洞窟の絵は、口の絵である——ハイデック・ロベール・北渓ほか九点
洞窟は岩に開いた穴で、境目が一つしかない。九点で数えると、奥まで描かれているのは通り抜けられるトンネルの一点だけだった。残りは奥が暗い。館の記述が別の作品とほぼ同じ文である例も見つかった。人が入っているのは三点だけである。

洞窟の口が、額縁になっている
一枚の水彩に、洞窟の内側から見た景色がある。
紙は26.9×37.9センチ。
横長の画面である。
画面の左右と上を、岩が囲んでいる。
岩は茶色と灰色で、ざらついた面に描かれる。
その岩に、大きな穴が開いている。
穴の形は不規則で、上が尖っている。
穴の向こうは、明るい。
白い壁の建物があり、緑の草が生える。
さらに奥に、水面が横たわる。
その先に、低い山が見える。
山の頂から、薄い煙が立ち上っている。
空は淡い青で、雲がほとんどない。
洞窟の内側は暗く、外側は明るい。
その差が、穴の形をくっきりさせている。
つまり、岩の穴が額縁の役をしている。
館の記述によれば、この山は活動中の火山である。
そして、この絵の二年後に噴火したと書かれている。
館はさらに、囲われた場所が与える守られた感じについても触れている。
自然の圧倒的な力と、その対比だという。

洞窟は、岩に開いた穴である。
内と外があり、境目が一つしかない。
その一つの口から、光が入り、人が出入りする。
だから洞窟の絵は、口をどう扱うかで決まる。
九点を並べて、その扱い方を数えたい。
記録に、同じ文が二度出てくる
いま見た水彩には、気づいたことがある。
館の記述の文が、別の作品の記述とほとんど同じである。
その別の作品は、窓を扱った回で取り上げた。
窓越しにナポリの眺めを描いた油彩である。
二つの記述を並べると、書き出しがそっくりである。
画家がローマで働き、後に南のナポリへ旅した。
この作品は、その町の最も特徴的な名所を示す。
活動中の火山が、静かな空を背景に現れる。
そして、囲われた空間が与える守られた感じとの対比。
ほぼ同じ言い回しが、二つの記録に入っている。
おそらく、同じ展覧会のために書かれたのだろう。
窓から見るか、洞窟から見るか。
構図が同じなので、説明も同じになった。
館は、その重複をそのままにしている。
公開データを読むと、こういうことも見えてくる。
洞窟から見るか、洞窟を見るか
九点を、視点で分けたい。
洞窟の内側から外を見る画面が、三点。
洞窟の口を外から見る画面が、四点。
洞窟の中の場面が、二点である。
内側から見る三点は、いずれも口が明るい。
外から見る四点では、口が暗い穴になる。
同じ洞窟でも、明暗が反転する。
内側から見た三点のうち一点は、油彩である。
額なしで42.6×33.4センチ。
楕円形の画面である。
画面の中央に、長いトンネルがある。
天井は丸く、奥へ向かって続く。
壁は暗い緑と灰色である。
いちばん奥に、小さな明るい四角が見える。
出口である。
手前には、人と馬がいる。
赤い衣の人、白い馬、犬らしいもの。
いずれも小さく、輪郭だけである。
館の記述によれば、これは古代に掘られた道である。
長さは六百メートルを超え、二つの町を結んだ。
つまり、自然の洞窟ではない。
人が岩をくり抜いて作った通路である。
この作品には、注意すべき点がある。
館の記録には、二枚を一組とした番号もある。
そして、もう一枚だけの番号もある。
つまり、同じ二枚組が三つの番号で登録されている。
この連載で、同じ二枚組を三度扱ったことになる。
公開データを数えるときは、こういう重なりに気をつける必要がある。

洞窟の中は、暗い
洞窟の中を描いた二点を見たい。
一点目は、小さな板絵である。
17.9×23センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
画面のほとんどが、黒に近い暗さである。
上と左右に、岩の面が広がる。
中央に、大きな開口がある。
その向こうは、水と空である。
水面には、白い光が縦に伸びる。
月の光だろう。
空はわずかに明るく、雲が見える。
右下の隅に、赤とオレンジの塊がある。
火が燃えているらしい。
その光が、近くの岩を照らす。
つまり、この画面には光源が二つある。
外の月と、中の火である。
館の記録に、制作年はない。
記述の欄もない。
題は《洞窟の情景》とだけ書かれている。

二点目は、細密画である。
全体で20×13.3センチ、画面のみで11.1×10.2センチ。
上と下に、文字が書かれている。
画面には、丸い岩が幾つも積み重なる。
岩は桃色、紫、赤、青で塗り分けられる。
自然の岩の色ではない。
その岩のあいだに、三人の男がいる。
いずれも膝をついている。
黄、青、赤の衣を着ている。
手を上げ、口を開いている。
館の記述によれば、彼らは宝を探して洞窟に入った。
そして、転がってきた岩で閉じ込められた。
そこへ、姿の見えない声が響く。
罪を告白せよ、という声である。
一人が話すごとに、岩の一部が消えていく。
そして最後には、外へ出られたという。
つまり、この画面は物語の途中である。
岩はまだ残っている。

洞窟が、住まいになる
洞窟を住まいとして描いた一点がある。
木版で、館の記録に寸法の欄はない。
画面の上のほうに、岩と木の根が広がる。
根は太く、垂れ下がっている。
その下に、洞窟の空間がある。
手前の右に、老人が座っている。
前かがみで、書見台に向かう。
足もとには、獅子が寝そべっている。
左には、大きな十字が立つ。
奥には、洞窟の口が開いている。
そこから、海と舟と丘が見える。
つまり、これも内側から外を見る画面である。
だが、外の面積はごく小さい。
画面の大半は、岩と根と暗がりである。
同じ主題の別の作品を、室内を扱った回で取り上げた。
そちらは、同じ人物が部屋の中にいた。
部屋にいるか、洞窟にいるか。
同じ人物が、二通りの場所で描かれている。

岩の戸
日本の版画を見たい。
五枚続きで、各18.8×21.4センチ。
五枚を並べると、横に長い画面になる。
画面の中央に、大きな岩がある。
その岩の前に、女性が立っている。
白い衣で、袖が広がる。
左には、赤い衣の人物がいる。
右には、力士のような姿の人物が岩を押している。
上には、金と銀の雲が浮かぶ。
雲は空押しで、紙に凹凸がある。
館の記述によれば、これは神話の場面である。
太陽の神が、弟に腹を立てて岩屋に隠れた。
そのため、世界が暗くなった。
鶏を鳴かせ、音楽を奏で、女神が踊っても出てこない。
だが、木に掛けた鏡を見て、興味を持った。
そして、洞窟の口まで出てきた。
そこですぐに岩が置かれ、戻れなくなった。
こうして、世界に光が戻ったという。
つまり、この洞窟の口は塞がれるためにある。

人が作った洞窟
九点のうち二点は、人が作った洞窟である。
一点は、いま見たトンネルだった。
もう一点は、写真である。
画面は20×15.9センチ。
紙は53.6×34.7センチと大きい。
画面の中央に、石造りの構築物がある。
三つのアーチが並び、上に破風が載る。
中央のアーチの奥は暗い。
その暗がりに、白い像が立っている。
左右のアーチにも、彫刻がある。
下には、水を受ける槽がある。
周りには木が茂り、右奥に建物が見える。
館の記録の題には、洞窟の語が入っている。
だが、これは泉の装置である。
岩を模した石造りの構築物で、洞窟ではない。
館の記述によれば、この泉は十九世紀初めに改修された。
そのとき、白い大理石の像が加えられた。
そして、この写真の十四年後にもう一度改修された。
そのとき、道を通すために三十メートルほど移されたという。
つまり、いま同じ場所へ行っても、この姿は見られない。

洞の字が、地名になる
東アジアの二点は、洞窟が地名に入っている。
一点目は、画帖の一葉である。
紙は26.4×28.4センチ。
ほぼ正方形に近い。
画面には、丘と谷が重なる。
木立が細かく描かれ、その間に小道がある。
中央に、大きな松が一本立つ。
奥には、低い山が連なる。
左上に、書き込みと印がある。
館の記録の題によれば、洞の字を持つ山である。
だが、洞窟そのものは描かれていない。
十八の景を集めた連作の一枚である。

二点目は、日本の版画である。
25.1×37.1センチ。
横長の画面である。
画面の下半分は、濃い青の海である。
その上に、白い岩の島が幾つも浮かぶ。
島には松が生え、緑の点が散る。
岩は白く、輪郭が細かく刻まれる。
奥には、低い陸地と山が見える。
空は上のほうが青く、下のほうが白い。
左上に、題を書いた枠がある。
館の記録の題は、地名と情景の名である。
その地名に、洞の字が入っている。
八つの景を集めた連作の一枚である。
洞窟そのものは、画面に見えない。

洞窟の口は、どんな形か
口の形を、六点で見たい。
上が尖った不規則な形が、三点。
丸いアーチが、二点。
四角に近い形が、一点である。
丸いアーチと四角は、いずれも人が作った洞窟だった。
自然の穴は、不規則な形になる。
石の割れ方が、そのまま形を決めるからだ。
人が掘れば、道具と工法で形が決まる。
だから、規則的な形になる。
九点の口の形は、その差をはっきり示していた。
そして、不規則な口のほうが絵になりやすい。
輪郭が複雑なので、線が多く引ける。
規則的な口は、線が少なくて済む。
水彩の一点では、口の縁が細かく描き込まれていた。
岩の欠け方、垂れ下がる草、突き出た角。
その細部が、外の明るい景色と対比される。
対比が強いほど、外の景色は遠く見える。
館の記録は、口の形について何も書かない。
書かれるのは、題と材と寸法だけである。
形を読むのは、画像を見る側の仕事である。
数え直す
九点を並べ直したい。
洞窟が描かれているのは、六点。
そのうち、内側から外を見るのが三点。
外から口を見るのが二点、中の場面が一点である。
人が作った洞窟が、二点。
洞窟の語が地名にだけ残るのが、二点だった。
人が描かれているのは、六点。
そのうち、洞窟の中にいるのが四点である。
同じ場所を、三つの番号で
今回いちばん考えさせられたのは、記録の重なりだった。
二枚一組の油彩が、三つの番号を持っている。
一組としての番号、一枚目の番号、二枚目の番号。
この連載では、その三つを別々の回で図版に使った。
回廊の回、柱の回、そして今回である。
図版としては重複していない。
一組の記録では二枚が並んだ画像が使われ、個別の記録では一枚ずつの画像が使われている。
だが、作品としては同じ二枚である。
公開データを機械で数えると、これは三点になる。
実際には二点、あるいは一組である。
数え方によって、答えが変わる。
当社では、図版の重複を作品の番号で管理している。
だから、この三つは別の作品として扱われる。
その扱いが正しいかどうかは、目的による。
図版が重ならないことが目的なら、これでよい。
所蔵点数を数えるのが目的なら、まずい。
公開データを使うときは、目的を先に決める必要がある。
決めないまま数えると、数字だけが独り歩きする。
今回の九点も、そういう前提のうえで並んでいる。
洞窟には、物語が付く
九点のうち、物語の場面は三点あった。
洞窟に隠れた神の話。
岩で閉じ込められた三人の話。
そして、洞窟で学問をした人の話である。
三点とも、洞窟が話の中心にある。
隠れる、閉じ込められる、こもる。
いずれも、外から遮断されることが要点である。
洞窟は、その遮断をいちばん単純に示す場所だろう。
戸を閉めるより、岩で塞ぐほうが確実である。
そして、開ける手立てがない。
神話では、岩を置かれて戻れなくなった。
物語では、告白するたびに岩が消えた。
どちらも、岩の開け閉めが話を動かしている。
前に扉を扱った回でも、開閉が主題だった。
だが扉には、蝶番と取っ手がある。
岩には、それがない。
だから洞窟の話は、扉の話より切実になる。
館の記述は、その物語を丁寧に書いている。
とくに三人の男の話は、結末まで書かれていた。
画面には、その途中しか描かれていない。
続きは、記録の側にある。
洞窟の絵は、明暗の差でできている
数えた結果から、一つのことが言えそうである。
洞窟の絵は、明暗の差が要である。
内側から見れば、口が明るく、周りが暗い。
外から見れば、口が暗く、周りが明るい。
どちらにしても、画面のなかで最も強い対比がそこにできる。
そして、その対比が視線を集める。
水彩の一点では、岩の穴が額縁になっていた。
板絵の一点では、月の光が縦に伸びていた。
トンネルの一点では、奥の小さな四角が明るかった。
いずれも、暗い面のなかの明るい一点である。
前に窓や戸口を扱った回でも、同じ構造を見た。
囲いに開いた穴が、画面を作る。
洞窟は、その最も原始的な形かもしれない。
壁を建てず、岩に開いた穴をそのまま使う。
そして、そこに人が住む。
九点のうち一点は、実際に住まいとして描かれていた。
記録は、洞窟の奥行きを書かない
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点の記録に、洞窟の大きさを書く欄はない。
例外は、トンネルの一点だった。
館の記述が、長さを六百メートル以上と書いている。
これは、絵から測った数字ではない。
実際の場所についての知識である。
そういう注記は、あるものとないものがある。
九点では、一点だけだった。
残る八点では、洞窟の奥行きが分からない。
奥が暗く塗られていて、そこで終わっている。
暗さは、深さを示すのに便利である。
どれだけ深いか分からないほうが、深く見える。
だから絵は、奥を描かない。
前に戸口を扱ったときにも、同じことを書いた。
奥を描けば、そこがまた場面になってしまう。
洞窟の絵は、その原則を最もはっきり示している。
九点のうち、奥まで描いたのはトンネルの一点だけである。
そこには出口があり、明るい四角が見えていた。
奥が見えると、それは通路になる。
見えなければ、洞窟のままである。
そして、地名にだけ洞の字が残る二点では、穴そのものがない。
山の名に、洞の字が入っているだけである。
その山にかつて洞窟があったのか、いまもあるのか。
記録には書かれていない。
前に道や橋の回でも、名だけが残る例を見た。
地形の名は、地形より長く生き延びる。
洞窟は塞がり、崖は崩れ、橋は落ちる。
それでも名は、地図と題のなかに残る。
今回の九点でも、二点がその状態だった。
画面を見ても、名の由来は分からない。
分かるのは、そこが景勝として選ばれた場所だということだけである。
どちらも、八景や十八景といった組物の一枚だった。
決まった数の景色を選び、順に描く。
その形式は、東アジアで長く続いてきた。
この連載でも、これまでに四点の八景を扱った。
寺の晩鐘、山市の霞、洞窟の松、そして湖の月である。
八つの題は、いずれも天候か時刻か音を含む。
洞の字を持つ一点だけが、地形の名だった。
同じ組物のなかでも、題の作り方に幅がある。
地形の名で呼ぶか、そこで起きることで呼ぶか。
洞の字を持つ二点は、いずれも前者だった。
穴があるから、その名が付いた。
そして名だけが、絵のなかに残っている。
穴のほうは、画面のどこにも見当たらない。
景勝の名としてだけ、洞窟が生き延びている。
九点のうち、実際に穴が描かれた六点でも、奥は見えなかった。
見えたのは、口の形と、そこから入る光だけである。
洞窟の絵とは、結局のところ口の絵である。
奥は、どの画面にも描かれていない。
例外は、通り抜けられるトンネルの一点だけだった。
そこには出口があり、奥まで光が届いていた。
出口があると、洞窟は道になる。
道になると、そこは通過する場所になる。
留まる場所ではなくなる。
九点のうち八点は、留まる場所として描かれていた。
隠れ、こもり、閉じ込められ、住む。
洞窟の絵は、そういう場所の絵である。


