画家を知る

原作と模作——ヴァン・ダイクの名で残る絵

縦12.2センチの板絵が十三点。いずれも「ヴァン・ダイクに倣う」と記録された使徒像である。本人の習作や大きな肖像と並べ、原作と写しの関係を九点で読む。鑑定書が売買に使われた経緯にも触れておきたい。来歴が三世紀に及ぶ肖像も見ておく。

聖ペテロ
聖ペテロ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦12.2センチの使徒

一点の油彩から始めたい。

聖ペテロ
アンソニー・ヴァン・ダイクに倣う《聖ペテロ》1660年以降。板に油彩。縦12.2センチ、横10.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。聖ペテロ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寸法を見てほしい。縦12.2センチ、横10.6センチ。名刺を二枚並べた程度の大きさである。

その中に、男の半身が描かれている。腕を組み、右手に鍵を握る。

鍵は、聖ペテロを示す持物である。灰褐色の髭が胸まで垂れ、額に深い皺が刻まれる。

衣は黄土色で、肩に暗い青の布が掛かる。背景は茶褐色の闇である。

顔は左上を向き、光がそちらから当たる。頬と鼻筋が明るく、目の下に影が落ちる。

筆の跡は粗い。髭は数本の線で示され、衣の襞は一筆で引かれている。

小さな板の上で、大きな絵と同じ手つきが使われている。

作者の欄に「倣う」とある

記録の書き方に注目したい。所蔵館の記録は、作者を「after Sir Anthony van Dyck」と記す。

日本語にすれば「ヴァン・ダイクに倣う」である。つまり本人の作ではない。

誰かがヴァン・ダイクの絵を写した、という意味である。写した人の名は書かれていない。

制作年も「1660年以降」とだけある。ヴァン・ダイクが没したのは1641年である。

つまり、没後に作られた複製だと分かる。記録の語一つで、作品の位置づけが決まる。

十三点が、同じ寸法で揃っている

同じ形式の作品が、まとまって残っている。

聖パウロ
アンソニー・ヴァン・ダイクに倣う《聖パウロ》1660年以降。板に油彩。縦12.2センチ、横10.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。聖パウロ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寸法は先の一点と同じである。縦12.2センチ、横10.6センチ。

男が正面を向き、細長い剣を右手で立てて持つ。剣はパウロを示す持物である。

黒い髭が広く胸を覆い、頭髪は乱れている。衣は暗い緑で、肩から赤い布が下がる。

当サイトには、この形式の板絵が13点公開されている。いずれも同じ寸法、同じ材料である。

聖人の名は、ペテロ、パウロ、ヤコブ、ヨハネ、マタイ、マルコ、トマス、シモン、バルトロマイと続く。

つまり、使徒の連作を小さく写した組物である。

誰が写したのか、分からない

写した人についても考えたい。記録に名前がない以上、特定はできない。

考えられるのは、工房の職人、後世の模写家、あるいは複製を専門にした画家である。

17世紀のヨーロッパでは、名画の複製が商売として成立していた。版画による複製も盛んだった。

つまり写しを作る仕事は、日陰の作業ではない。需要のある職業だった。

問い——写しは、何のために作られたのか

ここで問いを立てたい。原作があるのに、なぜ写しを作るのか。

そして、写しは原作より価値が低いのか。記録は、その判断をどう書いているのか。

当サイトにはヴァン・ダイク本人の作が30点、倣った作が13点公開されている。

両方を並べて、原作と写しの関係を読みたい。

横顔だけの一点

もう一点、同じ組から見たい。

聖シモン
アンソニー・ヴァン・ダイクに倣う《聖シモン》1660年以降。板に油彩。縦12.2センチ、横10.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。聖シモン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

この一点は、人物が横を向いている。顔は右向きの側面で、目は前方を見る。

白い髪が耳の上で乱れ、髭も白い。衣は暗い青緑で、肩に褐色の布が掛かる。

手には道具らしき形が見える。ただし小さく、判別は難しい。

十三点を並べると、向きと持物だけが違う。姿勢の型は共通している。

つまり原作の連作そのものが、型で構成されていたと考えられる。

使徒の連作という商品

主題の背景にも触れておきたい。使徒の頭部を並べる連作は、17世紀に数多く作られた。

十二人という数が決まっているので、揃物になる。教会にも、個人の家にも掛けられた。

数の決まった枠が集める動機を作る点は、
別のコラムでも扱った。

主題が同じなら、写しにも需要がある。原作が一つしかなくても、写しなら何組でも作れる。

板に描くという選択

材料にも触れておきたい。この十三点は、いずれも板に描かれている。

小さな画面では、板のほうが扱いやすい。画布は張り枠が要り、小さくすると歪みやすい。

板なら、そのまま切って使える。縁を額に嵌めることもできる。

材料の選択は、寸法と用途から決まっている。板絵の性質については、
別のコラムで詳しく扱った。

大きさが変わると、用途が変わる

写しの寸法にも意味がある。原作の使徒像は、等身に近い大きさで描かれたと考えられている。

写しは縦12.2センチである。壁に掛ける絵ではなく、机上や小箱に収める大きさになる。

つまり写しは、原作の縮小版として別の用途を持つ。教会の壁の絵が、個人の手元の品になる。

複製が、作品の使われ方を変える例である。

大きな写しもある

写しは、小さいものばかりではない。

四人の少年
アンソニー・ヴァン・ダイクに倣う《四人の少年》おそらく17世紀半ば。油彩・画布。縦126.8センチ、横101センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。四人の少年》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは大きい。縦126.8センチ、横101センチ。

少年が四人並ぶ。右端の一人は緑の服に白い大きな襟、金の鎖を掛ける。

中央の一人は淡い桃色の服で、赤いマントを羽織る。左の二人は褐色の服である。

背景の左に、岩と彫像らしき人物像が見える。空には雲が流れる。

顔の描き方は丁寧で、目の潤みまで描かれる。写しといっても、手を抜いた絵ではない。