に、寸法の記録へ戻りたい。
九点のうち二点に、足された布がある。
そして、その旨が記録されている。
絵は、動かされる
絵は、四百年のあいだに何度も持ち主を変える。
そして、そのたびに額が変わり、掛ける場所が変わる。
つまり、寸法が調整されることがある。
記録が、それを残す
いま見えているのは、調整された後の姿である。
しかし、記録にはもとの寸法が残っている。
だから、私たちは差を知ることができる。
見えているものと、もとの状態。
その両方を、記録が繋いでいる。




