画家を知る

ゆがみは、失敗ではない——ジョージ・オーア

口が折りたたまれ、胴がねじれている。失敗作に見えるが、崩れる寸前で止められた形である。整えられないものは崩せない。同じ器を二つと作らなかった陶工の九点を、轆轤の跡から読む。売れなかったことが、かえって保存につながった。

鉢
ジョージ・E・オーア《鉢》メトロポリタン美術館蔵

器が、ねじれている

一つの器から始めたい。

鉢
ジョージ・オーア《鉢》1898年から1910年ごろ。陶器。高さ11センチ、幅18.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《鉢》メトロポリタン美術館蔵

鉢である。しかし、形が普通ではない。

口の部分が、大きく折りたたまれている。

一方の縁が内側へ倒れ、反対側が高く立ち上がる。

胴も、ねじられている。轆轤で挽いた円が、途中でよじれている。

その結果、上から見ても下から見ても、左右対称ではない。

釉薬はかかっていない。素焼きのままである。

土の色は、明るい橙色をしている。

表面には、轆轤の挽き目が細い線として残っている。

つまり、作った手順がそのまま見える。

失敗ではない

初めて見ると、失敗作に見えるかもしれない。

轆轤で挽いていて、形が崩れたのだと。

しかし、これは意図された形である。

作り手は、挽き上げた器を、あとから手で変形させている。

しかも、崩れきる寸前で止めている。

もう少し押せば、器は潰れる。もう少し弱ければ、ただの円に戻る。

その境目に、形が置かれている。

つまり、非常に高い制御の結果である。

歪みは、技術の欠如ではない。

対称を捨てる

もう少し、この形について考えたい。

轆轤で作る器は、必ず左右対称になる。

回転してできる形だからである。

その対称性が、陶器の美しさの基本になってきた。

茶碗も、壺も、皿も、まず円である。

この鉢は、その前提を最後に壊している。

しかも、はじめから壊すのではない。

いったん完全な円を作り、そのうえで崩す。

順序が重要である。

崩すためには、まず整った形が必要なのだ。

整えられないものは、崩すこともできない。

画家ではなく、陶工

ジョージ・オーアについて、記録から書く。

1857年に生まれ、1918年に没したアメリカの陶工である。

南部の町で工房を営んだ。

自らを高く評価し、その自負を公言していたと伝えられる。

同時代の評価は、必ずしも高くなかった。

作品は思うように売れず、多くが手元に残ったとされる。

彼の没後、大量の作品がまとめて発見されたという経緯も伝わっている。

その後、二十世紀の後半になって再評価が進んだ。

つまりこれも、生前と没後で評価が反転した例である。

なぜ売れなかったのか

売れなかった理由も、考えてみたい。

十九世紀末のアメリカで、陶器は日用品か装飾品だった。

日用品なら、丈夫で、扱いやすく、安いことが求められる。

装飾品なら、華やかで、格があり、揃いであることが好まれる。

歪んだ器は、そのどちらにも当てはまらない。

食卓に並べれば不揃いで、飾り棚に置けば落ち着かない。

しかも一点ずつ違うので、対にも組にもできない。

買い手の側から見れば、置き場所に困る品である。

いまの目には魅力に見えるものが、当時は欠点だった。

評価の反転は、たいていこの形で起きる。

誰に向けて作ったのか

そうなると、疑問が残る。

売れないと分かっていて、なぜ作り続けたのか。

一つの答えは、本人が自分の仕事を高く評価していたからだろう。

記録によれば、彼は自作を「他に類がない」と称していたと伝えられる。

その自負が、市場の反応とは別に制作を支えた。

もう一つ、時代が追いつくのを待った可能性もある。

もっとも、それは後から見た解釈にすぎない。

当人が何を考えていたかを、当方は確かめられない。

分かるのは、作り続けた結果として器が残ったことだけである。

薄く、挽く

この人の器の特徴は、まず薄さである。

手に取ると、驚くほど軽いという。

轆轤で薄く挽くには、土の性質と手の加減の両方が要る。

厚ければ重く、鈍く見える。薄ければ軽く、鋭くなる。

しかも、薄いほど変形させやすい。

厚い器は、押しても曲がらない。割れるだけである。

薄く挽くことと、あとで歪ませることは、一続きの技術である。

九点の器を見ると、その関係がよく分かる。

高さ十センチの世界

九点の寸法を確かめておきたい。

最も高いのが、後で見る細長い花瓶で35.9センチ。

最も低いのが、いま見た鉢で11センチ。

いずれも、手のひらから両手に収まる大きさである。

大きな壺や甕は、この九点には含まれていない。

小さいほど、薄く挽くのは難しくなる。

土が少ないぶん、少しの力で崩れる。

つまり、小ささもまた技術の表明である。

土を、どこから取るか

材料についても書いておきたい。

記録によれば、彼は近くの川から土を採取していたとされる。

自分で掘り、精製し、使う。

産地の土をそのまま使う陶工は、当時から多かった。

その土の性質が、器の性格を決める。

粘りが強ければ薄く挽ける。砂が多ければ崩れやすい。

この九点の器が薄く挽けているのは、土のおかげでもあるだろう。

もっとも、土は選ぶこともできる。

複数の土を混ぜ、目的に合う配合を作る。

そこにも技術がある。

土を掘るところから焼くところまで、一人でやる。

そういう仕事の形が、この人の器には表れている。

手の跡

素焼きの鉢に戻って、表面をもう一度見たい。

轆轤の挽き目が、細い線として螺旋状に残っている。

これは、指を当てながら土を引き上げた跡である。

ふつう、仕上げの段階でこの跡は消される。

なめらかにしたほうが、上品に見えるからだ。

この鉢では、跡がそのまま残されている。

つまり、作った過程を隠していない。

そして、ねじった部分には指の圧痕が見える。

どこに力を入れたかが、そのまま形になっている。

器が、作り方の記録になっている。

二本の把手

二点目は、色が強い。

花瓶
ジョージ・オーア《花瓶》1895年から96年ごろ。陶器。高さ22.9センチ、幅14.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

胴が丸くふくらみ、そこから首が立ち上がる。

首の上部で、器が大きく開いている。

その口の縁が、波打つように歪められている。

胴の左右から、細い把手が二本ずつ伸びる。

把手は上へ弧を描き、首の途中に接続している。

釉薬は濃い赤である。深い臙脂に近い。

光を受けて、表面が艶やかに光っている。

口の内側には、緑や褐色が混ざっている。

把手という部品

把手は、器の中でとくに難しい部分である。

轆轤では作れない。手でひも状に伸ばし、貼り付ける。

その接続部分が弱く、焼成中に割れやすい。

しかも、乾き方が胴と違う。

胴が縮むときに把手が引っ張られ、亀裂が入る。

だから、細い把手を四本も付けるのは危険な選択である。

それでも付けているのは、形が欲しかったからだろう。

把手は、器の輪郭に空間を作る。

胴と把手のあいだの隙間が、絵で言う余白になる。

青と黒の器

三点目は、色が沈んでいる。

花瓶
ジョージ・オーア《花瓶》1900年。陶器。高さ29.1センチ、幅16.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

先ほどの花瓶と、形がよく似ている。

丸い胴、立ち上がる首、大きく開いた口。

そして、左右に細い把手が伸びる。

違うのは、釉薬である。

暗い青と黒が混ざり、白い斑が散っている。

首の部分には、黒い線が幾筋も垂れている。

釉薬が流れた跡だろう。

口の縁は、先ほどの器より激しく歪んでいる。

同じ形、違う釉

この二点は、形の型が同じである。

しかし、釉薬でまったく別の器になっている。

赤い器は、華やかで、暖かい。

青黒い器は、重く、冷たい。

同じ形を、違う釉薬で試す。

これは、陶芸ではよく行われる方法である。

形の実験と、釉の実験を分けて進められる。

九点を見ると、いくつかの形の型が繰り返されている。

その上に、毎回違う釉がかかっている。

釉薬という不確定要素

釉薬は、窯を開けるまで結果が分からない。

温度、酸素の量、窯の中の位置。

それらで、色も艶も変わる。

同じ調合でも、同じ色にはならない。

つまり、作り手の手を離れる部分がある。

当サイトでは
宮川香山の記事でも、
同じ問題を扱った。

偶然を排除するのではなく、幅を設計する。

そういう仕事になる。

斑になる釉

九点のうち数点で、釉薬が斑点状になっている。

赤、緑、青、黄が細かく混ざり、まだらに見える。

これは、複数の釉薬を重ねてかけた結果だと考えられる。

下の釉と上の釉が、焼成中に溶けて混ざり合う。

その混ざり方は、場所によって違う。

だから、同じ器の中でも部位ごとに色が変わる。

均一な色を求める陶器とは、正反対の考え方である。

均一に仕上げるには、釉の厚みを一定にし、温度を管理する。

斑を狙うなら、その管理をあえて緩める。

制御を手放す方向に、技術を使っている。

蓋のある器

四点目は、用途のある形である。

急須
ジョージ・オーア《急須》1897年から1900年ごろ。陶器。高さ18.3センチ、幅18.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《急須》メトロポリタン美術館蔵

急須である。丸い胴に、注ぎ口と把手が付く。

把手は、胴の上をまたぐ形で弧を描いている。

その把手が、ねじれている。

途中で一度ひねられ、断面が回転している。

注ぎ口も、まっすぐではない。先が少し曲がる。

蓋の上のつまみも、同じようにねじれている。

釉薬は、桃色と白と緑が混ざっている。

斑点状に色が散り、地の色が透けて見える。

使える器か

急須である以上、注げなければ意味がない。

この器は、実際に使えるのだろうか。

注ぎ口の形を見るかぎり、注げそうではある。

把手も、指を掛ける空間が確保されている。

蓋も、口にきちんと収まっているように見える。

つまり、機能は保たれている。

ねじれているのは、機能に関わらない部分だけである。

そう考えると、この歪みは慎重に配分されている。

崩すところと、崩さないところが分けられている。

ねじれた把手の作り方

把手のねじれについても、少し立ち入りたい。

ひも状に伸ばした土を、両端を持って回すとねじれる。

断面の稜線が螺旋を描き、光の当たり方が変わる。

この操作自体は、難しくない。

難しいのは、ねじった状態を保ったまま接着することである。

土は戻ろうとする。乾く前に固定しなければならない。

しかも、乾燥と焼成で縮む。縮み方が均一でないと割れる。

つまり、ねじった把手は割れやすい。

それでも作るのは、形として面白いからだろう。

危険を承知で選んでいる、と言ってよい。

装飾のない装飾

もう一つ、この九点に共通することがある。

絵付けが、一つもない。

花も鳥も文様も、描かれていない。

装飾はすべて、形と釉薬で行われている。

同じ時代の陶器には、絵付けを施した作が多い。

とくに輸出向けの器では、絵が主役になる。

その流れの中で、絵を一切使わない選択は目立つ。

形そのものを見せる、という方針である。

いまの目には当たり前に見えるかもしれない。

しかし当時としては、かなり尖った態度だったはずだ。

折りたたまれた鉢

五点目は、また形が激しい。

鉢
ジョージ・オーア《鉢》1897年から1900年ごろ。陶器。高さ8.6センチ、幅17.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《鉢》メトロポリタン美術館蔵

低く、平たい鉢である。高さは8.6センチしかない。

口の縁が、大きく波打っている。

四方から内側へ折り込まれ、花びらのような形になる。

その折り目は鋭く、角が立っている。

外側の釉薬は、緑と黄と黒が混ざっている。

内側は、金色に近い褐色である。

内と外で、色がはっきり違う。

上から覗くと、内側の明るい色が見える。

内側の色

内と外で釉を変えるのは、意図的な選択である。

外側は、置いたときに見える面。

内側は、覗き込んだときに見える面。

見る角度によって、印象が変わる器になる。

これは、陶芸ならではの仕掛けである。

絵画では、こういうことはできない。

物としての厚みと、裏表があるからこそ成立する。

細長い花瓶

六点目は、九点で最も背が高い。

花瓶
ジョージ・オーア《花瓶》1895年から1900年ごろ。赤土に施釉。高さ35.9センチ、径15.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

高さ35.9センチ。細く、縦に伸びている。

胴は下でふくらみ、そこから首が立つ。

首の途中に、くびれがある。

その上でまた広がり、口へ向かってすぼまる。

つまり、輪郭線が何度も方向を変えている。

口の部分は、縦に切れ込みが入っている。

二か所ほど、縁が内側へ折られている。

釉薬は、暗い緑と褐色である。

金属のような、鈍い光沢がある。

輪郭の変化

この器の面白さは、横から見た輪郭にある。

下から上へ目で追うと、線が何度も曲がる。

ふくらみ、しぼみ、また広がり、すぼまる。

この変化が多いほど、器は複雑に見える。

一方、変化が多すぎると、まとまりを失う。

その加減が、陶工の腕の見せどころである。

轆轤の上で、指の位置を少し変えるだけで線が変わる。

一発で決めなければならない。

やり直しは利かない。

ねじれた把手

七点目は、小さな水差しである。

水差し
ジョージ・オーア《水差し》1890年から1905年。陶器。高さ10.2センチ、幅16.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《水差し》メトロポリタン美術館蔵

低く、横に広い形である。

口の一方が、注ぎ口として引き出されている。

反対側に、大きな把手が付く。

その把手は、太く、平たい。

そして、器の胴に沿って角ばった形をしている。

釉薬は、暗い緑と褐色である。

上部が濃く、下へ行くほど淡くなる。

底のあたりは、土の色が透けて見える。

使うための器

この水差しは、実用の器に見える。

歪みは少なく、口も把手も素直である。

九点の中では、最もおとなしい一点だろう。

つまり、この陶工は普通の器も作っていた。

歪んだ器だけを作っていたわけではない。

工房を維持するには、売れる器が要る。

日用の器を作りながら、実験的な器も作る。

その両方があって、一つの工房が成り立つ。

波打つ口

八点目は、色が賑やかである。

花瓶
ジョージ・オーア《花瓶》1894年から1906年。陶器。高さ10.8センチ、径14.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

背の低い、丸い器である。

口が大きく開き、その縁が波打っている。

八つほどの山と谷が、規則的に並んでいる。

胴には、縦の稜線が入っている。

その稜線と、口の波が対応している。

釉薬は、赤、緑、青、黄が混ざっている。

斑点状に色が散り、まだら模様になっている。

口の縁だけが、明るい橙色に光っている。

規則的な歪み

この器の波は、不規則ではない。

ほぼ等間隔で、同じ高さの山が並んでいる。

つまり、意図的に整えられた変形である。

先ほどの鉢の、乱暴な折りたたみとは違う。

同じ作り手の中に、二種類の歪みがある。

一つは、規則的で装飾的な歪み。

もう一つは、一回性の、崩れかけた歪み。

九点を見ると、その両方が混在している。

首の長い花瓶

最後の一点を見る。

花瓶
ジョージ・オーア《花瓶》1897年から1900年ごろ。陶器。高さ33センチ、幅17.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

高さ33センチ。細長い花瓶である。

下部が球のようにふくらみ、そこから細い首が長く伸びる。

首は上へ行くほど細くなり、口の直前でまた広がる。

そして、口の縁がわずかに歪んでいる。

釉薬は、赤、桃色、青、黄が細かく混ざっている。

斑点が全面に散り、遠目には紫がかった色に見える。

底には低い高台があり、そこだけ色が濃い。

九点を通して

九点を並べて、共通することを挙げたい。

まず、どれも小さい。高さ8.6センチから35.9センチ。

次に、どれも轆轤で挽かれている。

型に流し込んだ器は、一つもない。

そして、多くが変形されている。

口が波打ち、胴がねじれ、縁が折り込まれる。

さらに、釉薬が一点ずつ違う。

同じ色の器が、九点の中に一つもない。

同じものを、作らない

この最後の点が、重要だと思う。

工房の経営を考えれば、同じ器を数多く作るほうが効率がよい。

型を使い、同じ釉をかけ、同じ値段で売る。

十九世紀のアメリカの陶器工場は、まさにそうしていた。

当サイトでも
プレスガラスや
アメリカのアート・ポタリーで、
量産の仕組みを扱った。

その時代に、一点ずつ違う器を作り続けた人がいる。

売れなかったのは、当然かもしれない。

同じ物が手に入らない商品は、扱いにくい。

歪みが、残った

それでも、この器は残った。

売れずに手元に残り、まとめて保存され、後の世紀に見出された。

いま美術館にあるのは、その結果である。

売れていれば、家庭で使われ、割れていたかもしれない。

売れなかったことが、保存につながった。

そういう皮肉な経路をたどった作品は、少なくない。

最初の鉢に戻りたい。

釉薬もかかっていない、素焼きのままの鉢である。

土の色と、指の跡と、ねじれだけがある。

装飾を全部外したところに、この人の芯が見えている気がする。

いま、手に取るとしたら

最後に、これらの器の使い道を考えてみたい。

高さ十センチ前後の鉢や器は、いまの食卓にも収まる。

歪んだ縁は、指が掛かりやすいという利点もある。

対称でない器は、置く向きを毎回選ぶことになる。

その一手間が、器との関わりを作る。

同じ器を六客そろえて並べるのとは、まったく違う扱いである。

もっとも、これらは美術館の収蔵品である。

使うことはできないし、同じ物も存在しない。

できるのは、写真を見て、形を目で追うことだけだ。

それでも、ねじれの向きや縁の折り方を追っていくと、
作った人の手の動きが、少しだけ想像できる。

百年以上前の、南部の小さな工房の手つきである。

その手つきだけは、写真からでも十分に伝わってくる。

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