川べりの七年——クロード・モネ《アルジャントゥイユ》と水を描く目
屋外で描くということ
もうひとつ、制作の条件に触れておきたい。
屋外で油彩を仕上げる。これは19世紀後半に広まった方法である。
背景には道具の変化がある。
チューブ入りの絵具が売られるようになり、持ち運びが楽になった。
折りたたみ式の画架も普及した。
鉄道が伸び、郊外や海辺へ日帰りで出かけられるようになった。
条件が揃って、はじめて屋外制作が現実的になる。
ただし、屋外で描くことには制約もある。
光は動く。天候は変わる。同じ状態は長く続かない。
だから筆は速くなる。細部を追わず、状態を掴む描き方になる。
輪郭がぼやけるのは、感性の問題であると同時に、時間の問題でもある。
モネが同じ対象を何枚も描いたのは、この制約への対応でもあったと考えられる。
一枚では捉えきれないものを、複数枚で捉える。
引っ越して、また川を描く
1878年、モネはアルジャントゥイユを離れ、ヴェトゥイユへ移る。

画面の下半分は水である。上半分は空と対岸。
対岸には木立が並び、その上に低い丘が見える。
水面には木立の影が縦に落ちる。
前景の岸には草が茂り、黄緑と橙の筆が短く置かれる。
構図は、冒頭の《アルジャントゥイユ》とよく似ている。
水の帯、岸の帯、空の帯。三層の構造である。
町が変わっても、画面の作り方は変わっていない。
同じ町の庭も描いている。

縦長の画面である。中央に階段状の小道が下る。
道の両側にひまわりが立ち並ぶ。黄の花が縦に連なる。
道の先には小さな人物が二人。子どもだと考えられる。
奥には家の屋根と青い空。
アルジャントゥイユの庭の絵と、構図がほとんど同じである。
道を中央に置き、両側を花で埋め、奥に家と人を配する。
八年を隔てて、同じ型が繰り返されている。
画家は、自分の型を持っている。
引っ越しても、季節が変わっても、その型は残る。
庭という主題
庭の絵についても、少し書いておきたい。
モネは生涯にわたって庭を描いた。
アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、そして晩年のジヴェルニー。
住む場所が変わるたびに、庭を作り、その庭を描いている。
庭は、自分で構図を作れる風景である。
どこに何を植えるかを決めれば、絵の構成もある程度決まる。
道を中央に置き、両側に花を配する。この型は庭の作り方そのものでもある。
つまり画家は、描く前に、対象の側を整えていたことになる。
風景画は自然をそのまま写す、という説明は、この場合あてはまらない。
自然に見えるように作られた場所を、自然に見えるように描いている。
ジヴェルニーの睡蓮も、この延長線上にある。
池を作り、橋を架け、そこに咲く花を描く。
対象を用意することから、制作は始まっている。
海の崖まで行く
さらに足を伸ばした絵も見ておきたい。

画面の右手に断崖がそびえる。草に覆われた崖の上部が明るい黄緑に光る。
左手は海である。水平線は高い位置に置かれている。
海の色は青緑で、細かい筆が横に走る。
空は淡く、雲はほとんどない。
人はいない。舟も見えない。
プールヴィルはノルマンディー海岸の村である。
モネは1882年にこの地に滞在し、断崖と海を繰り返し描いた。
川の絵と比べると、水平線の位置が高い。
つまり、水の面積が大きい。
そのぶん、色の微妙な差を見せる場所が広くなる。
同じ画家が、同じ方法で、対象だけを変えている。
売れない時期の絵
絵の話から少し離れ、生活の話も書いておきたい。
アルジャントゥイユの七年間は、モネにとって順風の時期ではない。
1874年の第一回印象派展は、評価が割れた。
売れ行きも安定せず、家賃の支払いに苦労した時期があったことが伝えられる。
1879年には妻カミーユが亡くなっている。
《日傘の女》に描かれた女性である。
明るく見える絵が、明るい生活から生まれるとはかぎらない。
この点は、絵を読むときに気をつけたい。
画面の明るさと、画家の境遇は別のものである。
一方で、こうも言える。
生活が不安定でも、同じ場所を描き続けることはできた。
引っ越し先でも同じ構図を選んでいるのは、そのことの証拠だと考えられる。
型を持っている画家は、条件が変わっても仕事を続けられる。
同じ場所に、居続けるということ
ここまで九点を並べてきた。すべて当サイトで公開している作品である。
権利表示を作品ごとに確認したうえで扱っている。名古屋の出品作とは別である。
九点を並べて見えてくることを、三つの点にまとめたい。
第一に、モネは同じ場所を何度も描く。庭も、川も、駅もそうである。
第二に、その繰り返しのなかで、構図の型はあまり変わらない。
第三に、変わるのは光と天候、そして季節である。
この三つが揃うと、連作という形式が生まれる。
積みわら、ポプラ、ルーアン大聖堂。1890年代の連作はよく知られている。
しかし、その準備はアルジャントゥイユの七年間で終わっていたと考えられる。
連作については、別のコラムでも扱った。
秋に名古屋でモネの絵の前に立ったら、水平線の高さを見てほしい。
高ければ水が広く、低ければ空が広い。
そして、影に何色が使われているかを確かめてほしい。
黒や灰色ではなく、青や紫が使われていれば、それは屋外の観察にもとづく処理である。
一枚の絵の前で、その二つだけを見る。それだけでも、見え方は変わる。
そしてもし、同じ画家の絵が二枚以上並んでいたら、行き来してほしい。
一枚ずつ順に見るのではなく、二枚のあいだを歩く。
同じ手つきがどこにあり、どこで変わっているかが見えてくる。
展覧会は、比べるための場所でもある。
一点ずつ丁寧に見る鑑賞と、並べて見る鑑賞。両方を使い分けたい。
なお会期と料金、休館日は変わることがある。
来場前に、名古屋市美術館の公式サイトで確かめてほしい。








