山の画家の帖に、船が並ぶ——アルバート・ビアスタット
寸法の欄に数字が三つある。三つ目は厚みで、記録されているのは革表紙の帖そのものである。大きな山の絵で知られる人が、掌に載る帖に舟と旗と甲板の道具を写した。薄い鉛筆の線を追いたい。枝番が文字で振られている点にも触れたい。

三つ目の数字
寸法の欄に、数字が三つ並ぶ。
縦12.1センチ、横19.7センチ、そして1.1センチ。三つ目は厚みである。
絵の記録で厚みが書かれるのは珍しい。平らな紙なら、二つの数字で足りる。
三つ目があるのは、記録されているものが紙ではないからである。革で綴じた一冊の帖が、そのまま計られている。
九点はすべて同じ寸法で登録されている。同じ一冊の、別の頁だからである。
枝番が、文字で振られる
受入番号を見ると、この帖の扱いがよく分かる。
大きな番号の下に、小さなアルファベットが付く。その後ろに、表か裏かが書かれる。
九点の文字は、ロ、ハ、ホ、ヘ、リ、マ、ピにあたる並びである。少なくとも十六枚の紙があったことになる。
数字ではなく文字を使うのは、あとから枚数が増減しても並びが崩れにくいためかもしれない。ただし館は理由を書いていない。
同じ紙の表と裏が、別々の点として登録される。だから、紙の枚数より点数のほうが多くなる。
技法の欄が、長い
技法の欄も、ふつうの素描とは違う。
紙に鉛筆、で終わらない。紙の小口に金が置かれていること、革の表紙で綴じられていることまで書かれる。
つまり、館は帖という物体を記述している。頁の絵だけを記述しているのではない。
金の小口は、値の張る帳面に使われる仕上げである。安価な写生用の紙束ではない。
持ち歩く帖として、それなりに整えられた品だったと分かる。

画像には、開いた帖がそのまま写っている。
左右に暗い縁が見える。革の表紙である。角は丸く落とされている。
頁は白く、ほとんど何も描かれていない。中央にだけ、小さな形がひとつある。
丸みのある器のような輪郭で、下に短い線が数本伸びる。船尾の丸みを取った線だと題は言う。
線は非常に細い。鉛筆を寝かせず、軽く当てただけの筆圧である。
紙の面積に対して、描かれた部分は十分の一もない。
これは、頁を使い切る気がなかったということではない。あとから同じ頁に描き足すこともできる。
実際、九点のうち何点かは複数の図が並ぶ。この頁は、たまたま一つで止まっている。
一冊を、何点に数えるか
同じ帖が、館の記録では何十点にも分かれている。
紙は十六枚ほどだが、表と裏を別に数えるので点数は倍近くなる。
当サイトの検索でも、この帖の頁は一点ずつ出てくる。一覧では、独立した作品のように並ぶ。
一覧だけを見ていると、束であることに気づきにくい。寸法と技法が同じことが手がかりになる。
九点を選ぶときも、その手がかりから辿った。
綴じたまま、撮る
この帖の画像には、共通する特徴がある。
紙だけを切り離して撮っていない。開いた状態の帖を、上から撮っている。
だから、表紙の厚みも、綴じの位置も写る。頁が完全に平らになっていないことも分かる。
写生帖を一枚ずつ分解して保存する館もある。ここではそうしていない。
分解すれば頁は平らに撮れる。しかし、順序と綴じの情報は失われる。どちらを取るかの判断である。
画像を見ると、頁の左側がわずかに湾曲している。綴じに近い部分が持ち上がっている。
その湾曲のせいで、線が少し歪んで写る。実物の線はもっとまっすぐかもしれない。
写真という媒介が、こういう小さな差を生む。当サイトの画像も同じ制約を持っている。

頁の中央に、舟が二艘ある。
上の一艘は、舳先を左に向けて斜めから見た形である。船体が細く、両端が反り上がる。
下の一艘は、ほぼ真横から見ている。舷側の板の重なりが、水平の線で示される。
どちらも輪郭だけで、内部は描かれない。座板の位置に短い線が入る程度である。
上下に並べたのは、同じ舟を別の角度から取ったからだと思われる。ただし記録は何も言っていない。
紙の右側は完全な空白である。次の図を置く余地が残されている。
山ではなく、舟
この画家の名は、大きな山の絵で知られている。
高い峰、光の差す谷、広い空。展示会場を占めるほどの大きさで描かれた。
同じ人が、掌に載る帖に、舟ばかりを描いている。九点のうち七点に舟か船が出てくる。
山の下絵を集めた別の帖については、帳面は、縦12センチ——ビアスタットの下調べで扱った。
この帖は、その帖とは中身が違う。行き先も、見ていたものも違う。
制作年は1891年ごろとされる。画家の晩年にあたる。
この年ごろ、水辺や航海の題材が増えたと伝えられる。ただし、この帖がどこで使われたかは記録にない。
港なのか、船上なのか、それとも岸から眺めたのか。九点の内容からは、船に近い場所にいたと読める。

頁の上部に、四角い構造物が描かれる。
上端に手すりらしい縦の線が並ぶ。その下に、窓が横一列に並ぶ。
左側には、丸い形が二つ見える。舷窓かもしれない。
線は斜めに傾いていて、定規で引いた線ではない。手で追った線である。
これも輪郭のみで、影は付けられていない。形の記録に徹している。
紙の下三分の二は空白のままである。
同じものを、何度も
九点を並べると、同じ対象が繰り返し出てくる。
手漕ぎ舟は、少なくとも四つの頁に現れる。角度を変え、数を変えて描かれる。
繰り返すのは、形が難しいからである。舟の船体は曲面で、角度が変わると輪郭が大きく変わる。
一度で覚えられない形は、何度も描くしかない。帖はそのための道具である。
覚えたい形が舟だった、ということがこの帖の中身を決めている。

ここでも舟が二艘、上下に並ぶ。
上の一艘は、水面を示す短い横線の上に浮かぶ。舷に人の姿はない。
下の一艘は、より正面に近い角度から見ている。船底の稜線が中央を走る。
上の舟の右端に、細い棒が斜めに立つ。櫂か、竿か、判別できない。
紙の左端に近い位置から描き始めている。中央に置く構えではない。
同じ主題の頁が続くのは、同じ日に描かれたからかもしれない。
ただし、日付は書かれていない。順序も、枝番の並びから推測するほかない。
枝番はアルファベット順に並ぶ。その順が描いた順とは限らない。綴じの順にすぎない。

この頁だけ、図の数が多い。
上に二艘、中央に二艘、下に一艘。少なくとも五つの舟が散らばる。
右下には、細長い三角形の形がある。舳先だけを取った線かもしれない。
左下の舟には、立ち上がった人の姿が見える。棹を持っているように読める。
図の大きさはまちまちである。頁の空きに合わせて、その都度置いている。
順序は分からない。どれが先に描かれたかを示す手がかりは、紙の上にない。
一頁が、一枚の絵ではない
この帖の頁は、絵として構成されていない。
中心があり、周囲があり、余白が意味を持つ、という作りではない。
置ける場所に置く。埋まったら次の頁へ移る。台帳に近い使い方である。
だから、頁を一点として登録すると、題が長くなる。並んでいる図を全部書くことになる。
館の題も、実際に長い。舟の素描と、舟に立つ人物、というように並記される。
長い題は、読みにくい。しかし、頁に何があるかは分かる。
短い題にすると読みやすいが、内容が落ちる。どちらを選ぶかは、館の方針による。
この帖の題は、内容を落とさないほうを選んでいる。九点の題は、いずれも並記の形をとる。

舟ではなく、旗が描かれている。
左の旗は、縞が斜めに並ぶ。竿は左端に立ち、旗は右へなびく。
右の旗は、四角い面の中に細かい形が入る。紋章のようなものと思われるが、線が薄く読み取れない。
二つの旗は、竿の下で線が交差する。同じ場所に立っていたのかもしれない。
上端に、小さな丸い飾りが描かれる。竿の先端である。
旗は、船を見分けるための記号である。形を写しておけば、あとで船を特定できる。
同時に、旗は風を示す。なびく向きと形で、風の強さが読める。
海の絵では、風の表現が難しい。水面の波と、帆のふくらみと、旗の向きが揃っていないと嘘になる。
だから旗を写すことには、二重の意味がある。船の身元と、風の記録である。
甲板の道具
九点のなかで、最も密度の高い頁がある。
そこには、甲板に据えられた道具が描かれる。館の題は、望遠鏡と読んでいる。
船の絵を描くとき、必要なのは船体だけではない。手すり、支柱、綱の張り方も要る。
そうした細部は、記憶では描けない。目の前で写しておく必要がある。
この帖は、その必要から生まれている。
大きな絵の制作では、こうした細部の誤りが目につく。実際に船を知る人が見るからである。
風景の中の山なら、多少の違いは分からない。人工物は違う。作った人がいて、使う人がいる。
だから船を描くときは、写生の精度が上がる。この帖の線が細かいのは、そのためだと考えられる。

頁の全体に、線が広がる。
左上から右へ、大きな曲線が走る。船の側面か、覆いの縁だと思われる。
中央と右に、支柱に載った筒状の器具が描かれる。台の上で向きを変えられる作りに見える。
下部には、水平の線が何本も引かれる。板の継ぎ目である。
九点のなかで、これだけが空白の少ない頁である。対象が近く、細部が多い。
帆船の時代の終わり
1891年ごろは、帆船から蒸気船への切り替えが進んだ時期にあたる。
九点には、帆の船と、手漕ぎの舟と、甲板の設備が混ざる。
甲板の道具の頁を見ると、手すりや支柱の作りは近代的である。木造の小舟とは別の系統の船である。
同じ帖に、古い舟と新しい船が同居している。港ではよくある光景である。
ただし、館の記録は船の種類を書いていない。ここでの読みは、画像からの推測にとどまる。
舟という主題
舟は、絵の主題としては地味である。
山や滝のような見せ場がない。大きな画面にしても、驚きは生まれにくい。
それでも、水辺の絵には必ず舟が入る。人がそこにいる印になるからである。
大きさの目安にもなる。舟の長さが分かれば、岸や波の大きさも見当がつく。
だから舟の形は、正確でなければならない。適当に描くと、画面全体の縮尺が崩れる。

中央に、帆をあげた船がいる。
三角の帆が二枚、大きく張る。船体は低く、水面に細い線が引かれる。
左上に、細長い袋のような形が斜めに浮かぶ。風の向きを示す吹き流しである。
その近くに、手書きの文字が二行ある。画像では読み取れない。
文字が入る頁は、九点のなかでこれだけである。何かを覚えておきたかったのだろう。
書き込みという情報
写生帖の書き込みは、あとで役に立つ。
場所の名、日付、色の覚え書き。線だけでは残らない情報を、文字が補う。
読み取れない場合でも、そこに文字があるという事実は記録できる。
館の題は、この文字に触れていない。図の内容だけを書いている。
つまり、題を読むだけでは、書き込みの存在は分からない。画像を見て初めて気づく。

九点の最後は、舟でも道具でもない。
頁の上半分に、雲の輪郭が横に連なる。丸みのある形が重なる。
中央に水平線が引かれ、その下は水である。波は短い線で示される。
左端に、岸らしい起伏がある。右端にも低い影がある。
これだけが、絵の下図として使えそうな画面である。ほかの八点は部品の記録にとどまる。
空白の意味
九点を通して目につくのは、空白の多さである。
紙の七割から九割が白い。描かれた部分は、頁の一部にとどまる。
急いでいたのだろう。必要な形だけを取り、次へ移る。
あるいは、対象が動いていたのかもしれない。舟も船も、じっとしていない。
止まらないものを写すとき、線は少なくなる。空白は、時間の記録でもある。
部品と、絵
一冊の帖には、二種類の情報が入っている。
一つは部品である。舟の形、旗の柄、甲板の道具。
もう一つは全体である。空と海の配置、雲の高さ、岸の位置。
大きな絵を描くには、その両方が要る。部品だけでは絵にならず、全体だけでは細部が支えられない。
この帖は、部品のほうに偏っている。全体を取った頁は、九点のうち一点しかない。
大きさの落差
この画家の代表作は、横幅が三メートルを超えるものがある。
会場を借り、入場料を取って一枚を見せる興行も行われた。絵が催し物だった時代である。
その人が、横19.7センチの帖を持ち歩いている。落差は大きい。
しかし、二つは切り離せない。大画面の説得力は、細部の正しさに支えられる。
観客は細部を意識しない。意識しないまま、正しさを受け取っている。
一人の遺贈から
九点はすべて、同じ人からの遺贈で館に入っている。
年は1995年である。画家が没してから、百年以上あとになる。
つまり、この帖は長いあいだ個人の手にあった。売られ、譲られ、受け継がれてきた。
同じ帖の紙が別々の館に散らなかったのは、束のまま伝わったからである。
散らずに残ったおかげで、いま九点を並べて見ることができる。
もし一枚ずつ売られていたら、舟の頁と旗の頁は別の場所にあっただろう。
そうなると、同じ帖のものだと気づくのは難しい。寸法と技法が一致しても、証明にはならない。
束であることは、それ自体が情報である。中身の意味は、並びから生まれる。
小さい紙のほうが、残る
大きな絵は、場所を取る。持ち主が変われば、置き場に困る。
小さな帖は、棚に入る。捨てられずに残る確率が上がる。
この画家の大画面のいくつかは失われたと伝えられる。一方で、掌に載る帖は残った。
残るものと残らないものを決めるのは、質だけではない。大きさや扱いやすさも効いている。
革の表紙も効いているはずである。裸の紙束より、はるかに傷みにくい。
金の小口も、埃を寄せつけにくくする実用の仕上げである。装飾だけの意味ではない。
つまり、この帖は残るように作られていた。作った人の意図とは別に、物の作りが寿命を決める。
同じ帖の紙の寸法については、頁の寸法が、九点とも同じ理由——アルバート・ビアスタットにも書いた。
薄い線を、どう見るか
最後に、見え方について書いておきたい。
この九点は、どれも線が薄い。画面で見ると、白い頁に薄い灰色が乗っているだけに見える。
実物なら、光の角度を変えれば線はもっと見える。鉛筆は反射する。
画像では、その角度を選べない。だから、ここで書いた描写は画像から読み取れた範囲にとどまる。
読み取れなかった部分があることも、あわせて記しておく。
薄い線を写真で見せるのは、館にとっても難しい。強く写せば紙の地合いが出すぎる。
弱く写せば線が消える。この九点の画像は、中間を取っている。
見えにくさは、この帖の性格の一部でもある。人に見せる絵ではなかった。
見せるつもりのない紙が、百年たって公開されている。そのずれも含めて、この九点である。






