作品を知る

部屋は、光の落ち方で決まる——デューラー・北斎・グウェン・ジョンほか九点

部屋を描くとは、四つの面のうち一つを外して覗くことである。九点で数えると、天井が入るのは五点、床は七点、開口はわずか三点しかない。囲いを示すのは壁ではなく、明るい面と暗い面の分かれ方だった。家具の内部まで混じる。

小部屋の聖ヒエロニムス
アルブレヒト・デューラー《小部屋の聖ヒエロニムス》クリーヴランド美術館蔵

光は、左の窓から入っている

一枚の版画に、狭い部屋が彫られている。

奥行きのある部屋である。

天井は、丸くふくらんでいる。

左の壁に、窓が並ぶ。

窓は小さな円形のガラスを組み合わせたものだ。

そこから光が入る。

光は床を斜めに横切る。

部屋の右側は暗い。

手前に、獅子が寝そべっている。

その足もとに、小さな犬が丸くなっている。

奥に机がある。

机の前で、老人が身をかがめている。

書き物をしているらしい。

頭のうしろに、丸い光の輪が彫られている。

壁には棚が渡してある。

棚の上に、瓶と箱と鉢が並ぶ。

柱には、砂時計が掛かる。

その隣に、数珠のようなものが下がる。

天井から、布が垂れている。

窓の下の台に、頭蓋骨が置かれている。

床には板が敷かれ、隅に道具が転がる。

上履きが一足、脱いである。

四百年以上前の木版である。

小部屋の聖ヒエロニムス
アルブレヒト・デューラー《小部屋の聖ヒエロニムス》1511年。館の記録では、木版。番号は1934.345。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《小部屋の聖ヒエロニムス》クリーヴランド美術館蔵

この画面には、部屋の四方が入っている。

左の壁、奥の壁、床、そして天井。

見えていないのは、こちら側の壁だけである。

見る人は、その壁の位置に立っている。

正確には、壁を取り払った位置に立つ。

部屋を描くとは、まずこの操作のことだ。

四つの面のうち一つを外し、そこから覗く。

外した面のことを、絵は決して描かない。

描かないのに、見る人はそこに立たされている。

部屋を描くとは、何を描くことか

部屋は、囲いである。

囲いそのものは、形を持たない。

見えるのは、囲っている面のほうである。

壁、床、天井、そして開口。

この四つを、どこまで描くかで部屋の見え方が変わる。

九点を並べて、その配分を数えたい。

集めかたは単純である。

館の記録の題に、部屋を指す語が入るものを拾った。

「室内」「内部」「部屋」「座敷」の四語である。

もとの記録は英語だから、多くは同じ一語にあたる。

拾ったなかには、部屋でないものも混じった。

そこは後で扱う。

まず、部屋として描かれた面を数えたい。

九点のうち、天井が画面に入るのは五点だった。

床が画面に入るのは七点である。

壁が入るのは八点。

窓や戸などの開口が写るのは三点しかない。

天井より床のほうが、描かれやすい。

理由は、視点の高さにあると考えられる。

人の目は、床から一メートル半ほどの位置にある。

そこから前を見れば、床は広く見える。

天井は、逆に狭く見える。

天井まで入れるには、視点を下げるしかない。

でなければ、部屋そのものを高くする。

天井を描くと、部屋は建物になる

天井を入れた五点は、いずれも部屋が大きい。

そのうち二点は、宗教にかかわる建物の内部である。

一点目は、シナゴーグの内部を描いた油彩である。

館の記録では、十八世紀イタリアの画家の作という。

画面の奥へ、アーチが幾重にも続く。

天井は暗く、細部が沈んでいる。

奥の中央に、天蓋のある壇が見える。

人物は数え切れないほど描かれる。

だが一人ひとりは、指ほどの大きさしかない。

手足が細長く、影のように見える。

光は、上のほうから斜めに差している。

床の一部だけが、明るく浮かぶ。

館の記述によれば、この画家はシナゴーグを繰り返し描いた。

同じ記述は、画家自身はユダヤ教徒ではなかったとも書いている。

つまり、外から見た内部である。

そのことは、記録にはっきり書かれている。

シナゴーグの内部
アレッサンドロ・マニャスコ《シナゴーグの内部》1725〜35年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで122×148.5センチ。番号は1930.22。クリーヴランド美術館蔵。アレッサンドロ・マニャスコ《シナゴーグの内部》クリーヴランド美術館蔵

もう一点は、パリのパンテオンの内部を描いた水彩である。

紙は20×17.9センチしかない。

手のひらに載る大きさだ。

そこに、円蓋と柱列が収まっている。

天井の格間まで、細かく描き分けられている。

画面の下のほうに、人が十人ほど描かれる。

その人たちは、柱の太さの半分もない。

人を小さく描くことで、建物の高さが示される。

これは、寸法を測らずに大きさを伝える方法である。

館の記録は、この紙の寸法しか書かない。

描かれた建物の高さは、どこにも書かれていない。

パリのパンテオンの内部
フレデリック・ナッシュ《パリのパンテオンの内部》1800〜1856年頃。館の記録では、グラファイトの上に水彩。紙は20×17.9センチ。番号は1976.24。クリーヴランド美術館蔵。フレデリック・ナッシュ《パリのパンテオンの内部》クリーヴランド美術館蔵

天井を描くと、部屋は部屋でなくなる。

建物になる、と言ったほうが近い。

天井は、そこに立つ人の頭上を測る面だからである。

床は歩ける。

壁は触れる。

天井だけは、届かない面である。

届かない面を画面に入れると、人は小さくなる。

床の見え方が、立つ位置を決める

床が画面に入るのは七点だった。

床は、部屋のなかで最も情報を持つ面である。

そこに人が立ち、物が置かれるからだ。

日本の座敷を描いた摺物が一点ある。

紙は横に長い。

56.6×21センチである。

縦横の比が、二対七ちかい。

画面の左から右へ、部屋が続く。

床は畳である。

畳の縁が、斜めの線として何本も走る。

その線が、奥行きをそのまま示す。

女性たちは、その上に座っている。

立っている人は一人もいない。

座れば、目の高さは畳から一メートルほどになる。

部屋の奥、画面の中ほどに柱が立つ。

柱の向こうは、もう外である。

低い欄干があり、その先は暗い。

暗がりの上に、丸い月が出ている。

館の記述によれば、月の下は水田だという。

同じ記述は、この摺物に添えられた歌も伝えている。

歌は、部屋を満たす人々を月の客と呼ぶ。

部屋の内と外が、一枚の紙の上で続いている。

吉原扇屋の座敷から秋の月を眺める遊女つかさたち
葛飾北斎《吉原扇屋の座敷から秋の月を眺める遊女つかさたち》1799年。館の記録では、摺物・多色木版。紙は56.6×21センチ。番号は1943.4。クリーヴランド美術館蔵。葛飾北斎《吉原扇屋の座敷から秋の月を眺める遊女つかさたち》クリーヴランド美術館蔵

ここで、床の描き方に注目したい。

畳の縁は、実際には平行に敷かれている。

だが画面の上では、平行に描かれない。

奥へ行くほど、間隔が狭くなる。

線は少しずつ寄っていく。

この寄せ方が、部屋の奥行きを決める。

強く寄せれば、部屋は深くなる。

寄せなければ、部屋は浅い箱になる。

床は、部屋の深さを測る目盛りである。

十六世紀のヨーロッパでは、この目盛りの引き方が規則になった。

日本の絵では、規則としてよりも慣れとして使われた。

どちらも、床の線が奥行きを担う点は同じである。

そして、どちらの記録にもその話は書かれない。