名画の楽しみ方

斜線は、二つの意味を持つ——ティツィアーノとルーベンスの年の欄

年の欄の斜線は、幅を示すこともあれば、二つの時点を示すこともある。同じ記号が正反対に近い働きをする。手直しの年、偽の署名、二人の画家の作業。九点の年の欄から、記号と語の使い分けを読みたい。偽の署名を写したうえで、館は別の年を採る。

東方三博士の礼拝
ベンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニ《東方三博士の礼拝》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

斜線は、二つの意味を持つ

年の欄に、斜線が入ることがある。

1325から1330へ、斜線で結ばれた形である。

これは、1325年から1330年のあいだ、という意味だ。

いつと決められないので、幅で書いている。

ところが、同じ斜線がまるで違う意味で使われることもある。

1808から、1825年ごろへ。同じ斜線が使われている。

ところがこれは、1808年に描かれ、1825年ごろに完成した、という意味である。

幅ではない。二つの時点である。

同じ記号が、範囲を示したり、二つの時期を示したりする。

九点の年の欄を並べて、その違いを読みたい。

幅としての斜線

まず、幅を示す用法から見る。

九点のうち四点が、この形をとる。

1470年から1475年ごろ。

1325年から1330年。

1623年から1626年ごろ、おそらく。

1715年から1730年ごろ。

いずれも、その間のどこかとしか言えないという意味だ。

幅の長さはまちまちである。

五年のものもあれば、十五年のものもある。

幅が短いほど、判断の材料が多い。

幅が長いほど、材料が少ない。

年の欄の幅は、そのまま研究の状況を示している。

東方三博士の礼拝
ベンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニ《東方三博士の礼拝》1470年から1475年ごろ。ポプラ板にテンペラ。館の記録では、縦182センチ、横137センチとされる。番号は1937.1.10。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニ《東方三博士の礼拝》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

上部が丸くなった大きな板である。

下半分に、人物が密集する。

中央左に、青い衣の聖母が座る。

膝の上に裸の幼な子を抱く。

その前に、老人が跪き、頭を下げる。

老人の衣は金色で、模様が細かい。

右には、若い男が二人立つ。

一人は緑と赤の衣、一人は青と金の衣をまとう。

いずれも脚衣を履き、腰に剣を下げる。

背後には、馬と従者の列が続く。

上部には、岩山と城壁が積み重なる。

城の窓や階段まで描き込まれる。

金の後光が、人物の頭に並ぶ。

色数が多く、画面全体が細かい。

寄進者を伴う聖母子
リッポ・メンミ《寄進者を伴う聖母子》1325年から1330年。板にテンペラ。館の記録では、画面が縦50.8センチ、横23.5センチとされる。番号は1937.1.11。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。リッポ・メンミ《寄進者を伴う聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の小さな板である。上端が尖る。

金地の前に、聖母が半身で描かれる。

濃い青の外套が、頭から肩へ掛かる。

外套の縁には、金の線が細く入る。

膝の上の子は、赤い衣をまとう。

子は母のほうへ手を伸ばす。

聖母の左下に、ごく小さな人物が跪く。

寄進者である。大きさは聖母の三分の一ほどしかない。

上部の尖った部分には、別の場面が描かれる。

板の厚みは0.5センチと記録されている。

薄い板であることが分かる。

年の欄には「ごろ」が付かない。

1325年から1330年と、幅だけで書かれている。

二つの時点としての斜線

次に、二つの時点を示す用法を見る。

1808年と、1825年ごろ。

作者の欄には、こう書かれている。

ギルバート・スチュアート、無名の画家により完成。

つまり、描き始めた人と、仕上げた人が違う。

年の欄の斜線は、その二つの作業の年を示す。

幅ではない。あいだの十七年に描かれていたわけではない。

同じ記号だが、意味が反対に近い。

読む側は、作者の欄を見て判断するしかない。

作者が一人なら幅、二人なら時点。

そういう読み方の目安になる。

シャーロット・モートン・デクスター
ギルバート・スチュアート、無名の画家により完成《シャーロット・モートン・デクスター》1808年、1825年ごろ完成。板に油彩。館の記録では、縦74.2センチ、横60.2センチとされる。番号は1947.17.104。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ギルバート・スチュアート、無名の画家により完成《シャーロット・モートン・デクスター》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い女性が、上半身で描かれる。

顔はやや左を向き、目はこちらを見る。

髪は明るい金色で、額の上で細かく巻く。

巻き毛が、幾重にも重なる。

衣は白に近い薄物で、袖が大きく膨らむ。

胸もとは広く開き、水色の布が肩に掛かる。

腰には帯が回る。

背景は暗い紫褐色で、何も描かれない。

顔と胸もとの肌が、明るく浮かぶ。

髪の巻きは細かい線で描かれる。

衣の襞は、大きな面として置かれる。

顔と衣で、筆の細かさが違う。

幅の長さを、数えてみる

九点の年の欄から、幅の長さを拾ってみる。

いちばん短いのは、一年である。

1617年から1618年ごろ、という部分がそれにあたる。

次に短いのが五年。1325年から1330年。

そして1470年から1475年ごろも五年である。

いちばん長いのは十五年。1715年から1730年ごろ。

もっとも、この一点には「おそらく1725年に近い」が添えられる。

つまり実質的には、その周辺に絞られている。

幅を書いたうえで、その中の位置まで示している。

二段構えの書き方である。

幅の長さだけを見て、判断の粗さを測ることはできない。

添えられた語まで読む必要がある。

二つの期間を、語でつなぐ

九点のうち一点は、斜線ではなく別の語でつながれる。

1617年から1618年ごろ、および1621年から1627年ごろ。

二つの期間が並ぶ。

作者の欄にも、二人の名が並んでいる。

一人が先に描き、もう一人が後から加えた。

その二回の作業を、二つの期間で示す。

斜線を使えば、幅と誤解される恐れがある。

だから「および」でつないでいる。

記号ではなく語を使うことで、意味を確定させている。

こういう使い分けは、記録の書き手の判断による。

決まりとして定められているわけではないだろう。

しかし、読む側にとっては助けになる。