画家を知る

手が、止まっている——シャルダンの静けさ

蕪を剥く手が止まっている。シャルダンの画面では、動作の直前か直後が選ばれる。人物と静物の九点を並べ、要素を減らして静けさを作る方法を読む。額の寸法が一致する対の作品にも触れておきたい。晩年のパステルの自画像にも触れておきたい。材料の変更が示すものを考える。

台所の下働きの女
ジャン・シメオン・シャルダン《台所の下働きの女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

蕪を剥く手が、止まっている

一枚の絵から始めたい。

台所の下働きの女
ジャン・シメオン・シャルダン《台所の下働きの女》1738年。油彩・画布。縦46.2センチ、横37.5センチ。額を含めて縦61.9センチ、横53.7センチ、厚さ7.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《台所の下働きの女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦46.2センチ、横37.5センチ。

女性が椅子に座っている。白い頭巾を被り、茶色の上衣を着る。

膝に白い布を広げ、その上で蕪を剥いている。右手に小刀、左手に蕪。

しかし、手は動いていない。刃は蕪に当たったまま、視線は左下へ落ちている。

作業の途中で、意識がどこかへ行った瞬間である。

足元を見てほしい。橙色の南瓜が転がり、剥かれた蕪が三つ、四つ並ぶ。

その右に、青い縁の鉢がある。中に白い塊が浮かんでいる。皮を剥いた蕪だと考えられる。

床は灰褐色で、細かい皮の屑が散る。背景の壁には何も描かれていない。

顔の描き方

顔をもう少し見たい。この女性の顔は、細かく描き分けられていない。

目、鼻、口はいずれも簡略である。輪郭も、輪郭線ではなく明暗の境で示される。

一方、頬から顎にかけての面には、薄い赤みが置かれる。皮膚の下の血の色である。

つまり、造作より肌の質を優先している。誰であるかを示す肖像ではない。

働く人の一般像として描かれている。

労働の場面が、絵になっている

主題を確かめたい。描かれているのは、家事の一場面である。

貴族でも、聖人でも、物語の登場人物でもない。台所で働く人である。

18世紀のフランスでは、絵に序列があった。歴史や神話の大画面が上位に置かれた。

日常の場面や静物は、下位に置かれる。その序列については、
別のコラムで扱った。

シャルダンは、下位とされた主題で名を得た画家である。

描いたのは、誰か

作者はジャン・シメオン・シャルダンである。1699年にパリで生まれ、1779年に没した。

生涯のほとんどをパリで過ごし、王立絵画彫刻アカデミーの会員になった。

会員としての分野は、静物と動物だった。歴史画の画家として認められたわけではない。

それでも、当時から評価は高かった。日常の主題でも、質が高ければ認められたことになる。

同時代の批評家が、その筆づかいを繰り返し論じている。

問い——止まった時間を、どう作るのか

ここで問いを立てたい。この画面には、動きがほとんどない。

しかし、静止した人形を描いたようにも見えない。動作の途中で、時間が止まっている。

その感じは、どうやって作られているのか。

当サイトにはシャルダンの作品が10点公開されている。人物画と静物画が半々である。

両方を並べて、静けさの作り方を読みたい。

屈んだ背中を、こちらに向ける

もう一点、台所の場面を見たい。

皿洗いの女
ジャン・シメオン・シャルダン《皿洗いの女》1738年ごろ。油彩・画布。縦47センチ、横38.1センチ。額を含めて縦62.2センチ、横53.3センチ、厚さ9.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《皿洗いの女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

先の一点と、ほぼ同じ大きさである。縦47センチ、横38.1センチ。

女性が大きな木桶に屈み込んでいる。両手を桶の中へ差し入れ、鍋を洗う。

白い頭巾、白い上衣、白い前掛け。衣服の大部分が白い。

顔は横を向き、口元がわずかに開く。誰かに呼ばれて振り向いた、という姿勢に見える。

手前の床に、銅の鍋が転がる。取っ手が長く、口が上を向く。

その脇に、灰の入った円筒形の容器と、緑釉の浅い鉢がある。

筆の跡が、近くで見える

技法にも触れておきたい。この画家の絵は、近づくと筆の跡がはっきり見える。

絵具は厚く、細かい粒が立っている。輪郭の際では、絵具が盛り上がる。

離れて見ると、その粒が溶けて質感になる。銅の鈍い光も、布の柔らかさも、粒の集まりで作られている。

近づいて見て、離れて見る。この往復が必要な絵である。

同じ見方が要る画家として、別のコラムでハルスを扱った。

道具が、人と同じ重さで描かれる

構図の特徴に触れておきたい。この画面では、道具が画面の下三分の一を占める。

銅鍋の丸み、木桶の板目、陶器の艶。いずれも丁寧に描かれている。

人物と道具の、どちらが主役かは決めにくい。少なくとも道具は、背景の飾りではない。

台所の物が、人と同じ密度で描かれている。ここがこの画家の特徴である。

二点は、対として額装されている

寸法欄に注目してほしい。この二点の画面寸法は、46.2×37.5センチと47×38.1センチ。

わずかに違うが、ほぼ同じである。そして額の寸法も近い。

さらに、別の一点を見てほしい。

気配りの看護人
ジャン・シメオン・シャルダン《気配りの看護人》1747年。油彩・画布。縦46.2センチ、横37センチ。額を含めて縦61.9センチ、横53.7センチ、厚さ7.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《気配りの看護人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

この一点の額の寸法は、先の《台所の下働きの女》とまったく同じである。

61.9×53.7×7.3センチ。数値が完全に一致する。

制作年は1738年と1747年で、九年離れている。それでも同じ額に収められている。

つまり、あとから対として整えられたと考えられる。

額が、組を作る

ここは面白い点である。絵そのものは別の年に描かれた。

しかし同じ額に入れれば、二点は組に見える。壁に並べれば、対の絵として扱われる。

額は保護の道具であると同時に、関係を作る道具でもある。

額の役割については、別のコラムで扱った。

寸法欄の数字は、そうした後年の判断まで記録している。

色を、狭い範囲に抑える

色数も数えておきたい。この三点で使われている色は多くない。

白、灰、褐色、黒。そこに橙と赤が少量、青が点のように入る。

つまり画面の大部分は、無彩色に近い。少ない鮮やかな色が、その中で効く。

先に見た《台所の下働きの女》では、朱色のスカートが唯一の強い色である。

色を絞る方法は、別のコラムでも扱った。

卵を割る手つき

この一点の内容も見ておきたい。画面の左に、白い布を掛けた小卓がある。

その上にパン、ガラスの脚付きコップ、白い水差し、小さな皿が並ぶ。

右に女性が立つ。桃色と白の縞のスカート、白い上衣。

両手で卵らしきものを持ち、殻を割ろうとしている。視線は手元に落ちる。

床には浅い土鍋と、炭のようなものを入れた容器が置かれる。

奥に暖炉の縁と、木の棚が見える。

静かさは、どこから来るのか

三点に共通する要素を整理したい。第一に、人物が一人であること。

第二に、視線がこちらを向いていないこと。三点とも、手元か脇を見ている。

第三に、背景に物語がないこと。誰も会話しておらず、事件も起きていない。

第四に、明暗の差が緩やかであること。強い影も、まぶしい光もない。

つまり静けさは、要素を減らすことで作られている。

子どもの遊びを描く

主題の幅も見ておきたい。

シャボン玉
ジャン・シメオン・シャルダン《シャボン玉》おそらく1733〜1734年。油彩・画布。縦93センチ、横74.6センチ。額を含めて縦116.2センチ、横97.8センチ、厚さ11.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《シャボン玉》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

これは大きい。縦93センチ、横74.6センチ。

石の窓枠に、若者が上体をもたせかけている。左肘を枠に置き、右手で細い管を持つ。

管の先に、透明な泡が膨らむ。直径は顔の半分ほどある。

泡の表面には、わずかな光の輪が描かれる。割れる直前の緊張が、そのまま止まっている。

窓の下から、小さな子どもが顔を出す。目を丸くして泡を見上げる。

窓枠の上部に蔦が垂れ、葉が数枚揺れる。

大きさが、主題の格を示す

寸法にも注目したい。台所の場面は縦46センチ前後の小品である。

一方、シャボン玉の一点は縦93センチ、トランプの城は縦82.2センチ。倍近い。

つまり子どもの場面のほうが、大きな画面で描かれている。

主題の格と画面の大きさは、必ずしも一致しない。注文の事情も関わる。

ただし公開分だけでは、その事情までは分からない。

泡は、何を意味するのか

主題の背景にも触れておきたい。西洋の絵では、シャボン玉が短い命の象徴として扱われてきた。

美しいが、すぐに消える。人の一生になぞらえる読み方である。

ただし、この絵をその図式だけで読むのは狭い。少年の集中と、子どもの驚きが主題でもある。

所蔵館の記録も、象徴の解釈を断定してはいない。だから、両方の読み方を並べておきたい。

カードの家を、積む

もう一点、子どもの場面を見たい。

トランプの城
ジャン・シメオン・シャルダン《トランプの城》おそらく1737年。油彩・画布。縦82.2センチ、横66センチ。額を含めて縦107.3センチ、横92.1センチ、厚さ10.2センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《トランプの城》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

少年が緑の布を張った卓に向かう。上体を前へ倒し、両手でカードを扱う。

卓の上に、カードが二重、三重に立てられている。倒れそうで、まだ倒れていない。

少年の顔は横向きで、口元がわずかに緩む。髪は後ろで結ばれ、青いリボンが下がる。

卓の引き出しが手前へ開き、中のカードが見える。

つまり、これも「まだ起きていないこと」を描いた絵である。

動作の直前と直後

三点を並べると、共通の構造が見える。蕪を剥く手は止まり、泡はまだ割れず、城はまだ崩れない。

いずれも、動作の直前か直後である。動作の最中ではない。

写真であれば、動きの最中を止めることもできる。しかし絵では、静止した瞬間のほうが自然に見える。

この選択が、静けさの正体だと考えられる。

同じ図が、版画になった

複製についても触れておきたい。シャルダンの人物画は、当時、版画に写されて広まった。

版画にすれば、同じ図が数百枚出回る。絵を買えない人にも届く。

つまり評判は、油彩そのものより複製で広がった可能性が高い。

複製が評価を運ぶ仕組みは、別のコラムでも扱った。

ただし当サイトの公開分に、その版画は含まれていない。

教える場面

もう一点、人物画を見たい。

幼い女教師
ジャン・シメオン・シャルダン《幼い女教師》1740年以降。油彩・画布。縦58.3センチ、横74センチ。額を含めて縦80センチ、横95.9センチ、厚さ11.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《幼い女教師》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

これは横長の画面である。縦58.3センチ、横74センチ。

右に少し年上の子どもが座り、指し棒で本の頁を指す。青い前掛けと白い袖。

左に小さな子どもが卓に肘をつき、指された箇所を見る。頬がふくらみ、口が結ばれる。

二人とも、赤い縞の付いた頭巾を被る。卓は木製で、下部に金具が見える。

背景は暗い褐色で、何も描かれていない。

教える側も、子どもである

主題の読み方に触れておきたい。題名は「幼い女教師」である。

つまり教えている側も、まだ子どもである。大人の役を真似ている場面だとも読める。

遊びなのか、実際の学習なのかは、画面だけでは決まらない。

所蔵館の記録も、その点を断定していない。読み方の幅は、残しておきたい。

子どもを描く目線

子どもの絵の扱いにも触れたい。18世紀のヨーロッパでは、子どもを主題にした絵が増えていく。

家庭や教育への関心が高まった時期にあたる。ただし、これは大きな傾向の話である。

一点ずつの絵が、その傾向を証明するわけではない。作品と時代背景を、直結させないようにしたい。

言えるのは、この画家が子どもの動作をよく見ていたということである。

晩年の自画像

材料の変わった一点を見たい。

日除け帽の自画像
ジャン・シメオン・シャルダン《日除け帽の自画像》1776年ごろ。青い簀の目紙にパステル、画布に裏打ち。縦45.7センチ、横37.4センチ。シカゴ美術館蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《日除け帽の自画像》シカゴ美術館蔵

油彩ではない。紙にパステルで描かれている。

画面には、年配の男の半身がある。顔はやや右を向き、目はこちらを見る。

頭に白い布を巻き、その上に青い庇の付いた帽子をかぶる。

丸い眼鏡をかけている。金属の細い枠が、鼻と耳に架かる。

首には桃色と青の布が巻かれ、胸元で結ばれる。

上着は灰褐色で、簡略に描かれる。背景は暗い灰緑である。

パステルという材料

材料について補いたい。パステルは、顔料を固めた棒である。

紙に擦りつけて色を置く。溶剤も乾燥時間も要らない。

一方、粉が落ちやすい。定着させなければ、触れただけで崩れる。

だからこの一点も、紙のまま保管されず、画布に裏打ちされている。

材料の性質が、保存の方法を決めている。

青い紙を、使う

支持体も見ておきたい。記録は「青い簀の目紙」と書いている。

つまり、白い紙ではない。

青みのある紙の上では、肌の色が引き立つ。補色に近い関係だからである。

そして紙の色が、そのまま中間の明るさとして働く。

紙の色を活かす方法は、別のコラムでも扱った。

眼鏡と、庇

細部にも触れておきたい。庇の付いた帽子は、光を遮るための道具である。

眼鏡も、目の負担を減らすためのものである。

つまり、画面には仕事の道具が描かれている。

この画家は晩年に油彩から離れ、パステルを主に使ったとされる。

理由については諸説あり、記録も断定していない。ここは留保しておきたい。

獲物を描いた一点

主題の性格が違う静物もある。

獲物のある静物
ジャン・シメオン・シャルダン《獲物のある静物》おそらく1750年代。油彩・画布。縦49.6センチ、横59.4センチ。額を含めて縦72.2センチ、横82.1センチ、厚さ8.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《獲物のある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

石の台の上に、雉と兎が横たわる。雉は羽を広げ、首が台の縁から垂れる。

兎は白い腹を見せ、前脚が伸びる。耳が台の右へはみ出す。

左に小さな橙が一つ置かれる。背景は灰褐色で、何も描かれていない。

狩りの獲物を描く形式は、当時のヨーロッパで一般的だった。台所に届く前の食材である。

つまりこれも、日常の物である。

早い時期の静物

制作年の幅も見ておきたい。

果物、水差し、グラス
ジャン・シメオン・シャルダン《果物、水差し、グラス》1726〜1728年ごろ。油彩・画布。縦33.5センチ、横43センチ。額を含めて縦49.5センチ、横59.4センチ、厚さ7.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《果物、水差し、グラス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

公開分では最も早い時期の作である。

中央奥に、褐色の陶の水差しが立つ。口が広く、胴が膨らむ。

左手前にガラスのコップがある。中は空で、向こう側の暗さが透ける。

右に桃が四つ、五つ。手前に青い李が二つと、小さな実が一つ。

物の配置は、後年の静物と大きく変わらない。三十年以上、同じ形式を続けている。

描かれていないもの

何が描かれていないかも確かめたい。台所の場面に、火は描かれていない。

暖炉の縁は見えるが、炎は見えない。煮炊きの湯気も、匂いを示す描写もない。

つまり、賑やかな要素は避けられている。音のしない台所が描かれている。

実際の台所は、もっと騒がしかったはずである。画面は、現実の写しではない。

見立て——静けさは、引き算で作られる

ここまでを整理したい。人物は一人か二人。視線はこちらを向かない。

物は数個。背景は無地。光は柔らかく、影は薄い。

つまり、要素を減らすことで静けさが作られている。足すのではなく、引く方法である。

そして、動作は途中で止められる。次に何が起きるかを、見る側が想像する余地が残る。

額の記録が、そろっている

公開分の記録にも触れておきたい。10点のうち9点に、額を含む寸法が記載されている。

つまり所蔵館は、額まで作品の一部として記録している。

画面と額の比を計算すると、面積で二倍前後になる。小さな絵ほど、額の存在感が大きい。

数字を並べるだけで、飾られ方が推測できる。

十点の内訳

公開分の構成も確かめておきたい。人物のいる場面が六点、静物が三点、自画像が一点である。

制作年は1726年ごろから1776年ごろまで、五十年に及ぶ。

つまり長い活動期の作品が、まんべんなく含まれている。同じ形式を続けた画家であることが、数からも読める。

暮らしへ——机の上を、七つに減らす

家でできることを書いておきたい。机の上の物を、七つまで減らしてみてほしい。

残す物を選び、位置を少しずつ動かす。斜めの向きを一つ作ると、画面が締まる。

そして、光を一方向からだけ当てる。窓を一つ開け、他を閉じる。

それだけで、静物画の条件が揃う。数を減らすことが、静けさを作る最短の方法である。

静物は、何点あるか

公開分の静物についても整理しておきたい。果物と器を描いた小品が数点ある。

いずれも横長で、縦33〜50センチ、横41〜60センチに収まる。

つまり、静物には決まった判型が使われている。

主題ごとに判型が決まる点は、この画家の仕事に一貫している。

群として見ると、形式が見える

最後に、見方をまとめておきたい。10点を主題で分け、寸法で並べ替えてみる。

人物画は縦長の小品と、大きめの縦長に分かれる。静物はいずれも横長の小品である。

つまり主題ごとに、判型が決まっている。形式が仕事の型を示している。

そして、気づいた点は書き留めておきたい。額の寸法が一致するといった発見は、忘れやすい。

一行の記録が、次に見るときの足場になる。

SAME ARTIST同じ画家のコラム

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧