括弧の中に、別の館の記録がある——コーコラン・コレクションの移管、2014年
出所の行に括弧が付き、その中に消えた館の出所の行が丸ごと入っている。館による購入、ギャラリー基金、一九〇〇年。番号は捨てられ、来歴は残された。二重の記録が語ることを、百三十一点の内訳から読みたい。額の寸法が作品より小さい記録の誤りにも触れる。

括弧の中に、別の館の記録がある
ワシントン・ナショナル・ギャラリーの記録に、こういう出所の行がある。
コーコラン・コレクション(館による購入、ギャラリー基金、一九〇〇年)。
括弧が付いている。
そして、括弧の中に、別の出所の行が丸ごと入っている。
館による購入。
基金の名。
そして、年。
これは、いま所蔵している館の記録ではない。
前に所蔵していた館の記録である。
つまり、一つの作品が二度、別々の館に受け入れられた。
そのどちらの記録も、いま一行に収まっている。
当サイトで公開している分だけで、百三十一点がこの形の行を持つ。
括弧の中の年は、一八六九年から一九八九年まで並ぶ。
百二十年ぶんである。
今回は、この二重の記録を九点で読みたい。

天井の低い、広い室内である。
木の梁が見える。
そこに、大勢の人が座っている。
多くは、荷物を足もとに置いている。
籠、木箱、布包み。
中央に、女性が二人。
一人は赤子を抱き、白い布でくるむ。
もう一人は、頭に赤い布を巻き、うつむく。
そのまわりに、男たちが並ぶ。
帽子をかぶり、外套を着ている。
顔は疲れて見える。
左手の壁に、大きな掲示板。
紙が何枚も貼られている。
床には、金属の器と瓶。
移民の受け入れ施設を描いた絵である。
到着したばかりの人々が、次の手続きを待っている。
二つの受入年
この一点の番号と、括弧の中の年を並べたい。
番号は二〇一四・一三六の一。
つまり、二〇一四年に受け入れられた。
一方、括弧の中の年は一九〇〇年である。
百十四年の開きがある。
一九〇〇年に、ある館がこの絵を買った。
そして二〇一四年に、別の館へ移った。
その館は、いまはない。
閉じたのである。
所蔵していた作品は、まとめて別の館へ移された。
出所の行の括弧は、その事情を書いている。
消えた館の名前
括弧の外にある語も見たい。
コーコラン・コレクション。
これは、消えた館の名である。
より正確には、その館の所蔵品全体を指す名である。
一つの美術館の所蔵が、まるごと別の館の一区画になった。
第六回や第十六回で読んだコレクションの名と、形は同じである。
個人の名を冠したまとまりが、館の中に置かれる。
違うのは、その名が個人ではなく、館の名だということである。
そして、括弧の中には、その館が使っていた出所の行がそのまま残る。
館による購入。
基金の名。
寄贈者の名。
すべて、消えた館の記録の書式である。
額の寸法が、必ず書かれる
九点の寸法欄には、いずれも額を含めた数字がある。
これは、これまで読んできた記録とは違う。
メトロポリタン美術館の絵画の記録では、額の寸法が書かれないことが多い。
第二回で見たとおり、書かれる場合と書かれない場合がある。
一方、この館の記録は、九点すべてに額の寸法を書いている。
作品と、額。
二段書きが標準になっている。
これは、館ごとの作法の違いである。
そして、額の寸法を書く館では、額が作品の付属物として管理されている。
移管のときにも、額ごと動いたはずである。
数字を比べると、額の幅がよく分かる。
七十二センチの絵が、額を含めて九十六センチ。
片側で十二センチである。
百十九センチの絵が、額を含めて百四十四センチ。
片側で十二センチ。
ほぼ一定である。
つまり、同じくらいの幅の額が使われている。
館が統一して額装したのかもしれない。
もっとも、記録は額の年代を書かない。
銘記の欄
この館の記録には、銘記の欄がある。
画面に書かれた文字を、そのまま写す欄である。
九点のうち三点に、記載がある。
一点は、左上に画家の名と年。
一点は、右下に画家の名と年、そして括弧付きの一句。
パリで誰それに学んだ、という意味の言葉である。
もう一点は、左下に献辞と署名と年。
第十六回で読んだ絵にも、画面に題と日付が書かれていた。
画家が画面に何を書き込むかは、時代と場所によって違う。
名前だけの場合。
名前と年の場合。
学んだ先生の名まで書く場合。
贈る相手の名を書く場合。
銘記の欄があると、そこまで記録に残る。
メトロポリタン美術館の記録では、絵画にこの欄が付くことは少ない。
館ごとに、書く欄が違う。
同じ作品でも、別の館にあれば別の情報が残る。
括弧の中の書き方を、数える
百三十一点の括弧の中身を分類してみる。
いちばん多いのは、ある個人の名を冠したコレクションで、三十六点。
次が、館による購入とギャラリー基金の組み合わせで、二十六点。
三番目が、別の夫妻の名を冠したコレクションで九点。
四番目が、創立者の名による寄贈で八点。
つまり、括弧の中でも、これまで読んできたのと同じ型が使われている。
購入、基金、寄贈、コレクションの名。
館が違っても、出所の行の文法は共通している。
これは当然といえば当然である。
同じ時期の、同じ国の美術館だからである。
しかし、それが二重になっているのは珍しい。

納屋の入口を、正面から見た絵である。
上部に、太い横木が渡る。
その上に、黄色い葉のようなものが積まれる。
入口の左側に、暗がりがある。
そこに、馬が一頭立つ。
その足もとに、赤い服の人がしゃがむ。
蹄の手入れをしているように見える。
入口の右側には、白い服の男が立つ。
麦藁帽子をかぶり、腕を組む。
こちらは何もしていない。
その足もとに、痩せた犬が一匹。
床には、藁と道具が散らばる。
題は、働くことと、働かないこと。
二人の姿勢が、それをそのまま表している。
創立者の名が、括弧の中にある
この一点の括弧には、人名が入っている。
そして、その姓は、消えた館の名と同じである。
つまり、館を作った人が、その館に寄贈した。
年は一八六九年。
館が開いた時期に近い。
第三回で読んだ、初期の寄贈と同じ形である。
館を作る側が、まず自分でものを入れる。
その作品が、百四十五年後に別の館へ移った。
そして、括弧の中に、最初の寄贈の記録が残っている。
館は消えても、寄贈の記録は消えない。

夕暮れの風景である。
画面の中央に、細い川が手前へ流れる。
水面に、空の色が映る。
左右に、大きな木が立つ。
葉は黄色みを帯びる。
その奥に、なだらかな丘が広がる。
空は、上が青灰色、下が橙色。
雲が横に薄く流れる。
左手前に、小さな人影が二つ。
その隣に、白い動物が一頭。
牛だろう。
全体が茶色がかっている。
年が、百年違う
この一点の括弧の中の年は、一九六九年である。
前の一点は一八六九年だった。
同じ寄贈者の名で、ちょうど百年違う。
しかし、この人は一八六九年に生きていた。
一九六九年に生きていたはずがない。
考えられる説明は二つある。
一つは、記録の誤りである。
もう一つは、この寄贈が遺贈や基金を経由したものだという可能性である。
創立者の残した財産から、後の時代に取得されたなら、その名を付けることがある。
第四回で読んだ基金の仕組みと同じである。
館の記録は、どちらとも書いていない。
括弧の中に、名前と年が並ぶだけである。
同じ名前で年が百年離れている、という事実だけが残る。
寸法が、合わない一点

横長の画面である。
手前に、木の手すりが横に走る。
その向こうに、男たちが並ぶ。
十人以上いる。
いずれも身を乗り出し、下を見ている。
丈の高い帽子をかぶった者。
鳥打帽の者。
白い髭の老人。
若い男。
肌の色も、服装もさまざまである。
表情が一人ずつ違う。
笑っている者、口を開けている者、目を細める者。
背後には、白い壁と、木の梁。
見ているのは、手すりの下で行われている闘鶏である。
その鶏は、画面には描かれない。
見ている人の顔だけが描かれる。
ここで、寸法の欄を見たい。
作品が五十一・一二掛ける六十八・五八センチ。
額を含めて二十五・七五掛ける三十二・三七センチ。
額のほうが小さい。
あり得ない。
明らかな誤記である。
第二回でも、寸法の食い違いを見た。
数字が半分になっているので、単位か桁の取り違えだろう。
館は、そのまま公開している。
移管という作業
ここで、館の閉鎖について考えたい。
一つの美術館が閉じるとき、所蔵品はどうなるか。
売る。
分散させる。
あるいは、まとめて別の館へ移す。
この場合は、三つ目が選ばれた。
そして、移管の際に、番号が付け直された。
二〇一四・一三六の一から、順に。
もとの番号は、記録のどこかに残っているだろうが、出所の行には現れない。
代わりに、もとの出所の行が括弧で残された。
つまり、番号は捨てられ、来歴は残された。
どちらを残すかという判断である。
番号は、館ごとの内部の記号にすぎない。
来歴は、作品そのものに属する情報である。
だから、後者が残った。

九点のなかで、いちばん大きい。
一メートル二十センチ掛ける一メートル六十七センチ。
板張りの部屋である。
右手に、煉瓦の炉。
中央に、白い布を掛けた食卓。
その向こうに、女性が立ち、器を手にする。
頭に赤い布を巻く。
左手前に、黒い上着の男が座る。
背筋を伸ばし、こちらを向かない。
右には、若い男が二人。
一人は椅子にもたれ、一人は立つ。
食卓の上に、子どもが一人、うつぶせて眠っている。
床には、犬が寝そべる。
左端に、楽器のようなものが立てかけてある。
描かれているのは、南部の黒人の家庭である。
そこへ、牧師が訪ねてきた場面とされる。
作者は白人の画家で、画面の署名にはパリで学んだ旨が添えられている。
この種の絵は、当時の白人の観客に向けて描かれ、売られていた。
描かれた人々の側の視点ではない。
そのことは、意識して見ておきたい。
買われた年と、描かれた年
この一点は、描かれた年と、括弧の中の年が同じである。
一八八一年。
つまり、完成したその年に、館が買っている。
同時代の作品を、直接に取得した例である。
九点の年を見比べると、同じ形が何度も現れる。
一九一六年に描かれ、一九一六年に購入。
一九一五年に描かれ、一九二三年に購入。
一九一九年に描かれ、一九二二年に購入。
いずれも、数年以内である。
消えた館は、同時代のアメリカ絵画を積極的に買っていたことが分かる。
第一回で読んだ一八七一年の買い物とは、方針が正反対である。
あちらは、古いヨーロッパの絵をまとめて買った。
こちらは、いま描かれている絵を一点ずつ買っている。

窓辺の室内である。
画面のほとんどを、白いカーテンが占める。
薄い布で、外の光が透ける。
窓枠が十字に見える。
その手前に、丸い卓。
そこに、若い女性が座る。
赤みのある髪を結い上げる。
白い上衣を着ている。
顔は下を向き、手もとを見る。
膝の上に、白い布。
針を持っているのだろう。
卓の上に、小さな赤い器が一つ。
そこだけが、強い色である。
右手に、木の椅子の背。
全体が白と灰で、明るい。
二つの自画像

暗い背景から、顔が浮かび上がる。
頭に、白い布を巻いている。
無造作に巻かれ、端が跳ねている。
肩にも、白い布を掛ける。
顔は正面を向く。
目は大きく見開かれ、こちらを見る。
眉が寄り、額に皺が寄る。
頬はこけ、口は結ばれる。
筆の跡が荒く残る。
とくに布の部分は、絵具が厚く盛られる。
背景は、褐色と黒でぼかされる。
亡くなる二年前の作である。

こちらも暗い背景である。
年配の男性が、正面をやや外して立つ。
髪は白く、後退している。
顎に、白く豊かな髭。
口髭も白い。
黒い上着に、黒い蝶ネクタイ。
襟に、小さな白い花のようなものが挿されている。
顔には血色があり、目に光が入る。
背景は、褐色と黒で塗り込められる。
そして、画面の左下に、献辞が書かれている。
友人に宛てた言葉と、署名と年である。
つまり、この絵は誰かに贈られたものである。
そのあと、館が買った。
献辞と、館の出所の行。
二つの記録が、一枚の絵に残っている。
静物と、風景

暗い背景の前に、石の台がある。
その上に、果物が積まれている。
中央に、脚付きの器。
そこから、林檎、桃、葡萄があふれる。
台の上にも、果物が転がる。
赤い林檎、黄色い桃、紫の葡萄。
葡萄は房のまま、垂れる。
葉が数枚、そのあいだに挟まる。
背景の上部は、弧を描いて暗くなる。
台の縁には、細い線が入る。
九点のなかで、唯一の静物画である。
働く人と、待つ人
九点の主題を見ると、共通する傾向がある。
移民の待合室。
納屋で働く人と、働かない人。
闘鶏を見る男たち。
牧師の訪問。
窓辺で縫う女性。
いずれも、名のある人物の肖像ではない。
ふつうの人の、ふつうの場面である。
十九世紀後半のアメリカ絵画では、こうした主題が広く描かれた。
風俗画と呼ばれる分野である。
歴史画や神話画より格は低いとされたが、売れた。
見る人が、自分の知っている光景を絵の中に見つけられるからである。
そして、消えた館はこの分野をよく買っていたらしい。
九点のうち五点が、この種の絵である。
第一回で読んだ一八七一年の買い物には、この分野が一点しかなかった。
館によって、集める分野が違う。
そして、その差は買った年代の差でもある。
一八七〇年代に買い始めた館と、一九〇〇年前後に買っていた館。
流行と価格が、そのつど違っている。
二重の記録が残す意味
最後に、この形式の意味を考えたい。
館が消えるとき、その館の記録も失われる可能性がある。
帳簿が散逸する。
番号の体系が使われなくなる。
しかし、この移管では、出所の行が丸ごと引き継がれた。
括弧という記号で、別の館の記録であることを示しながら。
その結果、いま一行を読むだけで、二つの館の歴史が分かる。
いつ最初の館に入り、いつ次の館へ移ったか。
第十一回で読んだ銀器では、器に彫られた文字が来歴を語っていた。
こちらは、記録の中に記録が入れ子になっている。
そして、括弧の中の年が、消えた館の活動期間を示している。
一八六九年から一九八九年。
百二十年である。
その百二十年の買い物の記録が、いま別の館の帳簿の中に生きている。
次の回では、逆の例を読みたい。
一つの家族の収集が、新しい館を作った話である。
三つの世代が、それぞれ別の名で出所の行に現れる。
そして、そのすべてが同じ館に集まっている。
一つの姓が、館の骨格になった例である。


