画家を知る

首は、なぜ長いのか——アメデオ・モディリアーニ

顎から鎖骨までが、実際の人体より伸びている。モディリアーニの首はなぜ長いのか。変形は奇抜さのためではなく、静けさのためだった。三年に集中した九点から、その理由を考える。長い首と、瞳のない目。短い時間に、一つの形が徹底された。

カフェの歌手
アメデオ・モディリアーニ《カフェの歌手》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

首が、長い

一枚の絵から始めたい。

カフェの歌手
アメデオ・モディリアーニ《カフェの歌手》1917年。油彩・画布。縦92.4センチ、横60.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《カフェの歌手》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

一人の女性が、正面を向いて立っている。

黒い衣を着て、両手を体の前で組んでいる。

背景は灰緑色で、縦の線が数本入っている。

壁と柱だろうか。細部は描かれていない。

さて、この人物の首を見てほしい。

明らかに長い。

顎から鎖骨までの距離が、実際の人体より伸びている。

肩幅に対して、首が細く、高い。

顔も長い。額から顎までが、横幅の倍近くある。

目は細く、瞳が描かれていない。

鼻筋は一本の線として通り、口は小さい。

これが、この画家の絵の顔である。

なぜ長いのか

この問いには、いくつかの答え方がある。

一つは、彫刻の影響である。

モディリアーニは、一時期彫刻に取り組んでいたと記録されている。

石を彫って、細長い頭部を作った。

その形が、絵の人物にも現れている、という説明である。

もう一つは、古い時代の美術の影響である。

十四世紀以前のイタリアの板絵には、面長の聖人像が多い。

さらに、アフリカや大洋州の彫刻への関心も指摘される。

当時のパリでは、そうした造形が画家たちに注目されていた。

いずれの説明も、根拠はある。

ただし、どれか一つで決まるものでもないだろう。

変形は、目的ではない

もう一つ、別の角度から考えたい。

首を伸ばすと、絵の中で何が起きるか。

まず、顔の位置が上がる。

肩から離れた頭部が、画面の中で独立して見える。

次に、体の量感が減る。

首が細いぶん、人物全体が軽く見える。

そして、姿勢が静かになる。

長い首は、急に動けない。ゆっくりとしか回せない。

つまり、変形は表情のためにある。

奇抜さのためではなく、静けさのためである。

画家について

アメデオ・モディリアーニについて、記録から書く。

1884年にイタリアで生まれ、1920年にパリで没した。

三十五歳での死である。制作期間はきわめて短い。

今回の九点も、1916年から1919年に集中している。

つまり、最後の四年ほどの仕事である。

パリに出たのは1900年代の後半とされる。

当時のパリには、各国から画家が集まっていた。

その中で、彼は肖像を描き続けた。

風景も静物もほとんど残していない。

人の顔と体だけを、繰り返し描いた画家である。

生前の評価は高くなかったと伝えられる。

作品が広く知られるようになるのは、没後のことである。

いま市場で高額で取引される画家の一人だが、当人はそれを知らない。

この落差は、二十世紀の画家にしばしば見られる。

当サイトでも
ライダーの絵具などで、
似た経過をたどった例を扱った。

短い制作期間

制作期間の短さは、作品を見るうえで重要である。

十年ほどのあいだに、彫刻に取り組んだ時期もある。

油彩に集中したのは、その後の数年である。

つまり、作風が固まってからの時間はごく短い。

九点がすべて1916年から1918年に収まるのも、そのためだろう。

短い期間に、同じ形式で数多く描く。

その反復が、逆に完成度を高めた面はあると思う。

迷う時間がなかった、とも言える。

瞳のない目

顔の描写に戻る。

《カフェの歌手》の目には、瞳が描かれていない。

眼球全体が、灰青色や褐色で塗りつぶされている。

これは、この画家の絵によく見られる扱いである。

瞳がないと、視線の方向が決まらない。

こちらを見ているのか、見ていないのかが分からない。

その曖昧さが、人物を遠く感じさせる。

肖像画は、ふつう視線で見る人と関係を結ぶ。

その関係を、意図的に切っている。

ただし、九点すべてがそうではない。

瞳を描いた作もある。使い分けがあったことになる。

顔の作りを、分解する

この画家の顔は、いくつかの部品でできている。

まず、卵形の輪郭。上が広く、下が細くすぼまる。

次に、その中央を通る一本の線。これが鼻筋になる。

鼻の下に、小さな唇。上下の合わせ目が一本の線で示される。

目は、細長い楕円が二つ。左右で高さが少しずれることもある。

眉は、細い弧を一本ずつ。

耳は、簡略な渦巻きか、あるいは描かれない。

これらの部品の組み合わせで、顔ができている。

つまり、顔は観察の結果というより、構成の結果である。

だから、どの絵の顔も同じ手順で描かれたように見える。

一方で、部品の配置と比率は人ごとに変えられている。

型を持ちながら、型に呑まれない。その加減が要点になる。

首の角度

首の描き方にも、決まりがある。

多くの作で、首はまっすぐ立っていない。

わずかに傾いている。左右どちらかへ、数度だけ。

その傾きが、人物に柔らかさを与える。

垂直に立った首は、硬く、緊張して見える。

傾けると、力が抜けた姿勢になる。

長い首は、この傾きを見せるのに都合がよい。

短ければ、数度の傾きは分からない。

長いからこそ、わずかな角度が読み取れる。

首を伸ばすことと、傾けることは、一組の操作である。

二人を、一枚に

二枚目は、二人の肖像である。

ジャックとベルト・リプシッツ
アメデオ・モディリアーニ《ジャックとベルト・リプシッツ》1916年。油彩・画布。縦81.3センチ、横54.3センチ。シカゴ美術館蔵。アメデオ・モディリアーニ《ジャックとベルト・リプシッツ》シカゴ美術館蔵

縦長の画面に、二人が収められている。

左に男性が立ち、右下に女性が座っている。

男性は暗い上着を着て、こちらを見ている。

顔は細長く、目は黒く塗られている。

女性は白い襟のついた黒い衣を着ている。

顔はやや小さく、丸みがある。

背景は褐色と灰色で、縦の区画に分かれている。

画面の左上に、文字らしきものが書き込まれている。

姓が記されているようである。

縦長に、二人を入れる

二人を描くなら、横長の画面のほうが自然である。

並べて配置すれば、両方に等しく場所が与えられる。

この絵は縦長で、二人を上下にずらして置いている。

その結果、男性が上、女性が下という配置になった。

これは構図上の解決であって、序列とは限らない。

とはいえ、画面の中で位置は意味を持つ。

上にいる人物のほうが、先に目に入る。

見る順序が、そのまま重みになる。

誰を描いたのか

題にある名は、当時のパリで活動した彫刻家とその妻とされる。

つまり、同業の知人を描いた絵である。

九点の多くが、そういう性格を持っている。

依頼を受けた正式な肖像ではなく、身近な人の顔である。

肖像画としては、やや特殊な立場にある。

注文主の意向に縛られないので、変形も自由にできる。

首を伸ばすことに文句を言う人がいない。

このことは、作風の成立に関わっているかもしれない。

名前が、画面に書かれる

この一枚には、画面の中に文字が書き込まれている。

左上に、描かれた人物の姓らしき文字が見える。

肖像画に名を書き込むのは、古くからある習慣である。

誰を描いたかを、絵自身が記録する。

年月が経てば、人物の同定は難しくなる。

文字があれば、その手がかりが残る。

もっとも、この画家の場合は装飾的な効果もあるだろう。

背景の面の中に、文字の並びが図として置かれている。

読める文字が絵の一部になる例は、当サイトでも
ホイッスラーの題名で扱った。

文字は意味であると同時に、形でもある。

男性の肖像

三枚目は、男性の全身に近い肖像である。

ドゥルー氏
アメデオ・モディリアーニ《ドゥルー氏》1916年。油彩・画布。縦81.1センチ、横46.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《ドゥルー氏》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

細長い画面である。縦81.1センチ、横46.7センチ。

男性が椅子に座り、こちらを向いている。

赤褐色の上着を着て、首元に白い布を巻いている。

その白い布が、画面の中で最も明るい。

顔は正面を向き、目には青灰色が入っている。

こちらの絵では、瞳らしきものが描かれている。

髪は黒く、額の生え際がはっきりしている。

背景は左が青灰色、右が褐色である。

縦横の比率

この画面の比率は、縦横で一・七対一である。

人物の肖像としては、細長い部類に入る。

その細長さが、人物の形と呼応している。

長い顔、長い首、細い体。

画面の形が、描かれる人の形を後押ししている。

九点の多くが、この縦長の比率を取っている。

つまり、画布の選び方の段階で作風が始まっている。

緑の上着

四枚目は、色が明るい。

緑の上着の少女
アメデオ・モディリアーニ《緑の上着の少女》1917年。油彩・画布。縦81.3センチ、横46センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《緑の上着の少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い女性が椅子に座っている。

淡い緑の上着を着て、下は赤褐色の衣である。

髪は明るい金色で、耳のあたりで巻いている。

顔は長く、頬に赤みが差している。

目は薄い青で塗られ、瞳は描かれていない。

背景は黄土色と赤褐色の面に分かれている。

右奥に、椅子の背らしき赤い形が見える。

緑、赤褐色、黄土色、金色。

暖かい色でまとめられた画面である。

色の組み立て

この画家の色使いには、一定の型がある。

背景を、二つか三つの大きな面に分ける。

その面は、褐色、灰色、青灰色などの落ち着いた色である。

人物の衣には、それより明るい色を置く。

肌は、橙がかった桃色にする。

そして、一箇所だけ強い色を入れる。

この絵では、緑の上着がそれにあたる。

配色の設計が、どの絵でもほぼ同じである。

つまり、繰り返し使える型を作っていた。

背景を、区画に割る

背景の分け方も、繰り返し使われる手である。

多くの作で、背景が二つか三つの縦長の面に分かれている。

境目は直線で、色がはっきり切り替わる。

部屋の隅や、扉の枠や、壁の継ぎ目のようにも見える。

しかし、具体的に何かを描いているわけではない。

空間を示すためというより、画面を区切るための線である。

その縦の線は、人物の縦長の姿と呼応する。

つまり、背景まで含めて「縦」で統一されている。

もし背景に横の線を入れれば、画面は落ち着くが平凡になる。

縦で押し通すことで、上へ伸びる感じが生まれる。

首の長さと、この縦線は、同じ目的のために働いている。

速く描いたのか

制作の速さについても考えたい。

この画家の作は、絵具の層が薄いものが多い。

塗り重ねて厚くするより、一度で決めていく描き方である。

輪郭線は、はっきりした一本で引かれている。

迷った跡や、描き直しの跡があまり見えない。

短時間で仕上げたと考えられる作が多い。

もっとも、速さは準備の量と裏表である。

型ができていれば、迷わずに描ける。

型を作るまでの時間は、画面には残らない。

見えているのは、完成した手つきだけである。

手を、どう置くか

五枚目を見たい。

アドリエンヌ(前髪の女)
アメデオ・モディリアーニ《アドリエンヌ(前髪の女)》1917年。油彩・亜麻布。縦55.3センチ、横38.1センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《アドリエンヌ(前髪の女)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さめの画面である。縦55.3センチ、横38.1センチ。

女性が、左手を頬から首筋に当てている。

肘を曲げ、腕が画面の右を大きく横切る。

髪は前髪をそろえ、両側で内に巻いている。

顔は長く、鼻筋が一本の線として通る。

唇は赤く、小さく描かれている。

目は青灰色で、輪郭だけが示される。

背景は赤褐色と暗褐色で、縦の区画がある。

腕が作る線

この絵では、腕が構図を決めている。

顔の左側から、腕が斜めに下りてくる。

その線が、画面を対角線で分ける。

もし腕を体の前で組ませたら、画面は静止する。

斜めの線が入ると、動きが生まれる。

しかも、その手は顔に触れている。

顔と手が近づくことで、人物の内側に気持ちが向く。

外に向かってポーズを取るのではなく、自分に触れている。

男の肖像

六枚目は、また男性である。

レオン・バクスト
アメデオ・モディリアーニ《レオン・バクスト》1917年。油彩・画布。縦55.3センチ、横33センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《レオン・バクスト》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

非常に細長い画面である。縦55.3センチ、横33センチ。

男性の胸から上が描かれている。

顔は丸みがあり、これまでの人物ほど長くない。

赤みがかった髪と口髭。目は小さく、青が入っている。

首元に、鮮やかな青い布が巻かれている。

その青が、画面で最も強い色である。

肩には、黄土色の飾りらしきものが見える。

背景は灰青色で、平らに塗られている。

顔の長さは、一定ではない

ここで、九点の顔を比べてみたい。

《カフェの歌手》の顔は、極端に長い。

《レオン・バクスト》の顔は、それほどでもない。

つまり、変形の度合いが人によって違う。

全員を同じ型に当てはめているわけではない。

実際の顔立ちを見て、そこから伸ばしている。

だから、丸顔の人はやや丸いまま残る。

変形は、無視ではなく誇張である。

元の形を知らなければ、誇張はできない。

化粧をした顔

七枚目は、印象が強い。

キスリング夫人
アメデオ・モディリアーニ《キスリング夫人》1917年ごろ。油彩・画布。縦46.2センチ、横33.2センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《キスリング夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな画面である。縦46.2センチ、横33.2センチ。

女性の胸から上が描かれている。

髪は明るい茶色で、前髪をそろえている。

顔は白く、頬に色がない。

目は大きく、青灰色で塗られている。

眉が細く高く描かれ、口紅が赤い。

首元には白い襟があり、赤いネクタイのようなものが下がる。

上着は暗い青である。

背景は灰色と褐色に分かれる。

白い顔

この絵の顔は、他の作より白い。

多くの作では、肌が橙がかった桃色で塗られる。

この一枚では、ほとんど白に近い。

化粧をしている、と読むこともできる。

あるいは、照明の違いかもしれない。

いずれにせよ、白い顔は目を引く。

暗い衣と背景の中で、顔だけが浮かび上がる。

肖像画の基本的な仕掛けが、ここでも使われている。

画家の肖像

八枚目は、同業者の肖像である。

シャイム・スーティン
アメデオ・モディリアーニ《シャイム・スーティン》1918年。油彩・画布。縦91.7センチ、横59.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《シャイム・スーティン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い男性が、椅子に座っている。

暗い上着を着て、両手を膝の上で組んでいる。

顔は長く、唇が厚く描かれている。

髪は黒く、額に垂れている。

目には青灰色が入り、瞳ははっきりしない。

右奥に、卓と小さな器らしきものが見える。

背景は灰青色で、右に赤褐色の面がある。

題にある名も、当時パリで制作していた画家である。

画家が画家を描く

同業者の肖像には、独特の緊張がある。

描かれる側も、絵を分かっている。

変形されれば、それが意図的だと理解する。

だから、遠慮も説明も要らない。

九点のうち、少なくとも三点は同業者やその家族である。

彼の肖像画は、そういう共同体の中で描かれていた。

売るためだけの絵ではなかった、ということでもある。

座った女性

最後の一枚を見る。

アメデ夫人(煙草を持つ女)
アメデオ・モディリアーニ《アメデ夫人(煙草を持つ女)》1918年。油彩・画布。縦100.3センチ、横64.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメデオ・モディリアーニ《アメデ夫人(煙草を持つ女)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点の中で最も大きい。縦100.3センチ。

女性が椅子に座り、体をやや斜めに向けている。

黒い衣を着て、袖は肘までである。

腕が太く、量感がある。

これまでの人物より、体つきがしっかりしている。

顔は丸みを帯び、頬に赤みがある。

目は青灰色で、こちらを見ているように見える。

背景は褐色で、右に赤い椅子の背が見える。

体を、描き分ける

この一枚で分かるのは、体つきの描き分けである。

細い人は細く、量のある人は量のあるように描かれている。

首の長さや顔の伸ばし方は共通していても、体は違う。

つまり、型に押し込めているわけではない。

型を持ちつつ、個体差を残している。

肖像画としての最低条件は、そこで守られている。

誰を描いても同じ顔になるなら、それは肖像ではない。

九点を通して

九点を年代順に並べる。

1916年が二点、1917年が五点、1918年が二点。

わずか三年である。

その短い期間に、これだけの数が残っている。

制作の速さがうかがえる。

主題は、すべて人物の肖像である。

風景も静物もない。

背景は面に還元され、人物だけが描かれる。

そして首が長く、顔が長い。

短い時間の中で

最後に、この画家の時間について書いておきたい。

三十五歳で没しているので、制作期間は十年ほどである。

今回の九点は、その最後の三年に集中している。

つまり、作風が固まってから間もなく終わっている。

長く生きていれば、また変わっていたかもしれない。

その先は、誰にも分からない。

私たちが知っているのは、この形だけである。

長い首と、長い顔と、瞳のない目。

短い時間に、一つの形が徹底された。

九点を並べると、その集中の度合いがよく見える。

部屋に置くとしたら

最後に、これらの絵を暮らしの中で考えてみたい。

九点は、いずれも一人か二人の人物だけを描いている。

背景に物語はなく、風景も置かれていない。

そのため、飾る場所を選ばない絵ではある。

一方で、人の顔がこちらを向いている絵は、存在感が強い。

風景画のように、視界の隅に置いておくことができない。

部屋に人が一人増えたような効果がある。

瞳が描かれていない顔は、その圧を少し弱めている。

見返してこない目は、居心地の悪さを生まない。

長い首と、色のない目。

その二つが、この絵を部屋に置ける絵にしている。

意図してそうしたかどうかは分からない。

ただ、結果として静かな絵になっているのは確かである。

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