作品を知る

静物には、必ず台がある——マネ・スネイデルス・コールテほか九点

卓、棚、石の縁。物が載る面が、視点と奥行きを決める。台は背景ではなく、構造である。九点で、その材料と高さを読みたい。台を持たない静物も、一点だけ混じっている。縁から物をはみ出させる技法も、あわせて読みたい。

チューリップのある静物
ペーテル・ビノワ《チューリップのある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

何かを載せる面

前の回で、摘まれた実を見た。

木から離れた実は、どこかに置かれるほかない。

置く面が要る。

今回は、その面である。

静物画には、ほとんど必ず台がある。

卓、棚、石の縁。

そこに、物が載る。

そして、台の高さが視点を決める。

台の奥行きが、画面の深さを決める。

つまり、台は背景ではなく、構造である。

九点を並べて、その働きを読みたい。

九点のうち一点には、台がない。

そして一点は、台そのものである。

チューリップのある静物
ペーテル・ビノワ《チューリップのある静物》1623年。館の記録では、銅板に油彩。全体24.13×19.05センチ。額を含めて35.88×31.12センチ。番号は2012.99.2。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ペーテル・ビノワ《チューリップのある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点のなかで、いちばん古い。

一六二三年である。

そして、支持体が銅板である。

第十五回で、銅板の絵について書いた。

表面が滑らかで、細い線が引ける。

だから、小さく精密な絵に使われた。

大きさは二四・一三掛ける一九・〇五センチ。

はがき二枚ほどである。

そこに、四十を超える花が描かれている。

中央に、二本の大きなチューリップ。

白と赤の縞が入る。

そのまわりに、赤い花、青い花、白い花。

器は硝子で、脚がある。

暗い背景に、花だけが浮かぶ。

そして、台がある。

灰色の石の面である。

画面の下五分の一ほどを占める。

その上に、小さなものが落ちている。

虫が一匹。

そして、花が二本ほど転がっている。

つまり、台は落ちたものを受ける場所である。

台がなければ、落ちた花は画面の外へ消える。

台があるから、絵のなかに残る。

前の回でも、落ちた花について書いた。

そして、この一点では虫まで載っている。

台の面が、細部を置く場所になっている。

石から木へ

アスパラガスと赤すぐりのある静物
アドリアーン・コールテ《アスパラガスと赤すぐりのある静物》1696年。館の記録では、カンヴァスに油彩。全体34×25センチ。番号は2002.122.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アドリアーン・コールテ《アスパラガスと赤すぐりのある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

七十年あとの一点である。

三四掛ける二五センチ。

これも小さい。

背景は、ほとんど黒である。

そこに、白いアスパラガスの束がある。

紐で結ばれている。

十数本が、横に寝ている。

先端が右を向く。

そして、その手前に赤いすぐりが落ちている。

小さな粒が数個。

葉も一枚ある。

台は、石の縁である。

灰色で、角が欠けている。

正面から見ると、縁の線が水平に走る。

そして、その線が画面を上下に分ける。

上が背景、下が台の側面である。

つまり、台は面ではなく、縁として描かれている。

奥行きがほとんどない。

物が載る場所は、細い帯にすぎない。

第十四回で、この形式について書いた。

台を浅くすると、物が前に出る。

見る側の目の高さが、台とほぼ同じになる。

だから、上から見下ろす形にならない。

そして、すぐりが縁からこぼれている。

赤い粒が、石の縁の下まで垂れる。

台の端を、はみ出させている。

布を掛けた卓

葡萄と獲物のある静物
フランス・スネイデルス《葡萄と獲物のある静物》1630年ごろ。館の記録では、板に油彩。全体90.2×112.1センチ。番号は2006.22.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。フランス・スナイデルス《葡萄と獲物のある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の大きな絵である。

九〇・二掛ける一一二・一センチ。

そして、台に赤い布が掛かっている。

これが、前の二点との大きな違いである。

石ではなく、布で覆われた卓である。

赤は鮮やかで、画面のなかで最も強い色になる。

その上に、多くのものが載る。

中央に、籠がある。

白と紫の葡萄が、山になっている。

左には、青と白の皿がある。

そこにも葡萄が盛られる。

さらに左に、脚つきの皿がある。

暗い色の実が入っている。

そして、右のほうに鳥がいる。

死んだ鳥である。

翼を広げたもの、横たわるもの。

数羽が卓の上に並ぶ。

つまり、食材が集められている。

背後には、緑の葉が広がる。

葡萄の蔓だろう。

第十四回で、こうした大画面について書いた。

厨房や食堂の壁に掛けられた形式である。

そして、卓は必ず布で覆われる。

理由は二つある。

第一に、布の襞が描きどころになる。

第二に、赤や白の布が背景と物を分ける。

木の卓のままでは、暗い色が重なってしまう。

白い布と魚

魚(静物)
エドゥアール・マネ《魚(静物)》1864年。館の記録では、カンヴァスに油彩。73.5×92.4センチ。番号は1942.311。シカゴ美術館蔵。エドゥアール・マネ《魚(静物)》シカゴ美術館蔵

二百三十年あとの一点である。

七三・五掛ける九二・四センチ。

前の一点と、ほぼ同じ大きさである。

そして、卓に白い布が掛かる。

布は厚く、大きな襞ができている。

左手前で、布が垂れ下がる。

その上に、魚が置かれている。

中央に大きな魚が一尾。

腹を見せ、頭が左を向く。

尾が上に立っている。

その下に、赤い魚が一尾。

左には、牡蠣が数個。

殻が開いている。

右には、黄色いレモンが一つ。

そして、細長い魚が一尾、横に伸びる。

奥には、銅の鍋がある。

丸く、蓋がついている。

背景は暗い茶色である。

つまり、明るい布の上に、物が載る。

第十三回で、この対比について書いた。

白い布は、物の形を切り抜く働きをする。

そして、光をよく反射する。

だから、上に載る物が明るく見える。

九点のうち、白い布を敷いたのはこの一点だけである。

残りは、石、木、赤い布、あるいは板である。

木の卓が見える

花と果物のある静物
アンリ・ファンタン=ラトゥール《花と果物のある静物》1866年。館の記録では、カンヴァスに油彩。73×60センチ。番号は1980.3。メトロポリタン美術館蔵。アンリ・ファンタン=ラトゥール《花と果物のある静物》メトロポリタン美術館蔵

前の回で、この作者の小さな一点を見た。

これは、その三年あとである。

七三掛ける六〇センチ。

前に見たものの二倍以上ある。

そして、卓が布で覆われていない。

赤茶色の木の面が、そのまま見える。

木目まで描かれている。

卓の角が、画面の右下にある。

つまり、卓の輪郭が見えている。

これは珍しい。

多くの静物画では、卓の端が画面の外に出る。

あるいは、布で隠れる。

ここでは、家具としての形が見える。

その上に、物が載る。

奥に、暗い色の花瓶がある。

白と薄紫の花が挿さる。

その手前に、籠がある。

黄色と赤の実が盛られている。

籠の右手前に、洋梨が一つ。

その右に、小さな赤い実が三つほど。

そして、いちばん右に白い皿のようなものがある。

さらに、卓の上に小刀が一本置かれている。

刃が細く、柄が黒い。

前の回で見た齧られた林檎を思い出したい。

そこでは、齧った人の跡だけがあった。

ここでは、切るための道具が置かれている。

つまり、これから切られるのだろう。

第十四回で、静物のなかの道具について書いた。

刃物は、人の手を暗示する。

背景は灰緑の壁である。

平らで、何も描かれていない。