作品を知る

ダヴィッド《ソクラテスの死》の解説——なぜ指は上を指しているのか

ダヴィッド《ソクラテスの死》の解説。館の記録では1787年の油彩で、メトロポリタン美術館が所蔵する。毒杯を前にした老人は、なぜ左手の指だけを上へ向けているのか。画面に何が描かれ、どこで見られるのかを、館の記録とCC0の画像から読む。

ソクラテスの死
ジャック=ルイ・ダヴィッド《ソクラテスの死》メトロポリタン美術館蔵

《ソクラテスの死》とはどんな絵か

ジャック=ルイ・ダヴィッドの《ソクラテスの死》は、牢のなかの一場面を横長の画面に描いた油彩である。館の記録では1787年の作で、縦129.5センチ、横196.2センチ。メトロポリタン美術館が所蔵している。

題は、古代ギリシアの哲学者ソクラテスが毒の杯をあおる場面を指す。絵はその直前を選んで止めている。

ソクラテスの死
ジャック=ルイ・ダヴィッド《ソクラテスの死》1787年。館の記録では、カンヴァスに油彩。129.5×196.2センチ。番号は31.45。メトロポリタン美術館蔵。ジャック=ルイ・ダヴィッド《ソクラテスの死》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央に、白い衣の老人が寝台に腰かけている。上半身は裸で、この老人だけが強い光を受けている。

壁は灰色の石を積んだだけで、飾りがない。床も石で、色数は少ない。

明るいのは中央の白い衣と、その左に立つ男の赤い衣だけである。ほかは灰色と褐色に抑えられている。

奥にはアーチのくぐり戸があり、その向こうに階段が見える。階段を上っていく小さな人影が描き込まれている。

横196.2センチという幅は、人物をほぼ等身大で並べられる大きさである。壁の前に人が横一列に置かれ、奥行きはあまり作られていない。

人物は舞台の手前に立たされているように見える。床の石の目地が水平に走り、その線が並びをさらに平らに見せている。

中央で何が起きているのか

老人の左どなりに、赤い衣の男が立っている。男は右手で杯を差し出しながら、顔を反対へそむけ、左手で目のあたりを覆っている。

老人のほうは杯を見ていない。右手を杯へ伸ばしたまま、視線は正面の男たちに向いている。

つまり、渡す側は見ず、受け取る側は掴んでいない。まだ触れていない一瞬に画面が止められている。

床に目を移すと、鎖と足枷が寝台の下に落ちている。外されたばかりだと分かる置き方である。

寝台の足のほうでは、灰色の衣の老人が背を丸めて座る。顔は伏せられ、両手を組んでいる。

右側に集まる男たちは、壁に手をつく者、顔を覆う者、腕を高く上げる者に分かれる。嘆く動きはすべて周りに置かれ、中央だけが静かである。

手前の石の台には、赤い衣の若い男が腰かけている。こちらは顔を上げて老人を見つめ、片手を頬に当てている。

奥の階段を上る人影も、この場面と無関係ではない。牢の中に残る者と、去っていく者が、同じ画面の中に描き分けられている。

嘆きを周りに集め、中央に光と静けさを残す。この配り方が、画面を一目で読ませる仕組みになっている。

なぜ指は上を指しているのか

上げているのは老人の左腕である。人差し指だけを立て、天井のほうへまっすぐ向けている。

この指が何を指すのかを、絵そのものは説明していない。文字の書き込みも、指す先の対象も画面にはない。

ただ、画面のなかでの働きははっきりしている。指は構図のいちばん上にあり、左右に散った腕の動きをそこで束ねている。

顔を覆う手、差し出す手、組んだ手。周りの手がみな下を向くなかで、一本の指だけが上を向く。

館の記録が伝えるのは、主題と制作年と寸法までである。指の意味を当サイトの解釈として断定はしない。画面から言えるのは、視線がそこへ集まるように組まれている、ということだけである。

腕の形にも注意しておきたい。上げた腕はまっすぐ伸ばされず、肘で軽く折れている。

そのため腕は画面の右上を斜めに切る線になる。寝台の水平線、杯へ伸びる横の腕と合わせて、三本の方向がぶつかる。

横に寝た線ばかりの画面で、この一本だけが上へ抜ける。目が最後にそこへ行き着く形である。

なお、館の記録によれば制作は1787年。フランス革命が起きる2年前にあたる。

ダヴィッドはどんな画家か

歴史画の人という印象が強いが、当サイトで公開している5点のうち4点は肖像画である。もっとも早いのは館の記録で1769年の作になる。

フランソワ・ビュロン夫人の肖像
ジャック=ルイ・ダヴィッド《フランソワ・ビュロン夫人の肖像》1769年。館の記録では、カンヴァスに油彩。66.3×55.5センチ。番号は1963.205。シカゴ美術館蔵。ジャック=ルイ・ダヴィッド《フランソワ・ビュロン夫人の肖像》シカゴ美術館蔵

縞の衣を着た女性が、片手を額に当て、片手で本を開いている。背景は暗く沈み、顔と手と本だけが浮かぶ。

《ソクラテスの死》の翌年にあたる1788年には、夫婦の肖像を描いている。

ラヴォアジエ夫妻の肖像
ジャック=ルイ・ダヴィッド《ラヴォアジエ夫妻の肖像》1788年。館の記録では、カンヴァスに油彩。259.7×194.6センチ。番号は1977.10。メトロポリタン美術館蔵。ジャック=ルイ・ダヴィッド《ラヴォアジエ夫妻の肖像》メトロポリタン美術館蔵

赤い布を掛けた机の上に、ガラスの器具が並ぶ。床には大きなガラス球が転がる。人物と道具が同じ丁寧さで描かれている。

そこから四半世紀あとの1816年には、軍服の男を等身大で立たせている。

エティエンヌ=モーリス・ジェラール将軍の肖像
ジャック=ルイ・ダヴィッド《エティエンヌ=モーリス・ジェラール将軍の肖像》1816年。館の記録では、カンヴァスに油彩。197.2×136.2センチ。番号は65.14.5。メトロポリタン美術館蔵。ジャック=ルイ・ダヴィッド《エティエンヌ=モーリス・ジェラール将軍の肖像》メトロポリタン美術館蔵

赤い垂れ幕、市松の床、遠くの山。背景の道具立ては変わっても、明暗の付け方は《ソクラテスの死》と地続きである。

宮廷や身分を示す肖像の型については、肖像画は何を伝えていたのかに書いた。ダヴィッドの肖像は、その型を引き受けつつ、持ち物の描写をかなり細かくしている。

《ソクラテスの死》はどこで見られるか

実物はメトロポリタン美術館にある。館は所蔵品の画像をCC0で公開しており、当サイトはその画像を使っている。

画面を拡大して見るなら《ソクラテスの死》の作品ページから確かめられる。指先、鎖、奥の階段は、縮小した画像では潰れやすい。

ほかの4点も含めてジャック=ルイ・ダヴィッドの作品ページにまとめてある。

なお、ダヴィッドのあとのフランス絵画が戸外へ出ていく流れは、印象派の前に何があったかで扱っている。牢の石壁と、野の光。同じ国の絵が、およそ70年でどこまで変わったかが分かる。

RELATEDあわせて読みたい

作品を知るの記事一覧