九点を分けるのは、直径だけ——アダムズ・アンド・カンパニー
題も年も技法も同じ九点は、直径だけが三通りに分かれる。しかも画像は同じ角度、同じ光で撮られ、大きさの手掛かりが写っていない。寸法の数字がなければ、九点は同じ皿にしか見えない。三つの直径は、等しい間隔で並ぶ。

九点を分けるのは、直径だけである
九点の記録を読むと、ほとんどの欄が同じである。
題は、いずれも皿。
作った会社も同じ。
年の欄も、1870年から1890年で同じ。
技法の欄も、黄色い押し型硝子で同じ。
館も同じ。
違うのは、寸法の欄だけである。
そして、その寸法は三通りしかない。
29.2センチが三点。22.9センチが三点。16.5センチが三点。
つまり、九点は三つの大きさに、三点ずつ分かれている。

九点の内訳
先に、九点の中身を確かめておく。
九点とも、皿である。
九点とも、型で押した黄色い硝子である。
九点とも、年の欄が同じ二十年の範囲を示す。
九点とも、同じ館に収まっている。
直径だけが、三通りに分かれる。
二十年という幅
年の欄は、九点とも1870年から1890年である。
二十年の幅がある。
この会社が仕事をしていた時期を、そのまま書いたのだろう。
型がいつ作られ、この皿がいつ押されたかは分からない。
同じ型を長く使えば、年代は絞れない。
九点の年がそろっているのは、そうした事情による。
画像も、ほとんど同じである
記録が同じなら、画像はどうか。
九点の画像を並べると、これもほとんど同じに見える。
同じ形。同じ模様。同じ色。
さらに、撮られた角度まで同じである。
いずれも、斜め上から見下ろす位置で撮られている。
背景の明るさの移り変わりも、九点で共通している。
同じ日に、同じ場所で、続けて撮られたのだろう。
同じ角度で撮る理由
所蔵品の写真を撮るとき、条件をそろえるのは基本である。
同じ角度なら、後から比べやすい。
同じ光なら、色の差が材料の差だと分かる。
九点は、その方針で撮られている。
正しいやり方である。
斜めから撮る
九点はいずれも、斜め上から撮られている。
真上からではない。
斜めから撮ると、縁の立ち上がりと深さが見える。
真上から撮れば、模様の全体が歪みなく見える。
どちらを選ぶかは、何を見せたいかによる。
この九点では、形と深さが優先されている。
大きさの手掛かりがない
そして、ここに問題が生じる。
九点の画像には、大きさを示すものが何も写っていない。
物差しも、比べるための物も、影の長さも使えない。
背景は一様な灰色である。
つまり、画像を見ても、どれが29.2センチでどれが16.5センチかは分からない。
影も、同じである
皿の下に落ちる影の形と濃さも、九点でよく似ている。
置いた位置と光の位置が同じだからである。
影の長さは大きさの手掛かりになりそうだが、距離を変えて撮れば、それもそろう。
記録がなければ、区別できない
大きさが分からなければ、九点は同じ物に見える。
記録の寸法だけが、九点を三つに分けている。
その数字がなければ、九点は九枚の同じ皿である。
寸法の欄が、この九点では最も働いている。
形を、確かめる
九点の形を、画像から読んでおく。
四隅を落とした八角形である。
正方形の角を切り落とした形と言ってもよい。
縁は水平で、そこから内側へ緩やかに下がる。
中央は平らな円になっている。
八角という形
四隅を落とすと、角が欠けにくくなる。
尖った角は、ぶつけると割れる。
八角形にすれば、その危険は減る。
そして、四角い形は食卓に並べやすい。
円い皿より、隙間なく置ける。
形の選び方には、こうした理由がある。
粒の模様
面の全体に、丸い粒が並んでいる。
縁の帯には、粒が数列。
その内側の斜面にも、粒が同心円状に並ぶ。
中央の円にも、細かい粒が敷き詰められる。
粒の大きさは、場所によって変わる。
縁のほうが大きく、中央へ行くほど小さい。
粒の大きさの変化
縁の粒が大きく、中央の粒が小さいのには理由がある。
面が傾いているところでは、粒は横から見られる。
平らなところでは、真上から見られる。
見え方に合わせて大きさを変えれば、全体が均一に見える。
型を彫る段階で、その調整がされている。
粒を数える
中央の円の粒を数えると、外周に沿って三十ほど並ぶ。
その内側にも、いくつかの輪がある。
全体では、数百の粒があることになる。
これを型に彫るには、相応の手間がかかる。
しかし、一度彫れば、何千枚も押せる。
中央の円
中央の平らな円は、料理を載せる部分である。
ここが平らでないと、置いたものが安定しない。
その円にも粒が敷かれているので、完全に平らではない。
しかし、粒は浅いので、実用には差し支えない。
大きさが違えば、粒も変わるか
ここで、一つ確かめたいことがある。
三つの大きさで、粒の数は同じだろうか。
同じ図柄を単純に拡大縮小したなら、粒の数は変わらない。
粒の大きさだけが変わる。
一方、粒の大きさを保ったまま面積を広げたなら、粒の数が増える。

図柄に、名前がある
十九世紀の押し型硝子では、図柄ごとに商品名が付けられた。
型録には、その名が並ぶ。
買う側は、名を指定して注文する。
九点の図柄にも、当時の名があったはずである。
しかし、館の記録には書かれていない。
題は、器の種類の名だけである。
画像から、読み取れること
画像を見比べる限り、三つの大きさで粒の並び方は近い。
縁の帯の列数も、同じくらいに見える。
つまり、図柄をそのまま拡大縮小した可能性が高い。
型は三つ作られ、いずれも同じ図柄を持つ。
もっとも、これは画像から見た印象である。
記録には、型についての情報がない。
拡大縮小という考え方
図柄をそのまま拡大縮小するのは、簡単なようで難しい。
型は、手で彫るものである。
同じ図柄を三つの大きさで彫り直すことになる。
粒の数を同じにするなら、粒の大きさを比で変える。
その計算と作業を、三度繰り返す。
三つの型
三つの大きさを作るには、型が三つ要る。
一つの型で、大きさを変えることはできない。
つまり、この会社は同じ図柄で三つの型を彫った。
そのぶん、費用がかかる。
それでも三つ作るのは、三つとも売れる見込みがあったからだろう。
型の寿命
硝子の型は、使ううちに傷む。
高温の硝子を何千回も受ければ、細かい部分から丸くなる。
粒の縁が甘くなり、模様が鈍る。
そのため、型は定期的に作り直される。
九点が同じ型から出たかどうかは、記録からは分からない。
大中小という売り方
十九世紀の食器は、大きさ違いで揃えて売られた。
大皿に主菜、中皿に取り分け、小皿に菓子。
同じ図柄でそろえれば、食卓が整って見える。
九点が三つの大きさに分かれるのは、そうした売り方の名残だろう。
三点ずつ、という数
そして、それぞれの大きさが三点ずつある。
これは偶然だろうか。
館へ入るときに、そうした形で寄贈されたのかもしれない。
もとの組は、六枚か十二枚だったかもしれない。
そのうち三枚ずつが残った、ということも考えられる。
記録には、その経緯が書かれていない。

三枚ずつという単位
同じ大きさが三枚ずつというのは、揃いとしては半端である。
四枚、六枚、十二枚が普通である。
つまり、もとの組から一部が欠けているか、館が選んで受け入れたか。
どちらであるかは、記録からは分からない。
収蔵番号の飛び
九点の収蔵番号を並べると、飛びがある。
続き番号のところもあれば、一つ二つ抜けているところもある。
つまり、この寄贈には、ここに出てこない皿がある。
九点は、より大きな一群の一部でしかない。
抜けた番号の皿が、別の大きさや別の色だった可能性もある。
黄色と、黄緑
技法の欄には、黄色い硝子と書かれている。
しかし、九点の画像を見ると、黄緑に見える。
黄色というより、緑を帯びた黄色である。
記録の言葉と、見えるものが完全には一致しない。
色の呼び方
色の呼び方は、人によって幅がある。
黄色と呼ぶか、黄緑と呼ぶかは、境目のない話である。
記録は、種類として通用する言葉を選ぶ。
この時期の硝子には、こうした色のものが多く作られた。
その一群を指す言葉として、黄色が使われているのだろう。
硝子越しの光
硝子の器を撮るときは、光の当て方が難しい。
表から当てれば、面が白く光る。
後ろや下から当てれば、硝子を通った色が出る。
九点では、後者が選ばれている。
そのため、色がはっきり見える。
光の当て方
もう一つ、色の見え方を変える要因がある。
撮影のときの光である。
九点の画像は、下からも光が回っている。
硝子を通った光が、色を強く見せている。
暗い場所に置けば、もっと淡く見えるだろう。

硝子の色と、時代
この時期のアメリカでは、色の付いた押し型硝子が広く作られた。
無色よりも、色が付いているほうが安く見えなかったのだろう。
黄、緑、青、琥珀。
原料に加える金属を変えれば、色は変わる。
九点の黄色も、そうして作られたものである。
中くらいの大きさ
いま見た一点から、大きさが変わる。
直径22.9センチ。
先の三点より、6センチ余り小さい。
面積では、四割ほど小さくなる。
しかし、画像だけを見比べても、その差は分からない。
同じ大きさに写るよう、距離を調整して撮られている。
同じ大きさに写す
撮影では、被写体を画面いっぱいに写すのが普通である。
小さな物には近づき、大きな物からは離れる。
その結果、実際の大きさの差は画像から消える。
九点の画像は、まさにそうなっている。
見やすさのための工夫が、比較を難しくしている。
距離を変えて撮る
撮影の距離を変えれば、大きさの違う物を同じ大きさに写せる。
図録に並べるときは、そのほうが見やすい。
一方、実際の大きさを伝えるには向かない。
物差しを一緒に写す方法もあるが、見た目は悪くなる。
記録写真は、この二つのあいだで選ぶことになる。
縁の厚み
画像を細かく見ると、縁の厚みが分かる。
角のあたりに、濃い緑の塊が見える。
硝子が厚いところは、色が濃く出る。
薄いところは、淡くなる。
一枚の皿の中でも、色は一様ではない。

気泡と筋
透明な硝子には、小さな気泡が残ることがある。
原料を溶かすときに、空気が抜け切らないためである。
粒の模様があると、こうした気泡は目立たない。
光が細かく散るので、内部が見えにくくなる。
九点の画像でも、気泡は見当たらない。
影の出方
九点の画像では、皿の下に薄い影が落ちている。
影の形は、九点でほぼ同じである。
光の位置が同じだからである。
影の濃さも近い。
こうした一致は、続けて撮った証しになる。
記録写真の作り方
所蔵品の記録写真は、条件をそろえて撮る。
同じ背景、同じ光、同じ角度。
そうすれば、後から比べるときに条件が揃う。
九点は、その方針で撮られている。
比較のためには正しいやり方である。
そろえることの代償
ただし、そろえると個体差が見えにくくなる。
九点の皿には、必ず違いがあるはずである。
型の摩耗、硝子の量、押す力。
そうした差は、条件をそろえた写真では目立たない。

押す力と、厚み
型に落とす硝子の量は、毎回わずかに違う。
多ければ厚く、少なければ薄くなる。
厚みが変われば、色の濃さも変わる。
九点を並べても、その差ははっきりしない。
条件を揃えた写真では、なおさら見えにくい。
型で押すということ
型で押す方法では、溶けた硝子を型に落とし、上から押す。
粒の一つ一つは、型に彫られた凹みである。
そこへ硝子が入り込み、突起になる。
深い凹みには、硝子が回りにくい。
だから、粒は浅く、丸みを帯びた形になる。
粒の模様が選ばれる理由
粒の模様には、実利もある。
面に凹凸があると、光が乱れて反射する。
そのため、硝子の中の気泡や筋が目立たなくなる。
そして、指の跡も付きにくい。
安く作りながら、欠点を隠す。
十九世紀の押し型硝子で、こうした模様が多いのはそのためである。

最も小さい大きさ
いま見た一点から、三つ目の大きさになる。
直径16.5センチ。
最も大きい一点の、半分をわずかに超える程度である。
面積では、三分の一以下になる。
手のひらに載る大きさである。
菓子や果物を取り分けるための皿だろう。
用途で分ける
大皿は、食卓の中央に置く。
中皿は、一人ずつに配る。
小皿は、菓子や果物を取り分ける。
三つの大きさは、そのまま三つの役割に対応する。
同じ図柄でそろえれば、食卓に統一が生まれる。
三つの比
三つの直径を比べてみる。
29.2センチ、22.9センチ、16.5センチ。
差は、6.3センチと6.4センチ。
ほぼ等しい間隔で並んでいる。
もとの単位に直すと、十一インチ半、九インチ、六インチ半。
二インチ半ずつ小さくなっている。
規格として作る
つまり、この三つの大きさは、きりのよい間隔で決められている。
適当に決めたのではない。
売るときの規格として、あらかじめ設計されている。
型を三つ作る前に、大きさが決まっていたということである。

六インチ半という大きさ
もとの単位で六インチ半は、日本の言い方なら五寸ほどである。
取り皿としては、標準的な大きさである。
いまの食器でも、この寸法の皿はよく使われる。
百五十年前の規格が、いまも近いところにある。
分数の細かさ
寸法の欄には、もとの単位の分数も書かれている。
二分の一と書くものが六点、そのまま整数のものが三点。
小さな皿ほど、細かい分数が要るわけではない。
もとの規格が二インチ半刻みなので、半分の位までで足りる。
規格の刻み方が、分数の細かさを決めている。
換算の桁
換算した数値は、いずれも小数第一位までである。
29.2、22.9、16.5。
もとの数字がきりのよい値なので、換算後は端数が出る。
その端数を、一桁で止めている。
九点とも、同じ書き方である。

三点目という位置
同じ大きさの三点を並べても、順序に意味はない。
収蔵番号の順に並んでいるだけである。
先に受け入れたものが若い番号になる。
作られた順ではない。
九点目
いま見た一点で、九点が終わる。
これまでの八点と、記録も画像も変わらない。
直径16.5センチの三点目である。
同じものが並ぶとき
同じものが九点並ぶと、見る側は違いを探す。
粒の数、縁の形、色の濃さ。
しかし、探しても、はっきりした違いは出てこない。
それは、この皿がそういう作られ方をしたからである。
同じ型で、同じ材料で、同じ手順で作る。
違いが出ないことが、この方法の目的である。
そろえるための工夫
同じ物を大量に作るには、条件を固定しなければならない。
硝子の量、温度、押す時間。
そのどれかが変われば、出来上がりが変わる。
九点がここまで似ているのは、その管理ができていたということである。
一点物との違い
先に触れた大理石模様の硝子では、一点ごとに模様が違った。
こちらは、逆である。
一点ごとに違わないことを目指している。
同じ会社の、同じ時期の、同じ押し型硝子でも、方針が分かれる。
寸法の欄の役割
だからこそ、寸法の欄が働く。
題も、年も、技法も、九点を分けない。
画像も、大きさを伝えない。
直径の数字だけが、九点を三つに分ける。
記録の中で、寸法がこれほど効く例は珍しい。
三点ずつ、三つの大きさ
九点の並びを、もう一度確かめておく。
29.2センチが三点。22.9センチが三点。16.5センチが三点。
きれいに三つに分かれる。
この分かれ方自体が、記録から読み取れる唯一の構造である。
数字を読むということ
美術館の記録を読むとき、寸法は補助的な情報に見える。
何が描かれているか、誰が作ったか。
そちらのほうが目を引く。
しかし、この九点では、寸法が主役である。
数字がなければ、九点は九枚の同じ皿でしかない。
同じ会社の皿を真上から撮った例については、粒の並ぶ皿を、真上から撮る——アダムズ社で扱った。
型で押す方法そのものについては、型で押すか、手で吹くか——19世紀アメリカのガラスを参照されたい。



