名の前と、名のあいだに語が付く——フランケンとネーフスの共作ほか
〜に倣う写し。〜の追随者。おそらく〜による。そして、〜が完成させた。九点の作者の欄には、名のほかに短い語が入る。語ごとに距離が違う。生没年の欄が別人を指す例も読みたい。対の絵が、同じ番号の枝を持つ。未完の絵を、別の人が仕上げた一点もある。

作者の欄の、前と後ろに語が付く
絵画を九点、記録の欄で並べてみる。
作者の欄には、名のほかに短い語が入る。
名の前に置かれる語と、名と名のあいだに置かれる語がある。
前に置かれるのは、こういう語だ。
〜に倣う写し。〜の追随者。おそらく〜による。
あいだに置かれるのは、こういう語である。
〜と〜。〜が完成させた。
前者は、その名との距離を示す。
後者は、二人の関係を示す。
一つの欄に、二種類の語が混じっている。
二人の名が、「と」で結ばれる
九点のうち三点は、二人の名が「と」で結ばれている。
いずれも、教会の内部を描いた小さな絵だ。
一人は建築を描き、他方は人物を描いた。
そう考えるのが自然である。
建築の遠近法を描く画家と、人物を描く画家がいた。
得意な分野が違えば、分担する。
館の記録は、その分担を書かない。
書かれるのは、二つの名と、それを結ぶ一語だけである。
前の回の記事で、意匠と製作を分ける家具の記録を見た。
絵画でも、同じ分業が起きている。
そして、記録の形も似ている。

白黒の写真で写される。
画面が楕円に切り抜かれて見える。
楕円の外は、斑の広がる灰色である。
内側に、教会の内部が広がる。
中央に、身廊が奥へ伸びる。
天井は尖った拱が連なる。
左右に、太い柱が並ぶ。
床は白と黒の市松である。
奥に、祭壇と燭台が小さく見える。
手前に、人が十数人立つ。
いずれも黒い衣で、影のように見える。
十三センチの銅板に、これだけが描かれている。
同じ二人が、順序を入れ替えて並ぶ
いま見た一点には、対がある。
番号も、点のあとの数字が一つ違いだ。
同じ大きさの銅板で、同じ主題である。
昼と夜、という違いだけだ。
そして、作者の欄の順序が入れ替わっている。
一方は建築の画家が先、他方は人物の画家が先。
なぜか。
その絵で主となった仕事を先に書いたのかもしれない。
夜の場面では、光と人物が主になる。
そう考えることもできる。
しかし、記録は理由を書かない。
前の回の記事で、作者の順序が揺れる例を何度も見てきた。

こちらも、白黒の写真である。
同じように、楕円に切り抜かれて写る。
構図は、前の一点とよく似ている。
中央の身廊が奥へ伸びる。
左右に柱が並び、床が市松になる。
違うのは、光である。
天井から、灯が一つ吊り下がる。
その周りだけが明るい。
奥の祭壇にも、蝋燭の光がある。
手前の人物は、光を持つ者の周りに集まる。
昼の一点より、人が多く見える。
三点目は、別の人が描く
九点のうち三点目の教会内部は、少し違う。
作者の欄の一人目が、別の人である。
姓は同じだが、名が違う。
生没年を見ると、前の人の子の世代にあたる。
二人目は、前の二点と同じ人である。
つまり、人物を描いた画家は同じで、建築の画家が代わった。
親から子へ、仕事が受け継がれている。
そして、組む相手は変わらない。
館の記録は、その関係を書かない。
二つの名と、生没年が並ぶだけである。
姓の一致と、生没年のずれから読むしかない。
前の回の記事で、代を継ぐ家について何度も書いてきた。

縦長の画面である。
前の二点と違い、彩色の写真で写される。
全体が褐色に沈む。
中央に、教会の内部が広がる。
太い柱が、左右に立ち上がる。
奥に、尖った拱が幾重にも連なる。
床は、白と褐色の市松である。
手前の左に、黒い衣の人が立つ。
中央に、数人が集まる。
赤い衣の人が一人まじる。
右奥に、祭壇らしい構築物がある。
前の二点より縦に長い構図だ。
対の絵が、同じ番号の枝を持つ
九点のうち二点は、番号の枝が一つ違いである。
30.58.20と30.58.21。
同じ遺贈の中で、続けて番号を振られた。
昼と夜の対だから、当然だろう。
一方、三点目の教会内部は、まったく別の番号を持つ。
1871年の購入である。
四十年以上早く、別の経路で入った。
同じ二人が関わった絵が、別々に館へ集まった。
そして、いま同じ部門に並んでいる。
前の回の記事で、同じ作者の作品が別経路で入る例を何度も見た。
館の収蔵品は、そうやってできている。
作られた順とも、意味の近さとも関係なく集まる。
並べ直すのは、後から読む側の仕事である。
未完の絵を、別の人が仕上げる
九点のうち一点は、あいだの語が違う。
〜が完成させた、と書かれている。
一人目が描き、途中で終わった。
二人目が、それを仕上げた。
年の欄を見ると、事情が読める。
疑問符付きで1813年から1817年、そして1823年から1824年。
前半が最初の制作、後半が仕上げの時期だろう。
一人目は1823年に世を去っている。
つまり、死後に仕上げられた。
館は、二つの年を疑問符付きで並べる。
確実でないことを、確実でないまま書く。
前の回の記事で、年の欄の留保について何度も書いてきた。

横長の大きな画面である。
全体が暗く、褐色に沈む。
中央に、女性が座る。
白い衣をまとい、幼い子を抱く。
子は裸で、母の胸にすがる。
その右に、赤い衣の女性が立つ。
腕を伸ばし、子に手を掛ける。
さらに右に、兜をかぶった男が立つ。
暗くて、輪郭がほとんど見えない。
左には、若い女性がうずくまる。
右下にも、緑の衣の女性が座る。
背後は建物の内部で、柱と器が見える。
完成させた人も、作者である
いま見た一点では、二人とも役割が画家である。
区別されていない。
そして、二人目の名も作者の欄にある。
つまり、仕上げた人も作者として扱われる。
前の回の記事で、修復した人が作者の欄に入る例を見た。
あちらでは、役割の欄に修復と書かれていた。
こちらは、あいだの語で示している。
同じ館でも、示し方が違う。
役割の欄を使う分野と、接続の語を使う分野がある。
部門が違えば、記録の作り方も違う。
「に倣う写し」と書かれるとき
九点のうち一点は、名の前に語がある。
〜に倣う写し。
つまり、その画家の作品を写したものである。
写した人の名は、書かれていない。
分からないからだ。
そして、作者の欄に置かれるのは、写された側の名である。
読み方を誤れば、その画家の作に見える。
前の語を読み飛ばせば、そうなる。
前の回の記事で、皿に写された肖像について書いた。
あちらも、元の作者の名が作者の欄にあった。
分野をまたいで、同じ書き方が使われている。

小さな板に、男性が胸から上で描かれる。
体は右を向き、顔はこちらを見る。
黒く広い縁の帽子をかぶる。
帽子の下から、褐色の髪がのぞく。
髪は肩まで届く。
口ひげをたくわえ、頬がこける。
首もとに、白い襞の襟が立つ。
上着は黒く、背景に溶ける。
背景は褐色で、右下がやや明るい。
顔の左半分に、光が当たる。
筆の跡が、粗く残る。
生没年の欄が、別人を指す
いま見た一点には、もう一つ仕掛けがある。
題には、描かれた人物の生没年が括弧で入る。
そして作者の欄にも、生没年らしい記載がある。
ところが、その二つは一致しない。
作者の欄の記載は、こうなっている。
オランダの、十七世紀の人。
生没年ではなく、活動した世紀だけである。
つまり、この記載は写した人を指している。
写された画家の生没年ではない。
前に置かれた語が、そう読ませている。
〜に倣う写し、と書けば、実際の作者は別人になる。
だから、生没年の欄も別人のものになる。
一つの記録の中に、二組の生没年が並ぶ。
追随者と書かれるとき
九点のうち一点は、名の前に別の語がある。
〜の追随者。
その画家の様式に従って描いた、別の人という意味だ。
写しとは違う。
写しは、特定の作品を写す。
追随者は、様式を受け継ぐ。
そして、こちらでも生没年の欄は別人を指す。
オランダの、十七世紀の第三四半期の人。
四半世紀まで絞られている。
写しの一点より、少し細かい。
絞れる根拠があったのだろう。
館は、その根拠を書かない。

縦長の画面に、男性が腰から上で描かれる。
体はやや左を向き、顔はこちらを見る。
黒く柔らかい帽子をかぶる。
帽子は大きく、右へ傾く。
髪は肩まで垂れ、髭が薄い。
上着は褐色で、毛皮の縁飾りが付く。
袖口から、白いレースが出る。
両手で、開いた紙束を持つ。
紙は明るく、画面の中で最も白い。
背景は暗く、右上に赤い布が見える。
光は、顔と紙束に集まる。
「おそらく〜による」と書かれるとき
九点のうち一点は、さらに別の語がある。
おそらく〜による。
つまり、その画家本人の作かもしれない。
写しでも、追随者でもない。
本人の可能性を残している。
そして、この一点では生没年の欄が本人のものだ。
生まれた都市と没した都市まで書かれる。
前の二点とは、指す人が違う。
同じ形の欄でありながら、前に置かれた語で意味が変わる。
語を読まずに名だけ拾えば、必ず誤読する。
前の回の記事で、役割の欄を必ず一緒に読む話を書いた。
接頭辞の欄も、同じ扱いを要求している。

縦長の画面に、男性が胸から上で描かれる。
体は右を向き、顔はこちらを見る。
髪は黒く、両側にふくらむ。
額は広く、生え際が後退する。
口ひげと、細い顎ひげがある。
上着は黒く、背景に沈む。
首もとに、白い襟がわずかに見える。
背景は灰褐色で、平らである。
顔の右半分に、光が当たる。
筆は少なく、面が広い。
輪郭がぼやけ、背景と溶け合う。
出所の行に、同じ収集の名が三度出る
九点の出所の行を並べると、六つの経路になる。
ある収集家の遺贈が三点。
別の収集家の遺贈が一点。
一つの寄贈が一点、購入が二点、遺贈がもう一点。
同じ収集家の名が出る三点には、共通点がある。
いずれも、作者の欄に語が付いている。
二人並記の二点と、写しの一点である。
つまり、その収集家は帰属の複雑な作品を多く持っていた。
安く手に入るからだろう。
そして、後の調査で作者の欄が書き換えられた。
前の回の記事で、模作を多く含む収集について書いた。
収集の性格が、記録の欄の形に表れている。
三つの語が、三つの距離を示す
九点に出てきた三つの語を、並べてみる。
おそらく〜による。〜の追随者。〜に倣う写し。
この三つは、確からしさの段階ではない。
指している対象が、それぞれ違う。
一つ目は、その人本人かもしれない。
二つ目は、その人の様式を受け継いだ別人。
三つ目は、その人の作品を写した別人。
つまり、本人との関係の種類が違う。
前の回の記事で、帰属の語の段階を見た。
工房、追随者、周辺、に帰される。
あれは、確からしさの段階だった。
こちらは、関係の種類である。
同じ位置に置かれる語でも、働きが違う。
二人並記の形が、二通りある
九点のうち五点は、二人の名を持つ。
そのうち四点は、「と」で結ばれる。
一点は、「が完成させた」で結ばれる。
前者は、同時に働いた二人である。
後者は、時間をおいて関わった二人だ。
同じ二人並記でも、時間の構造が違う。
館は、あいだの語でその差を示す。
もし語がなければ、区別がつかない。
名を並べるだけでは、関係が読めない。
短い一語が、そこを埋めている。

縦長の小さな板である。
中央に、女性が座る。
濃い青の外套をまとう。
赤みの強い金色の髪が、両肩に垂れる。
顔は下を向き、目を伏せる。
膝の上に、裸の幼児が座る。
幼児は手を胸に当て、こちらを見る。
背後の左に、木が茂る。
右には、湖と山が遠く広がる。
空は青く、上へ行くほど濃い。
手前の下に、緑の草が細かく描かれる。
板の上端に、後から足した部分がある。
継ぎ足しが、寸法の欄に書かれる
いま見た一点の寸法の欄は、長い。
全体の大きさのあとに、こう続く。
上端に一センチの継ぎ足しがある。
そして、描かれた面の大きさが別に書かれる。
つまり、板が後から広げられている。
額に合わせたのか、構図を変えたのか。
館は、理由を書かない。
書かれるのは、継ぎ足しがあるという事実だけだ。
前の回の記事で、四辺すべてに継ぎ足しのある絵を見た。
寸法の欄は、こういう履歴を数字で残す。
数字が二組並んでいたら、何かが足されている。

縦長の画面である。
中央に、女性が座る。
濃い青の衣に、赤い外套を重ねる。
膝の上に、裸の幼児が横たわる。
幼児は上を向き、右手を伸ばす。
女性の右手は、下の果物へ向かう。
右下に、葡萄と桃が置かれる。
左には、岩山と城が遠く見える。
右には、大きな木が立つ。
空は青く、白い雲が横に流れる。
雲の下を、鳥の群れが飛ぶ。
風景と人物で、描き方が違って見える。
二人目の名が、人名でない一点
いま見た一点の二人目は、人の名ではない。
ある作品にちなんだ呼び名である。
〜の画家、という形だ。
本名が分からないとき、代表作で呼ぶ。
前の回の記事で、文化の名や工房の名が作者の欄に入る例を見た。
これも、その一種である。
名がないときの代用品だ。
そして、この呼び名にも生没年らしい記載が付く。
ネーデルラントの、十六世紀なかばに活動した人。
活動期だけが分かっている。
名は分からないが、時期は分かる。
分かる範囲だけを書くという原則が、ここでも守られている。
生没年の欄の、粒度が揃わない
九点の作者の生没年を並べてみる。
生まれた年と没した年が分かる人が数人。
生まれた都市と没した都市まで分かる人もいる。
一方で、活動した期間しか分からない人がいる。
さらに、世紀だけ、あるいは四半世紀だけの人もいる。
粒度が、五段階ほどに分かれている。
よく知られた画家ほど、細かい。
名の分からない画家は、活動期しか分からない。
前の回の記事で、情報量の差が知られ方の差だと書いた。
ここでも、同じことが起きている。
そして、その粒度の差が、記録の見え方を変える。
細かい生没年が並ぶと、確かな記録に見える。
実際には、隣に世紀だけの記載がある。
語を書き分けるということ
九点を並べ終えて、欄の作りを考えたい。
作者の欄は、名だけを入れる欄ではない。
前に置く語、あいだに置く語、そして生没年。
四つの要素が組み合わさっている。
その組み合わせで、関係が表される。
本人か、追随者か、写しか。
同時に働いたか、後から仕上げたか。
短い語を足すだけで、それだけのことが書ける。
もし語がなければ、注記を別に書くしかない。
注記は長くなり、探しにくくなる。
一語で済ませる工夫が、この欄を支えている。
そして、その一語を読み飛ばすと、すべてが崩れる。
最後に、九点の技法の欄を並べておく。
板に油彩が四点、カンヴァスに油彩が三点。
銅板に油彩が二点。
銅板は、十七世紀の小さな絵によく使われた。
表面が滑らかで、細かい線が引ける。
教会の内部を細密に描くには、向いている。
支持体の選択が、主題と結びついている。
館の記録は、その関係を書かない。
技法の欄と主題を並べれば、対応は見えてくる。
九点だけでは、傾向とまでは言えない。
言えないことは、言わないでおく。
九点のうち二点は、白黒の写真で公開されている。
いずれも銅板に描かれた小さな絵である。
縦十三センチ、横十六センチ半。
小さい絵ほど、撮り直されにくいのかもしれない。
展示の機会が少ないからだ。
館の記録は、そこには触れない。
しかし、画像の色の有無が、扱いの差を映している。
白黒では、青い外套も赤い衣も灰色になる。
技法の欄に油彩とあっても、色は読めない。
記録と画像の、どちらか一方では足りない。
両方あっても、足りないことがある。
九点の大きさも、並べておく。
いちばん小さいのが縦13センチ、いちばん大きいのが縦132.1センチ。
十倍の差がある。
小さいほうは手に持って見る絵、大きいほうは壁に掛ける絵だ。
作者の欄の書き方は、その差に左右されない。

