美術史・技法

金地の画面で、文字はどこに置かれるか——額の帯から裏の紋章まで九点

額の帯、光輪の縁、開いた本の頁、画面の下の縁、十字架の上の札、そして板の裏面。九点で、置き場所が七通りに分かれた。景色も室内も描かれない金地の絵に、なぜ文字が必要になるのかを読みたい。置き場所の違いを一点ずつ見たい。

二天使を伴う悲しみの人
フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ《二天使を伴う悲しみの人》メトロポリタン美術館蔵

金地の画面で、文字はどこに置かれるか

板絵を九点、記録の欄で並べてみる。

九点とも、金の地を使っている。

そして九点とも、画面のどこかに文字がある。

ただし、置かれる場所はばらばらだ。

額の帯。

光輪の縁。

開いた本の頁。

画面の下の縁。

そして、裏の面。

金地という、約束

金の地は、現実の背景ではない。

空でも、壁でもない。

つまり、場所を示していない。

この世でない場所、という約束である。

だから、そこに文字を置いても矛盾しない。

現実の空間なら、文字は浮いてしまう。

前の回で、光輪が記号だから文字を置ける話をした。

金地も、同じ理屈である。

記号の上には、記号を置ける。

額の帯に、大きく書く

九点のうち一点は、額に文字がある。

しかも、たいへん大きい。

板絵の上に、横長の帯が渡る。

その帯いっぱいに、文字が並ぶ。

内容は、天使が聖母に告げた言葉である。

前の回で、同じ言葉を光輪の中に見た。

こちらは、額に大きく書かれている。

つまり、読ませるつもりで置かれている。

二天使を伴う悲しみの人
フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ《二天使を伴う悲しみの人》1470年ごろ。館の記録では、板にテンペラ。額は縦136.5センチ、横82.9センチ。描かれた面は縦17.5センチ、横46.4センチ。番号は1996.341。メトロポリタン美術館蔵。フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ《二天使を伴う悲しみの人》メトロポリタン美術館蔵

縦に長い額である。

木の枠が、金で覆われる。

上に、半円の飾りが載る。

その中に、小さな人物が浮き彫りにされる。

その下に、横長の帯が渡る。

帯の面に、大きな文字が並ぶ。

文字は、点で区切られる。

さらに下に、小さな絵が嵌まる。

女性が、幼児を抱いて座る。

左右に、天使が立つ。

いちばん下に、渦の飾りがある。

額と絵を、別々に測る

館の寸法の欄は、額と絵を分けて書く。

そうしないと、大きさを取り違える。

九点のうち五点で、二種類の数字が並ぶ。

そして、差はさまざまである。

数センチのものもあれば、一メートルを超えるものもある。

前の回で、差を残す意味を何度か書いた。

こちらでは、差そのものが作品の性格を示す。

数字の比が、姿を伝えている。

絵より、額が大きい

いま見た一点の寸法は、変わっている。

額は、縦136.5センチ。

描かれた面は、縦17.5センチ。

つまり、額のほうが八倍近く大きい。

絵は、額の中の小さな一部でしかない。

前の回で、額込みの寸法の話をした。

こちらは、その差がとりわけ大きい。

数字の比が、この作品の性格を示している。

誰のために、書かれたか

大きな文字は、遠くから読める。

つまり、集まった人に向けられている。

教会に置かれる作品なら、多くの目に触れる。

そして、その言葉は誰でも知っている。

だから、はじめの数語だけでよい。

前の回で、思い出させるための文字の話をした。

大きく書かれた言葉も、その働きを持つ。

読ませるというより、唱えさせる。

帯が、絵より目立つ

額が大きければ、文字も大きくなる。

そして、絵より先に目に入る。

つまり、この作品では文字が主役に近い。

前の回で、文字が主役になる例を見た。

書の掛軸である。

こちらは、宗教の言葉が主役になっている。

見る人は、まず言葉を読む。

それから、小さな絵を見る。

打ち込みと、文字

金の地には、細かい模様が打ち込まれる。

先の尖った道具で、点や輪を打つ。

その模様が、光を受けて輝く。

そして、文字も同じ方法で打たれる。

つまり、模様と文字が同じ技術でできている。

前の回で、打ち込む技法の話をした。

だから、近づくと区別がつきにくい。

模様の中に、文字が紛れる。

光輪の縁に、書く

九点のうち一点は、光輪に文字がある。

金の輪の縁に沿って、並ぶ。

前の回で、光輪の文字をまとめて見た。

こちらも、同じ形式である。

打ち込んで作られたのだろう。

そして、輪の外周に細かい模様が回る。

文字と模様が、連続して並ぶ。

近づかなければ、区別がつかない。

悲しみの人
ミケーレ・ジャンボーノ《悲しみの人》1430年ごろ。館の記録では、板にテンペラと金。額を含めて縦54.9センチ、横38.7センチ。描かれた面は縦47センチ、横31.1センチ。番号は06.180。メトロポリタン美術館蔵。ミケーレ・ジャンボーノ《悲しみの人》メトロポリタン美術館蔵

縦長の板である。

上が、弧を描いて切られる。

木の枠が、一体で削り出される。

中央に、男性が上半身で描かれる。

目を閉じ、頭を垂れる。

両手を、腹の前で重ねる。

体は痩せ、肋が浮く。

頭の後ろに、金の輪がある。

輪の縁に、細かい文字が回る。

背後に、暗い青の面が広がる。

左下に、小さな人物がひざまずく。

枠が、いつ作られたか

一体の枠は、板と同時に作られる。

だから、当初のものである。

一方、後から付けた枠もある。

そして、近代に作られた枠もある。

館の寸法の欄には、近代の、という語が入ることがある。

つまり、いつの枠かを書き分けている。

前の回で、額が付け替えられる話をした。

こちらでは、その情報が寸法の欄に含まれている。

一体の枠

いま見た一点の枠は、板と一続きである。

つまり、一枚の板から削り出されている。

だから、外せない。

そして、当初の姿を保っている。

前の回で、一体の枠の話をした。

九点のうち四点が、この作りである。

館の寸法の欄が、そこを書き分ける。

枠を含む寸法と、描かれた面の寸法。

頁を、どちらへ向けるか

画中の本の頁は、見る人のほうを向くことが多い。

そうでなければ、読めない。

しかし、絵の中の人物からは読みにくい。

つまり、絵の中の筋より、見る人の便宜が優先される。

前の回で、逆さまに書かれた文字の話をした。

あちらは、絵の中の筋を優先していた。

こちらは、見る人を優先している。

同じ金地の絵でも、判断が分かれる。

開いた本に、文字を書く

九点のうち二点は、開いた本に文字がある。

一点は、聖人が手に持つ本である。

一点は、幼児の足もとに置かれた本だ。

そして、頁に細かい文字が並ぶ。

前の回で、画中の本の文字を見た。

金地の板絵でも、同じ工夫が使われる。

本は、平らな白い面である。

だから、文字を置きやすい。

聖母子と二天使
ヴィットーレ・クリヴェッリ《聖母子と二天使》1481年から1482年ごろ。館の記録では、板にテンペラと金。縦55.6センチ、横40.6センチ。番号は1982.60.6。メトロポリタン美術館蔵。ヴィットーレ・クリヴェッリ《聖母子と二天使》メトロポリタン美術館蔵

縦長の板である。

中央に、女性が上半身で描かれる。

衣は、金の刺繍で覆われる。

模様が、細かく光る。

頭に、透ける布を掛ける。

その膝の前に、裸の幼児が座る。

幼児は、小さな鳥を持つ。

左右に、天使が立つ。

天使は、緑と赤の衣を着る。

上のほうに、果実が吊るされる。

右下に、開いた本が置かれる。

署名の位置が、決まっている

金地の板絵では、署名は下の縁に置かれる。

画面のいちばん下に、細長い帯を作る。

そして、そこに横一列に書く。

前の回で、下辺に署名を置く話をした。

金地の絵では、それがほぼ決まりになっている。

理由は、そこが唯一の平らな帯だからだろう。

背景は金で、人物は上にいる。

残るのは、下の縁だけである。

下の縁にも、文字がある

いま見た一点には、もう一か所文字がある。

画面のいちばん下である。

細長い帯に、横一列に並ぶ。

これは、署名だろう。

前の回で、下の縁に署名を置く例を見た。

金地の板絵では、よく使われる場所だ。

そして、開いた本の文字とは別の性格を持つ。

一つは絵の中の言葉、一つは絵の外の情報である。

様式の目印

同じ一族の画家は、同じ飾りを使う。

果実、蔓、貝、飾り帯。

その組み合わせが、目印になる。

つまり、署名がなくても見当がつく。

前の回で、様式から作者を判断する話をした。

金地の絵では、飾りの癖がとくに手がかりになる。

そして、館の作者の欄がその判断の結果である。

過程は、書かれていない。

果実を、吊るす

いま見た一点の上には、果実が吊るされる。

林檎と梨のように見える。

これは、この画家の一族がよく使う飾りだ。

つまり、様式の目印になる。

前の回で、様式から作者を推し量る話をした。

果実の飾りも、その手がかりの一つである。

館の記録は、そこまでは書かない。

閉じた本と、開いた本

本の描き方には、二通りある。

閉じた本を持つ姿。

開いた本を読む姿。

閉じていれば、文字は見えない。

開いていれば、文字が書ける。

つまり、文字を入れたいなら開かせる。

前の回で、開いた本の一行を見た。

金地の絵でも、同じ選択が働く。

九点のうち二点が、開いた本を持つ。

本を持つ、聖人

九点のうち一点は、四人の聖人が並ぶ。

そのうち二人が、本を持つ。

一人は、閉じた本。

一人は、開いた本である。

開いた本の頁には、文字が見える。

つまり、読んでいる場面だ。

前の回で、本が人物を示す話をした。

こちらでも、本が誰かを示している。

四聖人と跪く寄進者
ベノッツォ・ゴッツォリ《四聖人と跪く寄進者》1481年。館の記録では、カンヴァスにテンペラと金、板から移された。継ぎ足しを含めて縦78.7センチ、横61.9センチ。描かれた面は縦76.5センチ、横59.7センチ。番号は1976.100.14。メトロポリタン美術館蔵。ベノッツォ・ゴッツォリ《四聖人と跪く寄進者》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

四人の人物が、横に並んで立つ。

左端は、黒い衣の人物である。

手に、本を持つ。

その右は、鎧を着た若者。

矢を持ち、旗を掲げる。

さらに右は、赤い布をまとう若者。

いちばん右は、灰色の衣の人物である。

開いた本を、両手で支える。

足もとに、小さな人物が二人ひざまずく。

背後に、町と丘が広がる。

費用を出した人の、顔

寄進者は、実在の人物である。

そして、その顔が描かれる。

つまり、宗教画の中に肖像が入る。

小さく、隅に、ひざまずいた姿で。

前の回で、大きさが格を示す話をした。

こちらでも、その約束が守られている。

そして、名は書かれないことが多い。

顔だけが残り、名が消える。

寄進者が、小さく描かれる

いま見た一点の足もとには、小さな人物がいる。

黒い衣で、手を合わせる。

つまり、寄進者である。

前の回で、寄進者が小さく描かれる話をした。

こちらでも、同じ約束が守られている。

大きさが、格を示す。

そして、館の題は寄進者、とだけ書く。

名は、書かれていない。

板から、布へ移された

いま見た一点の技法の欄には、移された、とある。

もとは板に描かれていた。

それを、布へ移した。

前の回で、同じ作業の話を何度かした。

つまり、板が傷んだのだろう。

そして、寸法の欄には継ぎ足し、という語も入る。

つまり、周囲に布が足されている。

移すときに、大きさを整えたのだろう。

聖母子と死せるキリスト、聖アグネスと聖カタリナ、二天使
サーノ・ディ・ピエトロ《聖母子と死せるキリスト、聖アグネスと聖カタリナ、二天使》1470年から1480年ごろ。館の記録では、板にテンペラ、金の地。主板は枠を含めて縦32.4センチ、横29.8センチ。描かれた面は縦27.6センチ、横25.1センチ。番号は1987.290.2。メトロポリタン美術館蔵。サーノ・ディ・ピエトロ《聖母子と死せるキリスト、聖アグネスと聖カタリナ、二天使》メトロポリタン美術館蔵

小さな板絵である。

上下二段に分かれる。

上の段の中央に、女性が座る。

膝に、幼児を抱く。

その左右に、若い女性が立つ。

いずれも、冠をかぶる。

さらに外に、天使が立つ。

上の空に、小さな天使が並ぶ。

下の段は、細長い帯である。

そこに、小さな人物が五人並ぶ。

いずれも、上半身だけである。

台の下の板が、付く

いま見た一点には、下に細長い板が付く。

台の下の板と呼ばれる部分である。

前の回で、同じ形の板を見た。

そこには、十三人が並んでいた。

こちらは、五人である。

そして、館の寸法の欄は上下を別々に測る。

主板と、下の板。

それぞれに、枠込みと描かれた面の数字が入る。

持ち運ぶための、祭壇画

いま見た一点は、小さい。

主板は、枠を含めて縦32.4センチ。

つまり、片手で持てる。

前の回で、持ち運ぶ祭壇画の話をした。

こちらも、その仲間である。

そして、館の題が構成人物を全部挙げる。

聖母、幼児、死せる子、二人の聖女、二人の天使。

つまり、題が目録になっている。

東方三博士の礼拝
ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》1460年ごろ。館の記録では、板にテンペラと金。縦27センチ、横23.2センチ。番号は1982.60.4。メトロポリタン美術館蔵。ジョヴァンニ・ディ・パオロ《東方三博士の礼拝》メトロポリタン美術館蔵

小さな縦長の板である。

左に、青い衣の女性が座る。

膝に、裸の幼児を抱く。

その背後に、屋根の骨組みがある。

骨は、細く並ぶ。

左端に、牛の頭が見える。

右に、三人の人物が並ぶ。

一人は、ひざまずいて器を差し出す。

一人は、赤い衣で立つ。

一人は、若く、後ろに控える。

奥に、緑の丘と羊が見える。

裏にも、絵がある

九点のうち二点は、裏にも絵がある。

そして、館の題は両面を書く。

表の主題と、裏の主題。

つまり、一つの題に二つの内容が入る。

前の回で、表と裏の話を何度もした。

こちらでは、題そのものが両面を示す。

そして、寸法の欄も表と裏を別々に測る。

名声の勝利、裏に家紋
スケッジャ《名声の勝利、裏に家紋》1449年ごろ。館の記録では、板にテンペラと銀と金。枠を含めて直径92.7センチ。表の描かれた面は直径62.5センチ、裏の描かれた面は直径75.2センチ。番号は1995.7。メトロポリタン美術館蔵。スケッジャ《名声の勝利、裏に家紋》メトロポリタン美術館蔵

大きな円形の板である。

外周に、太い金の枠が回る。

枠には、縄目の模様がある。

中央の円に、場面が描かれる。

中央に、球の上に立つ人物がいる。

翼を広げ、剣を持つ。

その周りを、騎馬の人物が取り囲む。

馬は、何十頭も並ぶ。

いずれも小さく描かれる。

地面は、褐色である。

空は、青く広い。

産着盆という、器

いま見た一点は、絵ではない。

正しくは、盆である。

子が生まれたときに贈る品だ。

そこに、食べ物や贈り物を載せる。

そして、あとで壁に掛ける。

つまり、道具でありながら絵でもある。

前の回で、家具が絵画になる話をした。

こちらも、同じ性格を持つ。

裏に、家紋を描く

いま見た一点の裏には、家紋が描かれる。

二つの家の紋である。

つまり、両家の結びつきを示す。

そして、館の題はその家名を挙げる。

前の回で、紋章が図の言葉である話をした。

こちらでも、紋が名の代わりをしている。

裏の面が、誰の家のものかを語っている。

十字架を持つ聖マグダラのマリア、裏に鞭打ち
スピネッロ・アレティーノ《十字架を持つ聖マグダラのマリア、裏に鞭打ち》1395年から1400年ごろ。館の記録では、カンヴァスにテンペラ、金の地。裏のキリストの顔は写真による複製で補われている。縦176.5センチ、横120センチ。番号は13.175。メトロポリタン美術館蔵。スピネッロ・アレティーノ《十字架を持つ聖マグダラのマリア、裏に鞭打ち》メトロポリタン美術館蔵

縦長の大きな画面である。

中央に、女性が座る。

赤い衣を、身にまとう。

髪は、長く垂れる。

両手で、細い十字を持つ。

十字は、胸の前に立てられる。

顔は、正面を向く。

頭の後ろに、金の輪がある。

その左右の下に、小さな人物がひざまずく。

いずれも白い衣を着る。

地は、金である。

写真で、補われた部分

いま見た一点の技法の欄には、変わった記述がある。

裏の顔の部分が、写真による複製で補われている、とある。

つまり、失われた部分に写真を貼った。

これは、めずらしい修復である。

前の回で、失われた部分を補わない話をした。

こちらは、補っている。

ただし、補ったことを技法の欄に明記する。

だから、誤解されない。

補いを、明示する

補うか、補わないか。

その判断は、時代によって変わる。

かつては、描き足すことが普通だった。

いまは、できるだけ手を加えない。

そして、補うなら、それと分かる方法にする。

写真を貼るのは、その一つである。

見れば、写真だと分かる。

そして、記録にも書く。

二重の明示である。

磔刑
フランチェスコ・グラナッチ《磔刑》1510年ごろ。館の記録では、板にテンペラと金。中央の板は縦48.3センチ、横29.2センチ。両翼は各縦48.3センチ、横15.2センチ。番号は2006.409。メトロポリタン美術館蔵。フランチェスコ・グラナッチ《磔刑》メトロポリタン美術館蔵

三枚の板が、蝶番でつながる。

いずれも、上が弧を描く。

中央の板に、十字架が立つ。

その上に、人物が架けられる。

十字架の上に、小さな板が付く。

板に、文字が書かれる。

左右に、赤い衣の人物が立つ。

左の翼に、岩と人物が描かれる。

右の翼にも、岩と人物がある。

背後に、青い空が広がる。

地は、上部が金である。

十字架の上の、札

いま見た一点の十字架の上には、小さな板がある。

そこに、四文字が書かれる。

前の回で、同じ四文字を何度も見た。

宗教画では、繰り返し現れる。

つまり、決まりごとである。

そして、いちばん小さい文字でもある。

館の記録には、写されていない。

読むには、拡大するしかない。

文字の置き場所を、まとめておく

九点の文字の場所を、並べておく。

額の帯が一点。

光輪の縁が一点。

開いた本が二点。

画面の下の縁が一点。

十字架の上の札が一点。

裏の紋章が一点。

そして、はっきり見えないものが二点。

つまり、置き場所が七通りに分かれる。

金地の絵に、文字が要る理由

金の地には、景色がない。

だから、場所も時間も示されない。

つまり、絵だけでは説明が足りない。

そこで、文字が補う。

誰か。

何の場面か。

どの言葉が語られたか。

前の回で、絵が言えないことを文字が言う話をした。

金地の絵では、その必要がとりわけ強い。

見えない面まで、記録する

九点のうち二点は、裏にも絵がある。

そして、館はそれを題に書く。

つまり、片面だけでは足りないと判断している。

前の回で、片面だけの写真の話をした。

こちらでは、少なくとも題に両面が現れる。

見えない面を、言葉で伝える。

記録の役目が、そこにある。

一枚の板の、両側を残そうとしている。

九点の年を、並べておく

九点の年を、順に並べる。

1395年から1400年ごろ。1430年ごろ。1449年ごろ。

1460年ごろ。1470年ごろ。1470年から1480年ごろ。

1481年。1481年から1482年ごろ。1510年ごろ。

つまり、百十年余りに収まる。

いずれも、幅を持って書かれる。

一点だけが、1481年と確定している。

つまり、その一点には年が書かれているのだろう。

前の回で、日付の根拠の話をした。

金地の絵では、年が書かれることは少ない。

金を、どう貼るか

金の地は、薄い箔を貼って作る。

まず、赤い下地を塗る。

その上に、糊を引き、箔を置く。

そして、瑪瑙などで磨く。

磨けば、鏡のように光る。

赤い下地が透けて、暖かい色になる。

つまり、下の色まで計算されている。

館の技法の欄は、金の地、と書くだけである。

作り方までは、書かれない。

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