表に金、裏に金なし——狩野派、英一蝶ほか両面のある屏風
技法の欄が、表と裏で二つに分かれている。材料の差が、そのまま格の差である。二曲の低い屏風、屏風から外された一面、卓上から壁掛けに改められた石。用途が変われば分類まで変わる例を読みたい。公開画像に写っているのが表か裏かも、題の書き方から分かる。

技法の欄が、表と裏で二つに分かれている
メトロポリタン美術館の記録に、こういう技法の欄がある。
「二曲の屏風。表は紙に墨と彩色と金、裏は紙に墨と彩色」。
一つの欄に、二つの技法が書かれている。
表と裏で、材料が違うからである。
そして題も、二つに分かれている。
《松(表)、山水(裏)》。
一つの作品に、二つの絵がある。
屏風は、両面に絵を持つことがある。
部屋の仕切りに使うのだから、当然といえば当然である。
どちらの側からも見える。
だから、両面に描く。

公開されている画像は、白黒である。
古い写真をそのまま使っているのだろう。
写っているのは、二面の屏風である。
左に、屋根を重ねた建物と、その前の欄干。
右に、岩と、そこから伸びる木。
水面らしい部分もある。
これは、題によれば裏の山水にあたる。
表の松は、この画像には写っていない。
つまり、二つの絵のうち一方だけが見えている。
寸法は、縦五五・九センチ、横一八六・七センチ。
低く、横に長い。
枕屏風と呼ばれる形に近い。
表と裏で、格が違う
技法の欄の書き分けを、もう一度読んでほしい。
表には、墨と彩色と金がある。
裏には、墨と彩色しかない。
金が使われているのは、表だけである。
これは、表と裏で扱いが違うということである。
正面に立てる側に、金を使う。
裏になる側は、金を省く。
材料の差が、そのまま格の差になっている。
そして館は、その差を欄に書き残した。
「両面に絵がある」とだけ書けば、この差は消える。
書き分けたことで、どちらが表かが分かる。
六曲一双の、両面

こちらは、六曲一双である。
そして、やはり両面に絵がある。
表に舞楽の場面、裏に唐獅子。
画像に写っているのは、獅子のほうである。
金の地に、四頭の獅子が並んでいる。
たてがみが渦を巻き、尾が跳ね上がっている。
雲がまわりに流れている。
前の回に見た一双の屏風は、片面だけだった。
こちらは、両面である。
つまり、この一件には四面ぶんの絵がある。
表の一双と、裏の一双。
寸法の欄も、二段になっている。
画面が縦一六五・四センチ、横四三三・四センチ。
縁を含めると、縦一八三・三センチ、横四四五・四センチ。
差は、屏風の枠の幅である。
上下に約九センチずつ、左右に六センチずつ。
木の枠が、絵のまわりを囲んでいる。
両面に絵があるということは、この枠が両側から見えるということでもある。
二曲という形
九点のうち、六点が二曲の屏風である。
面が二つしかない。

淡い桃色の地に、朝顔が描かれている。
左上と右上から、蔓が垂れている。
葉が数枚、花が数輪。
画面の大部分は、何も描かれていない。
そして、寸法が低い。
縦五〇・六センチ、横一六五・六センチ。
前の回に見た六曲の屏風は、縦が一五〇センチ以上あった。
こちらは、その三分の一である。
床に置いて、座った目の高さより低い。
こういう低い屏風は、寝所の枕元や、部屋の隅に使われた。

こちらも低い二曲である。
画面は縦五五・九センチ、横一三五・六センチ。
縁を含めると、縦七四・三センチ、横一八八センチ。
差が大きい。
縦で一八・四センチ、横で五二・四センチも増えている。
つまり、絵のまわりに広い枠がある。
画像を見ると、灰色の太い縁が四方を囲んでいる。
その内側に、白い紙。
そこに、黒い岩と、白い波が描かれている。
波は、線だけで表されている。
渦を巻き、砕け、飛沫を上げる。
年の欄は一七七三年と言い切っている。
作品に年が書かれているのだろう。

この一点は、縦横がほぼ同じである。
画面が一四三・七センチと一四三・八センチ。
正方形に近い。
二曲の屏風で、面が縦長なら、こういう比率になる。
一面あたり、縦一四三センチ、横七二センチ弱。
淡い黄色の地に、柿の木が一本立っている。
左下から幹が伸び、右上へ枝を広げている。
枝には、橙色の実が七つ八つ。
葉は、緑と褐色が混じっている。
下に、緑の土坡と、細い草。
面の境目は、木の幹のすぐ右を通っている。

墨だけの二曲である。
縦一五〇・五センチ、横一六八・八センチ。
左に、崖から垂れる枝。
そこに、猿が一匹ぶら下がっている。
右に、岩と木立。
もう一匹の猿が、岩の上にいる。
前の回に見た同じ画家の六曲一双と、主題が同じである。
同じ画家が、同じ主題を六曲でも二曲でも描いている。