署名か、銘記か、署名なしか——シカゴ美術館の書き分け九点
銘記の欄の書き出しが、三通りに分かれている。署名され年が入れられている。銘記がある。そして、署名されていない。無いことをわざわざ書くのはなぜなのか。九点の欄を並べて、その書き分けを読みたい。無いことを書く記録を読みたい。

銘記の欄の、書き出しが三通りある
作品を九点、銘記の欄で並べてみる。
九点とも、欄の書き出しが決まっている。
そして、三通りに分かれる。
署名され、年が入れられている。
銘記がある。
そして、署名されていない。
つまり、館は三つを書き分けている。
同じ欄でありながら、性格が違う。
館によって、書き方が違う
これまで、三つの館の記録を読んできた。
いずれも、銘記の欄の書き方が少しずつ違う。
ある館は、位置を先に置き、文字を写す。
ある館は、書き出しで性格を示す。
ある館は、そもそも欄を持たない。
つまり、記録の形式は館ごとに違う。
前の回で、部門によって欄が違う話をした。
館どうしでも、同じことが起きている。
比べて読むと、その差が見えてくる。
署名と、銘記の違い
署名とは、作った人が自分の名を書いたものだ。
銘記とは、それ以外の文字である。
献辞。
言葉。
説明。
そして、誰が書いたか分からない文字。
つまり、署名は銘記の一種である。
しかし、館は分けて書く。
分ければ、性格が伝わる。
引用符で、囲む
この館の欄は、文字を引用符で囲むことがある。
つまり、ここからここまでが現物の文字だ、と示す。
前の回で、括弧が記録者の言葉を示す話をした。
引用符も、同じ働きをする。
囲まれた中は、現物にある文字。
囲みの外は、館の説明である。
境目をはっきりさせる工夫は、館ごとに違う。
しかし、目的は同じである。
年が入るかどうか
署名のあとに、年が入ることがある。
そのとき、館は署名され年が入れられている、と書く。
年がなければ、署名されている、とだけ書く。
つまり、年の有無で書き出しが変わる。
九点のうち、年の入るものが四点ある。
前の回で、日付の根拠の話を何度もした。
年が書かれていれば、確定できる。
だから、そこを明示する。

縦長の画面である。
左に、鎧を着た男性が立つ。
頭に、金の兜をかぶる。
兜の上に、赤い羽根飾りが立つ。
右手に、剣を握る。
その右に、若い女性が寄り添う。
白い衣が、肩から落ちる。
上に、黄色い布を掛ける。
女性は、男性の頬に手を伸ばす。
背後に、暗い木立が広がる。
上のほうに、青い空が覗く。
制作した町を、書く
署名に町の名を入れる例は、多い。
その町で描いた、という意味である。
あるいは、その町で働いていた印だ。
前の回で、地名の入る署名を見た。
九点のうち三点に、町の名が入る。
いずれも、同じ町である。
当時、各地から画家が集まった町だ。
そこで学び、そこで名を上げる。
その事実が、署名に残っている。
名と、動詞と、地名と、年
いま見た一点の署名は、四つの部分からなる。
名。
描いた、という語。
制作した町の名。
そして、年。
つまり、前の回で見た型がそのまま残っている。
十八世紀の後半になっても、この形式が使われる。
ラテン語の動詞も、そのままである。
前の回で、動詞の三つの形を見た。
こちらは、その中でいちばん多い形である。
名を、縮めて書く
この一点の署名は、名が縮められている。
前半を短くし、点で示す。
姓も、続けて書かれる。
つまり、走り書きに近い。
前の回で、縮めた語の話を何度もした。
署名でも、同じことが起きる。
そして、館はその縮め方をそのまま写す。
伸ばして書けば、形が消える。
貼り紙の上に、署名する
九点のうち一点は、署名の位置が凝っている。
十字架の足もとに、紙片が描かれる。
その紙の上に、名と年が書かれる。
つまり、貼り紙の上の署名である。
前の回で、画中の貼り紙の話をした。
同じ工夫が、十七世紀のスペインの絵にもある。
そして、館はその位置を括弧で書き添える。
十字架の足もとの紙片の上、と。

縦長の大きな画面である。
背景は、ほとんど黒である。
中央に、十字架が立つ。
木は、暗い褐色である。
その上に、人物が架けられる。
体は白く、光を受ける。
腰に、白い布が巻かれる。
布は、深い襞を作る。
頭を、右に垂れる。
十字架の上に、小さな板が付く。
板に、文字が書かれる。
額装の寸法が、並ぶ
九点のうち五点は、額装の寸法も書かれる。
つまり、額を含めた大きさである。
前の回で、額込みの寸法の話をした。
こちらの館も、同じ書き方をする。
そして、差はさまざまだ。
数十センチのものもあれば、五十センチを超えるものもある。
大きな絵ほど、額も太くなる。
数字の差が、額の太さを示している。
大きな画面に、小さな署名
いま見た一点は、たいへん大きい。
縦290.3センチ。
つまり、三メートル近い。
その下の中央に、小さな紙片が描かれる。
そして、そこに名と年が書かれる。
前の回で、大きな絵ほど署名が小さく見える話をした。
こちらでも、同じことが起きている。
大きさの比が、極端である。
掲げた、という語
この一点の銘記には、変わった語がある。
これを掲げた、という意味の語だ。
描いた、でも、作った、でもない。
つまり、公にした、という意味だろう。
前の回で、動詞の選び方を見た。
こちらは、その中でも珍しい語である。
そして、その語が選ばれた理由は書かれない。
館は、文字を写し、訳を添えるだけである。
紙の上に、書くという形式
九点のうち二点は、紙の上に書かれる。
一点は、十字架の足もとの紙片。
一点は、画面の右下に置かれた紙である。
つまり、どちらも紙を描いて、その上に書く。
前の回で、この工夫を詳しく見た。
十六世紀から十七世紀にかけて、広く使われた。
そして、館はその物の名を括弧で書き添える。
紙の上、と。

たいへん大きな縦長の画面である。
上半分に、女性が立つ。
青い衣と、赤い衣を重ねる。
両腕を、左右に広げる。
その足もとに、三日月が見える。
周りに、天使が群れる。
天使は、緑や桃色の衣を着る。
下半分に、人々が集まる。
いずれも、上を見上げる。
中央に、白い石の台がある。
台の下に、書物が散らばる。
出身地を、名に添える
この画家の銘記には、出身地が入る。
生まれた島の名である。
つまり、自分がどこの人かを示している。
長く別の国で働いた人だ。
だから、出身を書く意味があった。
前の回で、生地と没地が欄に入る話をした。
こちらでは、本人が絵に書き込んでいる。
記録の欄ではなく、作品の上に。
別の文字体系で、書く
いま見た一点の銘記は、別の文字で書かれる。
この画家の生まれた土地の文字である。
つまり、母語の文字を使っている。
そして、内容は名と出身地と年だ。
さらに、これを掲げた、という語が入る。
前の回で、名をラテン語に直す話をした。
こちらは、逆である。
自分の文字で、自分の名を書く。
四メートルの、画面
いま見た一点は、九点の中でいちばん大きい。
縦403.2センチ。
額装を含めれば、461.6センチである。
つまり、四メートルを超える。
見上げるしかない大きさだ。
そして、その右下に小さな紙が描かれる。
そこに、細かい文字が書かれる。
近づかなければ、まず読めない。
二つの言葉が、並ぶ
この一点の銘記には、二つの文字がある。
十字架の上の略号。
そして、巻物の上の祈りの言葉。
前の回で、その両方をそれぞれ見た。
こちらでは、一つの作品に同居している。
そして、館は括弧で訳を添える。
略号には、意味を。
祈りには、日本語で読める文を。
読む人が、内容まで受け取れるようにしてある。
画面の中の言葉
九点のうち一点は、署名ではない。
画面の中に書かれた言葉である。
十字架の上の四文字。
そして、人物が持つ巻物の言葉。
つまり、前の回で見た型である。
館は、これを銘記あり、と書き出す。
署名され、とは書かない。
つまり、誰が書いたかを問題にしていない。

縦長の板である。
輪郭が、十字の形に切られる。
四方の端が、弧を描いて広がる。
地は、金である。
中央に、十字架が立つ。
その上に、人物が架けられる。
上端の丸い部分に、天使が描かれる。
下端にも、天使がいる。
十字架の足もとに、二人がひざまずく。
一人は褐色、一人は赤い衣である。
縁に、金の枠が回る。
十字の形に、切る
この一点は、四角い板ではない。
十字の形に切られている。
そして、四方の端が広がる。
つまり、行列で掲げるための形である。
棒に取り付け、先頭で運ぶ。
だから、両面に絵が描かれることが多い。
前の回で、両面のある作品の話をした。
こちらも、その仲間だろう。
館の記録は、片面のことしか書かない。
額装の寸法しか、ない
いま見た一点の寸法は、額装の数字だけである。
板そのものの寸法が書かれていない。
つまり、外して測れないのだろう。
枠が、板と一体になっている。
前の回で、一体の枠の話をした。
こちらでも、同じ事情がある。
そして、館は測れる数字だけを書く。
測れないものは、書かない。
贈り物としての、彫刻
この胸像は、売られたものではない。
友人に贈られたものである。
そして、その事実が台に刻まれる。
前の回で、贈り物に献辞を刻む話をした。
銀器でも、彫刻でも、同じことが行われる。
そして、贈った側の名が残る。
受け取った側の名も、残る。
二つの名が、一つの台の上に並ぶ。
献辞を、彫る
九点のうち一点は、彫刻である。
そして、銘記が長い。
贈った相手の名。
最良の友へ、という語。
作った人の名。
贈った、という語。
制作した町の名。
そして、ローマ数字の年。
つまり、六つの部分からなる。

白い大理石の胸像である。
若い男性の頭部が、左を向く。
頭に、柔らかい帽子をかぶる。
帽子は、後ろへ垂れる。
その縁に、細かい飾りが並ぶ。
顔は、なめらかに磨かれる。
鼻筋が通り、口が小さい。
首から胸へ、線が下がる。
胸の下で、丸く切られる。
その下に、丸い台が付く。
台の面は、平らである。
年が、ローマ数字で入る
いま見た一点の年は、ローマ数字である。
前の回で、ローマ数字の年をまとめて見た。
十九世紀の初めでも、この書き方が使われる。
とくに、古代を意識した作品では多い。
そして、この作品の主題も古代である。
つまり、内容と書き方が揃っている。
館は、その文字をそのまま写す。
鑿で、彫る
九点のうち一点も、彫刻である。
そして、銘記の欄に鑿で、という語が入る。
つまり、彫った方法が書かれている。
前の回で、書いたか彫ったかの区別を見た。
こちらでは、道具まで書かれる。
そして、名と町の名が刻まれる。
作った町を書くのは、当時の習慣だろう。
その町で学び、働いていた印である。

白い大理石の立像である。
若い男性が、まっすぐ立つ。
頭に、小さな帽子をかぶる。
上着の袖を、まくり上げる。
前掛けを、腰に締める。
両手を、前で組む。
右足の脇に、台が立つ。
台の上に、道具が置かれる。
足もとは、四角い板である。
衣の襞が、細かく刻まれる。
全体が、白く磨かれる。
作品番号を、署名に入れる
九点のうち一点は、署名が変わっている。
名のあとに、作品という語が入る。
そして、ローマ数字の番号が続く。
さらに、年が四つの数字に分けて書かれる。
数字のあいだに、横線が入る。
つまり、一字ずつ区切られている。
前の回で、通し番号を署名に入れる話をした。
こちらは、番号と年の両方が凝っている。

横長の画面である。
中央に、若い女性が立つ。
青い衣を着る。
頭に、白い帽子をかぶる。
両腕に、花を抱える。
花は、黄と赤と白である。
足もとに、緑の草地が広がる。
左に、細い木が並ぶ。
奥に、水面と平らな地平が見える。
右に、赤い煉瓦の壁がある。
空は、淡い灰色である。
数字を、一字ずつ区切る
年の数字に横線を入れるのは、変わっている。
普通は、続けて書く。
区切れば、一字ずつが目立つ。
そして、装飾的に見える。
つまり、これは意匠である。
館は、その横線までそのまま写す。
前の回で、記号を写す話を何度もした。
こちらでも、同じ姿勢が保たれている。

縦長の画面である。
男性が、胸から上で描かれる。
顔は、やや左を向く。
髪は黒く、豊かに巻く。
口髭をたくわえる。
褐色の上着を着る。
首元に、暗い色の結びが見える。
右手に、細い筆を持つ。
左手に、大きな板を支える。
板には、絵具が並ぶ。
背景は、暗い赤褐色である。
署名されていない、と書く
九点のうち一点は、書き出しが違う。
署名されていない、とある。
つまり、何も書かれていない。
普通なら、欄を空けるところだ。
しかし、館は書く。
なぜか。
空欄なら、調べていないのかもしれない。
書いてあれば、調べたうえで無い、と分かる。
つまり、無いことを積極的に書いている。

縦長の紙である。
金の細い額に収まる。
男性の顔が、正面より少し右を向く。
髪は、暗く豊かである。
頭に、毛皮の帽子をかぶる。
帽子は、頭の上で膨らむ。
目は、大きくこちらを見る。
顔は、白と灰の階調で描かれる。
首元に、白い襟が見える。
肩から下は、暗く沈む。
全体が、灰色の濃淡だけである。
無いことを、書く意味
無いことを書くのは、記録として重要である。
前の回まで、読めない文字を読めないと書く例を見た。
こちらは、そもそも無い。
無いと書けば、次の人が探さずに済む。
そして、あとで見つかれば訂正できる。
つまり、確かめた範囲を示している。
空欄では、それが分からない。
書くことと、書かないことの差である。
三つの書き出しを、数える
九点の書き出しを、まとめておく。
署名され年が入れられている、が三点。
署名され、銘記がある、が一点。
銘記がある、が四点。
そして、署名されていない、が一点。
つまり、署名の話が半分、それ以外が半分である。
前の回まで、署名を中心に見てきた。
この九点は、署名とそれ以外を並べて示している。
位置を、必ず書く
九点の欄は、いずれも位置を書く。
下の中央。
右下。
左下。
十字架の上。
台の左。
つまり、どこにあるかが必ず示される。
前の回で、位置が先に来る理由を書いた。
第一回で見たことが、最後まで一貫している。
括弧が、物の名を補う
そして、括弧で物の名が補われることがある。
紙片の上。
巻物の上。
台の上。
つまり、何の上に書かれているかを示す。
前の回で、物の名が位置を助ける話をした。
こちらでも、同じ工夫が使われている。
位置だけでは足りないとき、物の名が加わる。
書き分けが、記録を強くする
署名か、銘記か、それとも無いか。
その三つを書き分けることで、欄は強くなる。
読む人は、まず書き出しを見る。
そして、その先を読むかどうかを決める。
署名を探しているなら、署名の欄だけを見ればよい。
つまり、書き出しが索引の役目を果たしている。
短い一語が、そこまで働く。
前の回まで、短い語の働きを何度も見てきた。
こちらは、その最後の例である。
九点の年を、並べておく
九点の年を、順に並べる。
1392年から1395年。1577年から1579年。1627年。
1765年から1768年。1776年。1809年。
1859年ごろ。1878年。1887年。
つまり、五百年に散らばる。
そのあいだ、署名の書き方は変わり続けた。
ラテン語の動詞が落ち、名と年だけになる。
そして、作品番号や凝った書き方が現れる。
九点を年の順に並べると、その流れが見える。
五百年を、一つの欄で読む
同じ銘記の欄が、五百年の作品を扱う。
十四世紀の板絵から、十九世紀の絵まで。
そして、彫刻も含まれる。
つまり、形式が違うものを同じ欄で書く。
そのために、書き出しで性格を示す。
署名か、銘記か、無いか。
前の回まで、記録の工夫を何度も見てきた。
この書き分けも、その一つである。
違うものを、同じ形式で並べるための工夫だ。

