判型ごとに、別の商品——磯田湖龍斎
磯田湖龍斎は、柱絵、中判、大判、肉筆と判型を使い分けた。細長い紙には花鳥を縦に積み、中判では故事を当世の姿に置き換える。九点を並べ、判型ごとに商品が違ったことを確かめる。見立てという方法も見ておきたい。肉筆の掛軸との落差も確かめておきたい。

縦横比、六対一
一枚の版画から始めたい。

寸法を先に見てほしい。縦72.4センチ、横11.7センチ。
縦横の比は、およそ六対一である。
物差しのように細長い紙に、絵が収まっている。
上部に鳳凰がいる。首を右へ曲げ、長い尾が下へ伸びる。
尾は三本に分かれ、画面の中ほどまで垂れる。
その下に桐の葉が重なる。掌のような形が四枚、五枚と続く。
下端にも葉があり、白い花が点々と付く。
背景は無地である。空も地面も描かれていない。
この形式を柱絵と呼ぶ。
家の柱に貼るために作られた版画である。
柱に貼る絵という前提
柱絵の性質を確かめておきたい。
日本の家屋では、部屋と部屋のあいだに細い柱が立つ。
その幅は、およそ10センチから15センチである。
柱絵の横幅11.7センチは、そこにぴたりと収まる。
つまり、この寸法は絵の都合ではなく、家の都合で決まっている。
判型が絵の中身を決める話は、
別のコラムで扱った。
湖龍斎の場合、その判型を主力にしていた点が違う。
当サイトの公開分16点のうち、四点がこの細長い形である。
誰が、いつ描いたのか
描いたのは磯田湖龍斎である。
18世紀後半の江戸で活動した絵師である。
生没年は確かでない。所蔵館の記録も、活動期しか示していない。
もとは武家の出だったと伝えられるが、確かな裏づけは乏しい。
はっきりしているのは、鈴木春信の様式を受け継いだ点である。
春信が没したのは1770年。
その前後から、湖龍斎の作が増えていく。
先行する絵師の型を受け取り、判型を広げた画家だと言える。
錦絵の始まりについては、
こちらのコラムで扱った。
鳥と花を、縦に積む
細長い画面では、構図の作り方が変わる。
もう一点、同じ判型を見たい。

上から順に、松の枝、雉、岩、滝と並ぶ。
横に並べる余地がないので、要素を縦に積むしかない。
雉は枝に止まり、頭を左へ向けている。
羽に赤と褐色が入り、胸のあたりが白い。
枝には雪が積もり、白く残されている。
その下に滝が細く落ち、水が渦を巻く。
視線は上から下へ、一本の線で導かれる。
横長の画面なら左右に散る要素が、ここでは順番に並ぶ。
背景を描かないという選択
柱絵の二点には、共通する特徴がある。
背景がほとんど描かれていない。
鳳凰の一点では、空も雲も無い。
雉の一点でも、岩と滝のほかは余白である。
紙が細いため、背景を描くと主役が埋もれる。
余白を残すことで、形が浮かび上がる。
これは省略ではなく、判型に合わせた設計である。
同じ主題を大きな紙に描けば、背景が必要になる。
紙の形が、描くものの数まで決めている。
問い——湖龍斎は、何を売っていたのか
ここで問いを立てたい。
この画家の公開分16点は、形も主題もばらばらである。
細長い柱絵があり、中判の風俗画があり、大判の遊女絵がある。
絹に描いた掛軸まで含まれている。
一人の絵師の仕事として、どう読めばよいのか。
答えの手がかりは、判型にある。
判型ごとに、客と用途が違っていたと考えられる。
以下、形ごとに見ていきたい。
柱絵に、人を入れる
柱絵は、花鳥だけの形式ではない。

上部に松の枝がある。赤い実らしきものが下がる。
中ほどに女性が立つ。細身で、袖を垂らしている。
その足元に、大きな鶴が首を伸ばしている。
松と鶴は、寿老人という神仙の持物である。
寿老人は白い髭の老人として描かれるのが決まりだった。
その型を、当世の女性に置き換えている。
題名の「美人寿老人」は、その置き換えを指している。
松と鶴は、何を意味するのか
持物についても補っておきたい。
寿老人は、長寿を司る神仙とされる。
その姿には、鹿や鶴、桃、巻物などが添えられる。
松もまた、長寿の印として添えられる。
つまり画面の松と鶴は、飾りではなく記号である。
見る側は、その記号から神仙を思い出す。
そして、記号だけが残り、人物が女性に入れ替わっている。
置き換えの妙は、記号を残した点にある。
全部を変えてしまえば、元の型は消える。
見立てという方法
この置き換えを、見立てと呼ぶ。
古典や故事の型を借り、中身を当世の人物に差し替える。
見る側は、元の型を知っていることが前提になる。
つまり、絵と客のあいだに共有の知識がある。
分からなければ、ただの美人画に見える。
分かれば、二重の意味が読める。
浮世絵の主題選びには、この仕組みが繰り返し現れる。
三人を、縦に重ねる
柱絵の四点目を見たい。

上部に文字が入る。詞書らしき文が細かく並ぶ。
その下に女性が三人、縦に重なって配置される。
一人は立ち、一人は身をかがめ、一人は座る。
酒に酔ったときの三つの型を、三人で示している。
怒る人、泣く人、笑う人。
分類そのものが主題になっている。
所蔵館の記録は、この一点を錦絵と書いている。
多色摺が確立した時期の作である。
文字が、画面の一部になる
文字の扱いにも触れておきたい。
この柱絵では、画面の上部三分の一ほどを文字が占める。
つまり文字は、余白の埋め草ではない。
構図の要素として、最初から場所を取っている。
読める人には情報になり、読めない人には模様に見える。
日本の版画では、この二重の働きがよく使われる。
短冊形や雲形の枠に入れる形式も、そこから来ている。