画家を知る

木立の下の白い像——ジェームズ・キャロル・ベックウィズ

庭園の木立の下に、白い彫像が立っている。木漏れ日を色で描き、影に青を置く。肖像画家として知られた人が、晩年に庭ばかりを描いた九点である。彫像が人の代わりを務めている。制作は一九一〇年から一三年に集中している。台と像の関係にも注目したい。

タピ・ヴェールの端の交差路、ヴェルサイユ
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《タピ・ヴェールの端の交差路、ヴェルサイユ》スミソニアン協会蔵

木立の下に、白い像

一枚の油彩から始めたい。

タピ・ヴェールの端の交差路、ヴェルサイユ
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《タピ・ヴェールの端の交差路、ヴェルサイユ》1913年。油彩・画布。縦60.9センチ、横51.4センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《タピ・ヴェールの端の交差路、ヴェルサイユ》スミソニアン協会蔵

縦長の画面である。

上半分は、木立で覆われる。

幹が細く、まっすぐ立つ。

葉は暗い緑で、密に茂る。

その下に、白い彫像が三体並ぶ。

いずれも、石の台に載る。

右の一体は、体をひねって立つ。

左の二体は、やや小さく描かれる。

地面には、木漏れ日が斑に落ちる。

明るい黄と、暗い紫が混ざる。

木漏れ日を、描く

この一枚の主題は、光である。

木の葉の間から、日が差し込む。

そして、地面に斑の形を作る。

その斑を、絵具の点で表している。

明るい黄と、暗い紫。

その二色を並べると、光が強く見える。

影を灰色ではなく、紫で描く。

十九世紀後半に広まった方法である。

台と、像の関係

彫像は、いずれも石の台の上に載る。

台は、四角い柱の形である。

そして、像より暗く塗られる。

つまり、台が影の役目を果たす。

明るい像と、暗い台。

その対比で、像が浮き上がる。

庭の設計としても、そうなっている。

台が高ければ、像は空を背にする。

背景が明るくなり、輪郭が読みやすい。

影を、色で描く

影を紫や青で描くのは、なぜか。

実際の影は、空の色を映して青みを帯びる。

そして、日向の黄との対比が強くなる。

つまり、明暗ではなく、色の対比で光を作る。

当サイトの
補色という考え方でも、近い話を書いた。

この画家も、その方法を使っている。

九点の地面の影は、いずれも紫か青を含む。

描いた人について

ジェームズ・キャロル・ベックウィズは、一八五二年に生まれた。

一九一七年に没している。

米国の生まれで、パリで学んだ。

帰国後、ニューヨークで肖像画家として働いた。

そして、美術学校で教えた。

つまり、当時の画壇の中心にいた人物である。

晩年は、欧州で過ごしたと伝えられる。

九点は、その晩年の作である。

一九一〇年から一三年

九点の年代を並べたい。

一九一〇年が一点。

一九一一年が二点。

一九一三年が四点。

そして、一九一一年か一三年とされるものが一点。

つまり、四年ほどに集中している。

画家の五十代後半から六十代にあたる。

肖像画家として名を成した後の、別の仕事である。

肖像画家が、庭を描く

九点には、人物がほとんど描かれていない。

主題は、庭と彫像と光である。

肖像画で生計を立てた画家が、晩年に庭を描く。

その転換には、いくつかの理由が考えられる。

注文から離れて、好きなものを描く。

そして、欧州に滞在していた。

さらに、戸外での制作が広く行われるようになっていた。

九点は、その時期の産物である。

彫像が、人の代わりになる

九点のうち、七点に彫像が描かれている。

人物は、ほとんどいない。

つまり、彫像が人の代わりを務めている。

彫像は、動かない。

だから、じっくり観察できる。

そして、光の当たり方が分かりやすい。

白い石は、光を素直に反射する。

戸外で光を研究するには、都合のよい対象である。

並木の下の像

二点目も、同じ庭である。

夏の並木道、ヴェルサイユ
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《夏の並木道、ヴェルサイユ》1913年。油彩・画布。縦61.3センチ、横51.1センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《夏の並木道、ヴェルサイユ》スミソニアン協会蔵

手前に、大きな彫像が一体立つ。

石の台に載り、体をひねる。

その表面は、黄土と白で塗られる。

奥へ向かって、同じような像が並ぶ。

二体目、三体目と、小さくなる。

背後には、木立が茂る。

地面は、明るい黄土である。

そこに、木の影が斜めに落ちる。

寸法は、一点目とほぼ同じである。

同じ寸法の四枚

九点のうち四点は、寸法が同じである。

縦61センチ、横51センチ前後。

いずれも、画布に描かれている。

そして、いずれも一九一三年の作である。

つまり、一組として描かれた可能性が高い。

同じ寸法で、同じ庭を、複数の角度から描く。

前回の記事で扱った遺跡の水彩と、考え方が近い。

一つの場所を、複数の視点で記録する。

奥行きを、像の列で作る

二点目の構図を見たい。

彫像が、手前から奥へ並ぶ。

そして、少しずつ小さくなる。

つまり、像の大きさが距離を示している。

並木も同じである。

幹の間隔が、奥へ行くほど詰まる。

こうした反復は、奥行きを作るのに有効である。

同じものが並ぶと、その縮小率が距離になる。

彫像の白は、白ではない

九点の彫像の色を、拡大して見てほしい。

白い石のはずだが、白では塗られていない。

黄土、桃色、灰、そして青。

日の当たる面は黄土に寄る。

陰の面は、青や紫に寄る。

つまり、周囲の光と反射を映している。

白い物を白で塗ると、平らになる。

色を入れることで、光の中に置かれた石になる。

これは、戸外で描く画家が学ぶ第一の原則である。

柱廊の影

三点目は、建築が主題である。

グラン・トリアノンの列柱廊、ヴェルサイユ
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《グラン・トリアノンの列柱廊、ヴェルサイユ》1913年。油彩・画布。縦60.9センチ、横50.8センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《グラン・トリアノンの列柱廊、ヴェルサイユ》スミソニアン協会蔵

画面の上半分に、柱廊がある。

柱が並び、その間から奥が見える。

奥は、暗い緑である。

柱の色は、薄い黄土と桃色である。

上部には、装飾の帯が回る。

下半分は、広い床である。

その床に、柱の影が斜めに落ちる。

影は、紫と青灰である。

右には、鉢植えの木が並ぶ。

影が、主役になる

この一枚では、床の影が画面の半分を占める。

つまり、影が主題である。

柱そのものより、その影のほうが面積が広い。

そして、影の形が柱の並びを示す。

実物を見なくても、影で構造が分かる。

光が斜めから差していることも分かる。

つまり、時刻まで示されている。

影を描くことは、時間を描くことでもある。

小さな板絵

四点目は、寸法が小さい。

テラスの一角、ヴェルサイユ
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《テラスの一角、ヴェルサイユ》1911年。油彩・布、厚紙に貼付。縦25.1センチ、横14.9センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《テラスの一角、ヴェルサイユ》スミソニアン協会蔵

九点の中で、最も小さい。

縦25.1センチ、横14.9センチ。

縦長の画面である。

上半分は、大きな木の茂りである。

暗い緑と黒が混ざる。

下半分には、白い彫像が二体立つ。

いずれも、石の台に載る。

地面は、桃色がかった灰である。

空は、夕暮れの色である。

橙と紫が、木の間から見える。

夕暮れを、描く

この一枚は、夕方の光である。

空が橙に染まり、木は逆光で黒くなる。

そして、彫像は白いまま残る。

つまり、明暗の差が極端である。

戸外で描く場合、この時刻は難しい。

光が急速に変わるからである。

小さな画面を選んだのは、そのためかもしれない。

短時間で仕上げられる大きさである。

大きさと、時間

九点の寸法を整理したい。

縦61センチ前後が四点。

縦34.9センチが二点。

縦26.7センチ、縦25.1センチ、縦22センチが各一点。

つまり、大小の二群に分かれる。

大きいものは、じっくり描いたもの。

小さいものは、短時間で描いたものだろう。

とくに、夕暮れや逆光の場面は小さい。

時間の制約が、寸法に表れている。

板と、厚紙

四点目の技法欄に注目したい。

布に描き、厚紙に貼ったとある。

つまり、支持体が二層である。

薄い布を厚紙で補強している。

戸外で描くには、この形式が便利である。

軽く、硬く、そして小さい。

木枠に張る必要がない。

十九世紀後半には、こうした画材が市販されていた。

制作の道具が変われば、描かれる絵も変わる。

一枚にかける時間

戸外で描く絵には、時間の制約がある。

光は、一時間もすれば変わる。

影の向きも、長さも動く。

だから、短時間で仕上げる。

九点の筆致が速いのは、そのためだろう。

細部を追わず、色の配置だけを決める。

そして、次の日に同じ場所へ行く。

同じ時刻に、同じ光が戻ってくる。

そうやって、複数日に分けて描くこともある。

噴水の彫像

五点目は、水がある。

ネプチューンの泉水、ヴェルサイユ
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《ネプチューンの泉水、ヴェルサイユ》1913年。油彩・画布。縦60.9センチ、横50.8センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《ネプチューンの泉水、ヴェルサイユ》スミソニアン協会蔵

画面の右手前に、大きな彫像がある。

人物の頭部と、渦を巻く髪。

そして、その周りに装飾が絡む。

像の色は、黄土と褐色である。

左には、緑の水面が広がる。

水面には、木立と建物が映る。

奥には、白い建物が横に並ぶ。

その前に、木立と芝生がある。

空は、白に近い。

水面の反射

水面の描き方を見たい。

木立の映り込みが、縦の筆で描かれる。

そして、その色は実物より暗く、濁る。

つまり、反射は弱められている。

さらに、水面には横の筆が入る。

波紋である。

縦の反射と、横の波紋。

その二つが重なって、水面になる。

建物を、遠くに置く

五点目の奥に見える建物に注目したい。

白く、横に長い。

そして、木立の上に頭を出している。

つまり、宮殿の一部である。

しかし、主題ではない。

画面の隅に、小さく置かれるだけである。

有名な建物を描くなら、正面から大きく捉えるだろう。

この画家は、そうしない。

庭の中の一要素として扱っている。

関心が、建築ではなく光にあることが分かる。

縦長を、選ぶ

九点のうち、八点が縦長である。

横長は一点もない。

庭の風景なら、横長が自然に思える。

広がりを見せられるからである。

しかし、この画家は縦長を選ぶ。

理由は、木立と彫像だろう。

いずれも、縦に伸びる対象である。

そして、地面の影を下半分に置ける。

縦長のほうが、上下の対比が作れる。

像を、切り取る

この一枚では、彫像が画面の右端で切れている。

全体は見えない。

つまり、部分だけを大きく捉えている。

これは、写真的な構図である。

十九世紀後半、写真の普及とともに広まった。

対象を画面の外へはみ出させる。

すると、その場に居合わせた感じが出る。

全体を収める構図より、近さが強調される。

池の中の像

六点目は、板に描かれている。

北の花壇、セイレーンの泉
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《北の花壇、セイレーンの泉》1913年。油彩・板。縦34.9センチ、横24.7センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《北の花壇、セイレーンの泉》スミソニアン協会蔵

画面の下半分に、池がある。

その中央に、彫像が横たわる。

人の姿が、水面すれすれに置かれる。

灰色と青緑で塗られる。

その周りに、水の輪が広がる。

上半分には、花壇と芝生がある。

花は赤と白の点で描かれる。

左奥には、大きな建物の壁が立つ。

空は、桃色と青灰である。

板に描く小品

九点のうち、四点は板に描かれている。

いずれも小さい。

板は、画布より硬く、持ち運びやすい。

そして、下地の準備が簡単である。

つまり、戸外での制作に向いている。

十九世紀の画家は、小さな板をよく使った。

上着の内側に入る大きさなら、いつでも描ける。

九点の板絵は、その用途で使われたのだろう。

花壇の色

この一枚の花壇に注目したい。

赤と白の点が、帯状に並ぶ。

一つずつの花は描かれていない。

しかし、花壇に見える。

つまり、色の点の集まりで示している。

そして、その赤が画面の中で最も強い色である。

緑と青灰の中に、赤の帯が一本。

その対比が、画面を締めている。

背中を向けた像

七点目は、彫像が大きい。

水の花壇の像のひとつ
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《水の花壇の像のひとつ》1911年か1913年ごろ。油彩・板。縦26.7センチ、横21.6センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《水の花壇の像のひとつ》スミソニアン協会蔵

画面の中央に、彫像が座る。

こちらに背を向けている。

肩と背中の線が、大きく描かれる。

頭は右を向き、横顔が見える。

体の色は、黄土と褐色である。

その下には、白い石の台がある。

背後には、池と芝生が広がる。

奥には、木立と生垣が並ぶ。

空は、桃色と黄である。

夕暮れの光だろう。

背中を、描く

彫像の背中を描くのは、珍しい。

彫像は、正面から見せるように作られている。

しかし、この画家は背中を選ぶ。

理由は、面の広さだろう。

背中は、大きな曲面である。

そこに光が当たると、明暗が滑らかに移る。

つまり、光の研究に向いている。

顔を描くより、背中のほうが光がよく分かる。

彫像を、人として見る

背中を向けた像は、人のように見える。

そして、その視線の先に景色が広がる。

つまり、像が景色を眺めているように見える。

見る人は、その像の背後に立つ。

そして、同じ方向を見る。

風景画で、人物を後ろ向きに置く手法と同じである。

石の像が、その役目を果たしている。

装飾の壺

八点目は、別の庭である。

ニームの泉の庭、フランス
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《ニームの泉の庭、フランス》1911年。油彩・板。縦22センチ、横14.6センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《ニームの泉の庭、フランス》スミソニアン協会蔵

九点の中で、二番目に小さい。

画面の中央に、石の壺が置かれる。

台の上に載り、蓋が付く。

その足元に、幼児の像が二体いる。

いずれも、裸で、身をよじる。

石の色は、黄土と白である。

背後には、木立が茂る。

上部の空は、白と青灰である。

右奥にも、別の像が見える。

別の土地の庭

この一枚は、ヴェルサイユではない。

フランス南部の町の庭である。

つまり、九点のうち一点だけが別の場所である。

そして、もう一点はイタリアの庭である。

つまり、この画家は各地の庭を描いていた。

彫像のある庭という主題は、同じである。

土地が変わっても、関心は変わらない。

イタリアの庭

九点目は、イタリアである。

ヴィッラ・パルミエーリの庭で
ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《ヴィッラ・パルミエーリの庭で》1910年。油彩・板。縦34.9センチ、横26センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジェームズ・キャロル・ベックウィズ《ヴィッラ・パルミエーリの庭で》スミソニアン協会蔵

画面の右に、石の門柱が二本立つ。

その上に、装飾の壺が載る。

左には、鉄の枠のようなものがある。

井戸の上部だろう。

その下に、石の縁が見える。

手前には、花壇がある。

赤と白の花が咲く。

背後には、木立が茂る。

空は、暗い青である。

九点の中で、最も暗い一枚である。

暗い空を、描く

この一枚の空は、深い青である。

他の八点は、白か桃色である。

つまり、条件が違う。

曇りか、日没後だろう。

そして、画面全体が暗い。

石の白も、灰色に沈む。

同じ画家が、明るい庭と暗い庭を描いている。

光の条件が変われば、同じ主題も別の絵になる。

一九一〇年という年

この一枚は、九点の中で最も早い。

一九一〇年である。

そして、イタリアで描かれている。

その翌年に、フランス南部。

さらにその後、ヴェルサイユ。

つまり、庭を追って移動している。

三年ほどの間に、複数の国の庭を描いた。

晩年の関心が、そこに集中していたことが分かる。

生垣と、刈り込み

九点の庭には、刈り込まれた木が描かれる。

四角い生垣、円錐形の木、鉢植えの並び。

いずれも、人の手で形が作られている。

つまり、自然の形ではない。

幾何学的な形が、庭の中に並ぶ。

画家にとっては、描きやすい対象でもある。

形が単純で、明暗が読みやすい。

そして、直線と曲線の対比が作れる。

庭の設計が、絵の構図を助けている。

庭という主題

庭は、人の作った自然である。

木を植え、刈り込み、彫像を置く。

そして、水を引き、噴水を作る。

つまり、自然と人工が混ざっている。

風景画としては、扱いにくい主題である。

自然そのものではないからである。

一方、光の研究には向いている。

白い石と、暗い緑と、水面。

反射の条件が、揃っている。

戸外で描く

九点は、いずれも戸外で描かれたと考えられる。

筆致が速く、絵具が厚い。

そして、細部が省かれている。

工房で仕上げた形跡は、少ない。

十九世紀後半から二十世紀初めにかけて、戸外での制作が広まった。

絵具が管に入り、持ち運びやすくなったことも大きい。

九点も、その条件のもとにある。

筆の跡を、残す

九点の絵肌を見ると、筆の跡が残っている。

とくに、地面と木の茂りである。

短い筆を、方向を変えて置いている。

そして、色を混ぜずに並べる。

離れて見ると、混ざって見える。

近づくと、色の粒である。

つまり、筆致を消していない。

前回の記事で扱った、磨き上げる画風とは正反対である。

同じ寄贈から

九点は、いずれも同じ番号の系列に属する。

つまり、まとまって館に入っている。

一つの寄贈で、この画家の作品が一括して収蔵された。

だから、庭の絵が多く残っている。

もし散逸していれば、この主題の集中は見えなかった。

まとまった寄贈は、画家の一面を濃く残す。

一方で、他の面は薄くなる。

肖像画家としての仕事は、ここには含まれていない。

緑を、どう塗るか

九点の木立の緑を見比べたい。

いずれも、単一の緑ではない。

暗い緑、黄緑、青緑が混ざる。

そして、間に褐色や黒が入る。

つまり、複数の色を並べて茂りを作っている。

緑を一色で塗ると、平らな面になる。

木の茂りには見えない。

色を分けることで、奥行きと量感が出る。

戸外で描く画家が、必ず直面する問題である。

九点を、順に見る

見方を提案して、終わりたい。

九点の地面だけを、順に見比べてほしい。

木漏れ日の斑、柱の影、芝生の緑、花壇の赤。

いずれも、画面の下半分にある。

そして、いずれも光の状態を示している。

この画家は、地面を見る画家である。

彫像も、建物も、その上に置かれた目印にすぎない。

まず地面を見て、それから像を見る。

その順で見ると、九点の作りがよく分かる。

地面は、光の記録そのものである。

斑の形が、その日の天気を伝えている。

百年前の午後の光が、そこに残っている。

木漏れ日は、いまも同じ形に落ちるだろう。

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