美術史・技法

寸法の欄に、その他と書く——ジョージ・E・オーア

ある一点の寸法の欄には、分類のつかない測り方だと明記されている。別の一点は、数字が一つしかない。胴が折り畳まれ、口がねじれた器では、高さも幅も決めにくい。測りにくさを記録から読みたい。技法の欄は、九点とも同じである。

水差し
ジョージ・E・オーア《水差し》メトロポリタン美術館蔵

測る欄の作り

美術館の記録では、寸法の欄に測り方の名を添えることが多い。

高さ、直径、縦、横、奥行き。

その語があれば、数字が何を指すか分かる。

逆に言えば、その語がなければ、数字は宙に浮く。

寸法の欄に、その他と書かれる

九点のうち一点の寸法の欄には、変わった語が付いている。

その他、という意味の語である。

高さでも、直径でも、幅でもない。

分類のつかない測り方だ、と書かれている。

そのうえで、二つの数字が並ぶ。

なぜ、その他と書かなければならなかったのか。

九点を並べて考えたい。

水差し
ジョージ・E・オーア《水差し》1893年ごろから1909年ごろ。陶器。館の記録では、その他の測り方で12.7センチかける15.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《水差し》メトロポリタン美術館蔵

九点の内訳

先に、九点の中身を確かめておく。

九点とも、同じ作者の陶器である。

花器が七点、水差しが一点、鉢が一点。

年は、七点が1897年から1900年ごろ。

一点が1897年から1900年。

一点が1893年ごろから1909年ごろ。

館は、九点とも同じである。

一人の陶工

九点は、いずれも一人の手による。

轆轤を挽き、形を変え、釉薬をかけ、焼く。

そのすべてを一人で行っていたと伝えられる。

工場で分業して作る器とは、性格がまったく違う。

同じ形が二つないのは、そのためである。

同じものが、二つない

型で押した硝子や、型で作った磁器では、同じ形が並ぶ。

この九点では、同じ形が一つもない。

高さも、幅も、断面の形も、すべて違う。

寸法の欄を並べても、共通する数字は出てこない。

陶器という記録

技法の欄は、九点とも同じである。

陶器、とだけ書かれている。

釉薬のことも、色のことも書かれていない。

九点の画像を見れば、色は一点ごとにまったく違う。

紫、黄と黒、桃色と赤と緑、褐色、青、緑と黄。

それでも、技法の欄は同じ二文字である。

材料と、仕上げ

技法の欄が書くのは、素地の材料である。

その上に何をかけたかは、別の情報になる。

九点の場合、その仕上げこそが見どころである。

しかし、記録の欄には入らない。

見る側は、画像に頼るほかない。

形が、ゆがんでいる

九点の画像を見ると、いずれも形がゆがんでいる。

胴が折り畳まれ、口が波打ち、腰がねじれている。

轆轤で丸く挽いた後に、手で押し潰したものである。

意図してそうしている。

失敗ではない。

薄く挽く

この作者の器は、壁がきわめて薄い。

轆轤で挽くとき、粘土を限界まで薄く引き上げる。

薄いからこそ、後で押し潰しても割れない。

厚ければ、力を加えたところで裂ける。

ゆがんだ形は、薄く挽く技術の上に成り立っている。

潰すという工程

轆轤から下ろす前か、下ろした直後に、手で形を変える。

粘土が乾き始めると、もう動かない。

つまり、作業できる時間はごく短い。

一度決めた形は、やり直せない。

測る、ということの難しさ

丸い壺なら、測るのは簡単である。

高さと、最も広いところの直径。

その二つで、大きさは伝わる。

ゆがんだ器では、そうはいかない。

どこを幅とするか。

折り目の外側か、内側か。

向きを変えれば、幅は変わる。

二つの数字が、何を指すか

九点のうち七点は、二つの数字だけが書かれている。

説明の語が付いていない。

高さと、何かである。

普通に読めば、高さと幅か、高さと直径だろう。

しかし、記録はそう書いていない。

読む側が補うことになる。

語を、あえて付けない

説明の語を付けないのは、一つの選択である。

高さと書けば、どこからどこまでかを決めなければならない。

直径と書けば、円であることが前提になる。

ゆがんだ器では、その前提が崩れる。

だから、数字だけを置く。

読む側は、おおよその大きさを知ればよい。

三通りの寸法の書き方

九点の寸法の欄を分けると、三通りになる。

分類の語を付けて二つの数字を書くものが一点。

分類を書かず、二つの数字を並べるものが七点。

数字を一つだけ書くものが一点。

同じ館の、同じ作者の、まとまって入った九点である。

それでも、書き方はそろわない。

記録した人の判断

こうした揺れは、記録した人の判断によるのだろう。

ある人は、分類がつかないと書いた。

ある人は、数字だけを置いた。

ある人は、一つしか測らなかった。

どれも間違いではない。

しかし、九点をそろえて読むときには引っかかる。

その他、という分類

一方、最初の一点には、その他という語が付いている。

数字だけを置くのではなく、分類がつかないと明記している。

同じ館の、同じ作者の、同じ種類の器である。

それでも、書き方が分かれている。

縦より横が大きい

この一点の数字は、12.7センチと15.2センチである。

後の数字のほうが大きい。

もし前が高さなら、幅のほうが広いことになる。

画像を見ると、たしかに横に広い器である。

注ぎ口が前へ出て、口が斜めに切り取られている。

注ぎ口の形

この一点の口は、斜めに切り取られている。

一方が高く、他方が低い。

低いほうから注ぐ形である。

轆轤で挽いた円い口を、後から押して変形させたのだろう。

注ぐという用途は、そのまま残されている。

潰された胴

この一点の胴は、片側が大きくへこんでいる。

轆轤で挽いた円い形を、指で押したのだろう。

反対側は、そのまま丸みを残している。

一つの器の中で、丸い部分と潰れた部分が同居している。

花器
ジョージ・E・オーア《花器》1897年から1900年。陶器。館の記録では、23.5センチかける11.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花器》メトロポリタン美術館蔵

ころ、の付かない一点

いま見た一点の年は、1897年から1900年である。

ころ、が付いていない。

九点のうち、この一点だけである。

残る八点には、いずれもころ、が付く。

つまり、この一点だけ、年の根拠がはっきりしているらしい。

もっとも、その根拠は記録に書かれていない。

十六年の幅

最初の一点の年は、1893年ごろから1909年ごろである。

十六年の幅がある。

残る八点は、いずれも三年の幅にとどまる。

同じ作者の器で、なぜこれだけ違うのか。

形や釉薬から時期を絞れる器と、絞れない器がある。

この一点は、後者だったのだろう。

年の幅と、情報量

年の幅が広いということは、手掛かりが少ないということである。

狭ければ、根拠がある。

九点のうち八点が三年の幅に収まるのは、この作者の仕事が短い期間に集中していたからだろう。

もっとも、記録にその説明はない。

斜めに立つ

この一点は、下が広く、上が細い。

そして、全体が斜めに傾いている。

底の一方が持ち上がり、器が倒れかかっているように見える。

それでも立っているのは、重心が底の内側にあるからである。

傾いた形を、立つ形として成立させている。

二層の釉薬

上の層が縮んで下の色が出る現象は、狙って起こすことができる。

縮みやすい釉薬を上にかければよい。

ただし、どこがどれだけ縮むかは制御できない。

斑の位置と大きさは、窯の中で決まる。

黄色と、黒い斑

この一点の胴は黄色く、その上に黒い斑が散る。

斑は丸く、大きさがばらばらである。

釉薬を二種類かけ、上の層が縮んで下の色が出たのだろう。

窯の中で起きる変化を、そのまま仕上げにしている。

口の作り

口の部分は、細かく折り畳まれている。

粘土をつまんで、内側へ寄せた跡である。

胴の滑らかさと、口の複雑さが対照になっている。

花器
ジョージ・E・オーア《花器》1897年から1900年ごろ。陶器。館の記録では、24.3センチかける17.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花器》メトロポリタン美術館蔵

最も大きい一点

いま見た一点は、九点で最も大きい。

24.3センチかける17.8センチ。

胴の四面が、それぞれ内側へへこんでいる。

角が立ち、断面が四角に近くなっている。

丸い器を、四方から押した形である。

四方から押す

この一点では、胴の四面がへこんでいる。

上から見れば、四つの角が突き出た形になるだろう。

丸い器を四方から押せば、こうなる。

押す力が均等なら、角も均等に出る。

九点の中で、この形は二点ある。

色の混ざり方

この一点の色は、九点で最も複雑である。

淡い桃色、赤、緑、青。

それらが斑になって混じっている。

一色の釉薬ではない。

複数の釉薬をかけ、窯の中で流れさせたのだろう。

同じものを二つ作ることはできない。

十六分の一まで測る

この一点の寸法は、もとの単位で十六分の九と書かれる。

十六分の一まで測っている。

一ミリ半ほどの精度である。

ゆがんだ器を、そこまで細かく測る意味はあるだろうか。

測った以上は書く、という方針なのだろう。

細かさと、曖昧さ

ここに、面白いねじれがある。

数字は十六分の一まで細かい。

しかし、何を測ったかは書かれていない。

精度は高く、定義は曖昧である。

この二つが、同じ欄に同居している。

花器
ジョージ・E・オーア《花器》1897年から1900年ごろ。陶器。館の記録では、17.3センチかける10.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花器》メトロポリタン美術館蔵

二点の比較

先に見た一点は、胴が不規則にへこんでいた。

この一点は、規則正しい襞が並ぶ。

どちらも轆轤の後で手を加えた形である。

しかし、加え方が違う。

一方は壊すように、他方は整えるように。

同じ作者の中に、二つの方向がある。

縦の襞

いま見た一点の胴には、縦の襞が並んでいる。

上から下まで、規則正しく走る。

先に見た一点の不規則なへこみとは、性格が違う。

こちらは、意図した形が保たれている。

口も、その襞に合わせて波打っている。

釉薬の縞

襞の谷には、暗い色が溜まっている。

山の部分は、明るい。

釉薬は、流れて低いところに溜まる。

だから、形の凹凸がそのまま色の濃淡になる。

形と色が、同じ原因から生まれている。

花器
ジョージ・E・オーア《花器》1897年から1900年ごろ。陶器。館の記録では、19.7センチかける11.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花器》メトロポリタン美術館蔵

台の付いた形

この一点には、低い台が付いている。

胴から絞られ、また広がって円い台になる。

台があると、器は安定して立つ。

九点のうち、はっきりした台を持つものは三点ある。

胴と口の対比

いま見た一点では、胴が滑らかである。

丸く、膨らみ、そのまま台へ続く。

ところが、口だけが激しく折り畳まれている。

花びらのように、幾重にも重なる。

同じ器の中で、単純な部分と複雑な部分が分かれている。

花びらのような口

口の折り畳みは、粘土を指でつまんで作られている。

つまんだ跡が、そのまま残っている。

均等ではない。深いところと浅いところがある。

手で作ったことが、隠されずに残っている。

幅は、どこか

この一点の幅を測るとしたら、どこだろう。

胴の最も広いところか。

それとも、折り畳まれた口の広がりか。

画像を見る限り、口のほうが広い。

記録の11.1センチが、どちらを指すかは書かれていない。

花器
ジョージ・E・オーア《花器》1897年から1900年ごろ。陶器。館の記録では、19.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花器》メトロポリタン美術館蔵

折り返しの意味

胴の上半分を折り畳むと、内側に空洞ができる。

その空洞は、外から見えない。

器としての容量は、見た目より小さくなる。

用途より形を優先した作りである。

数字が、一つしかない

いま見た一点の寸法は、数字が一つだけである。

19.2センチ。

高さとも、幅とも書かれていない。

九点のうち、数字が一つなのはこの一点だけである。

何を測ったのか

普通に考えれば、高さだろう。

器を置いたときの、上端までの寸法である。

しかし、記録はそう書いていない。

数字だけが置かれている。

幅を測らなかったのか、測ったが書かれなかったのか。

分からない。

三つの書き方

ここまでで、寸法の書き方が三通りあることになる。

その他、と分類を明記して二つの数字を書くもの。

分類を書かず、二つの数字を並べるもの。

数字を一つだけ書くもの。

同じ館の、同じ作者の、同じ寄贈から来た九点である。

濃い紫の一点

この一点は、濃い紫の釉薬で覆われている。

胴の上半分が大きく折り畳まれ、二つの襞が飛び出す。

下半分は、丸く膨らんだまま残る。

口は細かく波打ち、内側が見える。

紫は、光を受けたところだけ明るく光る。

花器
ジョージ・E・オーア《花器》1897年から1900年ごろ。陶器。館の記録では、19.7センチかける8.3センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花器》メトロポリタン美術館蔵

一つの数字で足りるか

数字が一つしかないと、形の見当がつかない。

高さ19.2センチと分かっても、細いのか太いのかは分からない。

画像があれば補える。

画像がなければ、この一点の大きさは半分しか伝わらない。

ねじれた胴

いま見た一点は、胴がねじれている。

上の部分と下の部分が、別の方向を向いている。

そのあいだが、絞られてねじられている。

轆轤で挽いた筒を、両手で逆方向に回したのだろう。

粘土が柔らかいうちにしかできない。

細い一点

この一点は、九点で最も細い。

二つ目の数字が8.3センチしかない。

高さは19.7センチなので、縦横の比が二・四になる。

細長い形である。

台が広く、そこから急に細くなる。

ねじりの跡

ねじられた部分には、螺旋の筋が残っている。

粘土が回された方向が、そのまま線になっている。

轆轤の跡ではない。

手で回した跡である。

作る動きが、表面に残っている。

青い斑

この一点の色は、青である。

濃い青の地に、明るい斑が散る。

斑は小さく、粒のように見える。

釉薬の中の成分が、焼くときに分かれたのだろう。

鉢
ジョージ・E・オーア《鉢》1897年から1900年ごろ。陶器。館の記録では、7.9センチかける15.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《鉢》メトロポリタン美術館蔵

横に長い一点

いま見た一点は、九点で唯一の鉢である。

7.9センチかける15.2センチ。

後の数字のほうが、二倍近く大きい。

つまり、平たく横に広い。

九点のうち、この比を持つのはこの一点だけである。

折り畳まれた縁

この鉢の縁は、大きく折り畳まれている。

内側へ倒れ込み、幾つかの谷を作る。

そのため、上から見ると円ではない。

縁のどこを測るかで、幅は変わる。

ここでも、測る場所の問題が出る。

内側が見える

平たい鉢は、上から見れば内側が全部見える。

九点の花器では、内側はほとんど見えない。

この一点だけ、内と外の両方が仕上げの対象になっている。

だから、内側にも釉薬が丁寧にかけられている。

緑と黄の釉薬

この一点は、緑と黄が縞になっている。

内側は黄が強く、外側は緑が強い。

流れた跡が、そのまま縞になっている。

かける方向が、色の並びを決めている。

花器
ジョージ・E・オーア《花器》1897年から1900年ごろ。陶器。館の記録では、19.5センチかける14.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・E・オーア《花器》メトロポリタン美術館蔵

台の広さ

この一点の底は、大きく広がっている。

胴の細さに対して、台が広い。

細い器は倒れやすいので、底を広げて安定させる。

形の遊びと、立たせるための工夫が両立している。

四角い断面

いま見た一点は、断面が四角に近い。

四つの面が内側へ入り、角が立っている。

そして、底の近くで大きく折り返されている。

上下で、形の性格が変わっている。

上下で違う形

上半分は角の立った四角、下半分は折り返された曲面。

一つの器の中で、二つの作りが重なっている。

轆轤で挽いた後、上と下で違う手を加えたのだろう。

褐色の釉薬

この一点は、褐色と黄土色が混じる。

金属的な光沢が、ところどころに出ている。

釉薬に含まれる成分が、焼く条件で光る。

同じ釉薬でも、窯の場所が違えば違う色になる。

九点の寸法を、並べる

最後に、九点の寸法をまとめておく。

一つ目の数字は、7.9センチから24.3センチ。

二つ目の数字は、8.3センチから17.8センチ。

一点だけ、数字が一つしかない。

一点だけ、その他という分類が付いている。

残る七点は、数字二つだけである。

二つの数字の意味

七点の二つの数字を、高さと幅と読むとどうなるか。

比を計算すると、一・二から二・四まで開く。

細長いものから、ずんぐりしたものまである。

つまり、数字二つでも形の見当はつく。

分類の語がなくても、実用にはなっている。

分類しないという選択

九点の記録から読めるのは、次のことである。

ゆがんだ器では、高さと幅を分けて書きにくい。

だから、多くの記録は分類を書かない。

書けないものを、無理に書かない。

その代わり、数字だけは残す。

画像と記録の分担

九点では、画像の伝える情報が記録より多い。

形も、色も、仕上げも、画像でしか分からない。

記録が伝えるのは、大きさと、年と、材料の種類である。

その三つだけでも、九点を並べる手掛かりにはなる。

その他という言葉の意味

そう考えると、その他という語は正直な書き方である。

分類がつかないと、はっきり書いている。

数字だけを置くよりも、状況が伝わる。

九点のうち、そこまで書いたのは一点だけである。

しかし、その一点があるおかげで、残る八点の事情も見えてくる。

同じ作者の器については、ゆがみは、失敗ではない——ジョージ・オーアで扱った。

窯の中の変化に委ねる作り方については、窯に、委ねる——アメリカの美術陶器も参照されたい。

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