肖像画家が、山で写生する——ダニエル・ハンティントン
正装の肖像を一枚見たあと、同じ画家の写生帖へ移る。同じ寸法の紙が八枚、見開きのまま撮影されている。綴じ目をまたぐ稜線、一本で引かれた山の線。注文仕事の裏側にある手の動きを見る。注文の絵と写生帖では、線の速さがまるで違う。同じ手が、二つの調子を持っている。

肖像画家の、正装の一枚
一枚の肖像から始めたい。

男が、机の脇に立っている。
黒い上着に、白い襟。
首元には、模様の入った襟巻きを結ぶ。
髪は後ろへなでつけ、口髭を蓄える。
顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。
右手を、赤い布の掛かった机に置く。
左手には、開いた紙のようなものを持つ。
その紙には、小さな絵が見える。
背景は暗い緑と黄土で、平らに塗られる。
顔と手だけが明るい。
描かれた人物について
この人物は、鉄道の経営に関わった実業家である。
同時に、美術の収集家でもあった。
そして、メトロポリタン美術館の設立に関わり、初代の理事長を務めたと伝えられる。
つまり、この絵は美術館の創設者の肖像である。
手にした紙に絵が見えるのは、その立場を示すのだろう。
一八七五年は、館の設立から五年後にあたる。
館がまだ小さかった時期の記録でもある。
描いた人について
ダニエル・ハンティントンは、一八一六年にニューヨークで生まれた。
一九〇六年に、同じくニューヨークで没した。
九十年の生涯である。
肖像画家として、長く活動した。
歴史画や宗教画も手がけている。
そして、米国の美術団体の長を長く務めた。
つまり、当時の画壇の中心にいた人物である。
肖像の注文は絶えなかっただろう。
職業画家の、もう一つの顔
今回の九点のうち、油彩はこの一点だけである。
残る八点は、鉛筆の素描である。
しかも、すべて同じ写生帖から出ている。
つまり、仕事としての肖像画と、私的な写生。
その二つを並べる記事である。
職業画家は、注文の絵だけを描いているわけではない。
余暇に、あるいは休養の合間に、別のものを描く。
その痕跡が、写生帖に残る。
同じ寸法の紙が、八枚
八点の寸法は、すべて同じである。
縦14センチ、横22.2センチ。
技法も同じ、紙に鉛筆である。
そして、受け入れの記録も同じである。
一九三六年、同じ人物からの寄贈。
つまり、一冊の写生帖から出た紙である。
館は、それを一枚ずつ登録している。
八点は、その一部にあたる。
見開きで、撮影されている
画像をよく見ると、いくつかは中央に線がある。
紙の中央を縦に走る、細い筋である。
これは、綴じ目である。
つまり、見開きの二頁が一枚として撮影されている。
写生帖では、見開きにまたがって描くことがある。
横に広い景色を描くとき、片頁では足りない。
だから、中央をまたいで線を引く。
綴じ目の凹みで、線がわずかに途切れる。
その途切れも、画像に残っている。
綴じ目をまたぐ
八点のうち、四点に綴じ目が見える。
いずれも、横に長い景色を描いたものである。
つまり、意図的に見開きを使っている。
写生帖は、閉じれば持ち運べる。
開けば、横長の画面になる。
その二つの状態を使い分けている。
現場で描くときには、この可搬性が要る。
画板と紙を別に持つより、はるかに軽い。
山の稜線を、一本引く
二点目を見たい。

横に長い画面である。
左に、一本の木が立つ。
幹は細く、枝が右へ広がる。
葉は、短い線の集まりで示される。
中央から右へ、山の稜線が長く伸びる。
稜線は、ほぼ一本の線である。
その下には、ほとんど何も描かれない。
右下に、細かい線の塊がある。
岩か、木立だろう。
下部には、鉛筆で文字が書かれている。
線が、極端に少ない
この一枚の線の数を数えてみたい。
木の枝が二十本ほど。
稜線が一本。
そのほかに、短い線が数十本。
つまり、百本に満たない。
それだけで、景色が成立している。
写生帖の素描は、こういうものである。
すべてを描く必要はない。
後で思い出せる手がかりがあればよい。
書き込みという記録
八点のうち、複数に文字が書き込まれている。
地名、日付、そして短い覚え書きらしきもの。
これは、素描にとって重要な情報である。
いつ、どこで描いたか。
後日、絵に起こすときに必要になる。
そして、いま私たちが年代と場所を知る手がかりでもある。
館の題に地名と年が入っているのは、この書き込みによるだろう。
小さな文字が、資料としては大きい。
肖像画の背景と、写生
最初の肖像の背景に戻りたい。
暗い緑と黄土が、平らに塗られている。
風景も、家具も描かれない。
つまり、肖像画では背景を省いている。
一方、写生帖では風景ばかりを描く。
同じ画家の中で、関心が分かれている。
仕事では人を描き、余暇では土地を描く。
その二つが、一冊と一枚に分かれて残った。
九点を並べる意味は、そこにある。
崖を、縦に描く
三点目は、縦の構図である。

画面の右半分に、崖が描かれる。
岩の層が、縦に何段も重なる。
その上に、細い木が生える。
線は短く、密に並ぶ。
左半分は、ほとんど白いままである。
上部に、薄く稜線らしき線が引かれる。
そして、下部に文字がある。
つまり、片側だけを描いている。
見開きの右頁だけを使ったのだろう。
描かない場所を、決める
写生帖では、どこを描くかが判断になる。
すべてを描く時間はない。
だから、興味のある部分だけを描く。
この一枚では、崖の岩の層である。
木も、空も、手前の地面も省かれる。
つまり、岩の構造を記録することが目的だった。
後で絵に起こすとき、この形が要る。
素描は、記憶を補う道具である。