川べりの七年——クロード・モネ《アルジャントゥイユ》と水を描く目
日傘の下の光
人物を主役にした絵もある。

縦長の画面である。見上げる視点で描かれている。
女性は丘の上に立ち、緑の日傘を差している。
白い服が風をはらみ、右へなびく。ヴェールも同じ方向へ流れる。
顔は逆光で沈み、目鼻は曖昧である。
背後には青空と白い雲。足元には黄緑の草が生い茂る。
草には黄と橙の点が散る。花だと考えられる。
その少し後ろに、少年が立っている。息子ジャンだとされる。
この絵の焦点は、人物の表情ではない。
服にかかる光と、日傘を透かした緑の反射である。
白い服の陰の部分には、青と紫が置かれている。
影を灰色や黒で塗らない。これは印象派の絵によく見られる処理である。
影のなかにも色がある、という観察にもとづく方法だと考えられる。
同じ考え方で描かれた影は、この記事の他の絵にも見つかる。
《アルジャントゥイユの画家の家》の木陰も、青みを帯びていた。
顔を描かないという選択
《日傘の女》の顔は、はっきり描かれていない。
《アルジャントゥイユの画家の家》の人物も同じである。
庭の絵の二人も、駅の人影も、顔を持たない。
これは技量の問題ではない。選択である。
顔を描き込むと、絵は人物画になる。
見る人はまず表情を読み、そこから物語を作りはじめる。
モネはそれを避けたと考えられる。
彼が見せたいのは、人物の内面ではない。
服にあたる光であり、草の反射であり、空気の明るさである。
人物は、光を受ける面のひとつとして扱われている。
同じ時期、人物を主役にした画家もいた。
ルノワールは顔と肌を丁寧に描き、ドガは動きを追った。
同じ「印象派」の枠のなかでも、人物の扱いは大きく違う。
展示室で人物画を見るときは、顔がどこまで描かれているかを見てほしい。
そこに画家の関心の在りかが出る。
鉄と煙の駅へ
水と庭ばかりではない。町の絵もある。

駅の構内である。上部に鉄骨の屋根が架かる。
屋根は三角形に組まれ、ガラス越しに空が青く見える。
中央に機関車が正面を向いて停まる。黒い車体の上に白い蒸気が噴き上がる。
蒸気は画面の上半分を覆い、鉄骨の線をぼかす。
手前のプラットホームには人が立つ。輪郭は溶け、影のようである。
奥には街の建物が霞んで見える。
サン=ラザール駅は、アルジャントゥイユへ行くための駅でもある。
モネはこの駅を1877年に集中して描いた。十点あまりが知られている。
対象は自然ではない。鉄とガラスと蒸気である。
しかし描き方は水辺の絵と変わらない。
形を輪郭でとらえず、光の状態としてとらえる。
蒸気は、まさにその方法に適した対象だった。
輪郭を持たず、刻々と形を変え、光を散らす。
もしモネが人物の顔を描くように蒸気を描いていたら、この絵は成立しない。
駅を描くという主題
もう少し駅の絵に触れておきたい。
19世紀の絵画では、鉄道は新しい主題だった。
煙、鉄骨、ガラス、群衆。いずれも伝統的な風景画にはない要素である。
これを描くことは、現代を描くという宣言でもあった。
同じ時期、マネやカイユボットも都市の風景を描いている。
近代の都市を主題にすることは、当時としては選択の表明だったと考えられる。
モネがサン=ラザール駅を選んだ理由には、実利もあったはずである。
彼が住むアルジャントゥイユと、パリを結ぶ路線の起点だからである。
つまり、日常的に通っていた場所だった。
見慣れた場所を、あらためて主題として見る。
その視線の切り替えが、絵の出発点になっている。
水面を、どう塗るか
ここで、水の描き方だけを取り出して見たい。
モネの水面には、二種類の筆が使われている。
ひとつは横に流れる長めの筆である。水の平らさを示す。
もうひとつは、短く切った筆である。波と反射を示す。
映り込みを描くときは、対象の色をそのまま縦に引き下ろす。
帆の白は白のまま、船体の黒は黒のまま、水面に縦の帯として置かれる。
ただし、輪郭はぼかされ、境目は溶ける。
水面は鏡ではない。揺れているからである。
その揺れを、筆の長さと方向の乱れで表している。
《ルーアンのセーヌ川に浮かぶ船》では、この処理がよく見える。
帆柱の縦線が、水のなかでわずかに折れ曲がっている。
まっすぐ下ろさない。少しずらす。それだけで水が動いて見える。
港と船、そして海へ
川はやがて海に近づく。

帆船が三隻、画面の中央に並ぶ。帆柱が縦に何本も立つ。
船体は暗く、水面には黒と緑の映り込みが伸びる。
空は水色で、雲は白い。右手には対岸の丘が低く続く。
ルーアンはセーヌ川の下流にある港町である。
大型船が上ってくる場所であり、貿易の拠点でもあった。
この絵の主役は、帆柱が作る縦の線である。
横に広がる水面に、縦の線が何本も刺さる。
その交差が、画面に緊張を与えている。
帆柱は動かない。水は動く。ここでも、動くものと動かないものが組み合わされている。
風景を描くとは、その組み合わせを選ぶことでもある。