美術史・技法

画中の手紙と新聞——ハバール《模造》ほか九点

手紙、新聞、暦、帳面、そして紙幣。九点の画面には、必ずどこかに紙がある。そして紙には文字が書かれている。紙が絵の中に入ると、時間も一緒に入ってくる。だまし絵まで含めて、画中の紙の働きを読みたい。紙に書かれた日付も追いたい。

ヴァーモントの弁護士
ホーレス・バンディ《ヴァーモントの弁護士》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画面の中に、紙がある

絵画を九点、銘記の欄で並べてみる。

九点とも、画面の中に紙が描かれている。

手紙。新聞。暦。帳面。紙幣。書物の背。

そのどれかに、文字が書かれている。

館の記録は、紙の種類を必ず書く。

手紙の上。新聞の上。暦の上。

物の名を先に置いてから、文字を写す。

紙は、なぜ描かれるのか

紙は、日常の物である。

机の上にあり、壁に掛かり、手に握られる。

だから、絵に描いても不自然でない。

そして、紙には文字が書いてある。

書いてあるのが当たり前の物だ。

つまり、画家は言い訳なしに文字を置ける。

前の回で、貼り紙や帯や本を見た。

紙は、その延長にある。

しかし、もっと日常に近い。

紙と、他の平面の違い

紙は、他の平面と違う点がある。

動くことだ。

台座や欄干は、動かない。

本は、開いたまま置かれる。

しかし紙は、手に取られ、折られ、めくられる。

だから、絵の中の紙には向きがある。

見る人に向けて広げられることもある。

背を向けて置かれることもある。

向きが変われば、読めるか読めないかが変わる。

九点の紙は、いずれもこちらを向いている。

読ませるために、向きが選ばれている。

弁護士の机に、十二の書名

九点のうち一点は、文字がとりわけ多い。

弁護士の肖像である。

背後の棚に、本が二段に並ぶ。

その背表紙に、書名が書かれている。

上の段に五冊、下の段に五冊。

さらに、机の上の一冊にも書名がある。

そして、本人が書いている手紙の冒頭。

町の名と、年月が読める。

つまり、この一枚に十二か所の文字がある。

ヴァーモントの弁護士
ホーレス・バンディ《ヴァーモントの弁護士》1841年。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦93.4センチ、横74.9センチ。銘記の欄には、書いている手紙の上に町の名と年月、棚の本の背に十冊ぶんの書名、机の本にも書名があるとある。番号は1953.5.4。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ホーレス・バンディ《ヴァーモントの弁護士》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、男性が椅子に座る。

黒い上着に、黒い蝶結びを結ぶ。

首元に、白い襟が立つ。

髪は明るい褐色で、額に垂れる。

右手に、羽根の筆を持つ。

左手に、紙を握る。

手前の机に、赤い布が掛かる。

その上に、紙と硯と本が並ぶ。

背後の左に、書棚がある。

本の背は、赤と褐色である。

右に、灰色の布が垂れる。

部屋ごと、描く

この一点は、人物だけを描いていない。

書棚、机、硯、筆、布まで描く。

つまり、仕事場ごと描いている。

こういう肖像を、当時よく注文した。

自分がどんな仕事をしているかを示すためだ。

家に掛ければ、訪ねてきた人が見る。

見れば、その人の身分が分かる。

背後の本は、そのための道具立てである。

そして、道具立てには文字が要る。

書名が、仕事を語る

十冊の書名は、法律の本ばかりである。

古代の法典の名。

その州の判例集の名。

有名な法学者の名。

つまり、この人が何を扱う人か分かる。

言葉で説明しなくても、伝わる。

前の回で、持ち物が人物を語ると書いた。

ここでは、持ち物の上の文字が語っている。

一段踏み込んだ書き方である。

読めた文字と、読めない文字

十二か所のうち、完全に読めるのは半分ほどだ。

残りは、前の一文字が欠ける。

あるいは、後ろが切れる。

館は、欠けた部分を角括弧で示す。

そして、たぶんこの語だろう、と補うこともある。

補うときは、疑問符を添える。

前の回で、補いと疑問符の使い分けを見た。

同じ規則が、ここでも働いている。

一枚の絵の欄の中で、確からしさが段階になっている。

判例集の、巻数まで

書名の中には、巻の番号が入るものがある。

第一巻、第二巻、と続く。

三冊目には、番号が読めない。

館は、読めた分だけを写す。

巻数まで書くのは、細かい仕事である。

なぜそこまで書くのか。

その州の判例集が何巻まで出ていたかが分かるからだ。

分かれば、絵の年代を絞る材料になる。

小さな数字が、そういう働きをする。

壁に掛かる、文入れ

九点のうち一点は、変わった形の絵である。

板を、物の輪郭に沿って切り抜いてある。

四角い画面ではない。

描かれているのは、壁に掛ける文入れだ。

布の袋がいくつも重なる形をしている。

その袋に、手紙や暦や道具が差し込まれる。

つまり、壁に掛けた実物のように見せる。

離れて見れば、本物と見分けがつきにくい。

壁に掛かる文入れ
コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツ《壁に掛かる文入れ》1677年ごろ。館の記録では、板に油彩、鏡のガラスを嵌める。縦72.5センチ、横22.8センチ。銘記の欄には、上の袋の暦に年の記述、二番目の袋の手紙に宛名、三番目の袋の手紙に宛名と町の名があるとある。番号は2022.181.81。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツ《壁に掛かる文入れ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の板が、輪郭に沿って切り抜かれる。

上のほうに、緑の布の袋がある。

そこから、櫛や筆や小刀が突き出す。

その下に、青い布の袋が重なる。

袋に、白い紙が何枚も差し込まれる。

紙には、細かい文字が並ぶ。

中ほどに、赤い封蝋の付いた手紙がある。

下のほうに、小さな鏡が嵌め込まれる。

さらに下に、赤い留め具が下がる。

全体が、壁に掛かった姿を保つ。

背景は、何も描かれない。

切り抜かれた板という形

この一点は、四角い画面ではない。

物の輪郭に沿って、板が切り抜かれている。

こういう作りを、当時の画家は好んで試した。

壁に掛ければ、本物の道具に見える。

近づけば、平らな板だと分かる。

驚かせるための仕掛けである。

そして、鏡のガラスまで嵌め込まれている。

絵と実物が、一つの面に混じっている。

館の技法の欄は、そこまで書く。

板に油彩、鏡のガラス、と。

暦の年が、絵の年と合わない

この一点の暦には、年の記述がある。

救い主の生誕から数えた年、という言い方だ。

そのあとに、ローマ数字が続く。

館の写しをいま使う数字に直すと、1577年になる。

ところが、館の年の欄は1677年ごろである。

百年ずれている。

文字が一つ欠けたのかもしれない。

あるいは、写しの段階で落ちたのかもしれない。

館は、どちらとも書かない。

書かれたとおりに写し、年の欄には別の判断を置く。

二つの欄が、食い違うとき

前の回でも、同じことを見た。

年の欄と銘記の欄が、違うことを言う。

役割が違うからである。

年の欄は、館の結論。

銘記の欄は、現物の写し。

食い違いは、隠されない。

並べて置かれる。

読む人が、そこに気づく。

気づけば、確かめに行ける。

題字は、なぜ読めるか

新聞の題字は、大きい。

本文より、はるかに大きく組まれる。

だから、絵に描いても読める。

本文は、細かい線で示すだけでよい。

つまり、題字だけを描けば新聞に見える。

省略の仕方が、うまい。

九点のうち二点が、この方法を使っている。

一点は題字を全部書き、一点は途中まで書く。

途中までで止めたのは、紙が折れているからだろう。

新聞の題字を、書く

九点のうち二点は、新聞が描かれている。

一点は、狩りの雑誌の題字が読める。

もう一点は、日刊、という語の途中までが読める。

新聞は、日付の分かる物である。

だから、絵の中に置くと時期が示せる。

そして、その人が何を読むかも示せる。

狩りの雑誌なら、狩りをする人だ。

小さな文字が、その人の暮らしを語る。

狩人の夢
C・F・シニア《狩人の夢》1881年かそれ以降。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦53.3センチ、横71.1センチ。銘記の欄には、左下に画家の名、新聞に雑誌の題字、左下の箱に葉巻の名があるとある。番号は1980.62.21。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。C・F・シニア《狩人の夢》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、部屋の中が描かれる。

中央に、男性が椅子にもたれる。

新聞を膝に広げ、顔を上げる。

口に、細い葉巻をくわえる。

その足もとに、白と黒の犬が座る。

右に、暖炉があり、火が燃える。

上に、時計が掛かる。

左の壁に、絵と鹿の頭が掛かる。

左下に、箱と道具が積まれる。

奥の棚に、本が並ぶ。

床は板張りである。

木馬
ロバート・ペッカム《木馬》1840年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦100.3センチ、横89.5センチ。銘記の欄には、新聞に一語の途中までがあるとある。番号は1955.11.23。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ロバート・ペッカム《木馬》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、二人の子が描かれる。

左の子は、赤い服を着て立つ。

手に、小さな籠を持つ。

右の子は、緑の服で木馬にまたがる。

木馬は白と灰の斑で、赤い手綱が付く。

床に、花模様の絨毯が敷かれる。

その上に、新聞が広げて置かれる。

背後の右に、机がある。

机に、緑の布が掛かる。

上に、白い灯りが載る。

左に、扉が半分見える。

商人の肖像と、書類

九点のうち三点は、商人や役人の肖像である。

いずれも、机に向かい、紙を前にする。

これは、当時の肖像の型の一つだ。

働いている姿を描く。

手に筆を持ち、いまにも書き出しそうにする。

つまり、静止した姿ではない。

動きの途中である。

そこに紙があれば、何を書いているかを示せる。

一語でも書いてあれば、想像が働く。

紙の上の、町の名

九点のうち一点は、紙に町の名だけがある。

書きかけの書類だろう。

一語だけが読める。

館は、その一語を写す。

これだけでは、内容は分からない。

しかし、町の名が分かる。

その町で書かれたか、その町に宛てたか。

どちらかである。

一語でも、手がかりになる。

織物商
アメリカ、19世紀《織物商》1840年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦76.2センチ、横63.5センチ。銘記の欄には、紙の上に町の名があるとある。番号は1953.5.81。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《織物商》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、男性が机に向かう。

黒い上着に、黒い蝶結び。

内側に、淡黄の胴着が見える。

首元に、白い襟が立つ。

髪は黒く、額の上で分ける。

両手を、机の上で組む。

机に、白い紙が広げられる。

左に、青い硯と羽根の筆がある。

背後の左に、書棚が見える。

本の背は、赤と緑と黄である。

右に、赤と金の布が垂れる。

隠すことも、描き方である

紙の一部を手で隠す。

これは、描き方の選択である。

全部見せれば、読める。

隠せば、読めない。

読めなければ、見る人は気になる。

気になれば、絵の前に長くいる。

そういう効果を、画家は知っていたはずだ。

もっとも、単に手を置いただけかもしれない。

館は、そこまでは書かない。

読めた分だけを写して、終える。

手の下の、紙

九点のうち一点は、紙が手の下にある。

読めるのは、二語と数字だけだ。

あとは、手で隠れている。

館は、読めた分を写し、あとを括弧で示す。

隠れているものは、書けない。

書けないことを、書けないと示す。

前の回で、読めない文字の扱いを見た。

隠れて見えないのも、同じ扱いになる。

ティモシー・マトラック
レンブラント・ピールに帰属《ティモシー・マトラック》1802年。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦74.3センチ、横61.6センチ。銘記の欄には、右手の下の紙に二語と数字があるとある。番号は1947.17.10。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。レンブラント・ピールに帰属《ティモシー・マトラック》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、年配の男性が座る。

淡い褐色の上着を着る。

前立てに、釦が並ぶ。

首元に、白い布を巻く。

髪は白く、耳の後ろで束ねる。

顔は皺が深く、目が細い。

右手に、羽根の筆を持つ。

その手の下に、白い紙がある。

左手を、机の上に置く。

机の上に、別の紙が重なる。

背景は暗く、平らである。

板の木目を、描く

この一点の地は、木の板に見える。

しかし、それも描かれている。

板に油彩で、板を描いている。

つまり、本物の木の上に、偽の木を描く。

なぜそんなことをするのか。

木目を自分で描けば、思いどおりの線が引ける。

紙の白さを引き立てる木目にできる。

本物の木目は、言うことを聞かない。

だから、描いてしまう。

だまし絵の考え方が、そこに出ている。

版画を、絵に描く

九点のうち一点は、紙そのものが主題である。

板の上に、白い紙が貼られている。

ように見せている。

紙には、版画が刷ってある。

そして、その版画の隅に署名と年がある。

つまり、絵の中の版画の署名を、絵が写している。

館は、絵に描かれた版画の右上に、と書く。

位置の指定が、二重になっている。

エッチングのだまし絵
オランダまたはフランドル、17世紀《エッチングのだまし絵》1675年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦33センチ、横25.5センチ。銘記の欄には、絵に描かれた版画の右上に、その版画家の名と1642年の年があるとある。番号は2016.3.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。オランダまたはフランドル、17世紀《エッチングのだまし絵》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の小さな板である。

地は、木の板そのものに見える。

縦の木目が、細く走る。

その中央に、白い紙が貼られる。

紙は少し曲がり、角が浮く。

上の中央に、赤い封蝋が付く。

紙の中に、四角い版画が刷られる。

版画には、髭の男性の胸像が見える。

黒い細い線で描かれる。

紙の白と、板の褐色が対をなす。

影が、紙の縁に落ちる。

紙幣を、描く

九点のうち二点は、紙幣が描かれている。

一点は、額の中に紙幣と切手が散らばる。

もう一点は、金庫の中に紙幣の束が並ぶ。

どちらも、だまし絵である。

本物と見紛うように描く。

紙幣には、文字も数字も細かく入る。

それを描き写すのは、大変な手間である。

そして、危うい仕事でもある。

紙幣を精密に描くことは、当時も問題になった。

模造
ジョン・ハバール《模造》1887年。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦25.4センチ、横35.6センチ。銘記の欄には、右上に画家の名と町の名と年、下の中央にも画家の名があるとある。番号は1998.96.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・ハバール《模造》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の小さな画面である。

木の額の内側に、暗い面が広がる。

その上に、紙幣が三枚並ぶ。

いずれも古びて、角が折れる。

肖像と数字が、細かく描かれる。

左下に、小さな切手が四枚散る。

切手の一枚に、人物の横顔がある。

右上に、丸い金貨が一枚。

下の縁に、赤い小さな札が留まる。

額の木目まで、描き込まれる。

すべてが、平らな画面の上にある。

紙幣を描くことの、危うさ

十九世紀の終わり、紙幣を精密に描く絵が流行した。

しかし、これは危うい仕事でもある。

本物と見分けがつかないほど描けば、問題になる。

実際、当時の当局はこの種の絵を問題視した。

そこで、画家は工夫する。

角を折る。

破れを描く。

古びさせる。

そうすれば、使える紙幣には見えない。

九点のうち一点の紙幣も、いずれも古びている。

名を、切手のように置く

いま見た一点は、署名の置き方が変わっている。

右上に、名と町の名と年が並ぶ。

その形が、紙片のように見える。

つまり、署名も画面の中の物として描かれている。

さらに、下の中央にもう一度名がある。

こちらは、小さな札の上だ。

一枚の絵に、二つの署名がある。

どちらも、物として描かれている。

自分の名を、模造の一部にしている。

金庫の中の金
ヴィクトル・デュブルイユ《金庫の中の金》1898年かそれ以降。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦76.2センチ、横64.1センチ。銘記の欄には、左下に画家の名、下の中央に塗り消された年があるとある。番号は2015.19.167。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヴィクトル・デュブルイユ《金庫の中の金》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、大きな金庫が開く。

扉は右に開き、厚みが見える。

中に、棚が三段ある。

棚に、紙幣の束がびっしり並ぶ。

束は、緑と桃色の帯で留められる。

上の段に、黄色い筒が並ぶ。

中央に、黄色い紙が留められる。

紙に、手書きの数字が並ぶ。

扉の上に、青と黄の文字が入る。

床は、赤と白の市松である。

金庫の縁は、青い線で引かれる。

金庫という、閉じた箱

この一点は、金庫の中を描いている。

扉が開き、中身がすべて見える。

普通は、閉じている物だ。

閉じているものを開いて見せる。

そこに、この絵の面白さがある。

そして、中の紙幣にはすべて文字がある。

数字、名、印。

閉じた箱の中に、文字がぎっしり詰まっている。

見せることと隠すことが、同居している。

塗り消された、年

この一点には、年が書かれていた。

しかし、上から塗られている。

館は、塗り消された、と書き添える。

なぜ消したのか。

分からない。

年を隠したかったのかもしれない。

構図の都合で消したのかもしれない。

館は、消された文字があることだけを書く。

消えた文字も、記録には残る。

文字の量が、絵の性格を決める

九点を並べると、文字の量に幅がある。

十二か所に文字がある一点。

一語しかない一点。

その差は、絵の性格の差である。

多いものは、説明したい絵だ。

少ないものは、示すだけの絵である。

だまし絵は、その中間にある。

文字は必要だが、読ませるためではない。

本物らしく見せるために、そこにある。

読める文字と、読めない文字

だまし絵の中の文字は、意外に読めない。

近づけば、線の集まりだと分かる。

離れて見れば、文字に見える。

つまり、読ませる気がない。

前の回で、画中の本の文字にも同じ話をした。

九点のうち、はっきり読めるのは五点ほどである。

残りは、部分的に読めるだけだ。

館は、読めた分だけを写す。

読めない部分は、点や括弧で示す。

紙は、時間を運ぶ

新聞、暦、手紙、判例集。

どれも、日付と結びつく物である。

紙が絵に入ると、時間が入る。

いつの場面かが、示される。

風景や人物だけでは、時間は分からない。

紙があれば、分かる。

九点のうち六点が、日付や年に関わる文字を持つ。

紙を描くとは、時間を描くことでもある。

記録が、細かく書き分ける理由

館の欄は、紙の種類を必ず書く。

手紙、新聞、暦、判例集、紙幣、切手。

なぜ、そこまで分けるのか。

紙の種類が、文字の性格を決めるからだ。

手紙の文字は、私的な言葉である。

新聞の題字は、公の名である。

紙幣の文字は、国の発行するものだ。

同じ文字でも、意味が違う。

その違いを、物の名が示している。

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