幅13センチの絵——奥村政信と紙の判型
柱に貼るための細長い版画があった。紙の規格が絵の寸法を決め、寸法が姿勢と構図を決める。奥村政信の柱絵から、判型という条件を読む。値段も飾り方も、紙の形から始まっていた。公開作品八点で追う。絹に描いた一点との落差も見ておきたい。

幅13センチの絵
一枚の版画から始めたい。

寸法を先に見てほしい。縦73センチ、横13.3センチである。
縦横の比は五・五対一。定規のような細長い紙である。
その中に、人がひとり収まっている。
女性が床几に腰かけている。黒く大きな笠を目深にかぶっている。
顔は左を向き、視線が下がっている。
淡い紅の着物に、大きな菊の花の模様。裾が下に長く流れる。
上部には建物の軒と、格子の看板らしい面が斜めに入る。
看板には文字が見えるが、判読はここでは避けたい。
画面の下端に署名と印がある。
笠の形も見ておきたい。縁が広く、面が黒く塗られている。
日除けと顔隠しを兼ねた被り物である。
顔を半分隠すことで、見る側の関心が顔の残りに集まる。
狭い画面では、隠すことが見せる手段になる。
床几は折りたたみの腰掛けで、茶屋の外に出して使われた。
つまり場面は、道端の休み処である。
この形の版画を、柱絵と呼ぶ。
柱に貼るための絵だった
名前のとおり、柱に貼る絵である。
日本の家屋には、幅の狭い柱や壁が多い。
床の間の脇、廊下の柱、襖の枠のあいだ。そこに掛ける絵が必要だった。
掛軸ほど改まらず、値段も安い。壁の細い場所を埋める商品である。
つまりこの判型は、絵の側の都合ではなく、家の側の都合から生まれている。
版画は最初から、貼る場所を想定した商品だった。
どこに掛けるかで、絵の形が決まる
同じことは、西洋の絵にも言える。
祭壇画は祭壇の上の壁の形に合わせて作られた。上部が半円形になるのはそのためである。
天井画は見上げる角度に合わせて人物を配置する。
肖像画は暖炉の上に掛けることを想定した寸法が多い。
絵の形は、たいてい建物から決まっている。
日本の版画の場合、その建物が町人の家だったということになる。
紙の規格が、絵の寸法を決める
版画の寸法は、絵師が自由に決めたものではない。
紙屋が漉く紙の大きさが先にあり、それを切って使う。
大きな紙を二つに切れば大判、四つに切れば細判に近い形になる。
だから寸法には規格が生まれ、判型として名前がついた。
柱絵は、大判の紙を縦に細長く切って作る。
一枚の紙から複数枚が取れるため、材料の無駄が少ない。
判型の呼び名も整理しておきたい。
細判、中判、大判、大々判、間判、そして柱絵。
いずれも後世に整理された呼び名で、当時から統一されていたわけではない。
寸法にも幅があり、同じ「大判」でも数センチ違う。
紙は手漉きで、切り方も店ごとに違ったからである。
だから寸法を比べるときは、判型名ではなく実測値を見るほうが確かである。
本稿でも、所蔵館の実測値を一点ずつ書いている。
判型が変わると、値段も変わる
紙の面積は、そのまま原価に響く。
紙代だけではない。版木の大きさ、彫る面積、摺る手間も比例して増える。
だから判型は、価格帯を表す記号でもあった。
安い絵は小さく、高い絵は大きい。当たり前だが、絵の内容にも影響する。
安い判型には、量産される定番の主題が乗る。
高い判型には、手間のかかる群像や、注文の主題が乗る。
貼る絵は、残りにくい
もう一つ、柱絵には事情がある。
数が少ないのだ。当サイトの公開分でも、この判型は一点だけである。
理由は使い方にある。貼って使う絵は、剥がすときに破れる。
日に焼け、埃をかぶり、湿気で波打つ。
額に入れて仕舞う習慣が無かった時代の消耗品である。
残っているのは、貼られなかった分か、剥がしても壊れなかった分である。
版画の残存数は、作られた数ではなく、扱われ方を映している。
描いたのは、版元も兼ねた絵師
奥村政信(おくむら・まさのぶ)は18世紀前半の江戸で働いた絵師である。
生没年には諸説あるが、18世紀の半ばまで活動した。
自分の店を持ち、絵を描き、版元として売っていたと伝えられる。
署名にも特徴がある。「日本画工」と名乗り、屋号らしい印を添えている。
これは自己宣伝である。画家の名を商標として使っている。
当サイトでは、この絵師の作品を28点公開している。
判型を追いかけるのに、ちょうどよい数がある。
活動した時期は、江戸の版画がまだ手探りだったころにあたる。
役者絵の分野では鳥居派が力を持ち、競合もあった。
その中で、判型と技法を次々に試したのがこの絵師である。
新しい形を出し、当たれば真似され、また次の形を出す。
版元を兼ねていたからこそ、こういう動き方ができたと考えられる。

判型の違いを、もう一枚で確かめておきたい。
こちらは縦32.4センチ、横15.9センチ。先の柱絵の半分以下の高さである。
女性が立ち、両手で盆を支えている。盆の上に小さな作り物が並ぶ。
端午の節句の玩具である。兜や旗の形が見える。
上衣は黄と黒。袖と裾に細かい模様が入り、下は黒い無地である。
黒い面が広いため、黄色がよく目立つ。
下端に文字の枠があり、絵師の名が入っている。
同じ縦長でも、高さが半分になると全身がゆったり収まる。
柱絵では削るしかなかった余白が、ここでは残っている。