画家を知る

色を足した頁と、足さない頁——メアリー・N・サージェント

九点の技法の欄には、二つの書き方しかない。紙に鉛筆が二点、紙に鉛筆と水彩が七点である。同じ航海の同じ帖の頁でありながら、色を足したものと足さなかったものに分かれる。その差を読みたい。九点とも、寸法は同じである。

ミネルヴァ神殿(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ミネルヴァ神殿(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

技法の欄が、二通りある

九点の技法の欄を読むと、二つの書き方しかない。

紙に鉛筆、が二点。紙に鉛筆と水彩、が七点である。

同じ帖の頁でありながら、色を足したものと足さなかったものに分かれる。

紙の寸法は九点とも同じである。年も九点とも1904年である。

違うのは、絵具を使ったかどうかだけである。

条件がここまでそろっていると、その一点の差がよく見える。

なぜ色を足した頁と、足さなかった頁があるのか。

九点を並べて、その理由を考えたい。

同じ場所が、二度出てくる

九点の題を見ると、同じ地名が二度現れる組が二つある。

一つは、ある岬の神殿である。二点ある。

もう一つは、湾の名である。こちらは三点ある。

同じ場所を、続けて描いている。

そのうち一点は鉛筆だけ、残りは水彩が入る。

つまり、同じ場所を、違う材料で描いている。

比べるには都合のよい組み合わせである。

同じ対象に対して、材料がどう働くかが分かる。

白黒でしか、見られない

九点の公開画像は、いずれも白黒である。

つまり、水彩が入っているかどうかは、画像からは判断できない。

濃淡は見える。しかし、それが色なのか鉛筆の陰なのかは分からない。

技法の欄を読まなければ、区別がつかない。

この記事では、その欄を手がかりに九点を分けている。

見えないものを記録が教えてくれる、という関係になっている。

もし技法の欄がなければ、九点は同じ種類の素描に見える。

短い一行が、この記事の出発点である。

航海の記録

九点は、一冊の写生帖から出ている。

館の題には、写生帖より、という語が付く。

描かれているのは、地中海と東地中海の沿岸である。

岬、湾、海峡、島。いずれも船から見える場所である。

つまり、これは航海の途中で描かれた帖である。

船の上では、対象が動く。近づき、通り過ぎ、遠ざかる。

同じ景色を長く見ていられない。

そのため、描く時間は短くなる。九点の線が少ないのは、その事情による。

書き込みが、日付を持つ

九点の画像を見ると、画面の右下に文字が書かれている。

地名と、月日と、年の下二桁である。

九月九日、九月十五日、九月十八日、十月一日。

日付があるので、順に並べられる。旅程が読める。

館の年の欄は1904年で確定している。書き込みがあるからである。

ミネルヴァ神殿(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ミネルヴァ神殿(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆と水彩。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ミネルヴァ神殿(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

横長の小さな画面である。台紙の黒い縁が周囲に写る。

画面の中央に、なだらかな丘が横たわる。

丘の頂に、細い柱の列が並ぶ。神殿である。

柱は数本描かれ、間隔が均一である。

丘の左は海に落ち、右へゆるやかに下がる。

手前は海で、平らな面が広がる。淡い調子が置かれる。

空には、雲が横に伸びる。輪郭が柔らかい。

右下に、地名と日付の書き込みがある。

技法の欄によれば、水彩が入っている。

神殿の柱は、細い線で一本ずつ描かれる。数は正確でないかもしれない。

丘の斜面には、淡い調子が広く置かれる。

線と面が同じ画面に共存している。

淡い調子は、何か

いま見た一点では、海と空に淡い調子がある。

これが水彩なのか、鉛筆をこすった陰なのかは、画像からは決められない。

技法の欄が水彩と書いているので、水彩だと考えられる。

しかし、鉛筆の陰も混ざっているかもしれない。

記録が示すのは材料であって、どこに使ったかではない。

だから、記録を読んでも、画面のどこが色かは分からない。

実物を見れば一目で分かることが、画像と記録では分からない。

このずれは、公開画像を扱ううえで何度も出てくる問題である。

ミネルヴァ神殿(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ミネルヴァ神殿(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ミネルヴァ神殿(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

同じ神殿を描いた、もう一点である。

こちらは鉛筆だけである。水彩は入らない。

画面の中央から右に、切り立った崖がそびえる。

崖の面には、細かい斜線が密に入る。岩肌である。

崖の上に、細い柱が数本立つ。神殿の残りである。

崖の左は海に落ち、水平線が細く伸びる。

右手前には、さらに暗い岩の塊がある。線が最も密である。

空は白いままで、線が一本もない。

右下に、地名と場所の説明が書かれる。日付はない。

紙という条件

九点はいずれも、帖の頁である。

帖の紙は、水彩のために作られたものとは限らない。

厚みが足りなければ、水を含んで波を打つ。

にじみも、思った通りには止まらない。

それでも色を置いたのは、その場で記録する必要があったからだろう。

紙の性質と、描く事情は、必ずしも一致しない。

白い空

いま見た一点では、空に線が一本も引かれていない。

紙の白がそのまま空になる。

鉛筆だけで空を描こうとすれば、斜線を敷くしかない。

その手間を省き、白のまま残している。

崖に線を集め、空を空けた。手数の配分がはっきりしている。

同じ場所を、二度描く

同じ神殿を、二点で描いている。

一点は遠くから、丘全体を横に見た構図である。

もう一点は近くから、崖を斜めに見上げた構図である。

距離が違えば、見えるものも違う。

同じ場所でも、二度描く意味がある。

線と、面

鉛筆だけの一点は、線で描かれている。

斜線を重ね、密度で明暗を作る。

水彩の入った一点は、面で描かれている。

薄い色を広く置き、境目をぼかす。

同じ対象でも、材料が変われば描き方が変わる。

コリントス湾(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《コリントス湾(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《コリントス湾(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

九点で最も線の少ない一点である。

画面の中ほどに、水平線が細く引かれる。

その右に、低い陸地の輪郭がある。丘の稜線が波打つ。

線は薄く、途中で切れる。

左には、小さな舟が一艘描かれる。輪郭だけである。

海にも空にも、線がほとんどない。紙が白いままである。

右下に、地名と日付が書かれる。

台紙の黒い縁が、画面の四辺に写る。

輪郭だけを取った、最も速い段階の頁である。

二点の鉛筆

色の入らない二点は、どちらも陸の形を追っている。

線を重ねて、斜面の向きを示す。

同じ方法で空を描くこともできたはずだが、そうしていない。

必要な情報だけを取り、あとは残さない。

短い時間で描く紙の、共通した性格である。

舟という目安

いま見た一点には、小さな舟が一艘描かれる。

輪郭だけの、数本の線である。

舟があると、水面の広さと陸までの距離が推し量れる。

何もない海の絵では、大きさが分からない。

小さな一つの形が、画面全体の縮尺を決めている。

輪郭だけの頁

九点のうち、鉛筆だけの二点は性格が違う。

一点は線を密に重ね、崖の質感まで描く。

もう一点は輪郭だけで、白い部分が広い。

同じ材料でも、かける時間で結果が変わる。

船の上では、時間が限られる。景色は動き続ける。

コリントス湾(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《コリントス湾(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆と水彩。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《コリントス湾(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

同じ湾を描いた、水彩の入った一点である。

画面の左に、大きな山が三角に立つ。斜面が滑らかである。

その右に、山が三つ続く。奥へ行くほど淡くなる。

山の色は、上が濃く、下が薄い。

水平線の下は海で、平らな面になる。

空には、雲が横に伸びる。輪郭が柔らかい。

雲の下端に、淡い調子が置かれる。

右下に、地名と日付が書かれる。

輪郭だけの一点と比べると、明暗の幅がずっと広い。

色の数

七点の水彩を見ると、使われている色は多くない。

青と灰、それに褐色。数えても、片手で足りる。

旅の帖に持ち出せる絵具は限られる。

少ない色でも、海と空と陸は描き分けられる。

色数の少なさは、不足ではなく、道具の条件である。

雲の輪郭

いま見た一点の雲は、輪郭がぼやけている。

線で囲まず、色の面をそのまま置いている。

紙を湿らせてから色を置くと、こうしたにじみが出る。

雲を描くには向いた方法である。形が定まらないものに合う。

九点の水彩の七点では、いずれも雲がこの方法で描かれる。

重なる山を、濃淡で分ける

遠くの山を描くとき、輪郭線だけでは前後が分からない。

淡い色を重ねれば、奥ほど薄くなる。

その差で、山の前後が示される。

線ではできない仕事である。面を塗る材料が要る。

九点の水彩の七点は、いずれもこの方法を使っている。

コリントス湾(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《コリントス湾(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆と水彩。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《コリントス湾(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

同じ湾の、三点目である。

画面の中ほどに、山並みが横に長く連なる。

峰は鋭く、いくつも尖る。奥にも別の山が重なる。

山の色は濃い。九点のなかで最も暗い部分である。

その下は海で、明るい面が広がる。

海には、細い線が横に走る。波か、光の帯である。

空は上部が明るく、雲がほとんどない。

右下に、地名と日付が書かれる。日付は前の二点より後である。

同じ湾でも、船の位置が変われば山の形が変わる。

陸の色

いま見た一点の陸地には、褐色が薄く置かれる。

乾いた土地の色である。

海の青と並ぶと、二つの領域がはっきり分かれる。

鉛筆だけの二点では、この境目が線で示される。

同じ区別を、線でするか、色でするかの違いである。

波の線

いま見た一点の海には、細い横線が走る。

波の頂か、光の帯だと考えられる。

面の上に線を引くと、水面の動きが示される。

塗るだけでは、水は止まって見える。

線を一本加えるだけで、動きが生まれる。

三点の日付

同じ湾の三点には、それぞれ日付がある。

書き込みを読むかぎり、九月と十月に分かれる。

つまり、行きと帰りで同じ湾を通ったのかもしれない。

あるいは、湾の中を移動しながら描いたのかもしれない。

館の記録には、航路が書かれていない。ここでは推測にとどめる。

トロイの遺跡(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《トロイの遺跡(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆と水彩。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《トロイの遺跡(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

台紙の縁が写らず、紙の縁が直接見える一点である。

画面の中ほどに、低い丘が横に伸びる。

丘の稜線はなだらかで、右端がわずかに高い。

丘の色は濃く、下端が最も暗い。

その手前は平らな面で、淡い調子が広がる。

空には、雲が横に何層も並ぶ。細長い形である。

雲の輪郭は柔らかく、上下ににじむ。

画面の下部にも、淡い調子が置かれる。

書き込みは見当たらない。

縁の余り

いま見た一点では、色が輪郭からわずかにはみ出している。

線を引いてから色を置くと、こうした食い違いが出る。

丁寧に塗り直せば消せるが、そうしていない。

その場で描いた紙に、後から手を入れていないということである。

遺跡という題

いま見た一点の題には、遺跡の名が入る。

画面には、低い丘しか描かれていない。建物は見えない。

つまり、題が示すのは場所であって、見えているものではない。

そこに何があったかを知らなければ、ただの丘に見える。

書き込みと題が、画面に意味を足している。

縁の写り方

九点の画像を見ると、台紙の写り方に差がある。

黒い縁が四辺に写るものが七点、写らないものが二点である。

台紙に載せて撮ったか、紙だけを撮ったかの違いである。

同じ帖の頁でも、撮影の条件が揃っていない。

画像の見え方は、撮影の都合に左右される。

トロイの遺跡(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《トロイの遺跡(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆と水彩。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《トロイの遺跡(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

同じ場所を描いた、もう一点である。

画面の中ほどに、低い陸地が横に長く伸びる。

その稜線は複雑で、いくつもの峰が並ぶ。

陸地の色は濃く、水平線の上で帯になる。

手前の海は明るく、平らである。

海と陸の境に、細い明るい線がある。

空は上部が明るく、雲が薄く横たわる。

右下に、地名の書き込みがある。

前の一点と比べると、陸地の形が違う。別の角度から見ている。

ダーダネルス海峡(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ダーダネルス海峡(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆と水彩。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ダーダネルス海峡(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

台紙の縁が写らない、二点目である。

画面の中ほどに、丘が連なる。頂が三つほど並ぶ。

丘の色は中くらいで、下端がわずかに濃い。

その手前に、平らな海が広がる。

海の色は薄く、上部と下部で調子が変わる。

空は広く、雲が横に流れる。

雲の下に、淡い帯がいくつも重なる。

右下に、海峡の名と日付が書かれる。

九点のなかで、空の面積が最も広い一点である。

二点の陸地

同じ遺跡を描いた二点では、陸地の形が違う。

一点は低く平らで、もう一点は稜線が複雑である。

船が動けば、同じ陸地でも輪郭が変わる。

どちらが正しいということはない。どちらもその位置からの見え方である。

書き込みに時刻があれば、順序が分かる。しかし、時刻は書かれていない。

海峡という場所

海峡は、両岸が近い。船からは、左右の陸地が同時に見える。

しかし、この一点では片側だけが描かれる。

紙が横に長いので、片側を横に伸ばすほうが収まりがよい。

判型が、描く範囲を決めている。

九点はいずれも同じ判型で、同じ横長の構えである。

レムノス島(写生帖より)
メアリー・ニューボールド・サージェント《レムノス島(写生帖より)》1904年。紙に鉛筆と水彩。館の記録では、縦13.3センチ、横21センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《レムノス島(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

九点の最後は、島を描いた一点である。

画面の中ほどに、島が横に伸びる。

島の輪郭は低く、中ほどに小さな峰がある。

島の色は濃く、水平線の上で細い帯になる。

その下の海は明るく、下部でわずかに濃くなる。

空は上部が明るく、雲が薄く広がる。

右下に、島の名が書かれる。日付はない。

台紙の黒い縁が四辺に写る。

島の名を、書く

いま見た一点には、島の名が書き込まれる。

船の上で、いま見えている島の名を書き留める。

航海では、通過した場所を記録することに意味がある。

絵は、その記録の一部として描かれている。

美術としてよりも、日誌に近い性格である。

島を、横一本で描く

船から島を見ると、たいてい横に長く見える。

高さより幅のほうが目立つ。

九点の島や陸地は、いずれも横長の帯として描かれる。

上下の幅は狭く、画面の中ほどに置かれる。

同じ構えが繰り返されるのは、見え方がそうだからである。

水平線の位置

九点の水平線は、いずれも画面の中ほどにある。

上が空、下が海。ほぼ半々である。

陸地は、その境目に細く挟まれる。

つまり、画面の大半は空と海で占められる。

描くべきものが少ないぶん、調子の付け方が見どころになる。

上下の余白

九点の画面を見ると、上下に余白がある。

画面の上端まで空を描き切ることは少ない。

下端も、途中で調子が消える。

紙の縁まで塗らないのは、余白を残す習慣によるのだろう。

余白があると、絵は一枚として独立して見える。

色を、どこに足すか

水彩の入った七点を見ると、色が置かれる場所は限られる。

陸地、雲、そして海の一部である。

紙の白は、空の明るい部分と、海の光る部分に残される。

つまり、全面を塗っているわけではない。

必要な場所にだけ、面を作っている。

二点だけ、鉛筆

九点のうち、鉛筆だけの二点には共通点がある。

どちらも、岩や崖の形がはっきりしている場所である。

線で追える対象なら、鉛筆で足りる。

遠くの山や雲は、線では追えない。面が要る。

材料の選び方が、対象の性質と対応している。

書き込みという情報

九点のうち六点に、書き込みが見える。

地名だけのものが二点、地名と日付のものが四点である。

書き込みがあるから、年も場所も確定できる。

館の年の欄が1904年で揃っているのは、その書き込みのおかげである。

同じ帖の日付については、日付のある画帖——メアリー・N・サージェントの航海でも扱った。

描いた人について

この画家の名は、同じ姓の有名な画家と結びつけて語られることがある。

しかし、九点の記録には、その関係が書かれていない。

館の作者欄には、この人の名だけが入る。

ここでも、記録に書かれている範囲で扱う。

肩書きではなく、残された紙から読むほうが確かである。

帖という単位

九点は、一冊の帖の一部である。

当サイトが公開している同じ帖の頁は、ほかにも多くある。

紙の寸法も、年も同じである。

その中から、技法の欄で二つに分かれる九点を選んだ。

同じ条件をそろえて一つだけ変えると、その一つの働きが見えてくる。

旅の順に、並べる

書き込みの日付を読むと、九月から十月にかけての旅だと分かる。

日付のある四点を順に並べれば、船の進んだ方向が推し量れる。

日付のない五点は、そのあいだのどこかに入る。

順序を確かめるには、帖の頁の並びが要る。

いま一枚ずつになっているので、その順序は分からない。

材料から読む

この記事は、技法の欄から入った。

紙に鉛筆、と、紙に鉛筆と水彩。二つの書き方しかない。

しかし、その差は画面の作り方をはっきり分けている。

線で描くか、面で描くか。近い形を追うか、遠い調子を作るか。

白黒の画像では見えない差が、短い一行に記録されている。

SAME ARTIST同じ画家のコラム

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    家に残っていた帳面——オーモンド夫人の寄贈73点、1950年

    七十三点のうち七十一点が同じ一人の作である。一冊の写生帖の頁が、一枚ずつ番号を持つ。地名と日付が書き込まれ、表と裏で番号が分かれる。白紙に近い頁も一点として数えられている。番号の順が旅の順になっていることにも触れたい。地名と日付の手書きが題になっている。

  • 画家を知る

    題に、旅の年が書かれる——メアリー・ニューボールド・サージェント

    題に「1904年」と入っている。写生帖の頁に、旅の年がそのまま残された形である。場所の名も併記され、どこで描いたかが分かる。もっとも日付までは書かれない。九頁の水彩と鉛筆から、旅の記録がどこまで残るのかを見たい。

  • 美術史・技法

    日付のある画帖——メアリー・N・サージェントの航海

    1904年、七十代後半の旅行者が地中海を巡り、画帖に98枚を残した。ガリポリ、エルサレム、ヴェスヴィオ。日付と地名の書き込みが、航路をそのまま伝える。九点で、記録が上手さで決まらないことを確かめる。公開画像が白黒であることの影響にも触れる。

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