等間隔の柱が、時間を刻む——グラネ・ピラネージ・ロベールほか九点の回廊
回廊は歩くために細長く作られた場所である。九点で数えると、内から描くのが四点、外から見るのが五点。柱やアーチが等間隔に並ぶのは八点で、崩れているのは牢獄の版画だけだった。繰り返しが距離を測らせる。歩く速さまで、柱の間隔が決めていた。

廊下が、まっすぐ奥へ伸びている
一枚の油彩に、細長い廊下が描かれている。
画面は縦に長く、49.5×39.1センチしかない。
その狭い画面の中央を、廊下が奥へ貫いている。
天井は連続した丸天井で、手前から奥へ十いくつも重なる。
奥へ行くほど、その間隔は詰まっていく。
左の壁には、高い位置に窓が並ぶ。
光はそこから斜めに落ち、床に明るい帯を作る。
右の壁は暗く、扉らしい四角がいくつか見える。
廊下の手前に、黒い衣の人物が三人立っている。
顔は影に沈み、輪郭だけが見える。
少し奥に、もう一人が壁に寄って立つ。
さらに奥、右端に小さく座っている人がいる。
廊下の突き当たりには、明るい戸口がある。
その向こうに、緑と赤の色がわずかに見える。
館の記録は、この場所をローマの聖堂の回廊と書いている。
回廊とは、中庭を囲んで巡る廊下のことである。

廊下は、部屋ではない。
留まるための場所ではなく、通るための場所である。
それでも、屋根と壁と床を持っている。
片側が開いていることが多く、そこから光と風が入る。
日本の建物では、縁側や広縁がこれにあたる。
寺院では回廊、教会では回廊や身廊の脇廊がこれにあたる。
いずれも、歩くために細長く作られた空間である。
細長い空間は、絵にしやすい
九点を並べて、この細長い場所の描かれ方を数えたい。
集めかたは、館の記録の題によっている。
回廊、列柱廊、門廊、前廊にあたる語が入るものを拾った。
拾った九点は、いずれも屋根のある通路を含んでいた。
外れが一点もないのは、今回では珍しい。
理由は、これらの語が建築の専門語だからだと思われる。
日常語ではないので、他の意味に転用されにくい。
九点の内訳を見ておく。
油彩が三点、写真が二点、素描と水彩が三点、版画が一点。
十八世紀のものが二点、十九世紀が五点、二十世紀が二点。
場所は、ローマが三点、インドが一点、イギリスとフランスがそれぞれ一点。
残りは、実在しない建物である。
まず、廊下の中から描いた例と、外から描いた例に分けたい。
中から描いたものが四点。
外から描いたものが五点である。
中から描くと、線は一点に集まる
廊下の中に立って描くと、画面には強い規則が生まれる。
天井の線、床の線、壁の上端の線。
そのすべてが、奥の一点へ向かって集まる。
集まる先を、消失点という。
最初の油彩では、消失点は突き当たりの戸口の中にある。
見る人の目は、否応なくそこへ引かれる。
その手前に立つ修道士たちは、視線をさえぎる障害として置かれている。
障害があるから、奥までの距離が測れる。
同じ構図が、水彩にもあった。
十九世紀のオーストリアの画家が、ローマの回廊を描いた紙である。
画面は18.3×25.1センチと小さい。
こちらは横長で、廊下は右奥へ斜めに伸びる。
左手にアーチが連なり、その向こうは中庭である。
中庭には緑が見え、光が満ちている。
床には、アーチの影が縞になって並ぶ。
明るい帯と暗い帯が、交互に奥へ続く。
この縞が、歩幅の目盛りのように見える。
画面の中ほどに、褐色の衣の人物が一人立っている。
背を向けて、奥のほうを見ている。
右手前には、装飾のある太い柱が立つ。
その柱が、画面をいったん止めている。

三点目は、実在しない廊下である。
十八世紀のイタリアの版画家が彫った、牢獄の連作の一枚。
画面には、太い柱と高い天井がある。
天井からは、鎖と滑車と縄が下がる。
右手には、幅の広い階段が上がっていく。
階段の先は、暗くて見えない。
橋のような通路が、画面の上のほうを横切る。
その通路の下に、また別の通路が見える。
人は小さく、何人かが階段や台の上にいる。
顔は分からない。
館の記録に、寸法の欄はない。
技法はエッチングとだけ書かれている。
この画面には、消失点が一つではない。
奥へ向かう線が、いくつもの方向へ散っている。
だから、どこまでが一つの空間か分からなくなる。
廊下の規則を意図的に壊すと、こうなる。

二枚で一つ、という数え方
四点目は、少し変わっている。
館の記録では、二枚の油彩が一つの作品として登録されている。
題も《二部作》と始まる。
二枚とも楕円形の画面である。
左の一枚は、大聖堂の列柱廊の内部を描く。
太い柱が並び、その足もとに人が集まっている。
右の一枚は、岩をくり抜いた長い洞窟である。
こちらも、奥に小さな明かりが見える。
一方は人の作った柱の列、他方は岩の穴。
まったく違うようで、どちらも細長い通路である。
館の記述によれば、洞窟のほうは古代に掘られた道である。
長さは六百メートルを超え、二つの町を結んでいたという。
同じ記述は、画家が柱をわざと古びさせて描いたとも書く。
さらに、古代の甲冑を着た兵士を描き加えたとも書かれている。
つまり、実際の眺めをそのまま写してはいない。
館の記録は、その手の加え方まで書いている。
寸法は、額なしで42.6×33.4センチ。
これは一枚ぶんの寸法だと読める。
二枚で一つの番号を持つ以上、寸法の欄も一つで済まされている。
