同じ景色が、二つある——クロプシーの大小
同じ谷を描いた二点がある。縦38センチと縦123センチ。クロプシーは小さく試してから、大きく仕上げた。九点で準備と完成の関係を読み、アルバムの素描と晩年の水彩にも触れる。産業が入る風景も見ておきたい。暗い紙に白を置く技法にも触れる。

同じ景色が、二つある
二枚の絵から始めたい。まず、小さいほうを見てほしい。

横長の画面である。縦38.1センチ、横61センチ。
右手前に、大きな木が一本立つ。幹は途中で曲がり、枝が左へ広がる。
その左に、谷が開ける。畑と草地が帯になって奥へ続く。
中央を川が蛇行する。水面が細く光る。
奥に低い山並みが横たわり、その上に空が広がる。空は黄土色を帯び、雲が横に流れる。
手前の地面には岩が転がり、牛が数頭いる。
大きいほうは、二メートルある
次に、同じ構図の大きな一点を見たい。

寸法が違う。縦123.2センチ、横213.4センチ。
面積では、先の一点の十倍以上ある。
しかし構図はほぼ同じである。右手前の木、開ける谷、蛇行する川、奥の山並み。
要素の配置が対応している。
制作年は1864年と1865年。一年の差である。
小さいほうが、先に描かれた
順序を考えたい。通常、大画面を描く前に小さな画面で構図を試す。
つまり1864年の一点が準備で、1865年の一点が完成作だと考えられる。
所蔵館の記録は、この関係を明示していない。しかし年と寸法の差は、その順序と整合する。
大画面の準備については、別のコラムで扱った。
問い——大きくすると、何が変わるのか
ここで問いを立てたい。同じ構図を十倍の面積で描くと、何が変わるのか。
要素は同じである。しかし、細部の密度と、見る距離が変わる。
そして、値段と用途も変わる。
当サイトにはジャスパー・フランシス・クロプシーの作品が20点公開されている。
油彩、水彩、素描が含まれる。並べて確かめたい。
細部の密度が、変わる
二点をもう一度比べたい。小さいほうでは、遠くの畑は色の帯である。
大きいほうでは、その帯の中に建物や柵が描き分けられる。
つまり画面が大きくなると、描き込む情報が増える。
面積が十倍になれば、同じ密度を保つために手間も増える。
見る距離も、変わる
寸法の効果を考えたい。縦38センチの画面は、手を伸ばせば届く距離で見る。
縦123センチ、横213センチの画面は、数メートル離れて見る。
つまり見る側の身体の位置が変わる。
大画面は部屋の一面を占め、視界を埋める。
大きさが見る距離を決める点は、別のコラムでも扱った。
秋の色を、主題にする
色にも注目したい。二点とも、画面全体が黄土色を帯びている。
草地は黄色く、木の葉は褐色と緑が混ざる。空も黄みがかる。
つまり秋の光を主題にしている。
この画家は、秋の風景で知られた。特に紅葉の色が評価されたと伝えられる。
ただし、この二点では紅葉は控えめである。強い赤は使われていない。
別の谷も、同じ型で描く
構図の型を見たい。

縦51.1センチ、横81.9センチ。中くらいの大きさである。
画面の上半分は空である。中央がまばゆく、金色に光る。
太陽は描かれていない。しかし、そこに光源があると分かる。
下半分は平原である。黄土色と褐色の草地が広がり、中央を川が横切る。
手前に低い丘があり、その上に小さく人と動物がいる。
奥の山並みは低く、輪郭が霞む。
光を、面で描く
技法にも触れておきたい。この空は、中央から周辺へ、色が連続して変わる。
境目がない。絵具を薄く重ね、境をぼかしている。
その結果、光が空気の中に満ちているように見える。
同じ方向の画面については、別のコラムで扱った。
十四年前の一点
年代の幅も見ておきたい。

1853年の作である。先の三点より、十年以上早い。
この一点の公開画像は白黒である。色は分からない。
画面には、手前に岩と牛がいる。中景に水面が広がる。
左に大きな木立が茂り、右奥へ丘が続く。
明暗の対比が強い。手前が暗く、中景が明るい。
つまり初期の作では、明暗で奥行きを作っている。
画像が白黒であること
画像についても触れておきたい。同じ画家の作品でも、カラーの画像と白黒の画像が混在する。
白黒では、秋の色を主題にした画家の特徴が見えない。
つまり、公開画像の条件が、読める内容を左右している。
画像の差は作品の差ではないという点は、
別のコラムでも扱った。
水彩の一点
材料の幅も見ておきたい。

1890年の作である。公開分では遅い時期にあたる。
水辺の場面である。手前に水が広がり、右に牛が三頭立つ。
中央から右に、木が数本。葉は淡い緑と黄で、細かい筆が重なる。
左奥に、煙を上げる建物が見える。工場の煙突だと考えられる。
水面には帆船が一隻、小さく浮かぶ。
空は淡い灰色で、雲が広く覆う。