美術史・技法

等間隔の柱が、時間を刻む——グラネ・ピラネージ・ロベールほか九点の回廊

回廊は歩くために細長く作られた場所である。九点で数えると、内から描くのが四点、外から見るのが五点。柱やアーチが等間隔に並ぶのは八点で、崩れているのは牢獄の版画だけだった。繰り返しが距離を測らせる。歩く速さまで、柱の間隔が決めていた。

ローマ、ジェズ・エ・マリア聖堂の回廊の修道士たち
フランソワ・マリウス・グラネ《ローマ、ジェズ・エ・マリア聖堂の回廊の修道士たち》メトロポリタン美術館蔵

廊下が、まっすぐ奥へ伸びている

一枚の油彩に、細長い廊下が描かれている。

画面は縦に長く、49.5×39.1センチしかない。

その狭い画面の中央を、廊下が奥へ貫いている。

天井は連続した丸天井で、手前から奥へ十いくつも重なる。

奥へ行くほど、その間隔は詰まっていく。

左の壁には、高い位置に窓が並ぶ。

光はそこから斜めに落ち、床に明るい帯を作る。

右の壁は暗く、扉らしい四角がいくつか見える。

廊下の手前に、黒い衣の人物が三人立っている。

顔は影に沈み、輪郭だけが見える。

少し奥に、もう一人が壁に寄って立つ。

さらに奥、右端に小さく座っている人がいる。

廊下の突き当たりには、明るい戸口がある。

その向こうに、緑と赤の色がわずかに見える。

館の記録は、この場所をローマの聖堂の回廊と書いている。

回廊とは、中庭を囲んで巡る廊下のことである。

ローマ、ジェズ・エ・マリア聖堂の回廊の修道士たち
フランソワ・マリウス・グラネ《ローマ、ジェズ・エ・マリア聖堂の回廊の修道士たち》1808年。館の記録では、油彩・カンヴァス。49.5×39.1センチ。番号は2003.42.36。メトロポリタン美術館蔵。フランソワ・マリウス・グラネ《ローマ、ジェズ・エ・マリア聖堂の回廊の修道士たち》メトロポリタン美術館蔵

廊下は、部屋ではない。

留まるための場所ではなく、通るための場所である。

それでも、屋根と壁と床を持っている。

片側が開いていることが多く、そこから光と風が入る。

日本の建物では、縁側や広縁がこれにあたる。

寺院では回廊、教会では回廊や身廊の脇廊がこれにあたる。

いずれも、歩くために細長く作られた空間である。

細長い空間は、絵にしやすい

九点を並べて、この細長い場所の描かれ方を数えたい。

集めかたは、館の記録の題によっている。

回廊、列柱廊、門廊、前廊にあたる語が入るものを拾った。

拾った九点は、いずれも屋根のある通路を含んでいた。

外れが一点もないのは、今回では珍しい。

理由は、これらの語が建築の専門語だからだと思われる。

日常語ではないので、他の意味に転用されにくい。

九点の内訳を見ておく。

油彩が三点、写真が二点、素描と水彩が三点、版画が一点。

十八世紀のものが二点、十九世紀が五点、二十世紀が二点。

場所は、ローマが三点、インドが一点、イギリスとフランスがそれぞれ一点。

残りは、実在しない建物である。

まず、廊下の中から描いた例と、外から描いた例に分けたい。

中から描いたものが四点。

外から描いたものが五点である。

中から描くと、線は一点に集まる

廊下の中に立って描くと、画面には強い規則が生まれる。

天井の線、床の線、壁の上端の線。

そのすべてが、奥の一点へ向かって集まる。

集まる先を、消失点という。

最初の油彩では、消失点は突き当たりの戸口の中にある。

見る人の目は、否応なくそこへ引かれる。

その手前に立つ修道士たちは、視線をさえぎる障害として置かれている。

障害があるから、奥までの距離が測れる。

同じ構図が、水彩にもあった。

十九世紀のオーストリアの画家が、ローマの回廊を描いた紙である。

画面は18.3×25.1センチと小さい。

こちらは横長で、廊下は右奥へ斜めに伸びる。

左手にアーチが連なり、その向こうは中庭である。

中庭には緑が見え、光が満ちている。

床には、アーチの影が縞になって並ぶ。

明るい帯と暗い帯が、交互に奥へ続く。

この縞が、歩幅の目盛りのように見える。

画面の中ほどに、褐色の衣の人物が一人立っている。

背を向けて、奥のほうを見ている。

右手前には、装飾のある太い柱が立つ。

その柱が、画面をいったん止めている。

ローマ、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ聖堂の回廊の眺め
ヤーコプ・アルト《ローマ、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ聖堂の回廊の眺め》1836年。館の記録では、黒チョークの上にペンと黒インクと水彩。画面18.3×25.1センチ。番号は1981.14。クリーヴランド美術館蔵。ヤーコプ・アルト《ローマ、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ聖堂の回廊の眺め》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、実在しない廊下である。

十八世紀のイタリアの版画家が彫った、牢獄の連作の一枚。

画面には、太い柱と高い天井がある。

天井からは、鎖と滑車と縄が下がる。

右手には、幅の広い階段が上がっていく。

階段の先は、暗くて見えない。

橋のような通路が、画面の上のほうを横切る。

その通路の下に、また別の通路が見える。

人は小さく、何人かが階段や台の上にいる。

顔は分からない。

館の記録に、寸法の欄はない。

技法はエッチングとだけ書かれている。

この画面には、消失点が一つではない。

奥へ向かう線が、いくつもの方向へ散っている。

だから、どこまでが一つの空間か分からなくなる。

廊下の規則を意図的に壊すと、こうなる。

広い階段のある列柱の内部(牢獄より)
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《広い階段のある列柱の内部(牢獄より)》1745〜50年。館の記録では、エッチング。番号は1941.26.11。クリーヴランド美術館蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《広い階段のある列柱の内部(牢獄より)》クリーヴランド美術館蔵

二枚で一つ、という数え方

四点目は、少し変わっている。

館の記録では、二枚の油彩が一つの作品として登録されている。

題も《二部作》と始まる。

二枚とも楕円形の画面である。

左の一枚は、大聖堂の列柱廊の内部を描く。

太い柱が並び、その足もとに人が集まっている。

右の一枚は、岩をくり抜いた長い洞窟である。

こちらも、奥に小さな明かりが見える。

一方は人の作った柱の列、他方は岩の穴。

まったく違うようで、どちらも細長い通路である。

館の記述によれば、洞窟のほうは古代に掘られた道である。

長さは六百メートルを超え、二つの町を結んでいたという。

同じ記述は、画家が柱をわざと古びさせて描いたとも書く。

さらに、古代の甲冑を着た兵士を描き加えたとも書かれている。

つまり、実際の眺めをそのまま写してはいない。

館の記録は、その手の加え方まで書いている。

寸法は、額なしで42.6×33.4センチ。

これは一枚ぶんの寸法だと読める。

二枚で一つの番号を持つ以上、寸法の欄も一つで済まされている。

二部作 コンクラーヴェ中のサン・ピエトロ大聖堂列柱廊とポジリッポの洞窟
ユベール・ロベール《二部作 コンクラーヴェ中のサン・ピエトロ大聖堂列柱廊とポジリッポの洞窟》1769年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで42.6×33.4センチ。番号は1976.97。クリーヴランド美術館蔵。ユベール・ロベール《二部作 コンクラーヴェ中のサン・ピエトロ大聖堂列柱廊とポジリッポの洞窟》クリーヴランド美術館蔵