一族の名で、二千八十六点——ウィドナー・コレクション
出所の行に動詞がない。誰の寄贈とも書かれず、家の名だけが置かれる。その一行の下に、二千点を超える作品が並ぶ。寸法の欄が上と下で違う幅を書く一点もある。短い行ほど広い範囲を指すことを、九点から確かめたい。

誰の、とは書かれていない
ウィドナー・コレクション。
九点の出所の行は、この五文字ほどの一行だけである。
寄贈とも遺贈とも書かれない。
誰の寄贈か、という語もない。
コレクションの名が置かれ、それで終わる。
これは、名字だけを記した行である。
個人の名ではなく、一族の名だと読める。
同じ館の中には、誰それの寄贈という形の行がいくらでもある。
その形を取らなかったのには、理由があるはずだ。
しかし、その理由は記録には書かれていない。
書かれているのは、群の名だけである。
二千八十六点という枝番
出所の行が同じでも、番号を見れば規模が分かる。
九点の番号は、すべて1942.9で始まる。
1942年の、九番目の受入という意味だ。
その枝番を、提供元が公開しているデータで数えてみる。
2086まで続く。
一つの受入番号の下に、二千点以上が並んでいる。
これは、この館の受入の中でも大きな部類に入る。
九点は、その二千点の中から選んだものだ。
枝番でいえば、4番から95番までである。
つまり先頭に近い九十点ほどの中から選んでいる。
先頭に近い番号には、しばしば重要な作品が置かれる。
並べ方の規則は記録に書かれていないが、傾向はある。

年配の男が、上半身で描かれる。
顔はやや左を向き、視線は上へそれる。
頭に、鮮やかな朱色の帽をかぶる。
帽は丸く膨らみ、後ろへ垂れる。
首から下は、金色の甲冑をまとう。
甲冑の面には光が当たり、稜線が見える。
肩には朱色の紐が斜めに掛かる。
胸の飾りには、細かい模様が入る。
背景は暗い緑で、上のほうが明るい。
左下に、白い文字で名が書かれている。
作者の欄には、地域と世紀だけがある。
北イタリア、15世紀。人の名はない。
年の欄には「おそらく」が付く。
描いた人も、描かれた年も、確定していない。
それでも描かれた人の名は分かっている。
肖像とは、そういう記録の残り方をすることがある。

ほぼ正方形の画面である。
縦129.5センチ、横132センチ。横がわずかに長い。
中央に、腰布だけをまとった人物が立つ。
両手を胸の前で合わせ、顔を伏せる。
その右に、もう一人が立つ。
右手に器を持ち、水を注ごうとする。
青い布が腰から下に巻かれる。
左には、翼のある人物が跪く。
赤い衣が肩から大きく広がる。
手には白い布を持つ。
背後には岩と木立、その先に湖と山が見える。
空には雲が流れ、上部が暗い。
三人の体は、いずれも大きく描かれる。
風景は、その隙間に押し込まれている。
甲冑の肖像と、絹の肖像
九点の肖像五点を並べると、装いが二つに分かれる。
一つは、武具をまとった姿である。
金色の甲冑に朱色の帽をかぶった肖像がそれだ。
もう一つは、織物の質感を見せる姿である。
赤い衣に金の飾り、真珠の首飾り。
前者は、地位と役割を示す。
後者は、財と趣味を示す。
どちらも、その人を説明するための装置である。
顔立ちを写すだけなら、衣は簡単でよい。
しかし肖像は、顔だけを写す絵ではない。
誰であるかを、周囲の物で説明する絵でもある。
九点の肖像は、その説明の仕方が一点ずつ違う。
甲冑、織物、真珠、花束、網目の飾り。
同じ「肖像」という語で括られる絵の中に、これだけの差がある。
番号の若い枝に、何が置かれるか
九点のうち五点は、枝番が一桁である。
4、5、6、7、8。連番で並んでいる。
つまり二千点の受入の、いちばん先頭の五点だ。
その五点は、いずれも十五世紀と十六世紀の作品である。
残る四点は、46番、53番、87番、95番。
こちらには十七世紀と十九世紀の作品が混じる。
先頭に古い時代を置くという並べ方が見て取れる。
もっとも、規則が明示されているわけではない。
作者名の順でも、制作年の順でもない並びがあちこちにある。
それでも先頭近くには、時代の古い板絵が集まっている。
番号を振った人が、何らかの順序を考えていたことは分かる。
その考えは記録に書かれていない。
並びだけが残っている。
家の名が、館に残る
一族の名を冠したコレクションは、珍しくない。
複数の世代にわたって集められた場合、個人名では収まらない。
父が始め、子が続け、孫が寄贈する。
その全部を一行で書こうとすれば、家の名になる。
館の側にも都合がある。
群として扱えば、番号も一つにまとめられる。
二千点を一つの受入番号に収められるのは、そのためだ。
もし一点ずつ別の受入にしていたら、番号は二千に分かれる。
管理の手間が桁違いになる。
一行と一つの番号で、二千点を束ねる。
これは事務の設計として、極めて効率がよい。
その代わり、個々の事情は行に残らない。

女性が正面を向いて立つ。
深い赤の衣をまとう。
衣には、同色の織り文様が浮かぶ。
袖は肩で大きく膨らみ、細かい襞が寄る。
胸もとには、網目の飾りが張られる。
首には細い鎖が回り、下に飾りが下がる。
頭には、金と赤の飾りが編み込まれる。
両手は腹の前で組まれ、細い指が絡む。
その左脇に、幼い子の顔が出る。
子は母の腕に半ば隠れ、こちらを見る。
背景は暗い緑で、右に布の襞が落ちる。
肌は白く、陰影が薄い。
衣の質感だけが、極端に細かく描かれる。