美術史・技法

細判の中の役者——勝川春好と勝川春英

縦三十二センチ、横十四センチ。細長い紙に立つ役者を、同じ工房で育った二人がどう描き分けたか。写楽と同じ時期の江戸の役者絵を、九点で見比べる。顔でも構図でもなく、まず線の太さを見る。そこに彫師と絵師の呼吸が出ている。

初代中村仲蔵
勝川春好《初代中村仲蔵》メトロポリタン美術館蔵

縦に細長い紙

一枚の役者絵から始めたい。

初代中村仲蔵
勝川春好《初代中村仲蔵》1783年(天明三年)四月。木版多色摺。縦32.2センチ、横14.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョゼフ・ピュリツァー遺贈による購入、1918年。勝川春好《初代中村仲蔵》メトロポリタン美術館蔵

紙が細長い。

縦32センチ、横14.6センチ。

縦が横の二倍以上ある。

この判型を細判と呼ぶ。

浮世絵の規格のうち、幅の狭いものである。

画面には、男が一人立っている。

浅葱の衣を重ね、その上に薄い上衣を羽織る。

右手を口元へ上げ、細い棒のようなものを持つ。

顔は正面をやや外し、眉を寄せる。

足元には草履をはく。

背後には、赤い格子の塀が描かれる。

地面は黄で、平らに塗られている。

細判という寸法

なぜ、こんなに細いのか。

理由の一つは、値段である。

大判の紙を三つに切ると、細判が三枚とれる。

紙の使い方として、無駄がない。

安く作れて、安く売れる。

役者絵は、数を売る商品だった。

だから細判が使われた。

もう一つの理由は、並べられることである。

三枚並べれば、一つの場面になる。

一枚ずつ買い足すこともできる。

商品としての作りが、判型に表れている。

立ち姿を、どう見せるか

この一枚の姿勢を、もう少し見たい。

足は前後にずらして置かれる。

体重は後ろの足にかかっている。

上体はわずかに反り、顔が前へ出る。

つまり、静止しているが、止まっていない。

歌舞伎の見得の直後、あるいは直前の姿である。

役者絵は、この「あいだ」の瞬間をよく選ぶ。

完全に静止した姿は、絵として退屈になる。

動きの残っている姿勢を選ぶ。

その判断が、役者絵の生命線である。

勝川派という工房

この絵を描いたのは、勝川春好である。

勝川派は、江戸の役者絵を主に手がけた一門である。

創始者は勝川春章とされる。

春章の仕事については、当サイトの
勝川派という工房で書いた。

春好は、その弟子である。

生年は一七四三年、没年は一八一二年とされる。

もう一人、春英という弟子がいる。

こちらは一七六二年生まれ、一八一九年没とされる。

今回は、この二人の作品を並べる。

同じ工房で育った二人が、どう違うか。

女方の一枚

二枚目も春好である。

四代目岩井半四郎
勝川春好《四代目岩井半四郎》1778年ごろ。木版多色摺。縦29.8センチ、横14.0センチ。メトロポリタン美術館蔵。勝川春好《四代目岩井半四郎》メトロポリタン美術館蔵

女の姿の役者が立っている。

黒地の衣に、赤い花の文様が散る。

裾は長く、床を引きずる。

内側には金茶の帯が見える。

両手を胸の前で合わせ、何かを持つ。

髪は大きく結い、櫛と簪を挿す。

背後には、やはり格子の塀。

地面は黄である。

先の一枚と、背景の作りが同じである。

同じ工房の型で描かれていることが分かる。

背景の型

二枚に共通する背景を見たい。

上部に赤や茶の格子、下部に黄の地面。

これだけである。

建物も、木も、空も描かれない。

芝居の舞台を、記号として示している。

格子は屋敷の塀、黄は舞台の床。

見る側は、それで場面を了解する。

背景を描き込まないのは、手間と色数の節約でもある。

細判の安い商品では、色版を増やせない。

制約の中で、必要最小限の情報を置く。

相撲取りを演じる

三枚目は、体つきが違う。

三代目大谷広次の相撲取り
勝川春好《三代目大谷広次の相撲取り》1790年ごろ。木版多色摺。縦29.5センチ、横14.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。勝川春好《三代目大谷広次の相撲取り》メトロポリタン美術館蔵

太った男が、白い衣をはだけて立つ。

胸と腹が大きく描かれる。

腕は太く、肩が丸い。

顔は四角く、頬に肉がある。

髷は小さく、額が広い。

背後には障子の格子が見える。

床は黄で、足は裸足である。

相撲取りの役を演じる役者の姿である。

体の量感が、他の二枚と明らかに違う。

役柄に応じて、体型まで描き分けている。

体型を描き分ける

役者絵では、顔だけでなく体も情報になる。

痩せた敵役、太った力士、しなやかな女方。

体型が、役柄を示す。

春好は、この描き分けが得意だったとみられる。

三枚を並べると、輪郭線の質が違う。

女方は細く曲がる線。

立役は太く直線的な線。

相撲取りは丸く膨らむ線。

線の性格を、役柄ごとに変えている。

版下絵の段階で、そこまで決めている。

大首絵の先駆けとされる

春好については、しばしば語られることがある。

役者の顔を大きく描く型を、早くに手がけたという説である。

一七八〇年代の終わりごろとされる。

写楽や豊国の大首絵より前になる。

ただし、誰が最初かの議論は決着していない。

同時期に複数の絵師が試みていた可能性がある。

当サイトとしては、先駆けの一人と書くにとどめる。

いずれにせよ、この型が広まったのは事実である。

役者の顔を近くで見せる。

その需要が、当時たしかにあった。

今回の八点の来歴

九点のうち八点には、共通の来歴がある。

一九一八年に、ある遺贈基金で購入されている。

つまり、まとめて館に入っている。

浮世絵は、束で取引されることが多い。

収集家の手元に数百枚があり、それが一括で動く。

美術館は、それを基金で買う。

だから、同じ年の受け入れが並ぶ。

残る一点だけ、一九二二年の別の基金である。

受け入れの記録を並べると、収集の経緯が見えてくる。

一枚一枚を選んで買ったのではない。

摺りの色数

細判の色数を数えてみたい。

墨の輪郭、肌の色、衣の色が二、三。

背景の格子と床。

多くても六版ほどである。

版木は一色につき一枚ずつ要る。

色数が増えれば、彫りも摺りも高くつく。

安い商品では、そこを抑える。

抑えたうえで、目立つ色を一つ入れる。

赤い格子、黄色い床。

少ない色を、思い切って強く使う。

制約が、かえって画面を明快にしている。

紙の状態

八点の紙の状態も見ておきたい。

色の褪せ方に、差がある。

赤が鮮やかに残るもの、茶に沈んだもの。

紙の地が白いもの、黄ばんだもの。

折れ跡が見えるものもある。

細判は、束ねて保管されることが多かった。

上下に重ねれば、上の一枚だけが日に当たる。

同じ束の中でも、状態に差が出る。

いま見比べられる八点の色は、二百年の保管の結果である。

もとの色を、そのまま見ているわけではない。