一枚では、収まらない——勝川春好の続絵
技法の欄に、三枚続き、二枚続き、三枚続きの中央の一枚、と書かれる。紙を並べて一つの画面にする形である。背景の線が紙の切れ目を越えて続く。判型が場面の作り方を決めるさまを見たい。三枚続きの中央だけが残る例にも触れたい。

一枚では、収まらない
九点の技法の欄を読むと、四点に見慣れない語が入っている。
三枚続きの木版画、二枚続きの木版画、三枚続きの中央の一枚。
つまり、一枚では完結しない絵である。二枚か三枚を並べて一つの画面になる。
残る五点は、一枚で完結する。技法の欄は、木版、紙に墨と色、で終わる。
同じ絵師の同じ時期の仕事に、二つの作り方が並んでいる。
年で見ると、1783年から1789年に収まる。六年ほどである。
そのあいだに、一枚絵も続絵も大判も作っている。
需要に応じて判型を変えていたと考えられる。
九点の内訳
先に、九点の中身を確かめておく。
三枚続きが一点、三枚続きの中央だけが一点、二枚続きが二点である。
大判の一枚絵が一点、細判の一枚絵が四点である。
年は1783年から1789年。いずれも同じ絵師の仕事である。
技法は木版で、紙に墨と色を摺る。そこに差はない。
続絵という形
複数の紙を並べて一つの画面を作る形を、続絵と呼ぶ。
二枚続き、三枚続き、五枚続きまである。
紙の大きさには規格がある。それ以上大きな絵を作るには、並べるしかない。
版木も同じである。一枚の版木で摺れる大きさには限りがある。
だから、大画面を作るには枚数を増やすことになる。
並べれば、横に長い画面ができる。舞台の広がりに合う。
芝居は横に長い。役者が左右に並び、動く。
その形を紙に写すには、横に伸ばすのが自然である。
買う側の事情
続絵は、一枚ずつ売られることもあった。
三枚そろえば大きな場面になるが、一枚だけでも絵として成り立つ。
そのため、あとから散り散りになりやすい。
九点のうち一点は、三枚続きの中央の一枚だけである。左右の二枚は、ここにはない。
館の記録は、それを正直に書いている。中央の一枚、と明記される。
もし何も書かなければ、細判の一枚絵と区別がつかない。
寸法も同じ、技法も同じである。見た目では判断できない。
館の記述だけが、欠けていることを教えてくれる。
寸法の書き方が、変わる
一枚の絵と続絵では、寸法の書き方も変わる。
一枚の絵は、縦と横を並べて書く。単純である。
続絵は、全体の高さと幅を書く。並べた状態の数字になる。
九点の続絵三点は、高さと幅を、記号を分けて書く形式で記録されている。
同じ館の同じ絵師の作でも、書式が二通りある。
書式が違うと、機械で比べにくい。数字の意味が同じでも、並びが違う。
当サイトの一覧でも、この二つの書き方が混ざって並ぶ。
読む側は、どちらの形式かを見分けながら読むことになる。

九点で最も大きい一枚の絵である。
背景の上半分が黒い。夜の場面である。
左に、大きな笠をかぶった人物が立つ。笠は藁を束ねた形をしている。
顔には赤い隈取りが入る。目を見開く。
その手前に、もう一人が座る。上体を起こし、右手を上げる。
手には、赤い提灯のようなものを持つ。
右奥には、石灯籠が大きく描かれる。傘の部分が黒地に浮かぶ。
地面は黄土色で、平らである。
黒い地を大きく使うのは、この絵師の一枚絵では珍しい。
題には、演目の名が入る。芝居の題名がそのまま記録されている。
九点のうち、演目名が題に入るのはこの一点だけである。
ほかの八点は、役者の名と役の名で終わる。
黒い地の効果
背景を黒く摺れば、夜であることが一目で分かる。
同時に、人物の輪郭がくっきりと浮かぶ。
ただし、紙全体に濃い墨を置くので、摺りの手間が増える。
判型が大きいほど、その手間は大きくなる。
この一点が大判で作られたのは、そうした効果を狙ったからだと考えられる。

細長い一枚である。細判にあたる。
画面には、三人の人物が上下に重なる。
上の人物は立ち、開いた扇を持つ。顔は右を向く。
その下に、座る人物がいる。緑の衣を着て、手を前に出す。
さらに下に、もう一人がかがむ。褐色の衣で、袖が広い。
背景の上部には、格子の天井らしい形がある。
床は板張りで、細い線が横に走る。
題によれば、三人はすべて同じ役者である。一人が三役を演じている。
この一枚は、三枚続きの真ん中である。左右の二枚は当サイトにはない。
上下に、重ねる
この一枚では、三人が上下に重なっている。
細判は横に狭い。三人を横に並べることはできない。
そこで、上下にずらして配置する。手前の人物を下に、奥の人物を上に置く。
上にあるほど遠い、という約束が働いている。
同じ約束は、日本の絵巻や屏風にも見られる。
一人が、三人になる
所作事は、舞踊を中心にした演目である。
一人の役者が次々に役を変える演目があった。七変化はその一つである。
同じ人が違う姿になるところが見どころになる。
絵にするときは、同じ画面に複数の姿を並べる。時間を空間に置き換える形である。
九点のなかで、この作りを取るのはこの一点だけである。
もっとも、これは中央の一枚である。左右の二枚にも同じ人物がいた可能性が高い。
三枚そろえば、九つの姿が並んでいたのかもしれない。
失われた二枚を想像するしかない。

三枚の紙が横に並ぶ。あいだに縦の切れ目が二本見える。
左の一枚には、女の姿の人物が立つ。衣に大きな花の模様が入る。
中央の一枚には、男の役の人物がいる。片足を前へ出し、腰を落とす。
その人物は赤い布を巻き、手に何かを持つ。
右の一枚には、また女の姿の人物が立つ。裾が長く床に広がる。
三枚の地面はつながっている。同じ高さに床の線が走る。
床の上には、赤と黄の小さな形が散る。花びらだと思われる。
背景は上部が灰色で、下が黄土色である。三枚とも同じ色である。
つまり、三枚は一つの場面として設計されている。
三人を、三枚に
この三枚続きでは、一枚に一人ずつが配される。
紙の切れ目と、人物のあいだの空きが一致している。
つまり、一枚ずつ売っても絵として成り立つ。
三枚そろえば場面になり、一枚でも役者絵になる。両方に使える設計である。
商品としては、その二重の作りが有利だったはずである。
背景でつなぐ
続絵を一つの画面に見せるには、背景をつなぐ必要がある。
床の線、壁の高さ、色の帯。それらが三枚で一致していなければならない。
版木は別々に彫るので、合わせるには設計が要る。
九点の続絵を見ると、いずれも背景の線がそろっている。
紙の切れ目を越えて、床と壁が続く。
寸法の欄の、抜け
この一点の寸法の欄には、小さな不備がある。
高さの数字に、単位が書かれていない。数だけが置かれる。
幅のほうには単位がある。片方だけが抜けている。
括弧の中のセンチの数字があるので、意味は通じる。
当サイトは記録をそのまま取り込んでいる。だから、この抜けも残っている。

二枚の紙が横に並ぶ。中央に切れ目がある。
左の一枚には、肩を張った装束の人物が立つ。
肩の部分が四角く広がる。上下に分かれた正式な装いである。
右の一枚には、別の人物がいる。頭に黒い烏帽子のような被り物を載せる。
衣には草花の模様が入る。菊らしい花が並ぶ。
両者とも腰に刀を差す。
背景の上部には、格子の天井が横に走る。二枚でつながる。
下部には、青と赤の帯が横に伸びる。舞台の縁だと思われる。
二人は向かい合わず、どちらも正面に近い向きで立つ。
装束の細部
この二枚続きでは、装束が細かく描かれる。
肩の張った上衣、袴の襞、腰の刀。いずれも線が多い。
儀式の場面では、装束そのものが見どころになる。
動きは少ない。かわりに、布の模様と形が画面を作る。
九点のなかで、模様の描き込みが最も細かい部類である。
二枚で、対にする
二枚続きは、二人を並べるのに向く。
一枚に二人を詰め込めば、それぞれが小さくなる。
二枚に分ければ、一人ずつを大きく描ける。
そのうえで、背景をつなげば一つの場面になる。
九点の二枚続きは、いずれもこの作りである。

二枚の紙が横に並ぶ。
左の一枚には、頭を布で包んだ人物が立つ。衣は黄土色で、大きな格子模様が入る。
その人物は前かがみになり、手を前へ出す。
右の一枚には、黒い衣の人物がいる。裾が床に長く広がる。
頭に白い布をかぶる。顔の左右に垂れる。
二人のあいだに、黒い箱のようなものが立つ。上に小屋の形が載る。
背景は板塀で、縦の線が細かく並ぶ。二枚でつながる。
上部には、赤と緑の格子が横に走る。
床は緑色で、平らである。
板塀の線が二枚を越えて続くので、同じ場所だと分かる。
道具が、場面を示す
この二枚続きの中央には、箱のようなものが立つ。
上に小屋の形が載る。何かの標識か、灯りだと考えられる。
館の記録には、その説明がない。何であるかは書かれていない。
芝居を知る人には分かったのだろう。絵は説明を省いている。
いま見る側は、形から推し量るしかない。
一枚と、続絵の差
ここまでの四点は、続絵か大判である。
残る五点は、細判の一枚絵である。
細判は縦30センチ前後、横14センチ前後。九点の続絵の一枚ぶんにあたる。
つまり、続絵は細判を横に並べたものである。
同じ規格の紙を、単独で使うか、並べて使うかの違いになる。

細長い一枚である。人物が一人立つ。
頭に白い布を巻く。額の上で結ばれる。
衣は白に近い色で、大きな家紋が胸に入る。
肩から斜めに、黒い帯のようなものが掛かる。
腰には刀を差す。柄が右上へ出る。
背後には、赤茶色の板塀がある。横板が重なる。
足元には草履があり、地面は黄土色である。
顔は左を向き、口を強く結ぶ。
背景は簡素で、人物だけが見どころになる。
家紋という情報
いま見た一点では、胸に大きな家紋が入る。
家紋は、役者の家を示す印である。誰であるかが一目で分かる。
顔を似せなくても、紋があれば通じる。
九点の細判のうち、紋がはっきり見えるのは二点である。
紋は、記録の題より確実な手がかりになることもある。
細判の背景
細判の一枚絵では、背景に置けるものが少ない。
塀、竹、簾、障子。いずれも縦か横の線でできている。
面積が狭いので、複雑な景色は入らない。
九点の細判五点も、背景は塀か植物である。室内の道具はほとんど出てこない。
続絵で背景が豊かになるのは、面積が二倍三倍になるからである。

人物が前かがみになる。上体を大きく倒す。
頭は右へ傾き、髷が横に出る。
衣は褐色と白の縞で、袖が長い。
肩には黒い布が掛かる。垂れて背中を覆う。
腰には刀の柄が見える。
背後には、竹が何本も立つ。細い幹が縦に並ぶ。
その手前に、簾のようなものが下がる。
足元には草履と地面がある。
姿勢が大きく傾くのは、見得の型だと考えられる。
竹という背景
いま見た一点の背景には、竹が並ぶ。
竹は縦に長い。細判の紙によく合う。
同じ理由で、簾や板塀も繰り返し使われる。いずれも直線の集まりである。
背景に曲線の多いものを置くと、人物の輪郭と競う。
直線の背景は、人物を邪魔しない。判型と背景の相性がある。
傾く体
九点の細判五点を見比べると、姿勢に幅がある。
まっすぐ立つものが三点、上体を傾けるものが二点である。
細長い紙では、傾けると輪郭が斜めに走る。画面に動きが出る。
まっすぐ立てば、静かになる。安定して見える。
同じ判型でも、姿勢の選び方で印象が変わる。

人物が右を向いて立つ。上体をやや前へ出す。
衣は黒と灰で、袖が広い。前が開く。
内側に白い衣が見える。
腰から下は明るい色で、裾が長い。
背後には、桃色の花をつけた枝がある。細い茎が並ぶ。
地面は黄土色で、影がない。
顔は俯き、目が細い。
九点の細判のなかで、最も色が暗い一点である。

九点で最も細い一枚である。横は13.7センチしかない。
人物が正面をやや外して立つ。
左手に、大きな編笠を持つ。顔の横に掲げる。
衣は白と黒で、模様が細かい。裾が広がる。
腰には刀を差す。
背後には、建物の縁と障子がある。上部に簾が下がる。
右上には、枝葉が描かれる。
床は板張りで、線が横に走る。
笠を持ち上げているのは、顔を見せるためだと考えられる。
花の枝
九点の細判のうち二点に、花や葉の枝が描かれる。
季節を示す働きがある。桃色の花なら春、竹なら冬に近い。
芝居は季節ごとに演目が変わる。背景の植物が、その時期を伝える。
もっとも、館の記録には季節の説明がない。
ここでの読みは、画像から推し量ったものである。
笠と顔
役者絵では、顔が最も大事である。
笠をかぶれば顔が隠れる。それでは絵にならない。
だから、笠は持たせるが、かぶらせない。
九点のなかでも、笠や布を手に持つ人物が複数いる。
道具は、使うためではなく、示すために置かれている。
顔の大きさ
九点の人物の顔を見比べると、大きさがそろっている。
続絵でも一枚絵でも、顔の縦の長さはほぼ同じである。
判型が変わっても、顔の寸法は変えていない。
顔は、役者絵の中心である。小さくすると、誰か分からなくなる。
だから、画面が大きくなれば、増えるのは背景と余白である。
年の書き方
九点の年の欄を並べると、書き方が四通りある。
月まで書かれるものが三点、年だけのものが三点、およそ、が付くものが三点である。
さらに、日付あり、を示す語が入るものが二点ある。
紙に年が摺られている場合と、外の資料から推定した場合で、書き方が変わる。
年の書き方の揺れについては、留保が、二重になる年——勝川春好の役者絵でも扱った。
摺りの色数
九点の色を見比べると、続絵のほうが色数が多い。
床の緑、塀の茶、格子の赤。背景に色が入る。
細判の一枚絵では、背景の色は一色か二色である。
面積が広ければ、色を分ける余地がある。狭ければ、まとめるしかない。
摺りの回数も、判型によって変わることになる。
枚数という単位
続絵を何点と数えるかは、館によって判断が分かれる。
三枚を一点と数える場合と、三点と数える場合がある。
九点の記録では、三枚続きを一点として登録している。
一方、三枚続きの中央だけが残るものは、やはり一点である。
数え方が同じでも、中身の量は違う。点数だけでは分からない。
欠けたまま残る
三枚続きの中央だけが残る例は、珍しくない。
一枚ずつ売られ、一枚ずつ買われ、一枚ずつ伝わる。
そのため、三枚がそろって残る確率は低い。
九点のうち、そろっているのは二点だけである。三枚続きが一点、二枚続きが二点である。
そろって残ったものは、それだけで貴重である。
一枚の重みが変わる
同じ細判の紙でも、単独で売られるか、続絵の一枚かで意味が変わる。
単独なら、それだけで完結する。役者の姿を見せる商品である。
続絵の一枚なら、隣の紙がなければ場面にならない。
散逸すれば、意味の半分が失われる。
九点は、その両方の状態を含んでいる。完全な続絵と、欠けた続絵である。
切れ目が見える
続絵の画像を見ると、紙の切れ目がはっきり写る。
二枚のあいだに、細い隙間や段差ができる。
貼り合わせているわけではない。並べて撮影している。
だから、切れ目の位置で背景の線がわずかにずれることがある。
そのずれも、続絵という形の証拠である。
一枚絵の値段
細判は、当時の版画のなかでは安い部類だった。
大判はその倍以上の紙を使う。値も上がる。
続絵は、枚数の分だけ高くなる。三枚続きなら三枚ぶんである。
安い一枚絵は数多く売れ、高い続絵は数が出ない。
残っている点数の差にも、その事情が効いているはずである。
判型を、選ぶ
同じ絵師が、細判、大判、二枚続き、三枚続きを使い分けている。
役者の姿だけを見せたいなら、細判で足りる。
場面を見せたいなら、続絵が要る。夜の効果を出したいなら、大判が向く。
判型は、値段と手間と表現の三つで決まる。
同じ絵師の細判の仕事については、細判の中の役者——勝川春好と勝川春英にも書いた。九点は、その外側を見た記事にあたる。






