表と裏に、別の枝番がつく——レオナルドほか
一枚の板の両面に、別々の番号が与えられる。表がa、裏がb。技法の欄も、面ごとに書き分けられる。一方、横に並ぶ四枚の板には数字の枝番がつく。面を数えるか、板を数えるか。十点の番号の末尾から、その判断を読みたい。

一枚の板に、二つの絵がある
板絵は、しばしば裏にも絵を持つ。
肖像の裏に、紋章や植物が描かれる。
祭壇画の翼は、閉じたときに見える面にも絵がある。
物としては一枚だが、絵としては二つある。
美術館は、これをどう数えるか。
ナショナル・ギャラリー(ワシントン)の答えは、枝番である。
同じ番号の末尾に、aとbを付ける。
表がa、裏がb。
たとえば1967.6.1.aと1967.6.1.b。
一つの板が、二つの番号を持つ。
枝番には、二つの書き方がある
その館の枝番には、もう一つの書き方がある。
小文字ではなく、数字で振る書き方だ。
1960.6.30.1、1960.6.30.2、1960.6.30.3、1960.6.30.4。
点が三つ入り、数字が四つ並ぶ。
こちらは、表と裏の関係ではない。
横に並ぶ四枚の板である。
同じ枝番の仕組みが、二つの記号で使い分けられている。
小文字は面を数え、数字は板を数える。
その使い分けを、十点の記録から読みたい。

若い女性が、正面をわずかに外して立つ。
顔は青白く、額が広い。眉はほとんど描かれない。
髪は細かく巻き、こめかみのあたりで渦を作る。
目は伏せぎみで、こちらを見ているようにも見えない。
首もとには黒い紐が回り、胸で結ばれる。
衣は褐色と青。袖の合わせ目に紐が渡る。
背景の左には、暗い緑の針葉樹が広がる。
その葉が、髪の巻きと同じ細かさで描かれる。
右には水と空があり、遠くに建物が小さく見える。
樹木と人物の輪郭が、はっきり分かれない。
暗い葉が、顔の白さを押し出す役に回っている。

こちらは、表とはまったく違う画面である。
赤褐色の地に、植物の枝が環を描く。
左は月桂樹、右は棕櫚。中央に細い杜松が立つ。
三種の葉が、それぞれ違う形で描き分けられる。
環の下を、巻物が横切る。
巻物には文字が刻まれ、美が徳を飾る、と読める。
地の色は斑があり、大理石のように見える。
上の隅には、赤い丸が小さく残る。
人物はいない。文字と植物だけの画面である。
表が人を見せ、裏が意味を書く。
二つの面が、一つの板の上で役割を分けている。
寸法の欄が、板の歴史を書く
この一点の寸法の欄は、ふつうより長い。
四つの数字が並んでいる。
もとの板だけで、縦38.1センチ、横37センチ。
もとの板の厚みが1.1センチ。
下端に足された部分を含めると、縦42.7センチ。
その足された部分の厚みが1.9センチ。
つまり、この板は下を切られ、あとで継がれている。
厚みが違うのは、別の板を当てたからである。
寸法の欄が、その処置をそのまま書いている。
もとの絵は、いまより縦に長かったと考えられている。
下に何が描かれていたかは、記録には書かれていない。
裏がある絵と、裏がない絵
裏に絵のある板は、そもそも壁に掛けるためのものではない。
壁に掛ければ、裏は見えなくなる。
だから裏に絵があるということは、置いて使う品だったことを示す。
台に立てるか、手に持つか、あるいは箱に納める。
肖像の裏に紋章が描かれるのは、贈り物としての性格による。
誰の家の者かを、裏で示すのである。
祭壇画の翼の裏は、閉じた日に見える面である。
教会の暦によって、開く日と閉じる日が決まっていた。
閉じた面が地味に作られるのは、日常の状態だからだ。
十点のうち六点が、この「裏のある板」に当たる。
そして館は、その六点を三組の対として記録している。
対であることは、番号の枝分かれの前の部分が示す。
1967.6.1、1952.5.47、1953.3.3。
この部分が同じであれば、同じ板の話だと分かる。
表と裏を、同時に見せられるか
展示の場では、裏を見せるかどうかが問題になる。
壁に掛ければ表しか見えない。
鏡を置くか、中央に立てて回れるようにするか。
館によって扱いは違う。
記録の側は、その制約を受けない。
表と裏に別々の番号を与えれば、どちらも同じ重さで扱える。
画像も、それぞれに一枚ずつ用意できる。
十点のうち六点は、実際にそうなっている。
表の記録には表の写真、裏の記録には裏の写真。
紙の上では、表と裏が並んで存在する。
物としては同時に見られないものが、記録では並ぶ。
これは、番号を分けたことの効果である。
表と裏で、技法の欄が違う
表と裏は同じ板である。寸法も同じである。
ところが技法の欄は、二つで違う。
表は板に油彩。裏は板にテンペラ。
同じ職人が、同じ板の両面に、別の材料を使った。
裏は、表ほど滑らかに仕上げる必要がなかったのかもしれない。
あるいは、地の色を早く乾かしたかったのかもしれない。
理由は記録に書かれていない。
書かれているのは、違うという事実だけである。
この違いは、番号を二つに分けたから見えるようになった。
一つの番号にまとめていたら、技法の欄は一つになる。
そうすれば、どちらかを選ぶか、両方を並べるしかない。
分けたことで、面ごとの記述ができるようになっている。