ムンクの代表作と特徴——《叫び》の石版画はどこで見られるのか
ムンクの代表作と特徴をまとめます。《叫び》の石版画、油彩《窓辺の少女》、《病める子ども》など六点を、当サイトが公開しているCC0の図版と館の記録から読みます。同じ主題を刷り直した仕事と、実物の所在を示します。

エドヴァルド・ムンクとはどんな画家か
エドヴァルド・ムンクは、ノルウェーの画家である。館の記録では1863年に生まれ、1944年に没している。油彩だけでなく、石版画と木版画を数多く残した。
主題はくり返される。病の床にある子ども、岸辺に立つ女、窓辺の夜。同じ場面を、油彩で描き、版でも刷り直している。
当サイトが図版を公開しているムンクは、シカゴ美術館とクリーヴランド美術館が持つ作品である。油彩は少なく、多くは版画だ。以下では、図版を出せる六点から代表作を見ていく。
《叫び》の版画は何が違うのか

よく知られている色彩のはげしい《叫び》は油彩である。それは当サイトの在庫には無い。ここに出せるのは、館の記録で1895年とされる石版画のほうだ。
違いは色数にある。刷られているのは黒いインクだけで、地はクリーム色のカード。夕焼けの赤も、フィヨルドの青も無い。残るのは線の流れだけである。
そして線だけになると、画面の作りがはっきり見える。手前の人物の頭と肩、その背後の手すり、遠くの水面と空。すべてが同じ向きの波打つ線で埋められている。
人物の顔は目と口の穴だけに縮められ、手は耳を押さえる。背後の二人は縦の線で真っすぐに立ち、波打つ線の中でそこだけが硬い。
大きさも油彩とは違う。画面は縦35.5センチほどで、手に持てる紙の上の仕事である。版画なので同じ図が複数刷られ、館はその一枚を持っている。
複数刷れるということは、同じ図が各地へ渡るということでもある。油彩は一点しか無い。版画は刷った枚数だけ存在し、別々の館が別々の一枚を所蔵する。
館の記録では、この石版画は収集家の旧蔵品としてシカゴ美術館に入っている。後で挙げる木版画《岸辺の二人の女》も、同じ収集の出である。
代表作を図版で見る

夜の室内に立つ少女が、カーテンを引いて外をのぞく。館の記録では、窓は内と外を隔てる壁であると同時に、月の光を通す膜でもある、と説明されている。床に落ちた青白い光の台形が、手前へ長く伸びる。

館の記録によれば、ムンクは13歳のときに姉を結核で亡くしている。9年後にこの主題の油彩を描き、以後、版でも三度刷った。この一枚はそのうちの最後にあたるという。
顔だけが紙の白のまま残され、肩から下は黒い線に沈む。線は白墨のように太く、擦れた粒がそのまま残る。

白い服の若い女と、黒く沈んだ人影が並んで海を見る。館の記録では、版木の粗い木目をそのまま生かし、形と色を切り詰めた作りだと説明されている。木目の筋は水面の上に横へ走り、波の代わりになっている。

館の記録では、手前で頭を抱えるのは画家の友人の批評家で、場所はオスロの南にある漁村の岸辺だという。刷るたびに水彩と不透明水彩で色を加えたため、同じ絵は二枚と無い、とも記している。

正面を向いた女が、緑の目でこちらを見る。赤い髪は肩から下へ広がり、体の輪郭を覆う。館の記録では、長い髪は当時のムンクの絵にくり返し出る印だとしている。
ムンクの絵の特徴
第一に、線が波打つ。海岸線も、空も、人の肩も、同じうねりの中に入る。直線は手すりや窓枠のような人の作った物にしか出てこない。
第二に、色数を絞る。版画では黒と青、あるいは赤と緑のように、数色で画面を組み立てる。油彩の《窓辺の少女》でも、青と茶と紫のほかはほとんど使われていない。
第三に、顔を描き込まない。目と口の位置は示すが、表情の細部は省かれる。誰であるかより、どういう状態にあるかが残る。
第四に、同じ主題を刷り直す。題に「第一」と番号が付くものがあるのは、そのためだ。版の技法を変え、色を変え、同じ場面を何度も作り直している。
第五に、材料の跡を隠さない。木目、石版の擦れ、紙の縁の刷り残し。仕上げで消せるものを、あえて残している。
実物はどこで見られるのか
当サイトが図版を公開しているムンクは、シカゴ美術館とクリーヴランド美術館の所蔵である。館の記録では、油彩の《窓辺の少女》は常設の展示室に出ているが、版画のほうは展示されていない。
版画や素描は光に弱く、常に出ているとは限らない。行く前に館の展示案内を確かめてほしい。当サイトは美術館の関係者ではなく、展示や貸し出しの予定は把握していない。
画面の細部だけを追うなら、エドヴァルド・ムンクのページから高解像度の図版をまとめて開ける。《叫び》の石版画も、線の擦れまで拡大して見られる。
同じころ、線のうねりで画面を埋めた画家としては、ファン・ゴッホ《糸杉》の解説も合わせて読める。ムンクが学んだ時代の絵画の流れは、印象派とは何かで扱った。


