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ファン・ゴッホ《アルルの寝室》の解説——同じ部屋の絵はなぜ三点あるのか

ファン・ゴッホ《アルルの寝室》を解説します。シカゴ美術館にある一点を館の記録と画面から読み、同じ構図の絵が三点ある理由、影を使わず輪郭と色面で部屋を組む描き方、手紙の壁の色といま見える色の違いまでをたどります。

寝室
フィンセント・ファン・ゴッホ《寝室》シカゴ美術館蔵

《アルルの寝室》は、ファン・ゴッホが自分の寝室を描いた一点である。館の記録での題は《寝室》で、通称として《アルルの寝室》と呼ばれる。当サイトで画像を扱えるのは、シカゴ美術館にある一点だ。

寝室
フィンセント・ファン・ゴッホ《寝室》1889年。館の記録では、カンヴァスに油彩。73.6×92.3センチ。番号は1926.417。シカゴ美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《寝室》シカゴ美術館蔵

画面は小さな部屋を斜め上から見下ろす。右に黄褐色の木の寝台が大きく据えられ、中ほどに赤い掛け布がのぞく。左手前と、卓と寝台のあいだに、黄色い椅子が一脚ずつ。左奥の卓には、水色の水差しと洗面器、緑の壺、小瓶が載る。奥の窓は緑の枠を内へ開く。左右の壁には、それぞれ扉がある。

《アルルの寝室》はどこで見られるか

シカゴ美術館にある。館の記録では、収蔵番号は1926.417、カンヴァスに油彩、縦73.6センチ、横92.3センチである。当サイトの作品ページは《寝室》から開ける。

ただし、同じ構図の絵はこの一点だけではない。館の記録によれば、この構図には三点がある。シカゴの一点はそのうちの二点目で、残る二点は別の場所にあり、当サイトでは画像を扱えない。

最初の一点はアムステルダムのファン・ゴッホ美術館にある。シカゴ美術館の年表では、縦72.4センチ、横91.3センチで、シカゴの一点とほぼ同じ大きさだ。三点目はパリのオルセー美術館にあり、縦57.5センチ、横74センチとひとまわり小さい。三点を順に見るなら、アムステルダム、シカゴ、パリの三都市を回ることになる。

2016年には、シカゴ美術館が三点を一堂に集める展覧会を開いた。館の展覧会ページは、北米で三点がそろうのは初めてだったと書いている。

シカゴの一点も、いつでも展示されているとはかぎらない。館の都合で壁から下りることもある。確実に見たいときは、行く前に館の展示情報をあたるほうがよい。

館の記録には、この絵がたどった道も残る。1889年12月18日に画家から弟テオのもとへ送られ、テオの没後は妻ヨハンナが受け継いだ。その後パリやウィーンの収集家の手を経て、1926年にシカゴの収集家バートレットが館へ贈った。

《アルルの寝室》という呼び名はどこから来たか

アルルの部屋を描いた絵だという呼び方は、古い展覧会の題にすでに見える。シカゴ美術館の出品記録では、この一点は1901年、パリの画廊の展覧会に「アルルのヴィンセントの部屋」の題で出た。1909年のウィーンでは「寝室」、1929年のニューヨーク近代美術館では「アルルのファン・ゴッホの部屋」の題で並んでいる。

館がいま使う題は《寝室》だけである。日本語の通称《アルルの寝室》は、描かれた部屋の場所を添えた呼び方にあたる。ここで誤解しやすいのは、シカゴの一点が描かれた場所だ。部屋はアルルの部屋だが、この絵を描いたのはサン=レミである。この事情は次の節で順にたどる。

パリの一点と日本とのつながり

オルセー美術館の一点は、日本と縁がある。シカゴ美術館の展覧会記録では、この一点は1959年、日本との平和条約にもとづいてフランスの国立美術館に移ったとある。もとは実業家の松方幸次郎が集めた作品の一つで、戦後フランスに留め置かれた。2019年に国立西洋美術館が開いた松方コレクションの展覧会でも、留め置かれた名品として紹介された。

なお、当サイトが図版に使うのは、館が権利の制約なく公開した画像(CC0)だけである。有名な絵でも、館が公開していなければここでは見せられない。

同じ部屋の絵はなぜ三点あるのか

最初の一点が水をかぶって傷み、画家がそれを描き直したからである。三点目は、二点目のあと家族への贈り物として小さく描かれた。以下、シカゴ美術館の年表に沿って順にたどる。

画家は1888年5月1日、アルルのラマルティーヌ広場に面した「黄色い家」を借りた。実際に住み始めたのは9月17日である。10月16日から17日にかけて、二日半ほど床について休んだあとに、自分の寝室を描いた。これが最初の一点で、その一週間ほどあとの10月23日には、ゴーギャンが同じ家に移ってきた。

12月24日、画家は発作を起こしてアルルの病院に入る。翌日ゴーギャンはパリへ去った。画家は年明けにいったん家へ戻るが、2月に入ると再び病院に留め置かれる。その間の1889年4月30日、黄色い家が水に浸かり、最初の《寝室》を含む何点かが傷んだ。

5月8日、画家はサン=レミ=ド=プロヴァンスの療養院に自ら入った。傷んだ絵はすでにパリのテオへ送ってあった。画家は裏打ちして補強してほしいと頼んだが、テオは危うい作業の前に写しを描くよう勧めた。6月に絵がサン=レミへ送り返され、9月5日までに二点目が仕上がった。これがシカゴの一点である。

その約三週間後に、ひとまわり小さい三点目が描かれた。館の記録では、母と妹への贈り物としての一点である。館の解説によれば、画家はこのころ、よくできた絵の小さな写しを家族のために描くと決めていた。家を飾る贈り物であると同時に、画家としての歩みを家族に示すものでもあった。つまり三点は、同じ部屋を三度見て描いたものではない。アルルで描いた一枚を、部屋を離れたサン=レミで描き直した関係にある。シカゴの一点の制作地も、館の記録ではサン=レミ=ド=プロヴァンスとある。

黄色い家そのものは、もう残っていない。ファン・ゴッホ美術館によれば、1944年6月25日、ローヌ川の橋を狙った爆撃で家に爆弾が落ちた。いま広場に行っても、絵の部屋を訪ねることはできない。

サン=レミ近郊アルピーユの二本のポプラ
フィンセント・ファン・ゴッホ《サン=レミ近郊アルピーユの二本のポプラ》1889年。館の記録では、布に油彩。61.6×45.7センチ。番号は1958.32。クリーヴランド美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《サン=レミ近郊アルピーユの二本のポプラ》クリーヴランド美術館蔵

クリーヴランド美術館の記録では、この秋の風景は画家がサン=レミ近くの病院に入っていた時期の作である。はじめは部屋の中での制作に限られ、やがて屋外で描くようになった、と記録は続ける。寝室の二点目が描かれたのは、この療養院の時期にあたる。

三点はどこが違うのか

構図はほぼ同じだが、壁の肖像、窓の開き方、床の色、筆の運びが違う。シカゴ美術館は展覧会のために、この違いを部分ごとに比べて公開した。以下はその記述と、シカゴの画面を照らし合わせたものである。

いちばん目につく違いは、寝台の上に掛かる二枚の肖像だ。最初の一点では、友人ボックと、軍人ミリエの肖像が描かれた。部屋に実際に掛けていた絵を、そのまま写したものである。二点目と三点目では、画家の自画像と、誰とも分からない女性の像に替わった。シカゴの画面でも、左の額は赤い髭の男、右の額は女性の胸像である。

館は、肖像の替わり方を画家の心の移り変わりの表れと見ている。一点目には、黄色い家に画家仲間を集めたいという望みが込められていた。二点目と三点目の男女の組は、かつて望み、いまは得がたいと感じた家庭の姿かもしれない、と館は書く。三点目の自画像は、1889年1月に描いた髭を剃った自画像に似ている、と館の年表は記す。

窓も違う。館によれば、最初の一点では窓はほとんど閉じて見え、シカゴの一点では左右とも少し開く。オルセーの一点では、右の窓だけが少し開いている。窓枠の緑の絵具も違う。最初の一点はエメラルドグリーンで塗られ、シカゴの一点ではそこにビリジアンを混ぜていた。館は、絵具の元素を面で読み取る蛍光エックス線の走査で、この違いを確かめている。

椅子と寝台では、筆の運びが違う。最初の一点は平らな塗りで、館は寝台について日本の版画を思わせると書く。二点目と三点目は絵具を厚く盛り、椅子の座面には色の違う筆を重ねた。館はこれを、サン=レミで強まった表現の特徴と見ている。シカゴの椅子の座面を近くで見ると、黄と緑と茶の筆が盛り上がっているのが分かる。

影をつけず、輪郭と色面で部屋を組む

画面を見ると、物の下に落ちる影がほとんどない。寝台も椅子も卓も、濃い線で輪郭を囲み、その内側を色で埋めてある。立体を陰影でつくる描き方とは違う。館の解説は、最初の一点の色づかいがスーラの色彩の理論に学んだものだと書く。画家はアルルへ発つ日に、テオと連れ立ってスーラの画室を訪ねていた。館は、寝台はどの版でも、先に枠や枕の輪郭を引き、あとから内側を塗ったと説明する。

床は緑と赤茶が入りまじり、敷き詰めたタイルの区切りに沿って筆を走らせる。手紙の言う赤いタイルの床である。壁は上下で明るさが変わるが、面としては平らに見える。奥行きは、床と壁の線が右奥へ強く集まることで出ている。

寝台の頭の上には掛け釘が並び、青い衣が下がる。その上に風景の額と二枚の肖像の額が掛かる。肖像の下には、淡い黄色の紙が二枚、傾いて留められている。左の壁には小さな鏡と、赤い筋の入った手ぬぐいが掛かる。

部屋の物は数えられるほどしかなく、人はいない。窓のあたりだけは、黄と緑の縦筆で光を受ける。物の輪郭はどれも濃い線で囲まれており、面と面の境がはっきり切れている。だから画面は、家具の集まりではなく、色の板を組み合わせた一枚として見える。

画面の前では、どこから見るとよいか

まず寝台の足板を見る。縦に並ぶ板の一枚ずつに、黄と茶の筆が上から下へ通り、木目のように見える。次に、手前の椅子の座面に目を移す。編んだ藁を、短く盛り上げた筆の重なりで表している。

それから右の壁を見る。青の上に白い縦の筆が何本も走り、壁が平らな一色ではないことが分かる。最後に寝台の上の二枚の肖像と、その下の黄色い紙へ目を上げる。肖像はどちらも額ごと傾き、壁の線とずれて掛かっている。

近くで見たあとは、数歩下がって全体を見る。近くでは筆の跡の集まりだったものが、離れると家具と部屋にまとまる。この行き来が、この絵を実物で見るいちばんの楽しみである。

壁はなぜ青いのか——手紙の色といま見える色

もとは紫だった壁の赤みが、光で褪せたからである。シカゴ美術館の研究者が、この一点の壁から絵具の小片を取って調べ、それが分かった。

館の記録は、画家が弟に書いた手紙を引いている。そこでは壁を「淡いリラ色」、床を「くすんだ赤」、椅子と寝台を「クロム黄」と書いている。枕と敷布は「ごく淡いレモン緑」、掛け布は「血のような赤」、化粧台は「橙」、洗面器は「青」、窓は「緑」である。

ところが、いまシカゴの画面で見える壁は、はっきりした青である。手紙の「リラ色」とは違う。いっぽうで椅子と寝台の黄、掛け布の赤、窓の緑は、手紙の記述とよく合う。食い違うのは壁と床である。

アメリカ科学振興協会が2016年に伝えた発表では、調べたのは館の保存科学者カザディオらである。青い絵具の層の奥に、桃色の粒がわずかに残っていた。光に弱い赤の顔料で、ほとんどが褪せて消えていた。同じ顔料の名残は、ほかの二点からも見つかったという。つまり壁は、青に赤を混ぜた紫として塗られていたことになる。

床も同じである。館によれば、画家は三点とも床の下地を塗り分け、その上に何種類かの赤を重ねた。その赤が褪せる速さが違ったため、いまの床は三点で色が違って見える。シカゴの床は緑が強く、赤茶の線がそれを区切る。

研究班は、元の色を推し量った画像も作った。ただカザディオ自身、それは近似にすぎないと述べている。画面の前では、手紙の色の一覧を手もとに置くとよい。どの色が合い、どの色がずれるかを一つずつ確かめられる。

館の記録は、強い色と太い筆、右奥へ急に集まる線から、落ち着かない印象を受ける人もいると述べる。そのうえで、画家自身はこの絵を休息の絵として理解していた、と書き添えている。いま見える青い壁は、その印象を冷たい側へ寄せているのかもしれない。これは当サイトの推測である。

同じ時期の絵と並べる

詩人の庭
フィンセント・ファン・ゴッホ《詩人の庭》1888年。館の記録では、カンヴァスに油彩。73×92.1センチ。番号は1933.433。シカゴ美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《詩人の庭》シカゴ美術館蔵

《詩人の庭》は1888年にアルルで描かれた一点である。寝室の一点目と同じ年だ。空は黄緑がかった黄で、絵具が厚い。草地は緑の短い縦筆で埋まる。ただし右の木の下には濃い影が落ち、寝室とは描き方が違う。

ゆりかごを揺らす女(ラ・ベルスーズ)
フィンセント・ファン・ゴッホ《ゆりかごを揺らす女(ラ・ベルスーズ)》1889年。館の記録では、カンヴァスに油彩。92.7×73.8センチ。番号は1926.200。シカゴ美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《ゆりかごを揺らす女(ラ・ベルスーズ)》シカゴ美術館蔵

館の記録では、この画題にも五点がある。シカゴの一点は1889年1月の作で、画家が病院から戻った直後にあたる。描かれた女性が座るのは、ゴーギャンが使っていた椅子である、と記録は説明する。

モデルは、アルルで親しくしていた郵便配達人ジョゼフ・ルーランの妻、オーギュスティーヌである。手にした綱を引いて、画面の外のゆりかごを揺らしている。ボストン美術館の展覧会資料によれば、画家は1888年夏から翌年4月までに、一家五人の肖像を26点描いた。館の解説では、画家はこの配色を「色の子守歌」と呼んだ。1889年5月には、この一点をゴーギャンに贈り、ひまわりの絵二点のあいだに掛けるよう書き添えている。《寝室》と同じく、1926年に館へ贈られた一点でもある。

寝室の絵にも、黄色い椅子が二脚ある。館によれば、画家は一点目のすぐあとに、自分の椅子とゴーギャンの椅子を別々に描いた。自分には素朴な松の椅子を、ゴーギャンには上品な胡桃の椅子を選んでいる。二点を並べると、椅子が人の居場所を示す物として扱われていると見ることもできる。ただし、これは当サイトの読みである。

三点の《寝室》の違いは、ゴッホ《寝室》シカゴの二枚目を読むでさらに細かく比べている。ゴッホのほかの絵はフィンセント・ファン・ゴッホの作品一覧から見られる。自分の顔を描いた絵についてはファン・ゴッホ《自画像》の解説、サン=レミ期の風景については《糸杉》の解説で扱っている。

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