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川べりの七年——クロード・モネ《アルジャントゥイユ》と水を描く目

日傘の下の光

人物を主役にした絵もある。

日傘の女——モネ夫人と息子
クロード・モネ《日傘の女——モネ夫人と息子》1875年。油彩・画布。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・モネ《日傘の女——モネ夫人と息子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。見上げる視点で描かれている。

女性は丘の上に立ち、緑の日傘を差している。

白い服が風をはらみ、右へなびく。ヴェールも同じ方向へ流れる。

顔は逆光で沈み、目鼻は曖昧である。

背後には青空と白い雲。足元には黄緑の草が生い茂る。

草には黄と橙の点が散る。花だと考えられる。

その少し後ろに、少年が立っている。息子ジャンだとされる。

この絵の焦点は、人物の表情ではない。

服にかかる光と、日傘を透かした緑の反射である。

白い服の陰の部分には、青と紫が置かれている。

影を灰色や黒で塗らない。これは印象派の絵によく見られる処理である。

影のなかにも色がある、という観察にもとづく方法だと考えられる。

同じ考え方で描かれた影は、この記事の他の絵にも見つかる。

《アルジャントゥイユの画家の家》の木陰も、青みを帯びていた。

顔を描かないという選択

《日傘の女》の顔は、はっきり描かれていない。

《アルジャントゥイユの画家の家》の人物も同じである。

庭の絵の二人も、駅の人影も、顔を持たない。

これは技量の問題ではない。選択である。

顔を描き込むと、絵は人物画になる。

見る人はまず表情を読み、そこから物語を作りはじめる。

モネはそれを避けたと考えられる。

彼が見せたいのは、人物の内面ではない。

服にあたる光であり、草の反射であり、空気の明るさである。

人物は、光を受ける面のひとつとして扱われている。

同じ時期、人物を主役にした画家もいた。

ルノワールは顔と肌を丁寧に描き、ドガは動きを追った。

同じ「印象派」の枠のなかでも、人物の扱いは大きく違う。

展示室で人物画を見るときは、顔がどこまで描かれているかを見てほしい。

そこに画家の関心の在りかが出る。

鉄と煙の駅へ

水と庭ばかりではない。町の絵もある。

ノルマンディー列車の到着、サン=ラザール駅
クロード・モネ《ノルマンディー列車の到着、サン=ラザール駅》1877年。油彩・画布。シカゴ美術館蔵。クロード・モネ《ノルマンディー列車の到着、サン=ラザール駅》シカゴ美術館蔵

駅の構内である。上部に鉄骨の屋根が架かる。

屋根は三角形に組まれ、ガラス越しに空が青く見える。

中央に機関車が正面を向いて停まる。黒い車体の上に白い蒸気が噴き上がる。

蒸気は画面の上半分を覆い、鉄骨の線をぼかす。

手前のプラットホームには人が立つ。輪郭は溶け、影のようである。

奥には街の建物が霞んで見える。

サン=ラザール駅は、アルジャントゥイユへ行くための駅でもある。

モネはこの駅を1877年に集中して描いた。十点あまりが知られている。

対象は自然ではない。鉄とガラスと蒸気である。

しかし描き方は水辺の絵と変わらない。

形を輪郭でとらえず、光の状態としてとらえる。

蒸気は、まさにその方法に適した対象だった。

輪郭を持たず、刻々と形を変え、光を散らす。

もしモネが人物の顔を描くように蒸気を描いていたら、この絵は成立しない。

駅を描くという主題

もう少し駅の絵に触れておきたい。

19世紀の絵画では、鉄道は新しい主題だった。

煙、鉄骨、ガラス、群衆。いずれも伝統的な風景画にはない要素である。

これを描くことは、現代を描くという宣言でもあった。

同じ時期、マネやカイユボットも都市の風景を描いている。

近代の都市を主題にすることは、当時としては選択の表明だったと考えられる。

モネがサン=ラザール駅を選んだ理由には、実利もあったはずである。

彼が住むアルジャントゥイユと、パリを結ぶ路線の起点だからである。

つまり、日常的に通っていた場所だった。

見慣れた場所を、あらためて主題として見る。

その視線の切り替えが、絵の出発点になっている。

水面を、どう塗るか

ここで、水の描き方だけを取り出して見たい。

モネの水面には、二種類の筆が使われている。

ひとつは横に流れる長めの筆である。水の平らさを示す。

もうひとつは、短く切った筆である。波と反射を示す。

映り込みを描くときは、対象の色をそのまま縦に引き下ろす。

帆の白は白のまま、船体の黒は黒のまま、水面に縦の帯として置かれる。

ただし、輪郭はぼかされ、境目は溶ける。

水面は鏡ではない。揺れているからである。

その揺れを、筆の長さと方向の乱れで表している。

《ルーアンのセーヌ川に浮かぶ船》では、この処理がよく見える。

帆柱の縦線が、水のなかでわずかに折れ曲がっている。

まっすぐ下ろさない。少しずらす。それだけで水が動いて見える。

港と船、そして海へ

川はやがて海に近づく。

ルーアンのセーヌ川に浮かぶ船
クロード・モネ《ルーアンのセーヌ川に浮かぶ船》1872年から1873年。油彩・画布。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・モネ《ルーアンのセーヌ川に浮かぶ船》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

帆船が三隻、画面の中央に並ぶ。帆柱が縦に何本も立つ。

船体は暗く、水面には黒と緑の映り込みが伸びる。

空は水色で、雲は白い。右手には対岸の丘が低く続く。

ルーアンはセーヌ川の下流にある港町である。

大型船が上ってくる場所であり、貿易の拠点でもあった。

この絵の主役は、帆柱が作る縦の線である。

横に広がる水面に、縦の線が何本も刺さる。

その交差が、画面に緊張を与えている。

帆柱は動かない。水は動く。ここでも、動くものと動かないものが組み合わされている。

風景を描くとは、その組み合わせを選ぶことでもある。