年が、古い書き方の文字で記される——ラファエロ《ニッコリーニ・カウパーの聖母》ほか九点
1488年をこの書き方で記すと、十三文字にもなる。それでも、多くの作り手がこちらを選んだ。足すだけの形と引く形、点の打ち方、そして通し番号への転用。館が現代の数字に直さずそのまま写す理由を、九点の欄から読みたい。

年が、数字ではない文字で書かれる
絵画を九点、銘記の欄で並べてみる。
九点とも、画面のどこかに年が書かれている。
ただし、いま使う数字ではない。
文字を並べて数を表す、古い書き方である。
千を表す文字、五百を表す文字、百を表す文字。
それらを左から並べて足していく。
だから、長くなる。
1488年を書くと、十三文字になる。
いま使う書き方なら、四文字で済む。
九倍近い場所を取る。
それでも、この書き方が選ばれた。
足すだけの書き方と、引く書き方
この数字には、二通りの書き方がある。
一つは、足すだけの書き方。
四を表すのに、一を四つ並べる。
もう一つは、引く書き方。
五から一を引く形にして、二文字で済ませる。
九点の中に、両方が現れる。
1514年を書いた一点は、足すだけの書き方だ。
十四の部分に、一が四つ並ぶ。
1324年を書いた一点も、同じである。
引く書き方が広まるのは、もっとあとになる。
つまり、書き方から時代の見当がつく。
記録は、書かれたまま写す
館の記録は、この文字列をそのまま写す。
いま使う数字に直したりはしない。
直せば読みやすくなるのに、直さない。
理由は、形が証拠だからである。
足すだけの書き方か、引く書き方か。
点が打たれているか、いないか。
大文字か、小文字か。
それらは、書かれた時代や場所の癖を示す。
直してしまえば、癖は消える。
消えたものは、二度と戻らない。
だから、そのまま写す。
そして、括弧の中にいま使う数字を添える。

縦長の画面に、女性が座る。
膝の上に、裸の幼児を抱える。
女性は顔をやや下に向ける。
金髪を後ろでまとめ、薄い布を掛ける。
赤い上着に、緑と青の布を重ねる。
幼児はこちらを向き、右手を上げる。
女性の胸元に手を伸ばす。
背景は青い空で、遠くに丘がある。
雲が横に薄く流れる。
衣の胸元に、細い縁飾りが走る。
その縁に、小さな文字が並ぶ。
千と五百と、その先
この書き方の仕組みを、短く確かめておく。
千を表す文字が一つ。
五百を表す文字が一つ。
百を表す文字が一つ。
五十、十、五、一にも、それぞれ文字がある。
大きいものから順に並べ、足していく。
千と五百と百三つで、千八百になる。
同じ文字を四つまで並べてよい。
五つ並べるときは、上の位の文字を使う。
規則はこれだけである。
覚えれば、誰でも読める。
読めるからこそ、長く使われた。
衣の縁に、年を書く
この一点は、置き場所が変わっている。
台座でも、貼り紙でも、隅でもない。
描かれた衣の、縁飾りの上である。
縁飾りは細く、金糸で刺したように見える。
そこに文字を並べれば、模様と見分けがつかない。
実際、知らなければ気づかない。
館の記録がなければ、見落とすだろう。
しかも、内容は年と頭文字と動詞である。
つまり、これだけで署名として成り立つ。
いちばん目立たない場所に、いちばん大事なことを置く。
そういう置き方である。
なぜ、いまも建物に残るのか
この書き方は、絵の外でも生き延びた。
建物の定礎の石に彫られる。
時計の文字盤に並ぶ。
書物の巻数に使われる。
いずれも、格式や古さを示したい場面である。
つまり、実用のためではない。
読みやすさなら、いまの数字が上だ。
それでも選ばれるのは、姿のためである。
直線でできた文字は、彫るのに向く。
丸みのある数字は、石には彫りにくい。
道具の都合が、形を残した面もある。
樽の上に、年を置く
九点のうち一点は、木の樽の上に文字がある。
大きな横長の絵で、人が集まる場面だ。
その手前に、木の桶と樽が転がる。
樽の側面は、平らで明るい。
そこに小さく、名と地名と年が書かれる。
名の書き方が変わっていて、小文字が使われる。
普通、この種の署名は大文字で書く。
小文字を使うのは、写本の書き方に近い。
館の記録は、大文字と小文字の別まで写す。
読み手には見えない情報だが、写す。

横長の大きな画面である。
森の中に、人が二十人ほど集まる。
多くは地面に座り、器を持つ。
中央に、青と赤の衣の人物が並ぶ。
右手前に、白い衣の人物が横たわる。
左に、上半身裸の人物が桶を担ぐ。
奥に、ロバのような動物が見える。
背後は太い幹の並ぶ林である。
左上に、岩の崖がそびえる。
空は青く、雲が高い。
右下の樽の面に、小さな文字がある。
仮の名で呼ぶ、という方法
作者が分からないとき、館は仮の名を付ける。
その絵の主題を取ることが多い。
所蔵する館の名を添えることもある。
こうしておくと、同じ手の絵をまとめられる。
別の館に似た絵が出てきたら、同じ仮名で呼ぶ。
やがて、その手の全体像が見えてくる。
運がよければ、本当の名が分かる。
分からなくても、まとまりは残る。
作者不詳と書くだけでは、まとまらない。
仮の名は、そのための道具である。
九点のうち二点が、この仮の名で呼ばれている。
玉座の下の、年だけ
九点のうち一点は、年しか書かれていない。
名がない。
玉座の台の部分に、文字が並ぶ。
1324年である。
十四世紀の板絵で、金地に描かれる。
作者は分かっていない。
館は、この絵の主題を取って仮の名で呼ぶ。
戴冠図の画家、という呼び方だ。
つまり、年だけが確かで、名は分からない。
年が書いてあるのに名がない。
こういう例は、思うより多い。

縦長の板の上部が、尖った形に切られる。
その縁に、緑の彫刻された飾りが並ぶ。
中央に、二人の人物が並んで座る。
左は青い衣で、頭を垂れる。
右は金色の衣で、手を伸ばす。
二人とも、頭の後ろに金の丸がある。
玉座は白と赤で、背が高い。
背後の弧の中に、小さな顔が並ぶ。
赤い布が、左右に垂れる。
地は金で、細かい打ち込みの模様がある。
玉座の下の帯に、文字が横に並ぶ。
名と、年と、年齢と、月
九点のうち一点は、書かれた内容がいちばん多い。
名、称号、年、年齢、そして月まである。
三十二歳と八か月、と書いてある。
月まで書く例は珍しい。
しかも、これは絵の裏に書かれていた。
もとの板は失われ、文字だけが写されて残る。
つまり、いまは現物がない。
館の記録には、その事情まで書かれる。
もとの板から取られ、いまは失われている、と。
記録が、消えた物の代わりになっている。

若い男性が、胸から上で描かれる。
顔はやや右を向き、目はこちらを見る。
黒い帽子を、頭の後ろにかぶる。
髪は肩まで垂れ、まっすぐである。
黒い上着に、襟はない。
首元に、白い布が細く見える。
顔は光を受け、頬に影が落ちる。
鼻筋が長く、口が引き結ばれる。
背景は明るい空と、緑の丘である。
遠くに、小さな建物が見える。
額の一部だけが、残る
九点のうち一点は、文字が額に書かれている。
正しくは、もとの額の一部である。
その断片が、いまの額にはめ込まれている。
つまり、絵と額は別々に傷んだ。
額は壊れ、一部だけが助かった。
助かった部分に、文字があった。
だから、絵と一緒に残された。
書かれているのは、名と地名と、描いたという語と年である。
ただし、年の後半が欠けている。
館の記録は、欠けた部分を点で示す。
読めないものを、読めないまま書く。

縦長の板で、上が尖る。
中央に、女性が上半身で描かれる。
青い衣を頭からかぶる。
胸の前に、裸の幼児を抱く。
幼児は黄色い布を巻き、女性を見上げる。
女性の頭の後ろに、金の丸がある。
幼児にも同じ丸が付く。
尖った上部に、小さな人物が現れる。
両手を広げ、こちらを見る。
地は金で、平らである。
下の縁に、横一列の文字がある。
板から布へ、二度目の話
九点のうち二点は、板からカンヴァスへ移されている。
板が反り、割れる危険があったのだろう。
この作業では、絵具の層だけを残す。
板を裏から削り取り、新しい布に貼る。
うまくいけば、絵は助かる。
失敗すれば、絵は失われる。
そして、板の裏に書かれていた文字は消える。
九点のうち一点は、まさにそれが起きた。
裏の文字は写されていたが、板は失われた。
もし写していなければ、何も残らなかった。
写すという行為が、そこで効いている。
別人の名で、年を書く
九点のうち一点は、事情がやや込み入っている。
十七世紀に描かれた肖像画である。
ところが、書かれている名は別の画家のものだ。
しかも、年は百年ほど前になっている。
年齢まで書き添えられ、八十四歳とある。
つまり、昔の有名な画家の自画像に見せている。
館は、この絵を想像による自画像と呼ぶ。
実際に描いたのは、別の画家である。
その画家は、昔の様式を真似ることで知られていた。
真似は、偽物とは限らない。
誰の絵かを知ったうえで買う客がいた。
真似と偽りの、あいだ
とはいえ、境目は曖昧である。
年月がたてば、事情は忘れられる。
書かれた名だけが残る。
すると、本人の作と思われるようになる。
館の記録が、そこを引き止める。
想像による、と題に入れる。
書かれた文字はそのまま写す。
しかし、作者の欄には本当の名を入れる。
二つを並べておけば、混同は起きにくい。
前の回で、後の手が書いた署名の話をした。
こちらは、描いた本人が別人の名を書いている。
同じように見えて、向きが違う。

年配の男性が、こちらを向いて座る。
白い髭を長くたくわえる。
頭は禿げ上がり、額が広い。
黒い衣に、金の鎖を掛ける。
右手に、細い筆のようなものを持つ。
左手で、大きな板を支える。
板は褐色で、何も描かれていない。
背後の左に、白い小さな彫像が立つ。
台の上の裸像である。
背景は暗く、右は黒に沈む。
板の下の縁に、小さな文字がある。
通し番号を、この数字で書く
九点のうち一点は、年ではない数を書いている。
作品の通し番号である。
その画家は、自分の絵に番号を振っていた。
一枚ごとに、順に増えていく。
その番号を、古い書き方の文字で記す。
二百三十二番、という数になる。
なぜわざわざ古い書き方にしたのか。
その画家は、古代を主題にする絵を多く描いた。
古代の建物、古代の衣、古代の暮らし。
番号の書き方も、それに合わせたのだろう。
館の記録は、書かれた形をそのまま写す。

横長の小さな板である。
大理石の長椅子に、人物が寝そべる。
臙脂の上着に、灰白の布を重ねる。
片肘をつき、両手で巻物を広げる。
顔は下を向き、目を落とす。
髪は黒く、短く縮れる。
長椅子には、毛皮が敷かれる。
奥の壁は白い石で、平らである。
左に、青灰の布が垂れる。
右奥に、明るい戸口が開く。
左下の石の縁に、小さな文字がある。
同じ通し番号を、いまの数字で書く
もう一点にも、通し番号がある。
ただし、こちらはいまの数字で書かれる。
八番、という短い数だ。
同じ考え方でも、書き方が違う。
古代を主題にした画家は、古い文字を選んだ。
風景を描いた画家は、普通の数字を選んだ。
どちらも、自分の絵を数えている。
数えるという行為は同じである。
見せ方だけが違う。
館の記録は、両方をそのまま写す。
だから、こうして並べられる。

横長の画面に、谷が広がる。
左手前に、赤茶けた岩の崖が立つ。
崖の上に、細い木が生える。
中央から奥へ、川が蛇行する。
水面は明るく、空を映す。
両岸は緑の斜面である。
奥に、青い山が幾重にも重なる。
空は上が青く、下が黄に染まる。
雲が横に伸びる。
手前の岩場に、小さな白い動物がいる。
左下の岩の色の中に、文字がある。
私を描いた、と額に書く
最後の一点は、額に文字がある。
もとの額が残っている珍しい例だ。
書かれているのは、名と地名と、私を描いたという語である。
物が一人称で語る形だ。
さらに、画面の中にも文字がある。
十字架の上の板と、赤い旗の上である。
どちらも金色で書かれる。
つまり、この一点には三か所に文字がある。
額、十字架、旗。
館の記録は、三つとも位置を書き分ける。
一つでも落とせば、絵の姿が変わる。

正方形に近い板である。
中央に、大きな十字架が立つ。
その左右にも、十字架が一つずつある。
上に、小さな天使が飛び交う。
下に、大勢の人が集まる。
左手前に、青い衣の人物が倒れ込む。
その周りを、数人が支える。
右に、槍を持つ人物が並ぶ。
旗が二本、高く掲げられる。
地は金で、人物の輪郭が浮き上がる。
額は青と金で、細い枠が二重に回る。
点を打つ、という工夫
古い書き方の文字列は、切れ目が分かりにくい。
そこで、点を打って区切る。
千の位のあと、百の位のあと。
あるいは、語と語のあいだ。
九点のうち何点かは、点が打たれている。
打ち方は、絵によって違う。
一つずつ打つもの。
まとまりごとに打つもの。
まったく打たないもの。
館の記録は、点の位置をそのまま写す。
丸で表すことが多い。
その丸が、現物の点に対応している。
長い数字が、教えること
九点の年を、古い書き方の長さで比べてみる。
1324年は、九文字。
1488年は、十三文字。
1508年は、六文字。
1514年は、七文字。
1561年は、六文字。
同じ四桁でも、長さが倍以上違う。
八が並ぶ年は、長くなる。
五や十で切れる年は、短くなる。
だから、書く場所の広さで工夫が要る。
狭ければ、点を減らす。
広ければ、点を打って読みやすくする。
数字は、絵の一部になる
いま使う数字は、絵の中で浮く。
丸みのある形が、他の要素と馴染まない。
古い書き方の文字は、直線が多い。
建築の線や、衣の縁と揃う。
だから、絵に溶け込みやすい。
これは、見た感じの話である。
館の記録には書かれていない。
しかし、九点を並べると、そう感じる。
台座に彫られた文字は、本当に彫られているように見える。
衣の縁の文字は、刺繍のように見える。
直線でできているからだ。
記録が、括弧で添えるもの
館の記録は、古い文字のあとに括弧を置く。
括弧の中に、いま使う数字を入れる。
これは訳である。
読めない人のための、助けである。
同時に、書いた人の判断でもある。
四つ並んだ一を、四と読む。
その読みは、まず間違いない。
しかし、判断であることに変わりはない。
だから括弧に入れる。
括弧の外は現物、中は記録した人の言葉。
この区別が、九点の欄をつらぬいている。
一つの絵に、三か所の文字
最後の一点を、もう一度見ておく。
額に一か所、十字架に一か所、旗に一か所。
三つとも、性質が違う。
額の文字は、作者が誰かを言う。
十字架の板の文字は、場面の中の言葉である。
旗の文字は、その場にいる集団を示す。
つまり、絵の外の情報と、絵の中の情報が混じる。
見る人は、区別して読む必要がある。
館の記録は、位置を書き分けることで区別を助ける。
額の上、十字架の上、旗の上。
三つの前置きが、そのまま案内になっている。
六百年ぶんの年が、並ぶ
九点の年を、順に並べておく。
1324年。1340年ごろ。1380年代。
1488年。1508年。1514年から1529年。
1561年と書かれた1650年代の一点。
1864年。1881年。
いちばん古い年と、いちばん新しい年の差は五百五十年を超える。
そのあいだ、同じ数字の書き方が使われ続けた。
途中で、いまの数字が広まった。
それでも消えなかった。
古さを示したいときに、使われる。
九点の最後の二点が、それを示している。


