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ファン・ゴッホ《糸杉》の解説——なぜ空へ向かって渦を巻くのか

ゴッホ《糸杉》の解説です。メトロポリタン美術館が公開する1889年の油彩を、絵そのものと館の記録から読み直します。なぜ空が渦を巻くのか、「死の象徴」という説明はどこまで言えるのか。同じ年の作品と並べて確かめます。

糸杉
フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》メトロポリタン美術館蔵

ファン・ゴッホ《糸杉》はどこで見られるか

《糸杉》はニューヨークのメトロポリタン美術館にある。館の記録では、1889年、カンヴァスに油彩。縦93.4センチ、横74センチ。番号は49.30で、1949年にロジャーズ基金で収蔵されたと記されている。同館はこの作品の画像をパブリックドメインとして公開しており、当サイトの《糸杉》の作品ページでも拡大して見られる。

糸杉を主役にした油彩は一点ではない。日本語で「ゴッホ 糸杉」と調べると、所蔵先の違う複数の絵が混ざって出てくる。この記事で扱うのは、そのうちメトロポリタン美術館が持つ縦長の一点である。

日本の美術館に常設されている作品ではないため、実物を見るにはニューヨークへ行くことになる。ただし同館は高解像度の画像を公開しているので、筆の一本ずつを画面上で追うことはできる。実物では絵の具の凹凸が光を受けるが、それ以外の情報――色の並び、筆の向き、下地の残り方――は公開画像でもほぼ読み取れる。

糸杉
フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》1889年。館の記録では、カンヴァスに油彩。93.4×74センチ。番号は49.30。メトロポリタン美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》メトロポリタン美術館蔵

画面には何が描かれているか

右寄りに、深い緑の糸杉が立つ。二本の木がほとんど一つの塊になり、画面の上端で断ち切られている。木は一本の柱ではない。短い筆を斜めに重ねた房がいくつも積み上がり、全体がねじれながら上がっていく。

左側は低い畑で、黄と緑の細かい筆が横へ走る。その奥に灰青の山並みが寝ている。空は白に近い水色と薄い黄でできていて、渦を巻く筆の跡がそのまま残る。雲の形を写したというより、絵の具を置いた手の動きが見えている、と言ったほうが近い。

手前の地面には赤みのある土色が混ざる。絵の具は厚い。盛り上がった筋そのものが、実物では光を受けて影をつくる。

色の配りにも規則がある。糸杉の緑は、隣に置かれた黄と赤みのおかげで暗く沈まない。空の水色は、木の緑に接するところでだけ白に近づく。全体を暗い緑で塗ってから明るい色を足したのではなく、明るい地の上に暗い緑を積んでいったように見える。

もう一点、目に留まるのは大きさの扱いである。糸杉は上端で切れているので、どこまで伸びているのか画面からは分からない。奥の山並みや畑の畝と比べると、この木がかなり高いことだけが分かる。切ることで、実際の寸法より大きく見せている。

なぜ空へ向かって渦を巻くのか

理由を一つに決めることはできない。ただ、絵の側から言えることが二つある。

一つ目。渦は糸杉だけの特徴ではない。同じ1889年の《オリーブ摘み》でも、葉と地面と空が、同じ向きの短い筆で埋まっている。渦はこの絵だけの発明ではなく、この時期の描き方そのものである。

二つ目。縦長の画面では、糸杉が動きの軸になる。畑も山並みも横に寝ている。そこへ縦の塊を一本立てると、画面は上下に引っ張られる。空の渦は、その力を横へ逃がす役をしている。糸杉が渦を巻いているというより、糸杉が渦を呼び込んでいる、と見るほうが画面には合う。

オリーブ摘み
フィンセント・ファン・ゴッホ《オリーブ摘み》1889年。館の記録では、カンヴァスに油彩。72.7×91.4センチ。番号は1995.535。メトロポリタン美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《オリーブ摘み》メトロポリタン美術館蔵
オリーブ畑
フィンセント・ファン・ゴッホ《オリーブ畑》1889年。館の記録では、カンヴァスに油彩。73×92センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《オリーブ畑》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

「死の象徴」と書いてよいか

日本語の解説では、糸杉を「死の象徴」と説明するものが多い。南ヨーロッパで糸杉が墓地に植えられてきたことは事実である。ただし、それがこの絵の意味だと、館の記録から裏づけることはできない。

当サイトは、確かめられないことを確かめられたように書かない。だからここでは、こう書くにとどめる。糸杉は南フランスでありふれた木で、墓地にも畑の縁にも道沿いにも立つ。画家はその形と色を、1889年に集中して描いた。象徴の話は絵の外にある知識であって、この画面から読み出せるものではない。

見方としては、象徴を探すより先に、木の縁を目で追ってみるほうが得るものが多い。輪郭線は一本も引かれていない。緑と黒と青の短い筆が重なり、結果として縁ができている。木が「立っている」のではなく「湧いている」ように見えるのは、そのためである。

前後の年の絵と並べる

描き方の変化は、年の違う三点を並べると見えやすい。

1887年の《自画像》では、筆はまだ短い点の集まりで、向きがそろっていない。顔のまわりだけが、頭の輪郭に沿って渦を描き始めている。1889年の《糸杉》では、点が線に伸び、向きがそろって流れ出す。1890年の《オーヴェールの緑の麦畑》では、その流れが画面いっぱいに広がり、空にも輪のような渦がいくつも現れる。

自画像
フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》1887年。館の記録では、画家用の板に油彩、のちに桟を組んだ板へ貼る。41×32.5センチ。番号は1954.326。シカゴ美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》シカゴ美術館蔵
オーヴェールの緑の麦畑
フィンセント・ファン・ゴッホ《オーヴェールの緑の麦畑》1890年。館の記録では、カンヴァスに油彩。72.4×91.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《オーヴェールの緑の麦畑》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

三年ぶんを並べると、渦は突然あらわれた表現ではないと分かる。点を置く手が、だんだん長い線を引くようになっただけである。《糸杉》はその途中にあり、いちばん強く縦へ立ち上がった一点にあたる。

言い換えると、《糸杉》を特別な絵にしているのは主題ではなく、筆の向きの設計である。同じ手つきでオリーブも麦畑も描かれている。そのなかで糸杉だけが、画面を縦に貫く形を持っていた。だから渦が目立つ。木を主題として選んだというより、この描き方に合う形をした木を、たまたま南フランスで見つけた、という順序で見ることもできる。

ここに挙げた作品はいずれもファン・ゴッホの作家ページから辿れる。色の置き方そのものを追うなら補色の使い方をみた記事を、南フランスでの仕事の広がりを知りたいならアルルとオリーブの記事を併せて読むとよい。

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