父の描いた顔、子の描いた顔——クルーエ父子と16世紀フランス宮廷
同じ工房、違う注文
父子の違いを「腕の差」と読むのは、たぶん間違っている。この工房が引き受けていた仕事の幅を見れば、それが分かる。
たとえばフランソワには、こういう仕事もある。

《フランス王アンリ2世の肖像》は縦156センチ、横135センチある。馬にまたがった王が、装飾を尽くした馬具とともに横切っていく。背後には古代風の円柱。
この画面で、王の顔が占める面積はごくわずかである。目に入ってくるのは、馬の脚の運びと、房飾りと、銀糸の光だ。
馬の姿勢にも意味がある。前脚を上げて進む姿は、古代ローマの騎馬像以来、統治者を表す型として使われてきた。背後の円柱も同じ役割を果たしている。
つまりこの絵は、顔を見せるための絵ではない。王という制度を見せるための絵である。
一方、同じ工房からは驚くほど小さな品も出ている。当サイトで公開している《フランス王アンリ3世の肖像》は、羊皮紙に描かれた縦58ミリ、横44ミリの細密画である。父ジャンの《ブリサック伯シャルル・ド・コッセの肖像》に至っては、直径わずか37ミリの円形だ。
37ミリから156センチまで。同じ一族の工房が、これだけ違う寸法の注文を受けている。
37ミリの肖像は、何をする道具か
この小ささについて、もう少し考えてみたい。直径37ミリといえば、五百円玉より少し大きい程度である。

この寸法では、壁に掛けても何も見えない。手に持つか、身につけるか、箱に入れて贈るための品である。
同じ用途の品は、海の向こうにもあった。イングランドの細密画家ニコラス・ヒリヤードの仕事である。

環がついていることに注目したい。これは絵ではなく、装身具として作られている。
首から下げ、あるいは服に留める。人前で開いて見せることも、隠しておくこともできる。
つまり細密肖像は、誰かを「持ち歩く」ための道具だった。宮廷の贈答品であり、忠誠の証しであり、恋愛の小道具でもある。
大きな肖像画が公の宣言だとすれば、こちらは私的な契約に近い。同じ「顔の絵」でも、働き方がまるで違う。
そしてどちらも、クルーエの工房が引き受けた仕事の範囲に入っていた。宮廷画家とは、この幅を全部やる職業だったのである。
技法も寸法に応じて変わる。細密画は羊皮紙やトランプの台紙に、水で溶いた絵具を細い筆で置いていく。
拡大して見ると、頬の色は極細の点や線の集まりであることが分かる。油彩のように絵具を混ぜて溶かし込むのではなく、細かい筆致を重ねて色を作る。
材料も違う。金は絵具として使われ、青には高価な顔料が惜しみなく使われた。小さいほど単位面積あたりの贅沢は増す。
つまり小さいことは安いことではない。むしろ逆で、手間と材料の密度は上がる。
現代の私たちは、大きい絵を重要な絵だと思いがちである。この時代の感覚は、そこと少し違っていた。
なぜ背景が黒いのか
シャルル9世の肖像に戻って、背景の話をしておきたい。あの黒には理由がある。
まず実務上の利点がある。背景に何も描かなければ、制作は速い。同じ顔を何枚も作る工房にとって、これは重要である。
次に、顔の見え方である。黒地に明るい顔を置くと、輪郭がはっきり切り出される。小さな板でも、顔が遠くから読める。
そして、時と場所を消す効果がある。室内を描けば、その部屋がいつのどこかを語りはじめる。無地なら、その情報が出ない。
肖像を長く使いたい注文主にとって、これは都合がよい。背景に流行の家具が写り込んでいれば、十年後には古びて見える。
無地の背景は、絵を時代から切り離す装置なのである。だからこそ、四百年後の私たちが見ても古びて見えない。
もっとも、代償もある。その人がどんな暮らしをしていたかは、いっさい分からなくなる。
父の《ビュデ》に本とペンが描かれていたことを思い出したい。あれは背景ではなく、人物の説明だった。同じ無地の背景でも、置くものが一つあるかないかで、絵の性格は変わる。
顔から個人が引いていく
寸法が違えば、顔に求められるものも変わる。
156センチの騎馬像は、広間の壁に掛けて臣下に見せるための絵である。ここで必要なのは、王がどんな人かではなく、王がいかに王らしいかだ。
37ミリの細密画は、手元に置くか、身につけるか、あるいは人に贈るための品である。宝飾品に組み込んで持ち歩くこともあった。
この寸法では、皺の一本を描き分けることに意味はない。求められるのは、誰の顔かが一目で分かることと、格を落とさない仕上がりである。
その中間にあるのが、シャルル9世のような小さな板絵だろう。手に取れる大きさで、顔をきちんと見せる。
こうして並べてみると、父の《ビュデ》がいかに特殊かが見えてくる。あれは王ではなく学者の絵であり、宮廷の序列を示すための絵ではなかった。だから顔と手に、あれだけの余地があったのである。
つまり父子の違いは、目の違いというより、注文の違いに大きく由来している。父も王を描いており、子も個人を描いている。ただ、残された作例の重心が違う。