一行に、同じ名前が四度出てくる——スミス・コレクション、1914年
コレクションの名として、夫人として、ジュニアとして、そして思い出に捧げられる名として。同じ姓名が四度現れる。生前の寄贈者から、記念される人へ、さらに基金の名へ。三十五年で一つの名前が通った道筋を読みたい。

一行に、同じ名前が四度出てくる
出所の行に、こういうものがある。
チャールズ・スチュワート・スミス・コレクション。
チャールズ・スチュワート・スミス夫人による寄贈。
チャールズ・スチュワート・スミス・ジュニアによる寄贈。
およびハワード・カズウェル・スミスによる寄贈。
チャールズ・スチュワート・スミスの思い出に、一九一四年。
一行のなかに、同じ姓名が四度出てくる。
コレクションの名として一度。
寄贈者の一人目の名として一度。
寄贈者の二人目の名として一度。
そして、思い出に捧げられる名として一度。
四度である。
一人目は、夫人という敬称に夫の姓名を付けた形。
二人目は、同じ姓名にジュニアを付けた形。
三人目だけが、別の名を持っている。
第七回で読んだ「思い出に」の句と、第六回で読んだコレクションの名。
その二つが、一行のなかで組み合わされている。
今回は、この行を九点で読みたい。

縦長の掛軸である。
上部に、金地の帯が横に走る。
その中央やや左に、白い円が浮かぶ。
満月である。
円は輪郭だけで描かれ、内側は塗られていない。
画面の下半分に、人物が座る。
太った体で、腹が大きく出ている。
衣は太い線で描かれ、襞が少ない。
顔は上を向き、月を見上げている。
口が開き、笑っているように見える。
頭は禿げ、耳が大きい。
右手を後ろへ回し、杖のようなものを持つ。
墨だけで描かれている。
線の太さが場所によって大きく変わる。
名前が、五通りの行に現れる
この名前を、館の記録全体で追ってみる。
当サイトで公開している分では、五十九点が関わる。
そして、行の書き方が五通りある。
チャールズ・スチュワート・スミスによる寄贈、一八八四年。
チャールズ・スチュワート・スミスによる寄贈、一八九三年。
チャールズ・スチュワート・スミス・コレクション、遺族による寄贈、思い出に、一九一四年。
チャールズ・スチュワート・スミス記念基金、一九一九年。
そして、他の資金と組み合わせた購入の行が二点。
三十五年にわたって、同じ名前が現れ続けている。
しかも、その性格が段階的に変わる。
生前の寄贈者から、記念される人へ。
そして、基金の名へ。
夫人の名が、書かれない
一九一四年の行について、もう一点触れておきたい。
寄贈者の一人目は、夫の姓名に夫人を付けた形で記されている。
本人の名前は、記録に現れない。
第七回で読んだ一九四七年の行と、同じ書き方である。
第十三回で読んだ一九四六年の行は違った。
夫人という敬称は付くが、名も姓も本人のものだった。
同じ時期に、二通りの書き方が併存していた。
そして、一九一四年のこの行では、前者の形が取られている。
つまり、三人の寄贈者のうち、名前が分かるのは二人だけである。
一人目は、夫の名で呼ばれている。
館の記録は、寄贈者が名乗った形をそのまま残す。
だから、当時の呼び方がそのまま化石のように残っている。
百年後に読むと、そこに時代が見える。
息子が二人いる
寄贈者の二人目と三人目は、姓が同じである。
一人はジュニアが付き、もう一人は別の名を持つ。
年齢や続柄までは、記録から読み取れない。
しかし、夫人と合わせて三人であることから、家族と考えるのが自然である。
そして、三人がそろって名を連ねている。
一人の名で渡してもよかったはずである。
そうしなかったのは、家として渡すという意思の表れだろう。
第七回で読んだ行にも、兄弟が二人並んでいた。
複数の名を並べる寄贈は、少なくない。
そのたびに、行は長くなる。
第三回で見た名前
一八八四年の行は、この連載の第三回で読んでいる。
南北戦争を主題にした三部作である。
同じ戸口に同じ人物を三度描いた、あの三枚である。
同じ人が、その三十年後に、日本の絵の寄贈者として現れる。
一八九三年の寄贈は二十点。
種別を見ると、花生、鉢、急須といった陶磁が並ぶ。
そして一九一四年の三十一点は、掛軸が中心である。
つまり、この人の関心は、アメリカの絵から日本の工芸へ、さらに日本の絵へと移っている。
出所の行の年を並べると、その移り変わりが読める。
十六世紀の水墨

表装が目を引く。
濃い緑と金の裂で、花の文様が織り出されている。
画面の左右を、その裂が広く縁取る。
絵は墨だけである。
下部に、松の生えた岩と土坡。
その上に、水面が広がる。
水は白く残される。
中ほどに、低い岸と樹木。
上部に、遠い山が薄く重なる。
さらに上は、霞である。
近景が濃く、遠景が薄い。
三段に積み上げる構図である。
第六回で読んだ細長い山水と、組み立ては同じである。
帰属の年が、合わない
九点のうち二点に、年の食い違いがある。
一点目の作者は、十六世紀の前半に活動した人と記録されている。
しかし、作品の年は、おそらく十九世紀とある。
三百年の開きがある。
三点目も同じである。
作者は一五九六年から一六一五年ごろに活動した人。
作品の年は、十八世紀の後半から十九世紀の初め。
二百年の開きがある。
これは、後の時代の作に古い名が付けられているということである。
同じ画題を写した作か、あるいは名を借りた作である。
館は、作者の欄に名前をそのまま残しつつ、年の欄に実際の年代を書いている。
二つの欄が、互いに矛盾したまま並ぶ。
第十七回でも同じ形を見た。
記録は、揃えないまま公開されることがある。
そして、その食い違いが、かえって帰属の事情を伝えている。

大きな掛軸である。
表装を含めると、高さ二メートルを超える。
画面の上部に、鷹が一羽とまる。
止まり木は、斜めに渡された横木である。
鷹は体を右へ向け、顔をこちらへ回す。
翼は畳まれ、羽の一枚ずつが描かれる。
胸の羽は白く、細かい斑が入る。
嘴は鋭く曲がる。
脚には、紐が結ばれている。
その紐が、止まり木から下へ長く垂れる。
先に房が付く。
画面の下三分の一は、何もない。
垂れた紐だけが、そこを通っている。
北斎が、二点

表装が華やかである。
金の地に、赤と青の花文が並ぶ。
画面には、女性が一人座っている。
淡い青の衣。
前かがみになり、両手を前へ出している。
その手の先に、糸を巻く道具がある。
枠のような形で、細い棒が組まれている。
その手前に、小さな子どもが座る。
赤い衣で、こちらに背を向ける。
上部の余白に、鳥が三羽飛んでいる。
小さく、輪郭だけで描かれる。
年の欄に、一七九〇年の年記とある。
作者が三十歳のころの作である。

九点のなかで、いちばん大きい。
表装を含めた高さが二メートル二十九センチある。
画面には、雪の場面が描かれる。
上部に、松の木。
枝に雪が厚く積もり、白く盛り上がる。
その下に、板囲いの建物。
戸口に、人が二人。
一人は赤い衣で、荷を持つ。
もう一人は、緑の衣。
手前に、大きな白い塊。
雪の玉か、包みだろう。
地面にも雪が積もる。
白い部分は、絹の地を残したものと、白い絵具を置いたものが混じる。
年の欄は一七八〇年。
作者が二十歳のころにあたる。
つまり、この二点は十年離れている。
同じ人の二十代と三十代の作が、並んで入っている。
横長の画面

横長の画面が、掛軸に仕立てられている。
右手に、白い梅の枝が伸びる。
小さな花が点々と開く。
中央に、長い腰掛け。
そこに女性が一人、横向きに座る。
青みがかった衣を重ね、裾が広がる。
髪は結い上げ、櫛が挿さる。
顔は右を向く。
腰掛けの下に、小さな器が二つ。
左手には、緑の衝立と、朱色の壁。
壁には、丸い窓が開く。
そして、画面の右下に、小さな動物がいる。
犬らしい。
黒と白の毛で、こちらを見る。
絹の傷み

縦長の画面である。
女性が一人、身をかがめている。
淡い青と白の衣を重ねる。
内側から、赤い衣が覗く。
裾が床に広がる。
髪は結い上げられ、後ろで大きく膨らむ。
顔は下を向く。
そして、左手に、細長い紐のようなものを持つ。
背景は無地である。
ここで、画面の状態に触れておきたい。
絹の地に、茶色の斑点が散っている。
大小さまざまで、画面の全体に及ぶ。
紙や絹に生じる、褐色の染みである。
湿気と、材料に含まれる不純物が原因とされる。
九点のなかで、この一点がいちばん目立つ。
館の記録は、状態について何も書かない。
寸法の欄も、一段だけである。
表装込みの数字がない。
つまり、この一点は登録が簡素である。
竹と栗鼠

表装は濃紺の地に、細かい花文である。
画面は墨だけで描かれる。
中央に、太い竹が一本、上へ伸びる。
節がはっきりと描かれ、葉が上部に茂る。
その竹に、栗鼠が一匹しがみつく。
体を縦にし、頭を下に向ける。
尾は大きく膨らみ、背に沿って立つ。
毛は細かい線の集まりで表される。
竹の根もとには、丸い石。
その上にも、もう一匹の栗鼠。
こちらは丸くうずくまる。
石のまわりに、細い草。
左上の余白に、文字が三行。
その下に赤い印。
二幅で、一件

二幅が並べて撮影されている。
いずれも、きわめて細長い。
幅が十五・九センチしかない。
高さは六十七・九センチ。
縦横の比が四対一を超える。
右の一幅には、猿が一匹。
木の枝にぶら下がり、体を伸ばす。
左の一幅にも、猿が一匹。
こちらは、何かをつかんでいる。
いずれも、毛が細かく描かれている。
表装は、淡い色の裂である。
上部に、掛けるための紐が垂れる。
番号は一四・七六の一七と一八。
読点でつながれている。
第十七回で扱った、二つで一件とする書き方である。
物としては二幅、記録としては一件。
動物が、四点ある
九点の主題を見ると、動物が四点に登場する。
鷹、犬、栗鼠、猿。
いずれも、毛や羽が細かく描かれている。
鷹は、羽の一枚ずつが数えられる。
栗鼠は、尾の毛が一本ずつ立つ。
猿も、体の毛が細い線で埋められる。
犬だけは小さく、簡素である。
動物の絵には、需要があった。
床の間に掛けるものとして、季節や吉祥の意味を持つ。
鷹は武家の好み。
猿は多産や機知。
栗鼠は子孫繁栄。
そういう意味づけがあった。
もっとも、館の記録はそこまで書かない。
題に、動物の名が入るだけである。
意味を知らなくても、絵として見ることはできる。
そして、毛の描写を見比べると、画家ごとの手つきの差がよく分かる。
同じ細い線でも、方向のそろえ方が違う。
一本ずつ引くのか、束で引くのか。
九点を並べる利点は、そこにある。
表装込みの寸法が、そろっている
九点のうち七点に、三段書きの寸法がある。
画面、表装込み、軸首込み。
そして、そのうち三点には、軸首の径まで書かれている。
三・八センチ。
二・五センチ。
二・九センチ。
軸首は、掛軸の下端の棒の両端に付く飾りである。
その径が三センチ前後ということは、掛けたときに左右へ一・五センチずつ出る。
第六回でも書いたが、この数字は箱を作るときに要る。
そして、九点のうち二点は一段書きである。
同じ受け入れのなかで、書き方が二通りある。
登録された時期が違うか、後から測り直された点があるのだろう。
表装の裂を、見比べる
九点のうち、表装まで写っているものが八点ある。
そして、その裂がすべて違う。
金地に無地の帯。
濃い緑と金の花文。
淡い金の無地。
金地に赤と青の花文。
濃い褐色の縁取り。
朱と緑の組み合わせ。
濃紺に細かい花文。
淡い色の無地。
表装の格は、絵の格に合わせて決まる。
古い水墨には、渋い裂。
華やかな彩色画には、明るい裂。
そういう合わせ方が、一般的である。
九点を見ると、その原則がおおむね守られている。
十六世紀の水墨には、緑と金の落ち着いた裂。
十八世紀の彩色画には、金と花文の華やかな裂。
つまり、表装は絵を読んだうえで選ばれている。
誰が選んだのかは、記録に書かれない。
もとの持ち主か、日本の表具師か、あるいは集めた人か。
いずれにせよ、表装を見れば、その絵がどう扱われてきたかが少し分かる。
第六回でも同じことを書いた。
いま見えている表装は、最後に手入れされた時期の判断である。
大きさの幅
九点の画面の寸法を並べたい。
九十二・七掛ける四十五・一センチ。
六十四・八掛ける三十一・八センチ。
百十三・七掛ける四十五・七センチ。
八十五・八掛ける三十一・三センチ。
百二十五掛ける四十九・八センチ。
四十二・五掛ける五十九・四センチ。
七十二・四掛ける三十一・八センチ。
八十六・四掛ける三十九・四センチ。
六十七・九掛ける十五・九センチが二幅。
いちばん大きい画面が百二十五センチ、いちばん小さいのが四十二・五センチ。
三倍の開きがある。
そして、幅は十五・九センチから五十九・四センチまで。
四倍近い。
掛軸は、掛ける場所の寸法に縛られる。
床の間の幅と高さが、掛けられる大きさを決める。
第十七回でも書いたとおりである。
幅十五・九センチの二幅対は、狭い場所に並べて掛けるためのものだろう。
一方、表装込みで二メートル二十九センチの一点は、天井の高い場所を要する。
同じ収集のなかに、置ける場所の違うものが混じっている。
遺族が渡す、ということ
出所の行に戻りたい。
一九一四年の行では、三人が寄贈者になっている。
夫人と、息子と、もう一人。
そして、そのすべてが、亡くなった人の思い出に捧げられている。
つまり、渡したのは遺族である。
集めた本人ではない。
これは、大きな収集ではよくある形である。
生きているあいだは、家に置く。
亡くなったあと、遺族が館へ渡す。
そのとき、故人の名を残す条件が付く。
コレクションの名として。
そして、思い出に、という句として。
館は、その条件を受け入れる。
その結果が、同じ名前が四度出てくる一行である。
五年後に、基金になる
一九一四年の五年後、また同じ名前が現れる。
チャールズ・スチュワート・スミス記念基金、一九一九年。
今度は、財布の名である。
第四回で読んだ基金と、同じ形である。
遺族が金を寄せ、その名を付けた口座が作られた。
そして、その金で作品が買われる。
つまり、この名前は三段階を経ている。
生前の寄贈者。
死後に記念される人。
そして、買い物の名義。
三十五年のあいだに、一つの名前がその三つを通った。
出所の行を年順に並べると、この道筋が見える。
一点ずつでは分からない。
同じ名前を持つ五十九点を集めて、はじめて形になる。
次の回では、また別の道筋を読みたい。
一人の遺贈が、中国絵画の一分野をまるごと動かした例である。
その行には、名前が一つしか入っていない。
しかし、動いた点数は今回よりはるかに多い。
行の長さと、受け入れの規模は、必ずしも比例しない。
短い行が、大きな移動を指していることもある。
第二回で読んだ「購入、一八七一年」も、そうだった。
一行の長さから中身を推し量るときは、そこに注意したい。
名前の数と、作品の数は、別の話である。
そして、名前が少ない行ほど、書かれていないことが多くなる。
読む側は、その空白を年と番号で埋めていくことになる。
次の回は、その練習にちょうどよい例である。
一つの遺贈が、一つの分野の骨格を作っている。
そのことを、番号の並びから確かめてみたい。


