牛が、何度も出てくる——エドワード・ミッチェル・バニスター
草を食む牛、水に立つ牛、荷を引く牛。この画家の画面には、牛が繰り返し現れる。大きさは十八倍まで開き、年は二十六年に及ぶ。曇天と暗い森の中で、牛がどんな役をしているのかを見たい。題の半分が館の言葉であることにも触れる。

九点に、牛がいる
この画家の作品を一覧で眺めると、あることに気づく。
牛が、何度も出てくる。草を食む牛、水に立つ牛、荷を引く牛。
当サイトが公開しているこの画家の作品は百点を超える。そのうち牛の出てくる画面は、数十点にのぼる。
ここに選んだ九点は、いずれも牛が画面にいる。それ以外の共通点は少ない。
大きさも年代も題名の付き方もばらばらである。牛だけが通っている。
繰り返し出てくるものには、たいてい理由がある。売れたのかもしれない。
近くにいたのかもしれない。あるいは、描くのが好きだったのかもしれない。
理由は記録に書かれていない。ここでは、九点の画面から読めることだけを追う。
働く牛と、草を食む牛
九点の牛は、大きく二つに分かれる。
一つは、軛をつけて荷や鋤を引く牛である。人がそばにいる。
もう一つは、放たれて草を食む牛である。人がいないか、遠くにいる。
前者は労働の場面であり、後者は牧歌の場面である。同じ動物でも、意味が違う。
九点のうち、働く牛が四点、草を食む牛が五点である。ほぼ半々になる。
働く牛には、たいてい軛が描かれる。首と首をつなぐ木の棒である。
草を食む牛には、何もついていない。首が自由に下がる。
見分けるのは難しくない。首のあたりを見ればよい。
この二種類が、同じ画家の画面に同居している。
牛は、風景の何を担うか
風景画に牛が置かれるのには、いくつか理由がある。
まず、大きさの目安になる。牛の背丈が分かれば、木の高さや川の幅も見当がつく。
次に、時間を示す。牛が水を飲めば昼で、家へ帰れば夕方である。
そして、土地の性格を示す。放牧地なのか、耕作地なのか、森なのかが分かる。
牛は、風景を読ませるための道具でもある。
十九世紀のヨーロッパでは、牛のいる風景が一つの型として確立していた。
森の入口、水辺、夕暮れの道。そこに牛を置く構図が、繰り返し描かれた。
アメリカの画家たちも、その型を受け取っている。九点にも同じ型が見える。
型を使うことは、真似ることではない。共通の言葉で描くということである。

低い視線から、平らな牧草地を見ている。
手前に三頭の牛がいる。左が赤茶、中央が白と茶、右が白である。
三頭とも横向きで、首を下げている。草を食む姿勢である。
奥にはさらに五頭ほどが小さく散らばる。距離が離れているのが分かる。
地面は褐色がかった緑で、草の色は乾いている。夏の終わりかもしれない。
奥には木立が横に連なり、その先に低い丘が見える。
空は灰色に近く、雲が厚い。強い光は当たっていない。
右下の隅に、署名らしい文字が入る。画像では読み取れない。
館の題は、牛、の一語である。九点のなかで最も短い。
制作年は記録されていない。年不詳として登録されている。
短い題と、年の空欄。それでも、九点の中では最も牛が主役に近い画面である。
題が、館の言葉になる
九点の題を並べると、二通りある。
一つは、画家か持ち主が付けたと思われる短い題である。牛、家路の牛、といった形になる。
もう一つは、無題として登録され、括弧の中に説明が入るものである。
括弧の中身は、館が見て書いた説明文である。四頭の牛が池に立つ、といった具合になる。
つまり題の半分は、絵の外から与えられた言葉である。作者の意図とは別のものである。
無題の扱いについては、九枚とも、無題である——エドワード・ミッチェル・バニスターでも書いた。

大きな画面である。横は1メートルを超える。
左右に暗い木立が立ち、中央だけが明るく開く。舞台の書き割りのような構図である。
その明るい隙間から、遠くの野と空が見える。雲は白く、低い位置にある。
手前を、四頭の牛が右から左へ歩く。黒、赤茶、白、黄褐色と、色が異なる。
牛の脚は草に隠れる。地面の高さがそこで示される。
左端に、人が一人立つ。白い布のようなものを持っている。
木々の葉は、細かい筆で厚く重ねられる。暗い緑の層になっている。
帰る時間
題は、牛を家へ追って帰る場面を指している。
夕方の仕事である。放していた牛を集め、小屋へ入れる。
この主題は、十九世紀の風景画で繰り返し描かれた。フランスの画家たちが好んだ題材でもある。
労働の終わりを描くことは、一日の終わりを描くことでもある。だから夕方の光が選ばれる。
九点のうち、明らかに夕方と分かるのは三点である。
残りは、時刻が判断できない。曇りの日は、光の方向が読めない。
九点の多くが曇天であることは、この画家の特徴かもしれない。青空はほとんど出てこない。
曇りの日は、影が柔らかい。形を丸くまとめるには都合がよい。
強い日差しの下では、明暗が割れる。九点の画面には、その割れがない。

九点のなかで最も古い年が記録されている。
画面の中央に、四頭の牛が並ぶ。軛でつながれ、右へ進む。
手前の二頭は赤茶と白のまだらで、体が大きく描かれる。角は短く、前へ曲がる。
牛のあいだに、若い人が立つ。青い衣に白い袖で、棒を持つ。
奥にもう一人いる。青い服の人物で、こちらは腰をかがめる。
背景は、緑の丘と黄色い空である。雲が横に流れ、低い位置が明るい。
左手前には、大きな石がいくつか転がる。土が掘り返されている。
九点のなかで、これが最も細部まで描き込まれている。人物の顔も判別できる。
年は1869年で、ほかの八点より十年以上早い。
初期の仕事では、輪郭がはっきりしている。後年になるほど、筆は緩む。
もっとも、九点だけでその変化を断定はできない。年不詳の作が二点ある。
大きさの幅
九点の寸法を並べると、幅が大きい。
最も小さいものは、縦28.3センチ、横30.8センチである。手のひらを二つ並べたほどしかない。
最も大きいものは、縦102センチ、横153センチである。面積では約十八倍になる。
同じ牛の主題が、この幅のあいだで描かれている。
小さいものは習作か、屋外で描いた下地だと考えられる。大きいものは展示や販売のための作である。
ただし、館の記録はどれも作品として登録している。習作という区別はない。
支持体も、九点のうち八点がカンヴァスである。板や紙ではない。
小さくてもカンヴァスに描くのは、それなりに手間がかかる。使い捨ての紙とは違う。
大きさの差は、用途の差というより、機会の差なのかもしれない。

九点で最も小さい一点である。ほぼ正方形に近い。
画面の上半分は空である。灰色と白が混ざり、筆の跡が横に流れる。
中央に、丘の稜線が斜めに走る。稜線の上に、小さな牛が二頭いる。
牛は数ミリの大きさしかない。輪郭だけで、体の色は分からない。
丘の斜面は濃い緑で、下へ行くほど暗くなる。
左下に、赤い点のような人影がある。牛を追っているのかもしれない。
筆は速く、細部はほとんどない。空と丘の関係だけを取っている。
正方形に近い画面
九点の縦横の比を見ると、ほとんどが横長である。
比はおよそ1対1.3から1対1.5に収まる。
例外は、最も小さい一点だけである。ほぼ正方形に近い。
正方形の画面は、広がりを見せるには向かない。かわりに、上下の関係が強く出る。
その一点が空と丘の対比になっているのは、形の必然でもある。
色の幅
九点の色を見ておきたい。
多くは緑と褐色が中心である。彩度は低く、灰色が混ざる。
明るい色が出るのは二点だけである。夕方の黄色と、秋の青空である。
暗い画面が多いのは、森と曇天を選んでいるからである。
暗い中に一箇所だけ明るい面を作る。それが水面か、空の隙間になる。
速い筆と、遅い筆
九点を並べると、筆の速さに差がある。
小さな一点は、数十分で描けそうな手つきである。輪郭も曖昧で、色も少ない。
大きな一点は、何度も塗り重ねられている。葉の一枚ずつに筆が入る。
同じ画家が、両方をやっている。用途によって手を変えている。
速い筆の絵は、売るためではなかったかもしれない。自分のための記録である。

画面の下半分が水面である。暗く、静かである。
その水に、牛が立つ。手前の一頭は白と黒の斑で、体の半分が水に隠れる。
右にもう一頭、小さく見える。輪郭がぼやけている。
水面には、牛の影が縦に伸びる。輪郭を写すのではなく、色の帯として置かれる。
奥には木立が並ぶ。葉は塊として描かれ、幹はほとんど見えない。
空は雲に覆われ、灰と白が渦を巻く。木立の上端が明るい。
牛が水に入るのは、暑い日である。天気の表現と動物の行動が一致している。

大きな画面である。木が左右から画面を囲む。
中央下に小川があり、水面が明るく光る。その水に牛が入る。
牛は五頭ほど見える。白い一頭が最も目立ち、ほかは赤茶や黒である。
右の木は幹が太く、上へ伸びて画面の外へ出る。葉は上部で暗くまとまる。
左奥には草地が開け、そこに小さな牛の影がもう数頭ある。
空は木の葉のあいだから覗く。雲が白く、青が少し見える。
水面の光が画面の中心になっている。牛はその光の中に置かれる。
光のある場所
九点を見比べると、明るい面の置き方に共通の型がある。
画面のどこか一箇所だけが明るい。ほかは暗く沈む。
その一箇所は、空の隙間か、水面か、遠くの野である。
見る側の目は、まずそこへ行く。そして、暗い部分をあとから読む。
牛は、その明るい面の近くに置かれることが多い。目の動きの終点になる。
水辺という場所
九点のうち四点で、牛は水のそばにいる。
水を飲む牛、水に立つ牛、水を渡る牛。
画家にとって、水は好都合な要素である。空を映し、光を返し、画面に明るい面を作る。
牛と水を組み合わせれば、暗い森の中にも明るい部分が作れる。
九点の多くが暗い画面であることを考えると、この組み合わせは構図上の選択でもある。

九点で最も大きい部類の画面である。横は1.5メートルを超える。
手前の草地に、牛が五頭ほど固まる。黒と赤茶が混ざる。
牛は小さく描かれる。画面の高さに対して、五分の一ほどしかない。
中央から右へ、大きな木の茂みが広がる。丸い塊がいくつも重なる。
左には細い木が二本立ち、枝が上へ伸びる。
奥には柵と小屋らしい形がある。人の暮らしの気配が置かれている。
空は上部が明るく、雲が薄い。地面には日が当たり、緑が黄色く見える。
大きな画面だが、主役は牛ではない。木と草地の広がりが主題になっている。
三頭から五頭
九点に描かれた牛の数を数えてみる。
はっきり判別できるのは、二頭から五頭のあいだである。
奥に小さく散らばる分を入れれば、もっと多い画面もある。
群れとして描くのではなく、数えられる範囲で置く。それが多い。
数えられる数の動物は、風景の中で個体として見える。ただの模様にならない。
動物を描く難しさ
動物は、風景より難しい。
木は形が崩れても分かる。牛は、脚の付き方や背の線が狂うとすぐに分かる。
九点の牛は、遠くのものほど輪郭が簡略になる。近いものは骨格が取られている。
近くの牛は、たいてい横向きである。横からなら形が把握しやすい。
正面や斜め後ろから描かれた牛は、九点にほとんど出てこない。
主役の位置
九点を通して、牛はたいてい小さい。
画面の高さの三分の一を超える牛は、二点にしか出てこない。
多くの絵で、牛は風景の中の点景である。主役は光と天気である。
それでも牛は必ず置かれる。なくても風景は成立するのに、置かれている。
置くことで、絵は無人の自然ではなくなる。人の手が入った土地になる。

九点のなかで、最も色の明るい一枚である。
中央に白い家が立つ。屋根は赤茶で、窓が並ぶ。
その手前に、黄色く色づいた大きな木がある。葉が細かい点で描かれる。
家の前は浅い水たまりで、牛が二頭ほど入る。荷車が水の中にある。
荷車の上に人が座る。帽子をかぶり、手綱を持つ。
空は青く、雲が薄い。九点のうち、青空が見えるのはこの一点だけである。
水面には家と木が映る。映り込みが画面の下半分を作る。
同じ題が、二点ある
館の記録には、同じ題の作がもう一点ある。
そちらは水辺に三人の女性が立つ画面で、今回は選んでいない。
つまり、水飲み場という題は、この画家にとって一つの型だった。同じ言葉で複数の画面が作られる。
同じ題の作が並ぶとき、括弧の中の説明が区別の役に立つ。館は、その説明を題に足している。
読みにくい題になるが、探すときには助かる。
当サイトでは、この括弧も含めて日本語に訳している。
括弧を落とせば題は短くなる。しかし、館が加えた説明という性格が見えなくなる。
どこまでが作者の言葉で、どこからが館の言葉か。それを保つために括弧を残した。

九点で最も大きい一点である。
右手前に、大きな木の幹が立つ。画面の上端まで届き、太い縦の線になる。
その左に、荷車と牛がいる。牛は三頭ほどで、赤茶と白が混ざる。
荷車の車輪は大きく、木の輻が見える。荷台には木材らしいものが積まれる。
牛の前に少年が立ち、手前に大人が一人かがむ。
地面は黄色く枯れた草で、木の根や落枝が散る。
奥は暗い森で、光がほとんど入らない。開けているのは中央だけである。
働く場面だが、明るくは描かれない。労働の重さが、暗さに置き換えられている。
森が、額になる
九点のうち五点で、左右に木が立って画面を挟む。
真ん中だけが開き、そこから遠くが見える。
この作りは、額縁の中にもう一つ額縁を作るのに似ている。
見る側の視線が、中央へ集められる。広い風景でも、見る順が決まる。
九点の構図の多くは、この型に収まっている。
牛が変わらないこと
九点の制作年は、1869年から1895年に及ぶ。二十六年である。
そのあいだ、画風は変わっている。初期は輪郭が明瞭で、後期は筆が粗くなる。
しかし、牛は同じように置かれ続ける。位置も大きさも、大きくは変わらない。
主題が固定していると言ってもよい。売れる主題を繰り返した可能性もある。
ただし、そう書ける根拠は記録にない。ここでは、画面から見えることにとどめる。
家の見える絵
九点のうち三点に、建物が描かれる。
一つは白い家、一つは小屋らしい形、一つは柵である。
いずれも小さく、遠くに置かれる。建物が主題になることはない。
それでも建物があると、風景は誰かの土地になる。持ち主のいる場所になる。
牛と建物は、その意味では同じ働きをしている。
労働のいる風景
この画家は、労働のある土地を繰り返し描いた。
耕す牛、荷を引く牛、追われて帰る牛。人はたいてい画面の隅にいる。
風景を無人の自然として描く流儀もある。この九点は、そちらを選んでいない。
土地は誰かが使っている場所である。牛はその使われ方の印になる。
作者の経歴と時代の扱いについては、別に書いた。
1876年、賞を受けた画家は会場に入れなかった——エドワード・ミッチェル・バニスターを参照してほしい。
記録に残らない事情
この画家は、生前から一定の評価を得ていた。
それでも、残された作の多くは題がない。売られた記録もそろっていない。
九点のうち三点は年が不詳である。誰に売られたかも書かれていない。
作品が残っていても、その周りの情報が残るとは限らない。
牛の絵が何点あるかを数えられるのは、まとまって残ったからである。
一つのまとまりとして
九点はすべて、同じ番号の系列で登録されている。
同じ寄贈から館に入ったことを示す。個別に集めたのではない。
だから、この画家の作品をまとめて見られる場所は限られる。まとまりが動くと、見え方も変わる。
牛が繰り返し出てくることに気づけるのも、まとまって残っているからである。
一点ずつ散っていたら、繰り返しは見えなかった。





