《ラ・クレシェンツァの眺め》——理想を描き続けた画家が、一度だけ現実を選んだ
物語は、どこに置かれたか
ロランが物語を捨てた画家だと言いたいわけではない。むしろ彼は、物語の置き方を発明した画家である。

三人の女神と羊飼いパリス。西洋絵画で繰り返し描かれてきた主題である。ふつうなら人物が画面の中心を占め、身体の美しさを競わせる。
ここでは違う。人物は小さく、左下に寄せられ、岩と滝と樹の量塊に囲まれている。画面の大半は、渓谷と遠い山並みと空である。
主題を消してはいない。しかし、主題を「小さな出来事」として自然の中に置いている。
この配置は、当時の格付けをうまくかわす方法でもあった。神話を描いている以上、この絵は歴史画である。だが実際に見えているのは風景である。
看板は歴史画、中身は風景画。ロランの多くの作品はこの二枚看板で成り立っていた。
そう考えると、《ラ・クレシェンツァの眺め》の異様さがはっきりする。あの絵は、看板を外してしまっているのである。
光は、どう塗られているか
技法の側からも見ておきたい。ロランの光は、絵具を厚く盛って作られたものではない。

明るい部分は、薄い絵具の層を重ねて作られている。白を厚く置いて光らせるやり方とは逆で、下の層を透かせて明るさを出す。
そのため画面は、光っているというより、内側から薄く発光しているように見える。空気の絵に向いた作り方である。
問題は、この方法が時間に弱いことだ。薄い層は、上に塗られたニスが黄色く変わると、その影響を強く受ける。
十七世紀の絵の多くは、いま茶色がかって見える。制作時の色そのものではない、と考えたほうがよい。
ゴッホの《寝室》の壁が青くなった話を別のコラムで書いた。方向は逆だが、起きていることは似ている。
私たちが名画と呼んでいるものは、たいてい「時間を通過したあとの状態」である。そのことを頭の隅に置いて見るだけで、絵との距離は少し変わる。
その田園は、どんな土地だったか
描かれている場所についても、少し補っておきたい。牧歌的に見えるこの一帯は、実際にはそう穏やかな土地ではなかった。
古代には人口を抱えていたローマ周辺の平野は、中世以降、農地としては衰えていた。低地には水がたまり、夏には熱病が流行る。
住む人は少なく、広い土地が放牧に使われていた。羊の群れと、季節ごとに移動する牧人。それがカンパーニャの実情だったとされる。
画面に牛が数頭いるのは、風情のためだけではない。そういう使われ方をしている土地だった、ということでもある。
館が要塞の造りを残しているのも、同じ事情に属する。城壁の外は、安全が保証された場所ではなかった。
つまりこの「何も起きていない絵」の下には、荒れた土地と、そこで暮らす人々の条件が横たわっている。
もちろん、画家がそれを告発しようとしたわけではない。彼が見ていたのは、あくまで光のほうだろう。
ただ、理想化されていない場所を選んだこと自体に、意味を読みたくなる。神話の舞台ではなく、羊の通る丘である。
当時の人は、これをどう見たか
いまの私たちはこの絵を「先駆的」と読みたくなる。だが同時代の目には、どう映っていたのだろうか。
正直なところ、よく分からない。この作品について同時代の評価を伝える記録は、ほとんど残っていない。
分かるのは、こうした小さな風景画が実際に売れていたという事実である。ローマには外国人の顧客も多く、土産としての需要もあった。
とはいえ、注文の主流は物語のある大画面だった。値段も、格も、そちらが上である。
小品は工房の副産物のように扱われたかもしれない。あるいは、親しい相手への贈り物だったかもしれない。
想像を重ねても仕方がないので、ここで止めておきたい。確かなのは、この絵が残ったということだけである。
そして残ったからこそ、四百年後の私たちが「あの画家にこんな一枚がある」と驚くことができる。
評価は後から変わる。同時代に注目されなかったことは、その作品の価値と直接には関係しない。
「描くに値するもの」が更新された
物語がなくても絵は成立する。ロラン自身、名もない牧人だけを置いた「牧歌的風景」を数多く描いており、そこまでは当時も認められた領域だった。
だがこの一枚は、さらに先まで行っている。人影はほとんど消え、場所は理想化されず、光と空気だけが残る。逃げ道を全部ふさいだ絵、と言ってもいい。
もちろん、当時の画壇がそう受け取ったわけではない。序列が文章として固まるのはむしろこの後で、風景画の地位が実際に動くにはさらに百年以上かかる。この絵が時代を変えたと言うつもりはない。
そもそも物語のない絵は、当時は売りにくかったはずである。買い手は画面の中に読むべきものを求めた。何を描いたのかと問われて「午後の光です」と答えるのは、通りのいい説明ではない。
それでも、19世紀の画家たちは最終的にそこへ行き着いた。戸外の光、名もない場所、物語を持たない画面。この小さな一枚は、その道筋のずいぶん手前に置かれた前例として読むことができる。
そう考えると、この絵の静けさは物足りなさではなくなる。何も起きていないこと自体が主題なのだと分かるからだ。夕方の光が木立を通り抜けていく。その一事のために、画面は用意されている。
ちなみにイギリスの画家ターナーは、生涯にわたってロランに執着し続けた。自作をロランの絵の隣に掛けよ、と遺言したほどである。その執着については別のコラムで書いた。
机の上の58センチ
最後に、もう一度寸法の話に戻りたい。横58センチという大きさは、壁の高い位置に掛けて見上げる絵のものではない。
腕を伸ばせば端に届く。近づいて覗き込み、木立の向こうに館を探す——そういう距離で見るために作られた画面である。何も起きていない絵は、そもそも遠くから眺めて楽しむようにはできていない。
この手の絵は、最初の一度ではあまり効かない。何も起きていないのだから、当然といえば当然である。
効いてくるのは、見慣れてからだ。何度目かに、木立の向こうに館があり、そこに夕方の光が差していることへ、あらためて目が行く。
いま私たちは、この絵を画面の上で見ている。実物より小さく、しかし好きなだけ拡大できる、奇妙な条件である。
拡大すると、木立の葉が短い筆の跡の集まりであることが分かる。館の壁の明るさが、絵具を薄く置いただけであることも見えてくる。
近づいて見る絵を、限界まで近づいて見られる。四百年前の画家が想定しなかった見方だが、この絵にはよく合っていると思う。
急いで見終える絵ではない。夕方の数分を写した画面には、それに見合う時間をかけたい。

