画家を知る

空気そのものを、描く——サンフォード・ロビンソン・ギフォード

谷の底が見えない。光に埋もれている。ギフォードが描いたのは山でも木でもなく、空気に散った光である。峡谷から静物、イタリア、エジプト、ギリシャまで、七点を通して空気の描き方をたどる。空気を描くとは、要するに差を描くことである。

山中の峡谷(コーターズキル・クローヴ)
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《山中の峡谷(コーターズキル・クローヴ)》メトロポリタン美術館蔵

谷が、光で埋まっている

一枚の絵から始めたい。

山中の峡谷(コーターズキル・クローヴ)
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《山中の峡谷(コーターズキル・クローヴ)》1862年。油彩・画布。縦121.9センチ、横101.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。サンフォード・ロビンソン・ギフォード《山中の峡谷(コーターズキル・クローヴ)》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。縦121.9センチ、横101.3センチ。

風景画としては、珍しい比率だ。ふつうは横長に描かれる。

手前の左に、一本の木が立っている。

幹は細く、傾いている。葉は黄色く色づいている。

その根元から、地面が右下へ落ちていく。

そして画面の中央に、深い谷が横たわる。

谷は左右から斜面に挟まれ、奥へ向かって広がる。

斜面には木が茂り、赤や褐色に染まっている。

谷の底は見えない。光に埋もれている。

画面の中央上寄りに、太陽がある。

強い光ではない。白っぽく、輪郭が溶けている。

その周囲が金色に霞み、谷全体を満たしている。

空気が、見えている

この絵で描かれているのは、山でも木でもない。

空気である。

正確に言えば、空気に散った光である。

谷の奥へ行くほど、物の形がぼやける。

木の一本一本は、輪郭を失い、色の帯になる。

その色は、緑から黄へ、黄から白へ変わっていく。

これは、間に大量の空気があるからだ。

光が空気中の細かい粒に当たり、散らされる。

散った光が層をなし、遠くの物を覆う。

その層を、絵具で作っている。

縦長にした理由

なぜ縦長なのか、考えてみたい。

横長の画面は、風景の広がりを見せるのに向いている。

左右に目を動かし、範囲の大きさを感じる。

縦長にすると、視線は上下に動く。

手前の地面から、谷の奥へ、そして空へ。

つまり、奥行きよりも高さと深さが強調される。

この絵では、光が上から降りてきて、谷を満たしている。

その垂直の動きを見せるには、縦長のほうが都合がよい。

主題が形式を決めている、と言ってよい。

もう一つ、縦長には別の効果もある。

画面の中で、空の占める割合を減らせる。

横長で空を広く取ると、視線は水平に流れる。

縦長で空を絞ると、光が谷に閉じ込められて見える。

この絵の光は、外へ広がるのではなく、谷に溜まっている。

その感じを出すために、形が選ばれたのだろう。

峡谷という場所

コーターズキル・クローヴは、実在する渓谷である。

アメリカ北東部の山地にあり、当時から画家がよく訪れた。

滝があり、岩壁があり、季節ごとに色が変わる。

同じ場所を、複数の画家が描いている。

つまり、絵の題材として消費された土地である。

風景が名所になり、名所が絵になり、絵が名所を広める。

この循環は、当サイトでも
東海道の売り方で扱った。

土地と絵の関係は、洋の東西を問わず似た形になる。

ギフォードのこの一枚も、その循環の中にある。

ただし彼は、滝や岩といった見どころを画面に入れていない。

描かれているのは、谷を満たす光だけである。

名所の絵でありながら、名所の目印を外している。

そこに、この画家の関心の在りかがよく出ている。

画家について

サンフォード・ロビンソン・ギフォードについて、記録から書く。

1823年に生まれ、1880年に没したアメリカの画家である。

アメリカ北東部の山地を繰り返し描いたことで知られる。

同世代の画家たちと同じく、屋外での写生を重んじた。

そして写生をもとに、画室で仕上げる方法を取った。

彼の絵の特徴は、しばしば光の扱いで語られる。

物の形よりも、物のあいだにある大気を描く。

その方向を突き詰めた画家として位置づけられる。

光を、絵具でどう作るか

技術の話をしておきたい。

大気の霞を絵具で作るのは、簡単ではない。

白を混ぜて薄めれば、色は濁って灰色になる。

濁らせずに明るくするには、別の方法が要る。

一つは、薄い絵具を何層も重ねることである。

下の層の色が透けて見えるので、深みが残る。

もう一つは、暖色を使って明るさを作ることである。

黄や橙は、白を加えなくても明るく見える。

この絵の金色の霞は、その二つで作られていると考えられる。

拡大して見ると、筆跡はほとんど見えない。

表面がなめらかで、色が連続して移り変わっている。

手前の木の役割

画面の左手前に立つ一本の木にも、役目がある。

この木だけが、輪郭のはっきりした形として描かれている。

葉の一枚ずつ、枝の分かれ方まで見て取れる。

奥の霞と比べると、その違いは極端である。

つまりこの木は、比較のために置かれている。

はっきり見える物が手前にあると、奥の曖昧さが際立つ。

もし全体を霞ませたら、絵はただぼやけて見えるだけだろう。

一点だけ焦点を作ることで、残りが「遠い」と分かる。

同じ役割の木は、この画家の他の作にもしばしば現れる。

前景に一本、輪郭の立った木を置く。

風景画の常套手段ではあるが、ここでは特に効いている。

秋という季節

色づいた葉についても書いておきたい。

黄と赤の葉は、秋であることを示している。

秋を選ぶことには、実際的な理由もある。

葉の色が暖色になれば、画面全体が金色にまとまりやすい。

夏の緑では、光の色と葉の色がぶつかる。

冬の裸木では、霞を受け止める面がなくなる。

秋の斜面は、光を吸って返す面として都合がよい。

アメリカ北東部の秋の色は、当時から名物とされていた。

その土地の売りを、絵にも取り込んでいることになる。

当サイトでも
クロプシーの秋で、
同じ季節の扱いを見た。

同じ土地の同じ季節を、別の画家がどう描くか。

並べて比べると、関心の違いがよく見える。

描いている人を、描く

二枚目は、少し性質が違う。

メイン州マウント・デザートで写生する画家
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《メイン州マウント・デザートで写生する画家》1864年から65年。油彩・画布。縦27.9センチ、横48.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。サンフォード・ロビンソン・ギフォード《メイン州マウント・デザートで写生する画家》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦27.9センチ、横48.3センチ。

横長で、細長い。パノラマに近い比率である。

手前の右に、岩の露頭がある。

その上に、人が一人腰かけている。

背を丸め、手元に何かを持っている。

写生をしているのだろう。題もそう告げている。

その左に、緑の斜面が広がる。

低い木が密生し、灰色がかった緑になっている。

さらに奥へ、湾と島影が見える。

水面は青く、光を薄く返している。

空は淡い青で、雲はほとんどない。

現場を、絵にする

この絵の面白さは、主題の入れ子にある。

風景を描いている人を、風景の中に描いている。

つまり、絵を描くという行為そのものが主題になっている。

十九世紀のアメリカでは、屋外での写生が広く行われた。

画家たちは連れ立って山へ入り、それぞれ描いた。

その様子を絵にすることも、しばしばあった。

当サイトでも
スケッチブックの中で、
現場の記録という主題を扱っている。

この一枚は、写生の現場を外側から見た記録である。

誰を描いたのか

腰かけている人物が誰かは、記録からは分からない。

同行した画家仲間かもしれないし、画家自身の姿かもしれない。

風景画に自分を描き込む例は、当時いくつもある。

ただ、この人物は背を向けており、顔が見えない。

そのため、特定は難しい。

むしろ、誰でもよいのかもしれない。

「風景を見ている人」であることが、この絵の要点だからである。

細長い画面

この一枚の比率にも触れておきたい。

縦27.9センチ、横48.3センチ。ほぼ一対一・七である。

横に長い形は、視線を左右に運ぶ。

海岸線や湾の広がりを見せるには、この形が向いている。

しかも小さい。壁に掛けるより、手元で見る大きさである。

写生帳を開いたときの視野に近い、とも言える。

現場の記録という主題と、画面の形が合っている。

大きな作品にする前の、素材のような一枚だろう。

とはいえ仕上げは丁寧で、未完成の印象はない。

小さいまま完結した絵として扱われている。

例外的な一枚

三枚目は、風景ではない。

卓上の二つの洋梨
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《卓上の二つの洋梨》1866年ごろ。油彩・画布。縦28.6センチ、横29.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。サンフォード・ロビンソン・ギフォード《卓上の二つの洋梨》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

ほぼ正方形の小さな画面である。

白い布の掛かった卓に、皿が置かれている。

その皿に、洋梨が二つ載っている。

一つは黄色く、頬に赤みが差している。

もう一つは大きく、緑がかった黄色をしている。

奥には黒っぽい瓶が立ち、その左右にグラスが二つある。

グラスには、淡い色の液体が入っている。

皿の縁には、ナイフの柄が見える。

手前には、小さな紙片が置かれている。

背景は暗い赤褐色で、何も描かれていない。

風景画家の静物

風景を描く画家が、静物を描く。

これは、それほど珍しいことではない。

ただ、この一枚には共通点がある。

背景が暗く、手前の物だけが光を受けている。

その光の当たり方が、風景画の逆光と似ている。

洋梨の輪郭が、わずかに光に溶けている。

グラスの縁も、はっきりした線になっていない。

つまり、静物でも同じ関心が働いている。

物の形ではなく、物にかかる光を見ている。

主題が変わっても、目の使い方は変わらない。

卓上の紙片

細部を一つ挙げておきたい。

手前に置かれた小さな紙片には、色の点が見える。

赤、青、緑らしき四角が並んでいる。

何を描いたものかは、判別しづらい。

包み紙か、印刷物の切れ端かもしれない。

いずれにせよ、白い布の上で唯一の強い色になっている。

暖色でまとめられた画面に、寒色の点が一つ入る。

その一点が、全体を締めている。

小さな仕掛けだが、効いている。

洋梨を、二つにする理由

物の数にも、選択がある。

洋梨が一つだけなら、画面は単純になりすぎる。

三つ以上なら、並べ方に気を使わねばならない。

二つは、対比を作るのにちょうどよい数である。

実際この絵では、二つの梨が対になっている。

一つは小さく、赤みが強い。もう一つは大きく、黄緑に寄る。

形も、片方は丸みが強く、片方は細長い。

同じ果物でありながら、個体差がはっきり描き分けられている。

静物画は、しばしばこの差を見せるために作られる。

同じ種類の中の違いを、目で確かめる時間である。

グラスが二つあるのも、同じ理屈だろう。

液体の量が違い、光の入り方も違って見える。

静物の伝統

背景を暗く落とし、卓上の物に光を当てる構図には長い歴史がある。

十七世紀のオランダやスペインで確立した形式である。

当サイトでも
シャルダンの静かな食卓で、
その系譜の一つを扱った。

ギフォードの一点は、その伝統の中にある。

ただし、彼が静物を多く残したという記録はない。

風景画家が、たまたま手元の果物を描いた一枚に見える。

そう考えると、この絵は私的な性格が強い。

売るためというより、確かめるために描かれたのだろう。

何を確かめたのか。おそらく、光の当たり方である。

イタリアの朝

四枚目からは、旅の絵になる。

ティヴォリ
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《ティヴォリ》1870年。油彩・画布。縦67センチ、横128センチ。メトロポリタン美術館蔵。サンフォード・ロビンソン・ギフォード《ティヴォリ》メトロポリタン美術館蔵

横に長い画面である。縦67センチ、横128センチ。

左手前に、崖と建物が見える。

石造りの塔らしきものが、丘の上に立つ。

そこから右へ、平野が広がる。

平野には川が蛇行し、水面が細く光る。

木立が点在し、その影が地面に落ちる。

奥は霞んで、山影がかろうじて見える。

画面の中央上に、太陽がある。

やはり白く、輪郭が溶けている。

全体が黄褐色に染まり、緑がその中に沈んでいる。

同じ手つきを、別の土地で

先ほどの《山中の峡谷》と比べてみたい。

土地はまったく違う。北米の山と、イタリアの丘。

しかし絵の作りは、驚くほど似ている。

太陽を画面の奥に置き、その周囲を霞ませる。

手前を暗く、奥を明るくする。

物の輪郭を、遠くへ行くほど溶かす。

同じ設計が、別の土地に当てはめられている。

これは、この画家の方法が確立していたことを示す。

どこへ行っても、同じ見方で風景を捉えられる。

湖の夕方

五枚目は、水の絵である。

マッジョーレ湖のイゾラ・ベッラ
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《マッジョーレ湖のイゾラ・ベッラ》1871年。油彩・画布。縦51.4センチ、横91.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。サンフォード・ロビンソン・ギフォード《マッジョーレ湖のイゾラ・ベッラ》メトロポリタン美術館蔵

湖である。手前から奥へ、水面が広がる。

左に大きな岩山があり、暗く影になっている。

その斜面には雪らしき白い筋が見える。

右奥に、小さな島がある。建物が載っている。

水面には、夕日の光が反射している。

橙色の帯が、島の下から手前へ伸びる。

空は上部が灰青色で、下へ行くほど橙に変わる。

手前の水面に、小舟が一艘浮かんでいる。

漕ぐ人の姿が、影として見える。

逆光という選択

これまでの絵に共通するのは、逆光である。

太陽が画面の奥にあり、こちらを向いている。

逆光では、手前の物は影になる。

形は見えるが、色や質感は失われる。

一方、光の周囲は明るく飛ぶ。

つまり、細部が両端で失われる構図である。

ふつう、絵は細部を見せたがる。

逆光は、その細部を捨てる選択である。

代わりに得られるのが、空気の層の見え方である。

何を捨てて何を取るかの判断が、はっきりしている。

砂の土地

六枚目は、行き先がさらに遠い。

エジプト、シウト
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《エジプト、シウト》1874年。油彩・画布。縦53.3センチ、横101.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。サンフォード・ロビンソン・ギフォード《エジプト、シウト》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。縦53.3センチ、横101.6センチ。

手前に、乾いた地面が広がる。

黄褐色の土に、まばらな草が生えている。

道が一本、左手前から奥へ伸びる。

その道を、人や動物が歩いている。ごく小さい。

右手前には、白い天幕らしきものが張られている。

奥には低い丘が横たわり、青灰色に霞む。

そして中央上に、白い太陽がある。

空はほとんど白く、色がない。

画面全体が、粉をかぶったように淡い。

霞の色が、土地で変わる

ここまでの絵を並べると、霞の色が違うことに気づく。

北米の山では、金色である。

イタリアでは、黄褐色になる。

エジプトでは、ほとんど白に近い。

これは、大気の状態の違いだろう。

湿った空気と、乾いた砂の空気では、光の散り方が違う。

画家がそれを意識していたかは分からない。

ただ、見たとおりに描けば、色は変わるはずである。

同じ方法で描いていても、結果は土地ごとに違う。

方法の一貫性と、観察の正直さが両立している。

崩れた柱の白さ

最後の一枚を見たい。

パルテノンの廃墟
サンフォード・ロビンソン・ギフォード《パルテノンの廃墟》1880年。油彩・画布。縦69.53センチ、横132.72センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。サンフォード・ロビンソン・ギフォード《パルテノンの廃墟》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

丘の上の神殿である。左に柱の列が立つ。

柱は白く、光を正面から受けている。

その足元に、崩れた石材が一面に散らばっている。

石は白から黄褐色まで、さまざまな色をしている。

右にも建物の一部が残り、柱が立つ。

奥には海が見え、その先に山がかすむ。

空は上が淡い青、下が桃色である。

先ほどまでの絵と違い、これは順光に近い。

だから石の細部が、はっきり見える。

制作は1880年。画家が没した年である。

七点を通して

七点を年代順に並べる。

1862年、1864年から65年、1866年ごろ、1870年、1871年、1874年、1880年。

十八年の幅がある。

主題は、北米の山、海岸、静物、イタリア、エジプト、ギリシャ。

土地は広く散らばっている。

しかし、絵の関心は一つに絞られている。

光と、それを運ぶ空気である。

静物の一点でさえ、その関心の中にある。

こういう画家は、意外に少ない。

多くの画家は、主題によって関心を変える。

肖像なら人柄を、静物なら質感を、風景なら地形を追う。

ギフォードは、どの主題でも同じものを追い続けた。

その一貫性が、七点を並べたときの統一感になっている。

空気を、描くということ

最後に、この主題の難しさを書いておきたい。

空気には、形も色もない。

見えるのは、空気を通った光だけである。

つまり、描く対象そのものは存在しない。

存在しないものを、絵具で見せることになる。

そのためには、周りの物を正確に描く必要がある。

近くの木を濃く、遠くの山を淡く。

その差の作り方だけが、空気の厚みを伝える。

逆に言えば、空気を描くとは、差を描くことである。

ギフォードの絵は、その差の目盛りが細かい。

だから谷が光で満ちて見える。

七点のどれを見ても、そこに空気がある。

見るときの距離

最後に、こういう絵の見方を書いておきたい。

近づいて見ると、この画家の絵はあまり面白くない。

筆跡がほとんどなく、絵具の層も薄い。

技巧を見せる種類の絵ではないからだ。

離れて見たときに、初めて効き目が出る。

二、三メートル下がると、霞が霞として見えはじめる。

さらに下がると、谷の奥行きが実際の距離のように感じられる。

これは、画面の中の色の差が、目の中で溶けるからである。

つまり見る距離が、絵の一部として設計されている。

美術館では、つい近づいて細部を探してしまう。

この画家の絵の前では、いったん下がったほうがよい。

下がって、目を細めるくらいでちょうどいい。

そうすると、絵の中の空気が動きはじめる。

谷が光で埋まる、という最初の印象に戻れるはずである。

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