画家を知る

同じ絵が、二枚ある——ダニエル・ハンティントン

同じ人物、同じ姿勢、同じ光。八年をおいて描かれた二枚が、別の館にある。縦は14センチ違い、横は0.7センチ広い。額の内側で測るという書き方も、そこに絡む。二枚の差を記録から読みたい。残る七点の幅も、あわせて見たい。

マーシーの夢
ダニエル・ハンティントン《マーシーの夢》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ絵が、二枚ある

九点のうち二点は、ほとんど同じ絵である。

同じ人物、同じ姿勢、同じ光の落ち方。

違うのは、館と、年と、寸法である。

一点は1850年の作で、ワシントンの館にある。

もう一点は1858年の作で、ニューヨークの館にある。

八年をおいて、同じ画家が同じ図を二度描いた。

なぜ二度描いたのか。二枚はどこが違うのか。

記録と画面を並べて、順に見ていきたい。

マーシーの夢
ダニエル・ハンティントン《マーシーの夢》1850年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦227.65センチ、横167.64センチとされる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ダニエル・ハンティントン《マーシーの夢》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点の内訳

先に、九点の中身を確かめておく。

大画面の宗教的な主題が二点。これが同じ図の二枚である。

肖像が四点。素描が二点。小さな油彩が一点。

館は二つに分かれ、六点がニューヨーク、三点がワシントンにある。

年は1838年から1861年まで、二十三年にわたる。

技法は、カンヴァスに油彩が七点、紙に描いたものが二点である。

一枚目の寸法

先に、一枚目の寸法を確かめる。

館の記録では、縦227.65センチ、横167.64センチである。

小数点以下二桁まで書かれている。

これは、寸を測った数字ではない。

もとの記録が別の単位で、それを換算した結果である。

括弧の中には、換算前の数字も併記されている。

換算の桁をそのまま残すと、こうした細かい数字になる。

額を含めた寸法も別に書かれ、縦300.04センチ、横215.9センチとされる。

額まで測って記録するのは、この館の作法である。

二メートルを超える絵

縦227センチというのは、人の背丈より高い。

こうした大きさの絵は、家の壁には収まりにくい。

公開の展示か、大きな建物のための注文だと考えるのが自然である。

制作にも、それだけの場所が要る。

床から天井まで届く画面を、離れて見ながら描くことになる。

九点の他の絵とは、作り方そのものが違う。

二枚目の寸法

二枚目は、縦213.4センチ、横168.3センチである。

一枚目より、縦が14センチほど短い。

横は、逆に0.7センチだけ広い。

つまり、二枚は同じ大きさではない。

縦横の比を計算すると、一枚目が約1.36、二枚目が約1.27である。

一枚目のほうが、細長い。

同じ図を写すなら、比も合わせるのが自然に思える。

しかし、そうなっていない。

マーシーの夢
ダニエル・ハンティントン《マーシーの夢》1858年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦213.4センチ、横168.3センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《マーシーの夢》メトロポリタン美術館蔵

縦長という形

二点とも、縦が横より長い。

立っている人物と、その上の空間を入れるには、縦長が向く。

天使が上、人が下という配置が、そのまま画面の形になっている。

横長の画面では、この上下の関係は作りにくい。

主題が、画面の形を決めている例である。

比が違うと、どうなるか

縦が短くなれば、上下に入るものが減る。

二点を並べると、その差が画面に出ている。

一枚目では、天使の上に暗い樹冠が広く残る。

二枚目では、その余白がせまい。

かわりに、天使の翼が画面の上のほうまで届く。

人物の大きさが、画面に対して少し大きくなっている。

同じ図でも、枠が変われば密度が変わる。

写しであっても、そのまま縮めた複製にはならない。

光の道

二点とも、画面の上から光の帯が斜めに降りてくる。

暗い樹木のあいだを抜けて、人物に当たる形である。

この帯は、絵具で明るく塗って作られている。

まわりを暗くすると、明るさはさらに強く見える。

一枚目のほうが、まわりが暗いぶん、帯がはっきり出る。

二枚目は全体が明るいので、帯とまわりの差が小さい。

色の違い

二点を並べて見ると、色の調子も違う。

一枚目は、全体に暗い。褐色と赤が沈んでいる。

二枚目は、明るい。黄と緑が前に出る。

ただし、この差をそのまま画家の意図とは言えない。

古い油彩の見え方は、上に塗られた保護層の状態でも変わる。

黄ばんだ層が乗れば、全体が褐色に寄る。

洗われた画面は、明るく見える。

公開画像を撮る条件も、館ごとに違う。

だから、ここでは差があるとだけ書いておく。

理由は、記録の欄からは分からない。

写しの作り方

同じ図をもう一枚描くとき、どうやって写したのか。

方眼を引いて写す方法がある。原図に細かい格子を引き、同じ数の格子を新しい布に引く。

原寸のまま輪郭を写し取る方法もある。

九点の記録には、どちらを使ったかは書かれていない。

ただ、二枚の比が違うことから、機械的な拡大縮小ではないと分かる。

どこかで、手が入っている。

題について

二点は、同じ題で登録されている。

題に出てくるのは、人の名である。

古い宗教書に出てくる、旅をする人物の名だと伝えられる。

夢を見ている場面が、その本の中に書かれている。

つまり、この題は、絵の中身を説明していない。

本を知っている人にだけ通じる題である。

十九世紀の中ごろには、その本は広く読まれていた。

いまは、そうではない。

題が働く範囲は、時代とともに変わる。

本の中の場面

題になった本は、旅の形をとった物語である。

登場する人物には、性質を表す名が付けられている。

この絵の題になった名も、そのひとつである。

物語の中で、その人物が夢を見る場面がある。

天使が降りてきて、何かを差し出す。

画面はその場面を写している。

本を読んでいれば、絵の意味はすぐに分かる。

二枚目は、画家自身が寄贈した

二枚目の出所の行を読むと、寄贈者が画家本人である。

年は1897年。絵を描いた1858年から、39年たっている。

画家はこのとき、まだ生きていた。

自作を、自分で館に渡したということである。

肖像画家として長く仕事をした人だが、館に残したのはこの一点だった。

どの一点を残すかを、自分で選んだことになる。

そして選ばれたのが、八年前の絵の写しのほうだった。

この事実だけで、二枚のどちらを重く見ていたかは決められない。

しかし、記録に残るのはこの一行である。

二つの館に分かれる

同じ図の二枚が、いま別の館にある。

一枚はワシントン、一枚はニューヨークである。

館が違えば、記録の書式も違う。

一方は額の寸法まで書き、他方は書かない。

一方は小数点以下二桁まで書き、他方は一桁で止める。

同じ絵を比べようとすると、まずこの書式の差を越えなければならない。

残りの七点

二点以外の七点は、性格がばらばらである。

素描が二点、肖像が四点、小さな油彩が一点。

年は1838年から1861年まで、二十年以上に散る。

同じ画家の仕事の幅を見るには、都合のよい並びである。

順に見ていきたい。

腰掛ける男性裸体
ダニエル・ハンティントン《腰掛ける男性裸体》1838年。淡い褐色の紙に、黒チョークと白チョークによる高光。館の記録では、縦45.9センチ、横33.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《腰掛ける男性裸体》メトロポリタン美術館蔵

素描が二点しかない

九点のうち、紙に描いたものは二点だけである。

肖像画家として長く働いた人なら、下絵は大量に描いたはずである。

しかし、館に残るのは油彩のほうが多い。

紙は失われやすく、価値も低く見られてきた。

残った二点は、たまたま残ったものだと考えたほうがよい。

最も古い一点

九点で最も古いのは、1838年の素描である。

裸体の男性が、台に腰掛けている。

これは、学校で描かれる種類の紙である。

同じ姿勢を長く保たせ、その形を写す練習をする。

画家がまだ二十代前半のころにあたる。

技法の欄には、黒チョークと白チョークと書かれる。

白は、明るいところを起こすために使う。

紙の地色が淡い褐色なので、白を置くと浮き上がる。

紙そのものを中間の調子として使う方法である。

学校の紙

こうした裸体の素描は、完成作として作られたものではない。

形を取る訓練のために描かれる。

だから、背景は描かれず、台と体だけが残る。

足元の影も、最小限しか置かれていない。

必要なところにだけ手数をかけ、あとは省く。

訓練の紙に共通した性格である。

受け入れの年

この一点の出所の行には、1989年と書かれる。

つまり、館に入ったのは百五十年以上たってからである。

収蔵番号も1989年で始まる。

古い作品でも、館に入るのは新しいということが起こる。

作られた年と、館に入った年は、別のものである。

メアリー・インマン
ダニエル・ハンティントン《メアリー・インマン》1844年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦76.2センチ、横63.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《メアリー・インマン》メトロポリタン美術館蔵

十九世紀の肖像の値段

肖像は、注文で描かれる仕事である。

大きさと、どこまで描くかで、値段が変わる。

胸から上、腰から上、全身と段階があった。

九点の肖像四点も、その段階に沿って大きさが分かれる。

大きさの差は、好みではなく、注文の内容による。

楕円の枠

いま見た一点は、四角い画面の中に楕円が描かれている。

楕円の外側は、額の一部として塗られている。

こうした形は、十九世紀の肖像でよく使われた。

画面の隅を落とすと、顔に目が集まる。

背景の右には、遠い景色が小さく入る。

肖像に景色を添えるのも、当時の作法である。

遠景の入れ方

いま見た一点の右には、夕方らしい空と木立が小さく描かれる。

楕円の枠に切られているので、景色は一部しか見えない。

背景を単色にするより、人物の周りに空気が生まれる。

ただし、その場所が実在するとは限らない。

肖像の背景は、しばしば作られたものである。

題の名

この一点の題には、描かれた人の名が入る。

姓を見ると、同じ時代に働いた別の画家と同じである。

その画家の身内だと考えるのが自然だが、記録にはそう書かれていない。

ここでは、同じ姓であるとだけ書いておく。

海辺のメイソン氏
ダニエル・ハンティントン《海辺のメイソン氏》1849年。緑色の紙に、鉛筆、白チョークによる高光、水彩。館の記録では、縦25.4センチ、横35.6センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《海辺のメイソン氏》メトロポリタン美術館蔵

白黒の画像

いま見た一点の公開画像は、白黒である。

同じことは、九点のうち二点で起きている。

古い写真をもとにした画像だと考えられる。

撮り直せば色が入るが、その手間と費用はかかる。

すべての所蔵品を撮り直すのは、どの館でも難しい。

だから、白黒の画像が残る。

見えないものがあることを、こちらが知っておく必要がある。

緑の紙

いま見た一点の技法の欄には、緑色の紙と書かれている。

しかし、公開されている画像は白黒である。

だから、緑は見えない。

記録がなければ、白い紙に描いたものだと思うだろう。

色のついた紙は、下地の調子をあらかじめ決めてくれる。

その上に白を置けば、明るいところができる。

鉛筆で線を引けば、暗いところができる。

紙の色が、中間の役を果たす。

この方法は、先に見た1838年の素描と同じ考え方である。

紙の色は違うが、白チョークの使い方は変わらない。

三つの材料

この一点の技法の欄には、三つの材料が並ぶ。

鉛筆、白チョーク、水彩である。

線と、明るいところと、色。役割が分かれている。

一枚の紙にこれだけ使うのは、その場で仕上げたかったからだろう。

後から手を入れる予定なら、線だけで足りる。

書き込みのある紙

この一点の画面の下には、細かい文字が並ぶ。

日付らしいものと、地名らしいものが読める。

その場で描き、その場で書いたのだろう。

題に人の名が入るが、画面の中心にいるのは岩である。

人は、岩の上に小さく立っている。

海辺で誰かを描いた紙、というより、場所の記録に近い。

ジェームズ・ホール博士
ダニエル・ハンティントン《ジェームズ・ホール博士》1857年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦76.5センチ、横63.3センチとされる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ダニエル・ハンティントン《ジェームズ・ホール博士》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵
ジョン・エドワーズ・ホルブルック博士
ダニエル・ハンティントン《ジョン・エドワーズ・ホルブルック博士》1857年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦72センチ、横58.9センチとされる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ダニエル・ハンティントン《ジョン・エドワーズ・ホルブルック博士》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

二人の肩書き

いま見た二点の題には、どちらも博士の語が入る。

十九世紀のアメリカで、学者の肖像が描かれることは珍しくない。

学会や大学が、記念として注文する。

その場合、絵は個人の家ではなく、組織の建物に掛かる。

九点の中で、この二点だけが同じ性格を持つ。

同じ年の、二つの肖像

いま見た二点は、どちらも1857年の作である。

どちらも、肩書きが題に入っている。

大きさは近いが、同じではない。

一点は縦76.5センチ、もう一点は縦72センチ。

4センチ半の差である。

同じ年、同じ画家、同じ種類の絵でも、寸法はそろわない。

布の切り方や木枠の在庫で、こうした差は出る。

規格の寸法があったとしても、厳密ではなかったと分かる。

同じ日付

二点はどちらも1857年とだけ記録される。

月日までは書かれていない。

同じ年に二人を描いたのだから、近い時期だった可能性は高い。

しかし、年の欄だけでは、その順序は決められない。

二人の向き

二点は、顔の向きが逆になっている。

一点は正面に近く、もう一点は横を向く。

背景は、どちらも褐色の暈しである。

同じ組で注文されたのなら、向きを揃えるか、向かい合わせにするのが自然に思える。

しかし記録には、二点が組であるとは書かれていない。

館に入った経緯も、それぞれ別に記録されている。

バーズオール・コーネル夫人
ダニエル・ハンティントン《バーズオール・コーネル夫人》1860年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦141.9センチ、横111.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《バーズオール・コーネル夫人》メトロポリタン美術館蔵

背景の暈し

いま見た二点の背景は、どちらも褐色で暈されている。

形のあるものは、何も描かれていない。

背景を単純にすると、顔と手に目が向く。

肖像では、これが最も確実な方法である。

九点の肖像四点のうち、三点がこの方法をとる。

残る一点だけ、背景に景色が入る。

大きな肖像

いま見た一点は、縦141.9センチ、横111.8センチ。

先の二点の、およそ三倍半の面積になる。

全身に近い姿で、椅子に腰掛けている。

背景の左には、彫刻らしい像が置かれる。

肖像の大きさは、注文の性格で決まる。

胸から上なら小さく、全身なら大きくなる。

九点の中では、二枚の写しの次に大きい。

椅子と衣

いま見た一点では、衣の量が画面の半分近くを占める。

裾が床に広がり、細かい模様が入る。

こうした部分は、時間をかけて描かれる。

顔と同じくらい、衣も注文の対象だった。

椅子の肘掛けに手を置く姿勢も、肖像でよく使われる。

体の向きを少し斜めにすると、平板にならない。

出所の行

この一点の寄贈者は、外国の爵位を持つ人物として記録されている。

つまり、絵は一度アメリカの外へ出たらしい。

そして1953年に、館へ戻ってきた。

描かれた人の名と、寄贈した人の名は違う。

その間に誰が持っていたかは、この行からは分からない。

森の中の習作
ダニエル・ハンティントン《森の中の習作》1861年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦30.2センチ、横25.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《森の中の習作》メトロポリタン美術館蔵

少女と本

いま見た一点には、若い女性が横になって本を読む姿が描かれる。

森の中で、木の根元にもたれている。

肖像ではないらしく、題に人の名は入らない。

大きな絵の中の一部として使うつもりだったのかもしれない。

小さな画面に、人と木と光がすべて入っている。

最も小さい一点

九点で最も小さいのは、この1861年の一点である。

縦30.2センチ、横25.4センチ。

一枚目の写しと比べると、面積で五十分の一を下回る。

森の中で、少女が本を開いている。

題には、習作という語が入る。

大きな絵のための下調べだったのかもしれない。

しかし、どの絵のためかは書かれていない。

二十五年のずれ

この一点の出所の行には、1900年の遺贈と書かれる。

ところが、収蔵番号は1925年で始まる。

二十五年のひらきがある。

遺贈が決まってから、実際に館へ移るまでに時間がかかることはある。

条件が付いていれば、なおさらである。

記録は、その二つの年をどちらも残している。

なお、この遺贈者の姓は、画家と同じである。

しかし、同じ姓というだけで、関係は記録に書かれていない。

二十三年の幅

九点の年を並べると、1838年から1861年まで散る。

最も古い素描と、最も新しい小さな油彩のあいだが二十三年である。

そのあいだに、大画面の写しがあり、肖像が四点ある。

一人の画家の仕事を、九点で追うことはできない。

しかし、幅があることは分かる。

学校の紙から、二メートルを超える画面まで、同じ手が描いている。

二枚を、もう一度

最後に、二枚の写しに戻る。

十九世紀には、評判のよい絵を二度描くことがあった。

版画にして広く売る前に、写しを作ることもあった。

注文が重なれば、同じ図をもう一枚描く。

どれが理由かは、記録から決められない。

分かるのは、八年の間があり、寸法が違い、いま別の館にあることだけである。

二枚が同じ部屋に並んだことは、おそらくない。

画像で並べて見られるのは、公開されているからである。

同じ画家の他の九点については、題の括弧に、他の場所が入る——ダニエル・ハンティントンで扱った。

山で描いた写生帖については、肖像画家が、山で写生する——ダニエル・ハンティントンを参照されたい。

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