番号が、一つ違いで並んでいる——ベンティヴォリオ夫妻ほか対の肖像
同じ作者、ほぼ同じ寸法、姓が同じ。二枚を並べると、二人は向かい合う。ところが、対に見えて対ではない例もある。寸法が二十二センチ違い、年が七年離れている。記録の数字で対を見分ける方法を読みたい。対の片方だけが残り、題に役割の名だけが付いた一点もある。

番号が、一つ違いで並んでいる
ナショナル・ギャラリー、ワシントンの記録を、番号順に見ていく。
すると、こういう並びに出会う。
一九三九・一の二一九。ジョヴァンニ二世・ベンティヴォリオ。
一九三九・一の二二〇。ジネヴラ・ベンティヴォリオ。
作者は同じ。年も同じ。寸法もほぼ同じ。
姓が同じで、番号が一つ違う。
つまりこの二点は、対の肖像である。
夫と妻を、二枚の板に描いたものである。
そして、館はそれを二件として登録している。

男性が、右を向いている。
真横からの顔である。
赤い帽子をかぶり、金糸の織物をまとっている。
背景の左は、緑の垂れ幕。
右には、開いた窓のような場所があり、その向こうに町並みが見える。
塔と、屋根と、遠くの丘。
顔は、鼻筋と顎の線がはっきりしている。
真横から描くと、輪郭がそのまま形になる。

そして、こちらは女性である。
左を向いている。
白い薄布を頭にかぶり、金と赤の衣を着ている。
首に、細い真珠の連なり。
背景の作りは、前の一点と同じである。
左に緑の垂れ幕、右に町並み。
ただし、向きが逆になっている。
男性が右を向き、女性が左を向く。
二枚を並べると、二人は向かい合う。
男性を左に、女性を右に掛ける。
そうすると、視線が中央で交わる。
向きが、対であることを示す
対の肖像には、この決まりがある。
外側を向かず、内側を向く。
だから、一枚を見れば相手の位置が分かる。
右を向いている人物の右側に、もう一枚がある。
九点のうち、この向きの関係がはっきりしているのは、この一組である。
真横からの肖像は、向きが明快だからである。
寸法も、ほとんど同じである。
縦五四センチと五三・七センチ。
横三八・一センチと三八・七センチ。
数ミリの差しかない。
同じ板から切り出し、同じ大きさに仕立てたのだろう。
一方、額の寸法はわずかに違う。
縦八三・八二センチと八五・〇九センチ。
一・三センチほどの差がある。
額は、後の時代に付け替えられることが多い。
絵の寸法がそろっていて、額がずれている。
その差が、二つの数字に出ている。
対に見えて、対ではない
次の二点は、事情が違う。

黒い衣の女性が、椅子に座っている。
胸元に、白い襟が水平に広がる。
袖口にも、白い折り返しがある。
両手を膝の上で重ね、右手に扇を持っている。
白く長い羽の扇である。
顔は正面に近いが、身体はわずかに左を向いている。
背景は暗く、輪郭が溶けている。

黒い帽子をかぶった男性が、椅子に座っている。
胸元に白い襟、金の鎖のようなものが見える。
右手を肘掛けに置き、左手を膝の上に置いている。
背後の赤い椅子の背が、わずかに見える。
一見すると、前の一点と対に見える。
黒い衣、白い襟、座った姿勢。
番号も一つ違いである。
ところが、記録を読むと合わない点が二つある。
一つは寸法である。
女性の一点は縦九九・五センチ、横八三センチ。
男性の一点は縦一二一・三センチ、横九四センチ。
縦で二十二センチ、横で十一センチも違う。
対の肖像なら、寸法はそろうはずである。
もう一つは年である。
女性の一点は一六五六年から五八年ごろ。
男性の一点は一六六三年ごろ。
五年から七年の隔たりがある。
対として同時に注文されたのなら、この差は説明しにくい。
館の記録は、二点が対だとは書いていない。
書いているのは、それぞれの寸法と年だけである。
読む側が、そこから判断することになる。
記録の数字が、判断の材料になる
この二点は、番号が並んでいる。
同じ収集から入り、同じ年に受け入れられている。
出所の行も、二点とも同じである。
つまり、館に入る前から一緒にあった。
一緒にあったから、対だと考えられてきたのだろう。
しかし、寸法と年が合わない。
技法の欄にも差がある。
女性の一点は「布に油彩、別の布に移された」。
男性の一点は「布に油彩」。
一方だけが、支持体を移し替える処置を受けている。
この処置については、後の回で改めて扱いたい。
ここで言えるのは、二点の来歴が同じではないということである。
対に見える二点が、対とは限らない。
そのことを判断する材料は、記録の数字のなかにある。
そろっている対
対であることが数字から読める例も、もちろんある。

黒い上着に、白いシャツ、黒い蝶ネクタイ。
赤い長椅子に腰かけ、右手に紙のようなものを持っている。
背後の右に、灰色の柱。
左に、緑の垂れ幕と、その向こうの木。
顔は正面を向いている。