美術史・技法

作者の欄が、九点とも修飾されている——ティムケン・コレクション

工房。追随者。周辺。に倣う。九点の作者の欄には、いずれも本人以外を示す語が付く。同じ受入番号の下に、模作とされる作品が集まっている。修飾語の四つの段階と、そこから見える収集の性格を読みたい。年の欄の書き方も、二つの型に分かれている。

幼い洗礼者ヨハネを伴う聖母子
コレッジョに倣う《幼い洗礼者ヨハネを伴う聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

作者の欄が、九点とも修飾されている

九点の作者の欄を並べると、あることに気づく。

どの欄にも、画家の名の前か後に語が付いている。

コレッジョに倣う。

ヘラルト・テル・ボルフ(子)の工房。

ジャン=バティスト・ジョゼフ・パテルに倣う。

ジャン=バティスト・グルーズの周辺。

ビッチ・ディ・ロレンツォの工房。

おそらく主にピーテル・レリー卿の工房。

ピーテル・パウル・ルーベンス卿の工房。

ティツィアーノの追随者。

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランに倣う。

九点とも、その画家本人の作とはされていない。

一つの受入に、模作が並ぶ

九点はすべて、同じ出所の行を持つ。

ティムケン・コレクション。

そして番号は、いずれも1960.6で始まる。

1960年の、六番目の受入である。

提供元が公開しているデータで数えると、枝番は61まで続く。

六十一点の受入のうち、当サイトが公開しているものだけでも三十点近くある。

その中に、修飾語の付いた作者の欄が多く含まれる。

もちろん、名がそのまま書かれた作品もある。

しかし、これほど修飾語が集まる受入は珍しい。

一つの収集の性格が、作者の欄に現れている。

修飾語には、段階がある

作者の欄の修飾語は、でたらめに付いているのではない。

いくつかの段階がある。

工房。その画家の工房で作られたという意味だ。

画家の指示や下絵があった可能性が高い。

追随者。同じ様式で描いた、後の世代の誰か。

周辺。その画家に近い場所にいた誰か。

に倣う。もとの作品を写した誰か。

前の三つは、同時代か、それに近い。

最後の一つは、時代が離れていることもある。

館の記録は、この四つを厳密に使い分ける。

同じ「本人ではない」でも、距離が違うからだ。

幼い洗礼者ヨハネを伴う聖母子
コレッジョに倣う《幼い洗礼者ヨハネを伴う聖母子》1510年ごろ。板に油彩。館の記録では、縦68.8センチ、横50.8センチとされる。出所の行は「ティムケン・コレクション」。番号は1960.6.5。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。コレッジョに倣う《幼い洗礼者ヨハネを伴う聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

聖母が中央に座り、二人の幼な子を抱く。

聖母は赤い衣に、緑の外套をまとう。

外套は肩から膝へ大きく落ちる。

顔はやや下を向き、目は伏せられる。

髪は明るい栗色で、後ろでまとめられる。

右の子は膝の上に立ち、母のほうを向く。

左の子は下から手を伸ばす。

二人とも裸で、肌が明るい。

背景の左には緑の面が見え、右は壁である。

壁の質感は粗く、石を積んだように見える。

聖母の首もとに、細い飾りが下がる。

輪郭はやわらかく、影がなめらかに移る。

年の欄は1510年ごろとされる。

もとの作品が作られた時期を指していると考えられる。

音楽の稽古
ヘラルト・テル・ボルフ(子)の工房《音楽の稽古》1670年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦69センチ、横55.1センチとされる。番号は1960.6.10。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヘラルト・テル・ボルフ(子)の工房《音楽の稽古》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

暗い室内である。

左に扉があり、その手前に女が座る。

女は白い衣をまとい、膝に楽器を置く。

楽器は小型の撥弦楽器である。

右手で弦をはじく姿勢をとる。

その背後に、黒い衣の男が立つ。

つばの広い帽をかぶり、手を前へ出す。

指で何かを示している。

右には台があり、赤い布が掛かる。

台の上に、書物と燭台が置かれる。

書物は開かれ、頁が見える。

床は暗く、光は左の窓から入る。

女の白い衣だけが明るい。

工房作とされる作品は、こうした主題を繰り返し作った。

名を書けるだけでも、十分ではある

作者不詳と書くこともできたはずだ。

九点のいずれも、描いた人の名は分かっていない。

それでも館は、参照すべき画家の名を書く。

工房、追随者、周辺、に倣う。

いずれも、名のある画家を基準にした位置づけである。

これは、絵を分類するための座標のようなものだ。

作者不詳と書けば、絵は座標を失う。

どの時代の、どの地域の、どういう様式かも分からなくなる。

参照する名を書けば、位置が定まる。

コレッジョに倣う、と書けば、十六世紀のイタリアが浮かぶ。

ルーベンスの工房、と書けば、十七世紀のアントウェルペンが浮かぶ。

修飾語つきの作者の欄は、名を騙るための書き方ではない。

位置を示すための書き方である。

買った側は、何を買ったのか

九点を集めた人は、本人の作だと思って買ったのだろうか。

そうだったかもしれないし、そうでないかもしれない。

記録には、その判断は書かれていない。

書かれているのは、いま館がどう考えているかだけである。

作者の欄は、受け入れたあとで書き換えられうる。

研究が進み、比較する材料が増えれば、判断は変わる。

工房作とされていたものが、本人作に戻ることもある。

その逆も起きる。

だから作者の欄は、動く欄である。

一方、出所の行と番号は動かない。

九点が同じ受入に属することは、これからも変わらない。

動く欄と動かない欄が、一つの記録に同居している。

野外の宴
ジャン=バティスト・ジョゼフ・パテルに倣う《野外の宴》18世紀または19世紀。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦38.1センチ、横47センチとされる。番号は1960.6.14。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン=バティスト・ジョゼフ・パテルに倣う《野外の宴》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の小さな画面である。

木立に囲まれた広場に、人が集まる。

中央に、白と桃色の衣の女が立つ。

その周りに、男女が輪のように散らばる。

座る者、立つ者、身をかがめる者。

左手前には、子どもが二人いる。

右奥には、石の柱と彫像が立つ。

木は大きく、画面の上を覆う。

奥には水面と、遠い丘が見える。

空は上部が青く、雲が白い。

人物は小さく、顔の造作は描かれない。

色の面と姿勢だけで区別される。

年の欄には「18世紀または19世紀」とある。

百年の幅で書かれている。

もとの画家の没後に作られた可能性が高いという意味だ。

鳥を持つ少女
ジャン=バティスト・グルーズの周辺《鳥を持つ少女》1780年から1782年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、楕円の全体が縦61.4センチ、横52センチとされる。番号は1960.6.19。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン=バティスト・グルーズの周辺《鳥を持つ少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画面は楕円である。

寸法の欄にも、楕円という語が添えられる。

九点で、形が記録されているのはこの一点だけだ。

若い女が、右を向いて座る。

白い薄物をまとい、肩と胸もとが開く。

髪には白い布が巻かれる。

顔は下を向き、目は伏せられる。

両手を前に出し、小さな鳥に触れる。

鳥は台の上に横たわる。

台には籠のような編み目が見える。

背景は暗く、右に椅子の背らしい形がある。

肌の描き方はなめらかで、輪郭が溶ける。

主題は、当時よく描かれた寓意である。

幼な子キリストの礼拝
ビッチ・ディ・ロレンツォの工房《幼な子キリストの礼拝》1440年から1445年ごろ。ポプラ板にテンペラ。館の記録では、画面が縦47センチ、横35センチとされる。番号は1960.6.25。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ビッチ・ディ・ロレンツォの工房《幼な子キリストの礼拝》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小屋の下に、人物が集まる。

中央に、青い衣の聖母が立つ。

赤い裏地が、胸もとで見える。

両手を合わせ、下を向く。

その足もとに、裸の幼な子が横たわる。

子の頭に、金の後光が回る。

右には、白い衣の人物が立つ。

左には、二人の頭が見える。

いずれも金の後光を持つ。

奥には木の柵と、二頭の動物がいる。

牛と驢馬である。

上には屋根が架かり、柱が四本立つ。

背景は金色で、平らである。

板の表面には、細かい亀裂が見える。

楕円という形

九点のうち一点だけ、寸法の欄に形が書かれている。

楕円、という語である。

絵画の多くは長方形だから、形はふつう書かれない。

書かれるのは、長方形でないときだけだ。

前に見た盾の形の絵では、上と下の幅が別々に書かれていた。

こちらは、楕円という語一つで済ませている。

楕円なら、縦と横の二つの数字で形が決まるからだ。

盾の形はそうはいかない。

だから幅を二つ書く必要があった。

寸法の欄は、その形を再現できるだけの情報を書く。

再現できるなら、それ以上は書かない。

九点のうち八点が長方形なので、形の記述はない。

記述がないこと自体が、長方形であることを示している。

書かれていない情報も、読める場合がある。

「おそらく主に」という書き方

九点のうち一点だけ、修飾語が長い。

おそらく主にピーテル・レリー卿の工房。

三つの語が重なっている。

おそらく、という留保。

主に、という程度。

工房、という帰属。

つまり、こう読める。

確定はできないが、大部分は工房の手によると考えられる。

裏を返せば、一部は本人の手かもしれない、ということだ。

当時の肖像画の工房では、分業がふつうだった。

顔を親方が描き、衣や背景を助手が描く。

その場合、一点の絵が二人以上の手で作られる。

作者の欄に一人の名を書くのは、正しくない。

かといって、工房作と言い切るのも足りない。

そこで、留保と程度を重ねた長い句になる。

バーバラ・ヴィリアーズ、クリーヴランド公爵夫人
おそらく主にピーテル・レリー卿の工房《バーバラ・ヴィリアーズ、クリーヴランド公爵夫人》1661年から1665年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦126.1センチ、横101.5センチとされる。番号は1960.6.26。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。おそらく主にピーテル・レリー卿の工房《バーバラ・ヴィリアーズ、クリーヴランド公爵夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が椅子に座り、こちらを見る。

衣は金色に近い黄土で、光沢がある。

袖は大きく膨らみ、白い下着がのぞく。

胸もとは広く開き、真珠の首飾りが回る。

髪は左右で巻かれ、額の上で分けられる。

両手は膝の前で組まれ、指が細い。

指には指輪が光る。

左には赤い布が垂れ、上から下へ襞を作る。

右奥には柱と、暗い背景がある。

衣の光沢が、画面の中で最も細かく描かれる。

顔の肌は薄く塗られ、影が少ない。

分業の跡を、画面から読み取ることは難しい。

しかし記録は、その可能性を書き残している。

聖ペテロ
ピーテル・パウル・ルーベンス卿の工房《聖ペテロ》1616年から1618年ごろ。板に油彩。館の記録では、縦92センチ、横67.5センチとされる。番号は1960.6.32。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピーテル・パウル・ルーベンス卿の工房《聖ペテロ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

年配の男が、半身で描かれる。

白い髭が胸まで届く。

頭は禿げ上がり、額が広い。

顔はやや右を向き、視線は下へ落ちる。

衣は黄土色の厚い布で、肩から大きく掛かる。

その下に、赤褐色の衣が見える。

両手を体の前で組む。

右手に鍵を二つ持つ。

鍵は金色で、輪の部分が大きい。

左手には、書物らしいものを抱える。

背景は暗い褐色で、何も描かれない。

布の襞は太い筆で置かれる。

肌の描き方は厚く、赤みが強い。

工房で複数作られた形式の一つである。

聖ゼーノ修道院長アンドレアに聖職禄を授けるジャコモとマルコ・コルネル枢機卿
ティツィアーノの追随者《聖ゼーノ修道院長アンドレアに聖職禄を授けるジャコモとマルコ・コルネル枢機卿》1524年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦99.8センチ、横132.1センチとされる。番号は1960.6.38。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ティツィアーノの追随者《聖ゼーノ修道院長アンドレアに聖職禄を授けるジャコモとマルコ・コルネル枢機卿》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、三人と一人の頭が並ぶ。

右に、赤い衣の人物が座る。

赤い帽をかぶり、肩に赤い布を巻く。

その下は白い衣である。

中央には、黒い衣の男が立つ。

髭を蓄え、両手を前へ出す。

手には白い紙を持つ。

左には、赤い髪の若者が半身で見える。

その左端に、もう一人の頭が入る。

背後には木立と、青い空が見える。

人物の顔は、いずれも横向きに近い。

紙の受け渡しが、画面の中心にある。

題が長いのは、場面と人物を全部書いているからだ。

マリー=アントワネット
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランに倣う《マリー=アントワネット》1783年以降。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦92.7センチ、横73.1センチとされる。番号は1960.6.41。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランに倣う《マリー=アントワネット》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が立ち、右を向く。

白い薄物の衣をまとう。

袖は膨らみ、手首で絞られる。

腰には帯が回る。

頭には、つばの広い麦藁の帽をかぶる。

帽には青い布と、羽根の飾りが付く。

髪は白く粉をかけ、肩まで巻いて落ちる。

右手を上げ、薔薇を一輪持つ。

左手は台の上の花に添えられる。

台には赤い布が掛かる。

背景は暗い緑で、上のほうがわずかに明るい。

年の欄は「1783年以降」である。

もとの作品が描かれた年より後、という意味だ。

いつ描かれたかは、書かれていない。

板とカンヴァスの、時代差

九点の技法の欄を見ると、板が三点、カンヴァスが六点である。

板の三点は、十五世紀と十六世紀と十七世紀初めのもの。

カンヴァスの六点は、十七世紀後半から十八世紀に集まる。

これは、支持体の使われ方の歴史に沿っている。

板は北方でも南方でも長く使われた。

カンヴァスは、大きな画面を軽く作れるため次第に広まった。

九点でいちばん古い板絵は、ポプラ材と記録されている。

イタリアで広く使われた材である。

もう一つの板絵には、材の指定がない。

同じ「板」でも、記録の細かさが違う。

材が分かる場合は書き、分からなければ書かない。

書き分けは、ここでも一貫している。

年の欄が、幅を持つ理由

九点の年の欄を見ると、二つの型がある。

一つは、もとの作品の年を書く型。

1510年ごろ、1440年から1445年ごろ、1524年ごろ。

もう一つは、写された時期を幅で書く型。

18世紀または19世紀、1783年以降。

前者は、様式から判断できる場合である。

後者は、もとの作品の年より後としか言えない場合だ。

同じ「に倣う」でも、年の書き方が変わる。

判断できる材料が、作品ごとに違うためである。

館の記録は、その差をそのまま欄に出す。

書けるだけ書き、書けないところは幅にする。

六十一点の中の、九点

この受入番号の枝番は、61まで続く。

当サイトが公開している範囲でも、三十点近くが並ぶ。

九点は、その中から作者の欄で選んだものだ。

もし別の九点を選べば、違う話になる。

名がそのまま書かれた作品も、この受入には含まれる。

つまり九点の並びは、こちらが作った偏りでもある。

この点は、はっきり書いておきたい。

記録を読むとき、選び方が結論を作ってしまうことがある。

「この受入は模作ばかりだ」と言えば、言い過ぎになる。

言えるのは、模作とされる作品が目立って多い、ということだ。

数を数えれば、その程度は測れる。

提供元のデータでは、この受入の中に修飾語つきの作者が十以上ある。

三十点のうち十点以上なら、確かに多い。

多いと言うために、数を数える必要がある。

修飾語のある絵を、どう見るか

作者の欄に修飾語があると、価値が低いように感じられる。

しかし、それは記録の読み方としては不正確だ。

修飾語は、来歴の説明であって、質の評価ではない。

工房作の中には、極めて質の高いものがある。

分業で作られたからといって、雑とは限らない。

九点を並べても、そのことは分かる。

衣の光沢、鍵の金属、板の亀裂。

いずれも丁寧に作られている。

そして模作は、失われた作品の姿を伝えることがある。

もとの絵がなくなっていれば、写しが唯一の手がかりになる。

記録が修飾語を細かく書くのは、そのためでもある。

誰の、どの段階の手によるか。

それが分かれば、絵の使い道が決まる。

修飾語は、いつ付けられたか

作者の欄の修飾語が、いつ付いたのかは記録に書かれていない。

受け入れた1960年の時点でそうだったのか。

その後の調査で変わったのか。

公開されているデータからは分からない。

分かるのは、いまの状態だけである。

ただし、手がかりはある。

「おそらく主に」というような長い句は、慎重な検討の跡に見える。

短く「工房」とだけ書けるなら、そう書いたはずだ。

書き足された語の多さが、判断の難しさを示している。

逆に「に倣う」だけの欄は、判断がはっきりしている。

もとの作品が特定できているということだ。

修飾語の長さから、調査の状況が推し量れる。

これは、記録を読むときの一つの手がかりになる。

写しがあることの、意味

一つの絵に写しが多いのは、それだけ求められたということだ。

工房が同じ主題を繰り返し作るのも、需要があったからである。

九点のうち、聖人を描いた板絵や、少女の寓意画がそれにあたる。

同じ形式のものが、各地の館に残っている。

つまり九点は、単独の作品としてだけでなく、群の一部でもある。

その群は、館をまたいで広がっている。

作者の欄に修飾語があるおかげで、群を探すことができる。

同じ画家の工房作を集めれば、比べられる。

比べれば、どこが共通し、どこが違うかが見えてくる。

本人の作とされるものと並べれば、差も測れる。

記録の修飾語は、そのための入口である。

入口を閉じてしまえば、比べる相手が見つからない。

だから館は、名を書き、そこに修飾語を添える。

一つの受入が、性格を持つ

九点を通して見えるのは、受入そのものの性格である。

1960.6という番号帯には、修飾語の付いた作者が多く並ぶ。

これは集めた人の関心を映しているのかもしれない。

あるいは、当時の判断がそうだったのかもしれない。

買った時点では本人作とされていたものが、あとで工房作になる。

そういう変化が、六十一点の中で積み重なった可能性もある。

記録からは、どちらとも決められない。

決められるのは、いまの欄がどう書かれているかだけである。

その並びを見て、受入の性格を言うことはできる。

番号帯を単位に記録を読むと、こういうことが見えてくる。

一点ずつ見ていては、気づかない偏りである。

そして偏りは、収集の歴史そのものを語ることがある。

作者の欄を九つ並べただけで、そこまで見えてくる。

短い語の連なりが、思いのほか多くを運んでいる。

一語を足すか足さないかで、絵の位置が変わる。

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