名画の楽しみ方

工房と、画室——ベリーニとティツィアーノの周辺

日本語にすればほとんど同じ二つの語が、館の記録では書き分けられている。周辺、追随者を加えれば五つ。九点の作者の欄に付く語を並べ、五つの距離がどう違うのかを読みたい。署名があるのに、工房とされる一点もある。

風景の中の聖母子
ジョヴァンニ・ベリーニ工房《風景の中の聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

工房と、画室

作者の欄に語の付く絵を九点、並べてみる。

そのうち三点には、工房、という語が付く。

別の三点には、画室、という語が付く。

どちらも、その画家の周囲で作られた、という意味だ。

日本語にすれば、ほとんど同じである。

しかし、館の記録では別の語が使われている。

同じ意味なら、揃えたほうが探しやすい。

揃えていないということは、使い分けているのだろう。

前の回の記事で、帰属の語の段階を何度も見てきた。

こちらは、段階ではなく、種類の違いかもしれない。

使い分けの手がかり

九点の年の欄を、語ごとに並べてみる。

工房と書かれた三点は、いずれも十五世紀から十七世紀初め。

画室と書かれた三点は、十六世紀末から十九世紀なかば。

つまり、工房のほうが古い。

そして、地域も違う。

工房の三点は、いずれもイタリアの画家である。

画室の三点は、イングランド、フランドル、ドイツ、北米。

イタリアの古い画家には工房、それ以外には画室。

そういう傾向が見える。

ただし、九点だけでは断定できない。

館は、使い分けの基準を書かない。

書かないから、こちらで推測するしかない。

風景の中の聖母子
ジョヴァンニ・ベリーニ工房《風景の中の聖母子》1490年から1500年ごろ。館の記録では、板に油彩。画面は縦74.2センチ、横58.3センチ。額装では縦110.8センチ、横88.6センチ。番号は1939.1.262。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョヴァンニ・ベリーニ工房《風景の中の聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

中央に、女性が座る。

濃い青の外套を、頭からかぶる。

外套の下に、白い布が見える。

顔は下を向き、目を伏せる。

膝の上に、裸の幼児が座る。

幼児は上を向き、右手を上げる。

女性の両手が、幼児の体を支える。

背後の左に、丘と町が見える。

右には、木が一本立つ。

空は灰色で、雲が広がる。

下辺に、石の欄干が横に走る。

銘記の欄に、不明の手とある

いま見た一点の銘記の欄には、こう書かれている。

不明の手により、下部中央の欄干に、ある画家の名。

つまり、欄干に署名らしい文字がある。

しかし、それを書いたのは画家本人ではない。

後から、誰かが書き加えた。

館は、そう判断している。

そして、判断したうえで、文字の内容をそのまま写している。

前の回の記事で、偽の署名について書いた。

こちらは、偽とは書かず、不明の手による、と書く。

書いた人が誰か分からない、という言い方だ。

意図までは決めつけていない。

慎重な書き方である。

署名があるのに、工房とされる

この一点には、有名な画家の名が書かれている。

それでも、作者の欄は工房とされる。

つまり、館は署名を信じていない。

様式や技法から、本人の作ではないと判断した。

そして、その根拠は書かれない。

書かれるのは、結論としての語だけである。

前の回の記事で、記録が根拠を書かない例を何度も見てきた。

読む側は、結論だけを受け取る。

受け取ったうえで、それが判断であることを忘れない。

判断は、変わりうる。

愛の寓意
ティツィアーノ工房《愛の寓意》1520年から1540年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦91.4センチ、横81.9センチ。番号は1939.1.259。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ティツィアーノ工房《愛の寓意》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

正方形に近い画面である。

中央に、女性が上半身裸で座る。

長い金褐色の髪を、右手で束ねる。

左手は、下の丸いものに置かれる。

体の周りに、白い布が掛かる。

その左に、男が立つ。

赤い衣を着て、黒い箱を持つ。

顔は女性のほうを向く。

背後に、暗い木が茂る。

その奥に、明るい空と遠景が見える。

人物の肌は、明るく塗られる。

背景との明暗の差が大きい。

大きさが、十倍以上散らばる

九点の寸法を並べてみる。

いちばん小さいのが、縦11センチ、横20センチ。

いちばん大きいのが、縦128.3センチ、横104.2センチ。

面積でいえば、五十倍以上の差がある。

小さい一点は、手のひらに載る大きさだ。

大きい一点は、壁に掛ける肖像である。

用途がまるで違う。

それでも、同じ形式の欄で記録される。

作者、年、技法、寸法、出所、番号。

前の回の記事で、形式の共通性について何度も書いてきた。

同じ欄だから、並べて比べられる。

風景の中のウェヌスとクピド
ジョルジョーネ周辺《風景の中のウェヌスとクピド》1505年から1515年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦11センチ、横20センチ。番号は1939.1.142。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョルジョーネ周辺《風景の中のウェヌスとクピド》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の小さな板である。

手のひらに載る大きさだ。

中央やや左に、女性が座る。

白い衣をまとい、右を向く。

その右に、翼のある幼児が立つ。

幼児は左手を伸ばす。

二人の足もとに、緑の草地が広がる。

草地には、小さな花が点々と散る。

左右に、木が数本立つ。

背後には、丘と建物が小さく見える。

空は淡い青で、雲が薄い。

これだけの要素が、二十センチの中にある。

周辺、という語

いま見た一点の作者の欄には、周辺、という語がある。

その画家の周りにいた誰か、という意味だ。

工房よりも、関係が薄い。

弟子とも限らない。

同じ都市で、同じ様式で描いた人かもしれない。

館の記録には、この語が十点以上ある。

そして、括弧でさらに絞る例もある。

周辺、括弧して、おそらく別の画家。

つまり、二段階の推定である。

前の回の記事で、帰属の語の段階を見た。

工房、追随者、周辺、に帰される。

こちらの館では、そこに画室が加わる。

ラザロと富める人のたとえ
ドメニコ・フェッティ工房《ラザロと富める人のたとえ》1618年から1628年。館の記録では、板に油彩。縦61.6センチ、横45.4センチ。番号は1939.1.88。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ドメニコ・フェッティ工房《ラザロと富める人のたとえ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

左に、赤い幕が垂れる。

その手前に、白い布を掛けた食卓がある。

食卓を囲んで、人が数人座る。

いずれも華やかな衣を着る。

中央から右へ、白い列柱が並ぶ。

柱のあいだに、青い空が見える。

右に、彫像が台の上に立つ。

手前の右に、二人の人物が立つ。

一人は縞の衣、一人は赤い衣である。

その足もとに、犬が二頭いる。

床は白と灰の石で、縞になる。

銘記の欄に、在庫番号がある

いま見た一点の銘記の欄には、こうある。

左下に、目録番号。そして、数字が三桁。

つまり、絵の面に番号が書かれている。

作品の一部ではない。

かつての持ち主が、自分の目録のために書いたものだろう。

館は、それを銘記の欄に写している。

前の回の記事で、現物に番号が書かれる例を何度も見た。

鐔にも、細密の肖像の箱にも、番号があった。

絵画でも、同じことが起きる。

そして、その番号は来歴の手がかりになる。

どの目録の何番か分かれば、持ち主が特定できる。

館は、そこまでは書かない。

画室、という語

九点のうち三点には、画室という語がある。

いずれも、肖像画である。

肖像の注文は、一枚では終わらないことが多い。

同じ人の肖像を、何枚も作る。

家族に配り、役所に飾り、外国へ送る。

そのすべてを本人が描くことはできない。

だから、画室の人が写す。

つまり、複製を作る仕組みが最初からある。

前の回の記事で、複製と反復について何度も書いてきた。

肖像画の画室は、その典型である。

館の記録は、そこまで説明しない。

しかし、三点とも肖像であることが示している。

エセックス伯ロバート・デヴァルー
マルクス・ヘーラールツ(子)画室《エセックス伯ロバート・デヴァルー》1596年から1601年。館の記録では、板に油彩。画面は縦114.7センチ、横87.7センチ。額装では縦152.7センチ、横125.7センチ。番号は1947.18.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マルクス・ヘーラールツ(子)画室《エセックス伯ロバート・デヴァルー》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

背景は濃い青で、平らに塗られる。

中央に、男性が立つ。

上半身に、白い上着を着る。

上着には、細かい刺繍が全面に入る。

首もとに、大きな輪の襞襟が立つ。

肩から、黒い外套を掛ける。

胸に、青い綬が斜めに掛かる。

綬の先に、円い勲章が下がる。

腰に、金色の帯を巻く。

右手を腰に当てる。

髭は赤みを帯び、先が尖る。

肖像は、同じ図が繰り返される

いま見た一点のような肖像は、複数枚が残っていることが多い。

同じ人物、同じ姿勢、同じ衣。

寸法だけが少しずつ違う。

館の記録は、他館に同じ図があるかを書かない。

書く欄がないからだ。

前の回の記事で、同じ版から摺られた版画について書いた。

版画では、同じであることが原理だった。

肖像の複製では、手で写すから少しずつずれる。

そして、ずれることが前提になっている。

画室、という語は、そのずれを含んでいる。

本人の作ではないが、本人の管理の下にある。

マッティアス・デ・メディチ
ユストゥス・サステルマンス画室《マッティアス・デ・メディチ》1660年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。画面は縦128.3センチ、横104.2センチ。額装では縦141.6センチ、横116.5センチ。番号は1950.10.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ユストゥス・サステルマンス画室《マッティアス・デ・メディチ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

右寄りに、男性が立つ。

鎧をつけ、こちらを見る。

鎧は暗い鋼で、光を鈍く返す。

首もとに、白い襞襟がある。

髪は肩まで垂れ、口ひげがある。

腰に、赤い帯を巻く。

その左に、もう一人が控える。

若い人物で、鎧の兜を捧げ持つ。

館の記録は、題に一人の名しか書かない。

控える人物の名は、記録にない。

背後の左に、赤い幕が垂れる。

描かれた人の名が、一人分しかない

いま見た一点には、二人が描かれている。

しかし、題には一人の名しかない。

もう一人については、何も書かれない。

肖像画の題は、注文した人の名になる。

同じ画面にいても、注文者でなければ題に入らない。

前の回の記事で、記録が書かないことを何度も見てきた。

これは、書き落としではない。

題の欄の設計が、そうなっている。

一つの作品に、一つの主題。

複数の人物がいても、代表の一人が題になる。

その仕組みが、記録に残る名を決めている。

ヴィクトリア女王
フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルター画室《ヴィクトリア女王》1843年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。画面は縦128センチ、横95.9センチ。額装では縦144.8センチ、横113センチ。番号は1954.3.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルター画室《ヴィクトリア女王》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

中央に、女性が立つ。

淡い黄の衣を着る。

衣は肩が広く開き、裾が大きく広がる。

胸もとに、白い襞飾りがある。

その上に、濃い青の帯が斜めに掛かる。

首に、細い鎖と飾りを下げる。

髪は中央で分け、両側でまとめる。

髪に、白い花を挿す。

両手を前で組み、右手に花を持つ。

背景は緑と黄の雲で、輪郭がぼやける。

左下に、山らしい影がある。

画室の作が、三点とも肖像である

三点の画室は、いずれも肖像画家である。

そして、三点とも肖像を描いている。

ただし、一点だけ例外がある。

四点目の画室は、動物を描いている。

長い尾の獣が、木の陰にいる図だ。

つまり、画室という語は肖像に限らない。

その画家が工房を構え、助手を使っていれば、画室になる。

動物の図も、大量に注文されることがあった。

図鑑のための原画である。

複製して版画にし、本にする。

前の回の記事で、版画の原画について書いた。

複製を前提とした絵は、画室で量産される。

オコジョ
ジョン・ジェームズ・オーデュボン画室《オコジョ》1845年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。画面は縦51.2センチ、横61.5センチ。額装では縦57.8センチ、横68センチ。番号は1951.9.4。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・ジェームズ・オーデュボン画室《オコジョ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

左に、細長い獣が二匹いる。

一匹は、地面にうずくまる。

もう一匹は、倒木の上を歩く。

体は褐色で、腹が白い。

尾は長く、先が黒い。

顔は細く、目が小さい。

その周囲に、細い草が数本立つ。

草の葉は枯れ、先が垂れる。

右に、倒れた木の幹が横たわる。

背景は淡い黄で、平らである。

下辺に、水面らしい影がある。

銘記の欄が、裏面を写す

いま見た一点の銘記の欄には、裏面の文字が写されている。

上部に、獣の名と、ある画家の名。

下部にも、別の文字がある。

つまり、裏に手書きの記載がある。

その記載には、画家本人の名が書かれている。

しかし、作者の欄は画室である。

館は、裏の記載を信じていない。

前の回の記事で、裏の札が作者名を伝える例を見た。

あちらでは、札が根拠になっていた。

こちらでは、根拠として採られていない。

同じ種類の記載でも、扱いが違う。

追随者、という語

九点のうち一点には、追随者、という語がある。

その画家の様式に従って描いた別人という意味だ。

工房でも、画室でもない。

管理の外にいる。

年の欄には、おそらく十七世紀後半とある。

その画家は、十七世紀後半に世を去っている。

つまり、同時代か、少し後の人だろう。

館は、そこまで絞っている。

前の回の記事で、追随者と写しの違いについて書いた。

写しは、特定の作品を写す。

追随者は、様式を受け継ぐ。

老人の習作
レンブラント・ファン・レインの追随者《老人の習作》おそらく17世紀後半。館の記録では、板に油彩。縦28センチ、横21.5センチ。番号は1942.9.63。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。レンブラント・ファン・レインの追随者《老人の習作》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな縦長の板である。

暗い背景に、老人の顔が浮かぶ。

顔はやや右を向き、目を伏せる。

額に、深い皺が何本も走る。

髪は白く、乱れて広がる。

髭も白く、顎の下で渦を巻く。

鼻は太く、頬がこける。

衣は暗く、背景に溶ける。

光は、額と鼻筋に集まる。

絵具は厚く、筆の跡が残る。

九点でいちばん小さい肖像である。

五つの語が、五つの関係を示す

九点に出てきた語を並べてみる。

工房。画室。周辺。追随者。

そして、語の付かない件はない。

九点とも、何らかの語を持っている。

つまり、九点とも本人の作とはされていない。

館の記録には、この種の語が百点以上に付く。

有名な画家ほど、周囲に作品が集まる。

そして、後から本人の作でないと判断される。

前の回の記事で、有名な名ほど取り消されやすい話を書いた。

同じことが、こちらの館でも起きている。

語の種類が多いのは、判断が細かいからだ。

細かいということは、調べが進んでいるということでもある。

支持体が、二つに分かれる

九点の技法の欄を並べてみる。

板に油彩が四点。

カンヴァスに油彩が五点。

そして、板の四点はいずれも古い。

十五世紀から十七世紀初めである。

カンヴァスの五点は、十六世紀末から十九世紀。

つまり、時代で分かれている。

板からカンヴァスへ、支持体が移った。

前の回の記事で、板からカンヴァスへ移した絵を見た。

あちらは、後から移し替えた例だった。

こちらは、最初からの違いである。

支持体が変われば、絵具の乗り方も変わる。

館の記録は、その差を説明しない。

材料の名を書けば足りると考えている。

出所の行が、二つに集中する

九点の出所の行を並べると、六つになる。

そのうち四点は、ある収集家の名を冠したコレクションである。

一点は、別の一族の名を冠したコレクション。

残る四点は、個別の寄贈だ。

前の回の記事で、この二つの収集を扱った。

いずれも、館の設立期に入った大きな群である。

そして、その群には帰属の複雑な作品が多く含まれる。

まとめて買えば、そうなる。

一点ずつ吟味して買うのとは違う。

館は、受け入れたあとで一点ずつ調べ直す。

その結果が、作者の欄の語になっている。

額の寸法が、四点にある

九点の寸法の欄を見ると、四点に二段目がある。

額装した状態の大きさだ。

そして、そのうち三点には奥行きもある。

つまり、額の厚みまで測られている。

額のない五点は、どうなっているのか。

外されているのか、もとからないのか。

館は、書かない。

前の回の記事で、額の寸法について何度も書いてきた。

書かれているかどうかが、いまの状態を示す。

そして、額は後から付けられることが多い。

作られた当時の額とは限らない。

その区別も、書かれていない。

語を選ぶということ

九点を並べ終えて、語の選択に戻ってみたい。

工房と画室は、日本語では区別しにくい。

しかし、館の記録では別の語である。

別の語を選んだということは、何かを区別したかったのだろう。

その基準は書かれていない。

書かれていないものを、こちらで断定しない。

ただ、九点を並べれば傾向は見える。

古いイタリアの画家には工房。

近い時代の肖像画家には画室。

傾向であって、規則ではない。

規則かどうかは、百点以上を数えなければ言えない。

数えていないので、ここでは言わない。

最後に、九点の年の欄をまとめておく。

いちばん古いのが1490年から1500年ごろ。

いちばん新しいのが1845年ごろ。

三百五十年の幅がある。

そのあいだ、工房や画室という仕組みは続いた。

主がいて、助手がいて、注文を受けて作る。

産業革命のあとも、絵画ではその形が残った。

前の回の記事で、意匠と製造の分業について書いた。

絵画では、分業が名の前の一語で示される。

欄を分けるのではなく、語を足す。

その違いが、分野ごとの記録の作りを分けている。

九点の題を、もう一度見返しておく。

聖母子、寓意、たとえ話、そして四点の肖像。

最後の一点だけが、獣を描いている。

主題の幅が広い。

それでも、作者の欄の語は同じ体系で付いている。

工房、画室、周辺、追随者。

主題が何であれ、本人との距離だけが問われる。

記録の欄は、そういう作りになっている。

何を描いたかは題が引き受け、誰が描いたかは作者の欄が引き受ける。

二つの欄が、役割を分け合っている。

分け合っているから、それぞれが短くて済む。

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