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フェルメール《天秤を持つ女》の解説——天秤の皿はなぜ空なのか

フェルメール《天秤を持つ女》を解説する。天秤の皿は二つとも空で、水平のまま止まっている。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵の小さな画面を、皿・真珠・背後の大画面・光の順に読み、妊娠に見える体つきと、一度は別の画家の作とされた来歴まで確かめる。

天秤を持つ女
ヨハネス・フェルメール《天秤を持つ女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女が持ち上げているのは、手のひらに収まるほどの小さな天秤である。皿は二つとも空で、水平のまま止まっている。卓の上には真珠の連と金の鎖が出ているのに、彼女はそれを量っていない。この記事では、所蔵館の記録と画面そのものを手がかりに、この小さな絵で何が起きているのかを順に見ていく。

天秤を持つ女
ヨハネス・フェルメール《天秤を持つ女》1664年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。描画面は39.7×35.5センチ。番号は1942.9.97。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヨハネス・フェルメール《天秤を持つ女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

《天秤を持つ女》はどこで見られるか

アメリカの首都ワシントンにあるナショナル・ギャラリーが持っている。館の記録では、ワイドナー・コレクションとして1942年に寄贈され、収蔵番号は1942.9.97。制作は1664年ごろ、カンヴァスに油彩で、描画面は縦39.7センチ、横35.5センチである。

数字だけ見ると小さい。紙の大きさでいえばA3判より一回り小さく、人物は実物の半分ほどの大きさで描かれている。画集で大きく印刷された図版を先に見た人ほど、実物の前で意外に思うことが多い寸法である。

当サイトの《天秤を持つ女》の作品ページでは、この画面を拡大して見られる。画家の他の作品はヨハネス・フェルメールのページにまとめてある。以下では、画面の中心から外へ向かって順に見ていく。

天秤の皿には何が乗っているのか

何も乗っていない。拡大しても、二つの皿の上に粒や塊は見えない。皿は左右とも同じ高さで止まり、棹は水平である。女の右手は、天秤の中央の吊り手を親指と人差し指でつまんでいるだけで、力を加えていない。

天秤の作りも見ておきたい。細い棹の両端から糸が二本ずつ下がり、その先に浅い円い皿が吊られる。全体の幅は、彼女の手のひらとほぼ同じにしか描かれていない。台に据える大きな秤ではなく、手で持って使う小さな道具である。

動いていないことは、糸の描き方からも分かる。二本の糸はどちらもまっすぐ垂れ、皿は傾いても揺れてもいない。画家は、揺れが収まるまで待った後の一瞬を選んでいる。

それなのに、この絵は「量っている最中」に見える。理由は卓の上にある。開いた箱から真珠の連がこぼれ、金の鎖が二筋のびているからだ。貴金属と天秤が同じ卓に並べば、人はその二つを結びつけて読む。

空の皿は、この絵の中でまだ何も決まっていないことを示す。重さが比べられていない以上、どちらへ傾くかも画面には出てこない。見る者は、結果ではなく、結果が出る前の構えを見せられている。

画面が描いているのは、量る前か、量り終えた後の静止である。どちらなのかは画面からは決められない。館の公開している記録にも、皿の中身についての記述はない。つまりこの絵は、秤が動く瞬間ではなく、動きが止まった状態を選んで描いている。

卓の上の真珠と金の鎖は何か

卓の上を左から追うと、青い布、金具を打った箱、こぼれた真珠の連、平たい器、二筋の金の鎖、そして小さな金属片が並ぶ。箱の蓋は開いたままで、中身が外へ流れ出している。手前では青い布が卓から床へ大きく垂れる。

真珠の連は、この画家の室内画に繰り返し現れる。後で挙げる《手紙を書く女》の卓にも、同じように白い点が並ぶ。

真珠は一粒ずつ輪郭を描かれていない。白と灰色の点が連なって、暗がりの中で光の筋に見える。金の鎖も同じで、細い線ではなく、黄色い点の列として置かれている。近くで見ると形がほどけ、離れて見ると物に戻る。

卓の上の品は、当時の家の中にあってもおかしくない道具立てである。貴金属を量る小さな天秤は、両替や検量のための実用品だった。ただし、この女が商いをしているのか、身支度の途中なのかは、画面だけでは決まらない。

卓の外にも目を配りたい。画面の左端、壁の低い位置には、暗い枠を持つ矩形の物が掛かっている。面は暗く、何も映していない。鏡なのか、額なのか、窓の内側の板戸なのかは、ここからでは判じがたい。見えるのは、光の入り口の脇に暗い矩形が置かれているという事実だけである。

手前に垂れる青い布は、卓に掛けた布の端である。卓の面は布の右半分だけが露わで、そこに真珠と鎖が並ぶ。見る者と女のあいだに布の山を置く組み立ては、この画家が室内を描くときに何度も使った方法である。

水差しを持つ女
ヨハネス・フェルメール《水差しを持つ女》1662年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。45.7×40.6センチ。番号は89.15.21。メトロポリタン美術館蔵。ヨハネス・フェルメール《水差しを持つ女》メトロポリタン美術館蔵

卓の上に金属器と箱を置く組み立ては、《水差しを持つ女》にも見られる。こちらでは銀の盆と水差し、赤い敷物、金具の付いた箱が卓に載る。窓に手をかけた姿勢も、人物と窓と卓という三つの要素の置き方も、《天秤を持つ女》と近い。

背後の大きな絵は何を描いているか

女の背後の壁には、太い金の額に入った大画面が掛かる。上方の中央に、両腕を広げた人物が明るい部分を背にして座る。その下には小さな人体が多数、暗がりの中で群れている。西洋画で繰り返し描かれてきた最後の審判の構図と、形が一致する。

ここは慎重に書きたい。館が公開している目録の項目には、この画中画の主題を記す欄がない。だから当サイトは「審判の場面の構図と一致する」までを書き、「これは最後の審判である」とは断定しない。画面から言えることと、館の記録にあることを混ぜないためである。

額の大きさも測っておきたい。金の額は画面の上端近くから下へ伸び、幅も高さも画面のおよそ半分を占める。室内に置かれた一つの品というより、背景の壁を塞ぐ面として働いている。

位置関係は見ておく価値がある。女の頭と白い頭巾は、画中画の中ほどに重なる。額の下辺は、天秤を持つ手の高さを横切る。つまり、人を裁く大きな場面と、手のひらの上の小さな秤が、同じ縦の列の上で出会う。この重ね方は、画家が画中画を使って絵の調子を決める手口のひとつである。

カトリックの信仰の寓意
ヨハネス・フェルメール《カトリックの信仰の寓意》1670年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。114.3×88.9センチ。番号は32.100.18。メトロポリタン美術館蔵。ヨハネス・フェルメール《カトリックの信仰の寓意》メトロポリタン美術館蔵

壁の絵を使う手口が最もはっきり出るのが《カトリックの信仰の寓意》である。ここでは十字架の場面を描いた大きな額が壁を占め、その前で女が胸に手を当てる。天井からは硝子の球が吊られ、床では石に押しつぶされた蛇が血を流す。

手紙を書く女
ヨハネス・フェルメール《手紙を書く女》1665年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。45×39.9センチ。番号は1962.10.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヨハネス・フェルメール《手紙を書く女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ館にある《手紙を書く女》でも、壁に額が掛かる。ただしこちらの画中画は暗く沈み、楽器らしい形だけが浮かぶ。館の記録によれば、この背後の絵の額の縁に画家の署名が記されている。画中画は、主題を支えるだけでなく、署名の場所にもなった。

光はどこから入り、どこで止まるか

光源は画面の左上にある。窓そのものは縁が少し見えるだけで、全体は枠の外に切れている。そこから入った光が奥の白い壁を斜めに照らし、明るい帯と暗い面の境目をつくる。この境目が、画面を上下に分ける大きな線になっている。

強い光が当たるのは三か所に絞られる。頭から肩へ垂れる白い頭巾、上着の縁を取る白い毛皮、そして天秤をつまむ手である。この三つが斜めに並び、視線は顔から手へ、手から卓へと下りていく。

逆に、手前の青い布は光の外に置かれて深く沈む。画面のおよそ三分の一が、ほとんど描き込みのない暗がりである。明るい部分を少なくすることで、天秤のまわりだけが浮かび上がる。

背景の割り当ても見ておきたい。白い頭巾と顔は、金の額に入った暗い画面を背にして置かれる。いっぽう天秤と、それをつまむ手は、明るい壁と暗い画中画の境目のあたりに来る。明るいものは暗い背景に、暗い細部は明るい背景に重なる。どこに何を置けば見えるかが、先に決められている。

床まで目を落とすと、光の届く範囲がよく分かる。手前の床には黄と黒と白の敷石が見えるが、どれも暗く沈んでいる。窓からの光は壁の上半分と卓の面で止まり、足もとまでは下りてこない。室内の下半分は、ほとんど影で構成されている。

眠る女
ヨハネス・フェルメール《眠る女》1656年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。87.6×76.5センチ。番号は14.40.611。メトロポリタン美術館蔵。ヨハネス・フェルメール《眠る女》メトロポリタン美術館蔵

初期の《眠る女》と比べると、描き方の変化がよく分かる。こちらでは卓に掛けた厚い敷物の模様が細かく描き分けられ、果物の皿も白い水差しも質感まで追ってある。奥の扉の向こうには、誰もいない部屋まで見通せる。

《天秤を持つ女》の卓には、そうした細部がほとんどない。木の天板はひと続きの面として塗られ、模様も影も省かれている。情報を減らし、残した数か所に光を集める。十年ほどの間に、画家はこの方向へ進んだ。

女性は妊娠しているのか

画面からは決められない、というのが正直な答えである。館の公開記録にも、妊娠を示す記述はない。腹のあたりが膨らんで見えるのは確かだが、それを身体の状態と結びつける根拠は、この絵の中にも記録の中にもない。

見えることだけを書く。上着は前を留めずに羽織る形で、下の衣の上から重ねられている。縁には白い毛皮が幅広く付き、腰の高い位置で布が集まる。その結果、腹の前で布が二重になり、輪郭が前へ張り出す。

リュートを持つ若い女
ヨハネス・フェルメール《リュートを持つ若い女》1662年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。51.4×45.7センチ。番号は25.110.24。メトロポリタン美術館蔵。ヨハネス・フェルメール《リュートを持つ若い女》メトロポリタン美術館蔵

同じ仕立ての上着は《リュートを持つ若い女》にも出る。黄色い地に白い毛皮を縁取った上着で、こちらも前を留めずに着ている。腰を掛けた姿勢のため、布の集まり方は違って見える。つまり、同じ衣でも姿勢によって体つきの印象は変わる。

この衣の形は、当時の画面に繰り返し現れる。だから、膨らみの原因を仕立てと着方で説明することはできる。妊娠していたと断言することも、していなかったと断言することも、この一枚からはできない。そこまでが画面の言えることである。

なぜ一度「別の画家の絵」になったのか

この絵は、長いあいだ画家の名前を失っていた。館が公開している来歴は、十七世紀末から現在までの持ち主を並べている。そこを追うと、名前が消え、また戻るまでの道筋が見える。

記録では、1696年にアムステルダムで開かれた売立の第1番にこの絵が現れる。次いで1701年の破産売立、ファン・ユヘレン家への相続、1767年と1777年の売立と続く。やがてバイエルン王マクシミリアン1世ヨーゼフの手に渡った。

その前の持ち主について、館は断定していない。デルフトの収集家とその一族の名を並べたうえで、いずれにも「可能性がある」と付けている。根拠として挙げられるのは1683年の遺産目録で、そこにはこの画家の作品が二十点記されていたという。目録の点数は分かっても、どの一点かまでは特定できない。だから留保が付く。

転機は1826年である。館の来歴によれば、ミュンヘンで開かれたその遺品売立で、この絵はガブリエル・メツーの作として第101番で売られた。十七世紀オランダの室内画という枠は保ったまま、作者だけが別人に置き換わっていた。

その後はパリのカラマン公、カジミール・ペリエの家を経て、1848年にロンドンの売立に出る。1910年にロンドンの画商が買い、翌年アメリカの収集家ピーター・ワイドナーへ渡った。そして1942年、遺族からナショナル・ギャラリーへ寄贈される。

来歴そのものが直されることもある。館の注によれば、かつてこの絵の来歴には1801年の売立が含まれていた。しかし後の調査で、その売立に出たのは同じ主題を描いた別の画家の絵で、いまはベルリンにあると分かった。似た主題の絵が複数あると、来歴は取り違えられる。

名前の綴りも揺れていた。館の注は、二十世紀初めの画商の台帳にこの絵が載っていたことを記し、そこでの作者名の表記も書き留めている。現在の綴りとは異なる形だった。名前が戻る途中には、こうした揺れの時期がある。

名前が戻る過程についても、館の注は手がかりを残している。来歴の注は、1866年の美術誌に載ったテオフィル・トレの論文を典拠として挙げる。十九世紀半ばの再評価が、この画家の作品を一点ずつ集め直す作業だったことが、一枚の来歴からも読み取れる。

帰属が動くのは珍しいことではない。誰の作とするかがどう決まるのかはフェルメールの名で呼ぶのは誰が決めるのかで扱った。画家の全体像はフェルメールの代表作と特徴にまとめてある。

最後に、この絵を見るときの順番を書いておく。まず天秤の皿が空であることを確かめる。次に、その上に重なる大画面の構図を見る。それから光の帯を目で追い、最後に暗い青の布まで降りる。小さな画面だが、見る順番を決めると、置かれたものの関係がはっきりしてくる。

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